佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

良き釣り仲間を偲んで

2013-10-10 16:09:50 | 釣り

7月12日に他界された、良き釣り仲間で有り、仕事仲間であった吉岡考喜氏。

イシダイ一筋の釣りでした。

 

奥さんといつも一緒に釣りに仕事に、麻雀にと、常にそばに奥さんがいないと何もできない人

のようでした、私たち悪友がよく言いました「ようそれだけひっついておれるなー」と

ちや化してましたがその度に本人より奥さんが「ほんまやでー」というのがまたおかしくて

本当に仲のいいご夫婦でした。

 

先日も食事をしながら(奥さんと)僕の場合もそうやが、彼の場合奥さんが先に亡くなられたら

僕よりひどいやろなーと話した、いつもかも一緒でなかったらあかん人やったからと・・・

「本当にどうしたやろなー」と奥さんは言われていた。

 

まだ僕の方がましやろと、元々何もできないのは周囲のなかま(師匠以下多くお仲間)が知ってくれていていろいろと食物に気を使ってくれるので、最近は麻雀の仲間まで気をつかってくれるので

大変ありがたいです。

 

その吉岡氏が平成11年の5月の今は廃刊となった日本最古の釣り雑誌「釣りの友」に4ページに

わたり載っていました。

彼は釣りも然ることながら、剣道は達人の域に達して居て7段の免許皆伝でした。

 

彼との釣りの思い出は屋久島釣行の時でした。

屋久島の空港につくと子供さんと共に迎の方がおられて、おかしいなと思ったら、彼の竿袋に

竹刀が入っていてこの島の子供に釣りの合間を見て指導するという、この熱心さには驚きました。

 

彼の本業は吉岡工務店の社長で、日頃は現場に奥さんと共に出かけているそして奥さんは

現場で彼の手元をしている。

そして釣りに行くときも大概は一緒である。

彼の本業を生かせて、トラックに家を載せてしまった。それで釣りに行くときにこのトラックの家が

その夜の泊まる部屋になる3畳の間に物入れがつきゆっくりと眠れるようになっている。

屋根が高いために十分に立ったままでも着替えもできる。

 

そして家に帰ると屋根の上にあるフックで釣りおろして仕事用のトラックに変身するという。

 

 

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