alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

パリ カフェツアー vol.5 シャンパーニュメゾン見学

2011年12月08日 | パリカフェツアー



 エペルネーからランスに着くと、駅を降りて右手に観光案内所。
そこで地図を入手して、3時に予約したポメリーに行くには
どうしたらいいか考えます。1時間あるし、案内所の人は
ポメリーまでは徒歩30分だと言ってるし、余裕で行けるかな と
思ったらそれもまた大間違い。




 フランス的なスケールの大きな素敵な公園でのんびりしたり
ランスの素敵なクリスマスマーケットを見ているうちに
あっという間に時間が経過。こうなったらバス?ポメリーには
4番のバスで行けるというのを聞いていましたが間に合わず。
仕方がないので全員また駅に戻ってタクシー3台でポメリーへ。
(タクシーで10ユーロ程度です)「歩いて30分」と言われたものの
タクシーで車窓をみてると これは徒歩は無理だろう!!と
思わされました。


 さて、ようやくポメリーに着いて急いで予約を確認すると
早口の受付嬢は「3時の予約?違うんじゃないですか?14時何分のは
もう過ぎましたけどそれじゃないですか?16時半まで待ったら英語の回で
8人なら行けますが、、、」はあ?何を言ってるんだこの人は!
16時まで待てるかよ?だいたい予約はちゃんとしたんだと
負けるものかとねばっていると、どういう風の吹き回しなのか
「わかりましたよ 3時で12人ですね。じゃあとにかく急いでください!」
とのことになる。一体どうなっているんだか、、、

 ポメリーは見学と試飲つきで、Brutだと12ユーロ、ミレジメだと
14ユーロのコースになっていて(それ以上もあります)
前回のミレジメがかなり美味しかったので、今回はミレジメにする人続出。
いそいでお金を払って急いで中に入ってこんどはなんだか待ちぼうけ。
メゾンによって いや 行く先々で フランスは対応が本当に違う、、、


 さて、シャンパーニュの試飲はおそらく入場時に2杯頼むとそう
高くはないのですが、どうやら見学でうまくもうける仕組みらしくて
見学後に「やっぱりせっかくだしもう一杯試飲したい」と
思ってみると、ここはパリ?と思うほど高い。シャンパーニュにきて
テイスティングで一杯6ユーロとかするんです!何杯か楽しみたい人は
入場料を払う前に決めておくことをおすすめします。
(ちなみにシャンパーニュのテイスティングをしまくりたい人には
私はワインのサロンに行くことをおすすめします。入場料さえ払えば
テイスティングし放題です。)




 さて、なんとか見学窓口に行かせてもらうとなんだかごみごみした感じ。
案内の人もあまり親切なかんじじゃありません。ポメリーは旦那さんの
死後、ポメリー夫人が切り盛りして大いに成長をとげた大手の
シャンパーニュメゾン。地下深くに入り、芸術を深く愛した
彼女の想いを受け継いだこのメゾンの貯蔵庫には、現代アートも
いくつかあって、地下の暗闇から聞こえてきた犬の泣き声に
本気で驚いた人もおりました。そう なんかポメリーのエスプリは
フランスの貴族的というか、案内係の人も「あなたたちがちゃんと
いい子にしてたらシャンパーニュを飲ませてあげるからね」なんて
言ってましたが、そういう上から目線のからかいが入ったエスプリを
感じさせる気がします。


 その最たるものは「ポメリゼ」なのでしょうか?参加者の一人が
「貯蔵庫にあった京都とかマドリッドとか書かれていた青い看板は
何なんですか?」と質問したところ、小悪魔的な雰囲気の案内嬢は
ちょっと笑って「あれはいわゆるポメリゼの証なの」と言いました。
ポメリゼ?ピクニックすることをピクニケといってしまうかわいい
動詞のあるこの国、ポメリゼとは何なのでしょう?「ポメリゼっていうのは
いってみればポメリー化するってことで 夫人がそこを征服した
証なの。その地でポメリーのシャンパーニュが飲まれるように
なったってことね。そうやってあそこはOK あそこもOKと
印をつけていったのよ」こりゃポメリー夫人の野望じゃないか。。。
この夫人、サロンの女主人たちとなんだか似た様な
野望と征服欲を感じさせる夫人だなあ。それにしても19世紀に
京都でもシャンパーニュが飲まれていたとは!誰が?どんな風に?
ちょっと気になりますよねえ。。。





 ポメリーでフランス的気高さの在る、つまり迎合を許さないような
フォアグラのようなフランス料理にこそバシッと合いそうなシャンパーニュを
試飲したあと、一行はまたしても酔っ払い、田舎的のどかさも
重なって、開放感でいっぱいになり、クルミドソングを歌ったりしながら
歩いてのんびりやっていました。途中見つけた素朴なパティスリーで
相当おいしい手作りタルトをほおばったりしながらランスの大聖堂に
着いたときにはもう時間が押し気味に。




 だけどこれを見ないでは帰れない!だってランスの大聖堂は
フランスが誇るゴシック建築の最たるものだから。
フランスの王様になる人はここで戴冠式をしないと王として
認められなかったそうなのです。


 非常に装飾性に富んだ、ちょっとやりすぎな気もする正面の
飾り気のすごさとは裏腹に、堂内に入ってみるとパリとは
違って観光客も少ないせいか、とても神聖な雰囲気でシーンとしています。
私もいくつも教会には行きましたが、ランスの大聖堂、これほどまでに
神聖で神々しい雰囲気のある教会ははじめてでした。
時間さえ気にしないでよければ本当にいつまででも座っていたい、、、
とにかく本当に入れてよかった いままで見た中で一番穏やかで
ありがたい気分になれる教会でした。



 さて、ここからが危険な時間に。私たちが
TGVを予約していたシャンパーニュアルデンヌ駅までは、
トラムや電車がありますよとは言われてたものの、ここはランス。
そう パリではないのです。しかも土曜日の今日は
予想以上にトラムの本数が少なく私はちょっとパニックに。。
間に合わなかったらどうしよう、、、

 TGVは18時19分発。このトラムの駅をトラムが出るのが
18時前。駅迄は約15分から20分かかるという。
果たして間に合うのだろうか?だけど他に方法は?
駅に戻っても電車はおそらくないだろう。
タクシーも駅前までいかないと拾えないしかなり遠そうだ。
これはもう まって賭けてみるしかない、、、



 なんとかトラムに乗ってみたものの、後は祈るしかありません。
意外と早い?あと何分?いや けっこう遅い?
とにかくみんな全力でダッシュしよう!ということを決め
ドアが開いた瞬間に一行はクモの子をちらすように猛スピードで
駆け上がりました。誰一人後ろを振り向くものはいません。
こんな風に走ったのは一体何年ぶりでしょう、、、、


 一番早かった男の人たちは一目散に電車のあるところへ
向かいましたがどうもあやしい どうもTGVではなさそうです。
時計をみると2分経ってる。もういってしまったのでしょうか
上にもどって掲示板をみると表示はありません。
目の前では必死の眼で「TGVは?!」と探している人たちが他にもいます。
ゼエゼエいいながら窓口にいってみるとやっぱり行ってしまったらしい。
こういうときは時間に正確なんだねえ、、、


 とにかくどうにかするしかない。パリに戻らないわけにはいかない
一体いくらかかるのだろう?とにかく必死で話をすると
まだ電車はあるし なんと一人追加で16ユーロで帰れるとの
ことだった!!よかった、、、 私にはいまだによくわからないけど
どうして16ユーロですんだのでしょう??券をみると30ユーロと
刻印されていたし、行きのチケットをみると「出発前までは
払い戻し可能」と書いてありましたが、、、保険に入ってみたから?
とにかく全員復路のチケットがあったおかげで、一人一人名前の入った
チケットを新しくいただくことができました。本当に
みなさんすみませんでした!!!


 この後しばらく私は呆然としていましたが、ここでシャンパーニュ
アルデンヌ駅から眺めたランスの夜景がすごく美しくて心に響いた人も
いたそうです。私にはまったく余裕がなかったために、となりで「わあきれい!」
と言えるその人がすごいなと関心してしまいましたが。。。





 さて、みなさんの協力のおかげで再びトラムにのって
「これはクリスマスマーケットを見るためだったのかな」とか
なんとか言って、夜のまばゆいばかりの楽しげなクリスマスマーケットを
各自堪能し、絶対に時間厳守で駅集合になりました。



 ランスのクリスマスマーケットはパリのとは違い とても温かみが
あって規模も大きく、家族連れでにぎわっていて それだけでも
地方まで来た甲斐があったのかな?と思わされました。
ランスはなんだかディズニーランドが現実になったような街でした。






 最後の電車は走ることもなく余裕をもってしっかり集まり
温かいTGVに乗った途端疲れが出たのかついコックリ、、、
気がつけばもうパリでした。シャンパーニュに行かれるみなさん
ぜひとも時間には余裕をもって行動してくださいね!!



パリ カフェツアー vol.4 シャンパーニュへの行き方

2011年12月08日 | パリカフェツアー


「飯田さん、できたらフランスの田舎にも行ってみたいんです。
パリだけじゃなくて・・・」「そうですよね せっかく 
ヨーロッパに行くんだから 他も行けたらいいですよねえ。
イタリアとか・・・でも現実的に考えるとあんまり時間もないし、
あ、そうだ、シャンパーニュとかどうですか?
パリから1時間くらいで行けるみたいですよ」


 クルミドでのちょっとぽっかりした時間。
カウンターの奥でのそんな会話から 
シャンパーニュ行きは始まった。




 何故シャンパーニュ?それはただ私が以前Paris-Bistro.com
代表に連れて行ってもらったから?パリからけっこう近いから?
なんとなく響きがいいから?半分冗談めかしていった
この計画も 影山さんの「いいですね。行きましょう!」の一言で
現実化することになる。さて、行くのはいいけど、
どうやって行ったらいいのでしょう、、、。


Paris-Bistro.comの代表と一緒に行かせてもらった
(アンリアベレ社のシャンパーニュ。これほどの味には
あれ以来まだ出会えていません。パリでも売ってるのを見たことがない、、、
あの時勇気を出して「一本下さい!」と言っていれば、、といまだに後悔。)


 シャンパーニュ、響きはいいけどこれが曲者。
噂によると日本のガイドブックにもなかなか行き方が載っていないとか。
私も色々とサイトを見たけどよくわからないので
お世話になったシャンパーニュ委員会の方に問い合わせてみると
「そういったことには返答できないのでご自分で
ネットを駆使して調べてみてください」とのことだった。
ところがフランス語とネットを駆使しても ランスに行ったら何かがあるのは
わかるけど 私があの時目にしたシャンパーニュ大通りは?モエは?
一体どこにあるのだろう?とりあえずランスへのTGVを日本から予約はしたものの
謎は深まるばっかりで パリに到着してから書店でガイドを調べてみても
私にはよくわからなかった。そもそも私が予約した
ランスから8キロという「シャンパーニュアルデンヌ駅」というのは
一体どこにあるのだろう??こればっかりはどのガイドにも
書いてなかったし グーグルマップで代表と一緒に調べてみても
出てこなかった。これが私を不安にさせて そして不安が的中してしまう。



 シャンパーニュ、響きはいいし パリからも近そうだけど
車がないと行きづらい!!それに車で行ったら本当は飲めない?
そんな難所への行き方をお伝えしようと思います。




 今回シャンパーニュが実現したのはなんといってもParis-Bistro.comの
代表のお陰。シャンパーニュはメゾン各社のサイトを見るだけでも
毎回生年月日を入力しないといけない上、予約となると複雑なことが多すぎる。
メゾンは意外に広範囲に散らばっていて 車ならまだしも
徒歩を考えている人にはけっこうきつい。どこにあるの??そこと駅との
地理関係は?と何度も色んな地図を見たものの、わけがわからない。
おそらくたいていの人はやっぱり車で来るのでしょう。
(ちなみにフランスのガイド ミシュランもかなり車用に作られていて
17ユーロくらいします。やはり日本で調べて来るのがおすすめ!
代表も電車では行ったことないなあとのこと、、、)


ランスで入手した地図 これがなくてはこの旅は不可能でした



 さて、シャンパーニュのメゾンがあるのは主にランスという
地方都市と、ランスから普通電車で30分のエペルネーという小さな街。
ランスはパリからTGVで45分。難しいフランス語はReimsと書いて
ランスと読むのです。ランスは周辺にいくつか駅があるようで
それもまたまぎらわしいけどシャンパーニュアルデンヌ駅には
要注意!!ここはランスから30分くらいかかるのです(涙)
TGVの予約は日本からでもSNCFのサイト可能。カード決済ができ
自分でプリントするチケットが使えます。この場合は
窓口に出向く必要さえなく、このチケットをもって電車に乗り込むだけだそう。
ランスにはポメリーやヴーブクリコ、リュイナールなどがあるようです。


(ランスからエペルネーへの切符。自販機でも買えるかもしれませんが
フランスはシャルルドゴール空港ですら、自販機がまともに動かない国!
窓口は確実ですが待つので時間に余裕を持ってくださいね。)



 有名なモエ・エ・シャンドン、シャンパーニュ大通りというのが
あるのはランスではなくエペルネー。私達はランスまでは
TGVで、事前にネットで代表が時刻表を調べてくれていたので
なんとか時間があるだろうと思って窓口でエペルネーまでの切符を
買い込み、ぎりぎり乗車でなんとかセーフ。




 朝9時前にパリ東駅を出発し、帰りは18時発だったので、今日は
存分に時間があると思っていたら大間違い。ランスとエペルネーの
2カ所に行くのはなかなか大変。だってそう、こちらは
地方で車社会なのだから。。。


 「メルシエはね、小さな電車に乗って貯蔵庫の見学が
できるんだって」という素敵な言葉をささやかれ、じゃあ
メルシエにします!とParis-Bistroの代表にメルシエの見学を
予約してもらい、何とかエペルネーまでたどり着くものの、
観光案内所は近くにないわ(しかも見つけたら土曜で閉まってた!)
駅のそばには使えそうな案内地図すらない。。。


 こうなったら頭で地図を描くしかない。かつて事務所で
みた地理関係を思い出し、車窓から見たメルシエはこっちの方向!と
勘を頼りに歩き出す。残された時間は20分。果たして
たどり着けるのだろうか、、、予想以上に延々と続くシャンパーニュ大通り。
ここには人っ子一人歩いていない。「シャンーパーニュに行くんだったら
平日にしなきゃだめだよ。土曜は閉まっているからね」という
代表の言葉が胸にささる。地図ではたった5分で着きそうにみえた
距離は早足で20分ほど。なんでも予想以上に遠かった!!というのが
今回のシャンパーニュ行きの感想でした。車社会なので
電車、徒歩の方はくれぐれも注意が必要です。パリと同じ感覚は通用しません。
待ってても電車もバスもあなたの前には来てくれないのが車社会。
かといってどうやって日本から全部時刻表調べればいいんだよー
というのが私の泣き言です。





 何とか約束の11時前にメルシエにたどりつくと快く
迎えてもらい、見学に行くことに。オーディオガイドは何カ国語か
選べるものの、日本語はなし。この早口の英語のオーディオガイドに
ついていけた人はおそらく2人ほど?そう、オーディオガイドは
英語が話せる外国人のために作られたものではなくて、英語や
その言語を母国語とする人たちのもの。これが瞬時に理解できるというのは
つまりその言語のラジオがすぐに理解できる程度ってこと!
そんなの、、、なかなかできるものではありませんよねえ?




 さて、メルシエは1858年に、ウジェーヌ・メルシエという
当時20才の青年によって設立されたシャンパーニュのメゾン。
メルシエは、伝統的で閉鎖的なシャンパーニュ業界の中で、いかにもっと
シャンパンを多くの人に知ってもらうかを考え、万博で気球に乗って
シャンパンを味わう機会を提供するなど、奇抜なアイデアでシャンパンを
世に広めていったそう。そんな彼がライバル視していたのは同時代に
エッフェル塔をつくったギュスターブ・エッフェルだというのだから
すごい。それゆえか、メルシエの見学も、まず短い映画仕立てのストーリーから
始まって、貯蔵庫に降りる時は、ゆっくりと下って行くエレベーターから
ディズニーランドにやってきたような幻想的なスペクタクルが楽しめました。
貯蔵庫の階に到着すると、これまたディズニーランドのアトラクションに
ありそうなトロッコのような小さな電車が待っています。


 ここでの見学は貯蔵庫の中で、オーディオガイドを使って
シャンパンづくりの話をきくというもの。オーディオガイドが
ラジオ並みに早いので、これを片耳で理解しようとしながら
見学をするのは外国人にはなかなか大変。



 ひんやりとした貯蔵庫を30分くらい廻った後は、
Brutという、シャンパーニュをみんなでいただきました。メルシエの
シャンパーニュはあっさりとしていて飲みやすく、クセもあまりないので
様々な料理に合わせやすそうな味でした。やはり多くの人に
飲んでもらいたいという意識の強いメゾンは
いろんなものに合わせやすい味をつくろうとするのでしょう。


 ここで追加でテイスティングをしていた人に、ミレジメといって
よい収穫年にとれたブドウだけを使用して作られたシャンパーニュを
ちょっと飲ませてもらいましたが、こちらの方が味にしっかりと
インパクトがあり、シャンパーニュ!という感じがしました。
お土産に買ったロゼ・シャンパーニュはここでは23ユーロ。
とてもお買い得で幸せな気分に浸れる味でした。



 さて、シャンパーニュでいい気分になった後はまた駅へ、、、
時間もあるし、のんびり行こうかと思っていたら、酔っ払い気分の人続出。
私たち以外はほとんど人影もない道だったので、男性陣が坂道を
全力で駆け上ったり、陽気で幸せなモードに溢れた
集団になっていました。そうこうするうち、あっという間に
時間もなくなり、お昼はもうケバブか何かにして電車で
食べましょう!と言っていたらどうも間に合う気配がない。。
もう本当に間に合わないよ!と先に駅に着いた人にお店まで呼びに
いってもらってなんとかセーフ。
でもケバブを買えなかった人もいたそうな、、、





ちなみにシャンパーニュの作り方については
以前のルポタージュがありますのでそちらをご覧下さい。


☆パリカフェツアーの様子はまずこちらから☆

パリ カフェツアー vol.3モンパルナスの歴史的カフェと日仏交流ソワレ

2011年12月08日 | パリカフェツアー



 さて、目指すはヴァヴァン交差点。




 1920年代、狂乱の時代のモンパルナスを形作った4つのカフェは
ヴァヴァン交差点の近くにあってドームの目の前にはロトンドが、
クーポールの目の前にはパリのアメリカ人が好んだカフェ、セレクト。
どちらもテラスに座ると目の前のカフェが目にも写真にもはっきりと映ってしまう。
それは世界にただ1つ、モンパルナスという場所でしか味わえない景色。


 さすがにモンパルナスには隣あったカフェが4つもあるので今回は
ドーム組とクーポール組に分かれることに。
ボーヴォワールやザッキンも好んだドームのテラスは今でも
とても味わい深く、私はクーポールも入りたい、、と後ろ髪を
ひかれながらも、つい正直な気持にしたがって大好きなドームに
足を向けてしまいました。そのドームに入った人たちの
幸せそうな顔といったら!!



 しっかりとしたガラスで遮られたドームのテラスは、
バスや車で賑わっているモンパルナス大通りの騒音を
全てはねのけて、いつも静寂さが漂っている。
こんな空間に2-3ユーロ払うだけでいられるなんて
なんて素敵なんだろう とは 10年前の留学時代から
相変わらず変わらぬ感想。目の前を行き交う車、
まばゆい赤やオレンジ、夕暮れ時の青とも黒ともいえない
空の色、照明の反射がつくりだす幻想的な色の重なり合い。
キラキラ光るドームの中から街ゆく人を眺めていられる。
この気分に浸ってたければいつまでだっていたらいい。




 私はドームにはじめてパソコンを持ち込み、文章を
書いてみた時心の底から幸せだった。

 きっとそれは、憧れていたボーヴォワールも
この店で書いていたから?かつてドームの常連だった
ボーヴォワールはこう書き残してる。


「彼らの囁き声は私の邪魔にならなかった。白い紙を前にした
孤独はきびしいものだ。わたしは目を上げ、人びとの存在を確かめる。
それは私に、いつか、誰かの心に触れるかもしれない言葉を
書き綴る勇気を与えた。」

(ボーヴォワール『女ざかり(上)』p.263)

 今にして思えば、きっと彼女もドームで書いていたのは
処女作だったのだろう。誰の目にも触れないかもしれない、
でももしかしたら誰かの心を動かすことがあるかもしれない。
私もそんなことがあるかもしれないと思いながらカフェにいる
人びとを眺め、想いをはせてながら、白い画面に向かっていった。


 ドームの独特の雰囲気にうっとりしたのは私だけではないらしく、
飲み物がでてきたあたりから「もっとゆっくりしてたいなあ」という
声があちこちから聞こえてくる。みんなの表情は
どんどんゆるくなってうっとりしてる。
しかし実際には時間がない、、、どうしよう、、、

 あ、そうだ、みんなで急がなくってもいいんだ。じゃあ
あと何人かだけ来てもらって、他の人は残ってください。
どうぞゆっくりドームの雰囲気を味わってみてください。
あとは電話で何とかしましょう!ということにして
2人だけ一緒に来てもらい 私たちはソワレの準備。
他の人たちはその後ロトンドのテラスにも行ったそう。



 さて、メトロに乗った数分間で、今夜のお鍋
(何故かワインにお鍋という組み合わせをすることになっていた)は
豚汁と鳥の水炊きで行きましょう!ということに決め、
急いで友人宅へ。彼の大きな家に到着すると、
家にあるのは先日一緒に買ったワイン5本と、彼が用意してくれた
カイザーのパンとチーズくらい。そりゃあ心配になるよなあ。


 私たちは大急ぎで鍋の材料を買いに行き、お米を炊いて鍋の
準備をしてもらい、モンパルナスから来た人たちを迎え、
一段落ついたところで私はミッシェルとワインの買い出しへ。

彼は自宅で日仏交流の「お茶会」や3か国語を話す人たちが沢山集まる
インターナショナルなサロンを開いている人物で、場づくりについては
確かなノウハウと自信がある。私も場をつくったりカフェに興味があるだけに
話はとても合うのだけれど 今回はワインの本数について何度も言い合い。
「ミキはワインが一体何本必要だと思ってるんだ!最低一人ワイン半分、
24人なら12本ってのがルールなんだよ」と言い張るミッシェル。
私も負けじと「だから今回の日本人はあんまり飲めない人が多いんだって
予算もこれじゃ足りないしそんなにいらないよ!!」の繰り返し。
私たちがなんだか言い合っているので周りの人は喧嘩してるのかと
思ったらしい。そんなことはないのだけれど・・・


 そんなミッシェルにさんざん言われて私は結局このために
ワインの買い出しに3回行った。でもフタをあけてみたら ほらね
ご飯は予想以上にあったし ワインもちょっと残ったよ
だって会話を初めていったら 誰かとの出会いが始まってったら
テイスティングどころじゃなくなっていく それがミッシェルの家だもん。
それがソワレの面白さ で 誰かと会話し 自分の世界を広げてく
そうしてるうちに ワインもご飯も 脇役になっていってしまうんだ。
それがフランス的なコミュニケーションの面白さだと私は思う。




 今回はいつもの在仏日本人むけの「お茶会」と違い、生粋の(?)
フランスに到着したばかりの日本人がメインだったから 本当に
価値観の違いも濃厚だっただろうし 日本語を勉強している
フランス人には日本語をしゃべるいい機会だったかと思ったのだけど
どういうわけかここに来たのは半分くらいは日本語を全く知らない
フランス人。それでもお互いちょっとは話ができたかな?
即興でダンスをしたり、フランス人たちが持参してくれたお菓子を
みんなで食べたり、とってもおいしいお鍋にみんなで舌鼓を打ってみたり
英語で一生懸命会話をしたり フランス側も日本側も みんな
素敵な人たちだったわと言ってくれ 大成功だったと言えるのでしょう。
本当にミッシェル そして協力してくれたみなさんありがとう!!

 フランス人たちは一人2個お菓子を持参ということで、マカロン、エクレア
それに手作りのタルトやカヌレなど、色とりどりのお菓子を持って来て
くれました。こんなに沢山のお菓子を一気に試食できる機会は
後にも先にもなかなかないのでは?

 このソワレは日本側にはかなり衝撃的だったらしく
やっぱりちゃんと自分の言葉でコミュニュケーションしたい!
それも英語じゃなくてフランス語で!というところから
フランス語会話教室を開催することになりました。


 フランスでとても大切なことは人と人とのコミュニケーション。
留学時代に辛い想いをした私が口をすっぱくして「フランスでは
会話が大事だからフランスで楽しみたければまず会話を
練習したほうがいい!」と言うのは、パリはコミュニケーションが
本当に大切な街だから。大都会なのに誰かと出会う。大都会なのに
人間くさいあたたかみが街に存在している。
そんなフランス流の人生の楽しみ方を、私ももっと
経験したいしお伝えしていきたいです。

ーーー

追記 クルミドスタッフの川上さんがミッシェッルでの家での
体験や哲学カフェで感じたことなどについてクルミドのブログ
書いてくれました。よかったらご覧下さい。


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 パリカフェツアー つづきはこちら
vol.4 シャンパーニュへの行き方


パリ カフェツアー vol.2 パリの歴史的カフェ

2011年12月08日 | パリカフェツアー


「飯田さんがカフェのガイドをすることになったら、
僕がお客さん第1号になりますよ」
あれは去年の秋だっただろうか クルミドコーヒーの
地下でそんなお話をして それから私は夢を見て
いつだったか 影山さんに手紙を書いた。

 フロールのテラスを絵に描いて いつか一緒に
ここに座れたらいいですね、と・・・。



 その時は夢想だったのに。


 その手紙を投函してから1年くらいが経ったのだろうか

 おそらく思っていたよりずっと早く そしてもっと大規模に
その現実はやって来た。そう11人もの人と一緒に
影山さんと私はフロールのテラスに座ることができたのだ。




 影山さんがフロールにいる!!それは嬉しくて仕方ないことだったけど
その喜びをかみしめて浸る暇もなく1本の電話が鳴った。
「今晩のこと大丈夫なの?ミッシェルがおこってるみたいだよ」
これはまずい・・・

 ミッシェルに電話をすると、「ミキねえ どういうつもりなんだい?
何も用意できてないじゃないか。20人分のご飯をどうする気なんだ、
今ここには何もないよ?」「え?本当に、そんなに来るの?」
「だから呼ぶって言っただろ!」


 2日目の夜には友人宅で、ワインなんかを味わいながら
ちょっとした日仏交流会みたいなものをしようと企画していた。
しょちゅう自宅でサロンみたいなのを開いているミッシェルは
「フランス人たちはこちらで10人くらい呼ぶよ」と約束
してくれてたものの、2日前になっても「まだ呼んでないよ」という。
そんな様子に不安を抱き、フランス人はまあ3人くらいくればいいかと
思っていたら、彼は約束通り、いやそれ以上に知人達の
約束をとりつけてくれたらしい。流石ミッシェル!
「わかった、じゃあ18時に行くから!
用意はこちらでするから大丈夫。何も買い出ししなくていいからね!」と
なんとか納得してもらい 電話を切って席に戻ると
「そろそろ行きましょうか、、、」という雰囲気になっていた。
うー残念!もう少し余韻を楽しみたかったけれど
この日はとっても忙しいのだ。そう 2日目だというのにすでにハイライト。
今日はパリの歴史的カフェをほとんど全部巡るのだ。




 2日目は朝からサン=ジェルマン・デ・プレの歴史的カフェに行き、
お昼はフランス革命が生まれたと言われるカフェ・プロコープに行くプラン。
デプレの歴史的カフェ、ドゥマゴとフロールはあまりに
目と鼻の先なので、二手にわかれて入ればいいか、
お腹もきっともたないし、と直前まで思っていたけど 目の前で
ドゥマゴの立派な風格を目にしてしまうと こちらもやっぱり捨てがたい。



 
「隣り合ってるしお腹がタプタプになるだろうから」という
そんな理由で、一生に一度かもしれないというパリのカフェツアーから
どちらか一方のカフェをはずしていいものだろうか?
いや いけない・・・!!


 じゃあやっぱり両方行っちゃいましょう ということで
ドゥマゴもフロールにも行くことにした。
この選択は決して間違ってなかったと思う。





 「ドゥマゴはショコラが美味しいんです。7ユーロもするけど
他の店の4ユーロのショコラを2杯飲むより、ドゥマゴのショコラを
一杯飲む方が絶対いい!」とおすすめすると、半分以上の人は
朝からショコラ。お昼フランス料理だけどお腹大丈夫かな?と思うのは、
私だけらしく、みんなショコラを美味しそうに味わっていた。
私もせっかくだからとショコラを注文。この味はやっぱりここでしか
味わえない!というのはその後他店でショコラを頼んだ人からも出た感想。
ドゥマゴのショコラは、カカオを丸ごと口に含めたような、とろりとした
濃厚な舌触りと、優雅でしつこすぎない甘みがあって、しっかりしてるけど重すぎない。
ああ私はパリに来たんだ、と感慨に浸っていられる、ここにしかない味わいです。






 それから隣の本屋、la huneでデザイン系の本を物色し、少し
お腹を落ち着かせ、すぐ隣のフロールへ。お昼前のフロールは
もはやテラスに席はなく、あわや11人で店内の赤い革張りの椅子席かと
思ったけれど、何人かに別れたり、タバコが吸えるというので、
ガラスに覆われていない外のテラスに行く人たちも。
こうしてなんとか全員でテラスを楽しむことができました。





 「まさにこのフロールからいろんなものが生まれたんですよ」
と今でも神々しい輝きを放つフロールでちょっと説明。ここで
アポリネールがフィリップ・スーポーをアンドレ・ブルトンに
紹介していなかったなら、シュールレアリスムは生まれて
なかったのかもしれない。




 さて、デプレを少しだけ散策してからお待ちかねのプロコープに
到着すると、早速難題が待ち構えてた。


 12名で13時に予約したはずが、予約リストに名前がない。
嗚呼フランス、、、ついに来たなという感じ。でも「確かに
予約しました」と言い張ってみる。だって私の後ろにはもうご飯だ~!と
思っている11人が楽しそうに待ってるのだから。ありがたいことに
何が起こったかを知っているのは私一人だけのはず。
プロコープ!と思っていたみんなに「実は予約がとれてませんでした」
と言う訳には決していかない。

「すみません、ちょっと待ってくださいね」と何事もなかったように交渉開始。
「13時に他の人の名前で12人の予約が入ってますが、あなたは
この人じゃないですよね?」「違います、イイダの名前で予約しました」
と10分くらい強気で振る舞っていると「とにかく席はなんとかしますから
ご安心してください」という。通されてみると結局電話で聞いていた
丸テーブルの席だった。なーんだ、やっぱりあったんじゃん、、、
これがフランスでの交渉事始め。
それからこんなことの連続だった。




 2階の席に案内されるとワーっという歓声。歴史的で落ち着いた
雰囲気に鳥肌が立った人までいたらしい。ここでは30ユーロは
使うことを覚悟してたけど、何と21ユーロのコースがあって、
この雰囲気でこの値段は格段にお得だろう。なんせ日本のフレンチレストラン
でいうならランチから1万円くらいしそうな雰囲気なのだ。特に美味しかったのは
ポトフとアイスクリームで、プロコープの歴史の裏できっと活躍していた、
開店当初からコーヒーとともに名物だったアイスクリームは日本のラクトアイスと
同じな前で呼んでほしくないと思うほど別物だった。アイスというのか
イチゴというのか その中間でもないような・・・あのドゥマゴの
ショコラのように、初体験でとろけてしまって、うっとりするような味でした。
どうも フランスには快楽の味というのがあるような・・・



 プロコープで優雅に昼食を味わっていたら、お店が終わるともう
4時近く。仕方がないので予定変更。セーヌ川はまた今度にして、
オデオン通りを通ってリュクサンブール公園を抜け、
モンパルナスのカフェ地区へと向かう。




 寒くてピクニックどころではないリュクサンブールを
早足で駆け抜けて、天文台まで来ると、ヘミングウェイが愛したカフェ、
クローズリーデリラがある。彼がしょっちゅう見上げてた、剣を
振りかざすネイ将軍の像を我等も一緒に見上げたりして
あの時代に想いをはせる。そうここからモンパルナスの歴史が
はじまっていったのだ。ポール・フォールという詩人が開いた
詩の集いには、世界中から詩人や芸術家、音楽家たちが集まって
心地よいライラックの木に囲まれたテラスでお酒を
飲みながら詩に酔っていた。そしてピカソもやってきた・・・


「ここは1つの卵のようだった。この時代、フランスの首都において、
むしろ世界中で、精神的に最も活力があり、最も生産的な者たちで
一杯になっていた。すでに偉大で名声のある、もしくはこれから
そうなるであろう画家たち、彫刻家たち、小説家たち、思想家たちが、
キラキラと輝く長い部屋のまわりにならんだテーブルの前に腰掛けたり、
1つのテーブルからまた別のテーブルへと移動したりしていた。
ある人たちは、外のテラスで、夜空の方に剣をふりかざしている
ネイ将軍のまわりに植えられたマロニエの木の下で涼んでいた。
最も無謀であったり、最も古いものや最も新しい雑誌の
全ての編集部がこの時間に集合しているかのようだった。」 

(アルデンゴ・ソッフィッチの言葉 George Lemaire著 «café d’autrefois »より)

そんなクローズリー・デ・リラの詩の集いはめちゃくちゃうるさかったらしい。
でもきっと朝なんかはとても静かだったのだろう。




 緑の樹々に囲まれたこの店のテラスはパリといっても別世界。
ここだったら誰にも邪魔されずに心地よく
自分の世界に入っていられる、、、そんな素敵なカフェなのです。


 →つづく
 パリカフェツアーvol.3 モンパルナスの歴史的カフェと日仏交流ソワレ





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