十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

仏舎利、受け入れ騒動(2)

2021年12月15日 | 佛教

 仏舎利が日本の長崎に着いて、京都に運ばれるまでを佐々木閑先生が解説。結構、面白い。写真は五条大橋の様子だが橋の欄干に腰掛けたり大勢の人が詰めかけた。

佐々木閑の仏教講義 4「仏教再発見の旅 125」

https://www.youtube.com/watch?v=Ew3hf3tusF8

 ところで、変なところで思い出したことがあったので、書いておこうと思う。

 受け入れの使者として赴いた四人の中に、東本願寺大谷派の大谷光演(別名句仏)いた。この人は俳句で有名な人だったそうである。

この人について、澤木興道老師が面白いことを言っておられるので紹介したい。

「大谷句仏は大正時代、芸者の一万円のポチをやったというので有名だった。それでいて「モタイナヤ祖師は紙衣(かみこ)の九十年」(紙粉とは紙でつくった衣服)という句をつくった。区はいいが、一万円のポチを芸者にやる人間のつくる句か。」

明治三十三年仏舎利を受け取りの費用が1万円(現在の貨幣価値なら2億円)、大正時代の芸者のポチが1万円、貨幣価値の変動が著しい。

九十歳の祖師とは親鸞聖人のことと思われる。 


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