低い重心というのは、
ひとつの型です。
型が安定しているからこそ
その上で自由に遊ぶことができる。
現在、服飾のデザインをする方は
服のかたち、シルエットを考えますが
もともと日本の服は着物なので
かたちは決まっている。
それどころか素材も決まっている。
世界における地域と素材の関係を簡単にいうと
北は皮、南は木綿
西は毛糸、東は麻
真ん中に絹という感じ。
日本は麻が中心で
絹は高級品、綿も暖かい地域でないと作れないから
北へ行くほど細かく刺し子(ししゅう)をして
大切に扱ってきた。
アフリカやインドのように木綿が主なら
体に巻くだけで服になるが
日本の麻は、綿よりは硬くごわごわするので
巻きづらく、着物のような形に縫うことになる。
湿度の高い日本で風通しのよい素材であり、
お腹より下は二重にかさねて冷やさないようになっている。
このように、服の形と素材には必然性がある。
服は人を美しく引き立てるものだけど、
軽はずみに素材を選んだり形をデザインすれば
肩が凝ったり体はよろこばなくて
生き生きとした表情は生み出せない。
形や素材が必然できまるなら
色や模様は自由に遊ぶことはできるか。
日本では色も決まっていたという説もある。
赤:朝日を拝む黒潮民族の色。
藍:蛇、虫除けや補強効果もある、多くの日本人の作業着の色。
白:雪山を拝み、雪ざらし漂白もできる白山信仰民族の色。
黒:水の乏しい大陸の、墨染めの衣をまとう仏教徒の色。
紫:貴族が着ることのできる色。
黄:黄金の稲を拝む天皇家の色。
茶:とされた人の着る、柿渋染めの服の色。
そして、模様も意味や季節で選ばれていたから
形、素材、色、模様が型にはまっていた。
これで創造性を発揮することはできるのか?
しかし、型が決まっているからこそ
のびのびと自由に心を込めることができるともいえる。
たとえば、おむすびの形はだいたい皆同じだが
結ぶ人によって心のこめ方は変わる。
着物も、一見同じ素材と形だけど
ひと針ひと針心を込めることによってできた
ちょっとした差の集合は、ただ縫い合わせたものとは
別ものになるだろう。
表面的な色かたちは同じでも、
目に見えない心の込めかたを
大切にしてきたんだ。
型にはまることによって
心を込めることに集中するという
姿勢にも、貴いものが感じられる。
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