おはようございます。生き生き箕面通信161015(2785)をお届けします。
・人間は必ず死ぬ。誰も異存はない。ボクも死ぬ
ボクの以前からの友達が、今日10月15日に見舞いに来てくれる。なんでも北京に出張しての帰りらしい。お昼にボクの好きなものを食べて、見舞いをしてくれるのだ。
その友達は、高校時代、小石川高校からの友達であり、その後もずっとボクらのことを心配してくれる友達です。数年前には、その下村君と五百森君、小泉君らとアメリカの太平洋岸を旅したものです。
ボクは、できればボクの命を分かってほしいと思っています。いずれ死ぬことを。それは、今のガラシア病院の5階で死ぬことになることを言っています。
彼は、「そんなことを言うなよ。まだまだこれからも一花咲かせられるかも」などと言うかもしれない。
でも、もう緩和ケアに入ったのだ。緩和ケアは、あとは死を待つ人が入るところ。ボクの食道と胃とは接合ガンで、リンパ腺から飛び火しているかもしれない。だから、古い友達と会食できるなんて願ってもない幸せなのだ。
私は東京で産まれましたが、空襲で焼け出され流れ流れて、京都で小学・中学・高校と過ごしました。
北海道に来てから、50年が過ぎましたが、いまだに関西弁は抜けんせん。同窓会にもほとんど顔出しません。案内は来ます。
北海道の東果ての根釧原野で、乳牛の診療を続けています。なにもありませんが、太陽は国後から登り阿寒に沈みます。北には知床連山が続いています。広大な地平線を、診療車で走っています。大地と空だけは何処にも負けない広さがあります。
山の緑と川や沼の静けさと、オホーツクの夕陽も朝日も綺麗です。
私はもう少し生きて、この国の行く末に警鐘を鳴らし続けたいと思っています。お大事に。。。。
ブログ素晴らしいことです。頑張り抜いてください。