語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>賠償・除染の費用を出せなくなる東電 ~債務超過~

2012年02月14日 | 震災・原発事故
 東京電力は、債務超過寸前に陥っている。ために、賠償費用も除染費用も、このままでは支払い困難となる。

(1)東電の財務状態
 2012年3月末現在で、総資産は13兆11億円、借金は8兆円超だ。
   ①3・11以前に発生した短期借入金4,40億円の返済が迫っている。
   ②3・11以前の長期借入金1兆5,837億円のうち、弁済済みは1,306億円のみ。
   ③3・11後の緊急融資1兆9,650億円(2020年までに1兆9,210億円を弁済予定)。
   ④2012年3月末段階で、国内社債の未償還残高は4兆4252億円。2020年までにほとんど弁済する必要がある。
 今後4年間の債務弁済必要額は、毎年1兆円前後、全体で3兆7,000億円だ。

(2)事実上不良債権(不良資産)化した原発
 (a)「経営・財務委員会」は、横軸(ア)原発再稼働、(イ)1年後再稼働、(ウ)原発再稼働なし。縦軸①電気料金値上げなし、②値上げ5%、③値上げ10%・・・・の6条件でシミュレーションした。これによれば、2020年までの資金調達必要額は、最高((ウ)の①)88,427億円、最低((ア)の③)7,540億円で、10倍以上の開きがある。
  また、東電の純益予想は、(ウ)の①の場合、今後4年間赤字が続く(2011年5,179億円、2012年1兆594億円、2013年5,899億円、2014年3,845億円)。2011年9月末の自己資本は、連結で9,215億円、単体で6,187億円だから、2012年の1兆円超の赤字を賄うことができなければ、東電は債務超過に陥る。
  だから、1兆円の公的資金を注入して実質国有化し、銀行融資を引き出そうとする国有化案が出てきた。これが、電力会社と経済産業省が原発再稼働を急ぎ、強引な電力料金値上げを行おうとする背景だ。

 (b)原発を稼働できなければ、収益を生まないだけでなく、莫大な維持コストを生み出し、どんどん赤字が膨らんでいく構造だ。その結果、東電は電力債の発行や銀行借り入れ能力がなくなり、資金繰りが非常に困難になって、債務超過寸前に追い込まれている。
  電力料金値上げにおける「燃料費上昇」は、口実にすぎない。それは当面の債務超過を避けるためであり、自ら引き起こした事故の処理費用(賠償費用や除染費用を含む)を利用者に負わせるものにほかならない。
  同じようにエネルギー不足を「口実」に原発再稼働を急いでいるが、債務超過が本当の理由だ。

 (c)他の電力会社も、同様の問題を抱えている。だからこそ、経産省も電力会社も、どのくらい原発が必要なのか、根拠となる数字を明らかにせず、事故前の安全基準を使ってでもなし崩し的に原発再稼働を急ごうとしているのだ。
  こうした電力会社の利益優先・安全無視の姿勢が福島第一原発事故を引き起こした原因の一つなのだが、彼らには何の反省も見られない。もう一度同じような事故を起こせば、この国は終わる。

(3)払えない損害賠償費用・除染費用
 (2)-(a)の試算には、損害賠償費用も除染費用も含まれていない。
 (a)当面の賠償費用は次のとおり。
   ①潜在的賠償見込額(当初)は4兆5,402億円
   ②その後賠償対象に自主避難が含まれた。対象が8万人→150万人に拡大した。これに伴う12月以降の潜在的特別損失は年7,900億円。・・・・(内訳)賠償地域拡大分4,300億円、自主避難賠償額2,100億円、精神的被害基準変更分500億円、追加福島処理費用1,000億円。
  ①と同様に②も2年分入れると、潜在的賠償見込額は6兆円近くに膨らむ。このうち、実際に会計上「引当」等が行われているのは1年目の1兆284億円だけだ(うち1,200億円は原発保険代わりの供託金で拠出、よって実際の賠償引当は9,000億円)。
  今のところ5兆円が未引当だが、現状では、支払える見込みはない。

 (b)会計手続きも、賠償支払いを困難にしている。
  「経営・財務委員会」は当初、東電を債務超過にしない、という閣議決定(昨年5月)を前提としていた。しかし、国会の付帯決議でこの閣議決定を解消した結果、東電は賠償費用の引当金を計上すれば、その分、赤字として出てくるようになった。ために、支援機構に申請してもスムーズに交付金が得られなくなった。先に引き当てても満額もらえる保証がないかぎり、東電は賠償金を支払うのをできるだけ避けようとしている。
  東電は、6月の株主総会で、できるだけ赤字を少なく見せようとして、賠償金支払いが進まなくなる可能性がある。
 
 (c)福島第一原発の事故処理と廃炉費用を賄う資金も不足している。
  福島第一原発および第二原発10基分で合計6,000億円の廃炉費用が積まれているはずだが、現時点での廃炉見込みは1兆2,000億円とされ、とても足りない。しかも、メルトダウンして格納容器内から溶けた燃料を取り出す技術はこれから開発しなければならない。とても1兆2,000億円では足りない。福島県知事が要求している全基廃炉にすると、相当額の資金不足が予想される。

 (d)以上のように賠償費用や事故処理費用の支払いがままならない状況で、さらに除染費用を捻出することは不可能に近い。
  現状では除染事業などに関して、昨年度の第三次補正予算の2,459億円、2012年度予算の4,513億円、合計6,972億円しか計上されていない。飯舘村の除染費用だけで3,000億円かかるとされている。全体で7,000億円足らずでは、実効性のある除染はできない【注】。
  東電の経営形態の変更、資産売却、原子力予算の組み替え等が喫緊の課題だ。

 【注】実際、福島第一原発近辺の除染事業(原子力研究開発機構の再委託事業)は洗浄中心で、放射性物質が染みついた屋根や部材の交換さえ行われていない。さらに、福島県の他の地域でも、1軒あたり70万円の手抜き除染になっている。福島県の7割を占める森林でも、バイオマス発電を使った除染が行われているわけでもない。福島県民の不信を買っている所以だが、仮に1兆円の公的資金注入と1兆円の銀行融資を得たとしても、当座しのぎにすぎない。

 以上、金子勝「原発は“不良債権”である 電力改革なしでは「失われた30年」になる」(「世界」2012年3月号)の前半、「1 なぜ電気料金値上げと原発再稼働を急ぐのか」および「2 このままでは損害賠償費用も出ない」に拠る。
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【震災】原発>原子力ムラ、NHKを攻撃 ~東電OBの暗躍~

2012年02月13日 | 震災・原発事故
(1)NHK
 (a)番組
  ・「追跡! 真相ファイル『低線量被ばく 揺らぐ国際基準』」(2011年12月28日、総合テレビ、30分間【注1】)

 (b)内容
  ・チェルノブイリ原発事故後、スウェーデンで増加した癌の要因として事故による放射能汚染が疑われている。
  ・米国の原発周辺で脳腫瘍、白血病が多発し、特に子どもの発症が目立つ。
  ・被曝線量の安全基準を定める国際放射線防護委員会(ICRP)に取材したところ、1980年代後半には基準の根拠となる広島・長崎の被爆者健康調査に基づいた癌リスクが2倍に修正されたにも拘わらずICRPは低線量被曝の基準を強化せず、今になって見直しを検討している。
  ・さらに、ICRPは当時、原発労働者の被曝基準をむしろ緩和する措置をとっていた。ところが、その作業に携わったICRPの元委員は、次のように証言した。すなわち、被曝基準の緩和は原発や各関連施設に配慮したからだし、「(緩和の判断に)科学的根拠はなかった」。

(2)原子力ムラ
 (a)抗議文(A4版8枚)
  ・発信者(連名)・・・・金子熊夫・エネルギー戦略研究会会長、宅間正夫・日本原子力学会シニアネットワーク連絡会会長、林勉・エネルギー問題に発言する会代表幹事。
  ・賛同者・・・・加納時男・元東電原子力担当副社長、石川迪夫・日本原子力技術協会最高顧問、斎藤伸三・元日本原子力学会会長、その他原発メーカーや商社の元幹部【注2】。
  ・抗議文の素案作成者・・・・東電OBで、財団法人「放射線影響協会」の元幹部。

 (b)内容
  ・番組内容の調査と結果を報告せよ。
  ・原発と癌増加の報告は、「事実関係が不明確」で、「世界約440基の原発周辺やチェルノブイリ事故の影響を受けた他の国などでは見られない」。
  ・過去に癌増加が指摘された欧米や日本では「しかるべき機関が調査して原子力施設に関係ないことが解明されてきた」。
  ・ICRPは、線量や被曝時間によって人体への影響は異なるという不確実性を述べているのに、「低線量リスクを低く見ているかのごとく日本語訳をすり替えている」。
  ・元委員の証言は「論拠が不明」。
  ・基準緩和の前の1990年にICRPが労働者や一般の被曝許容量を強化したことに触れていない。つごうの悪い事実の隠蔽だ【注3】。

(3)「抗議文」批判
 (a)沢田昭二・名古屋大学名誉教授
  ・彼らは「原発安全神話」を作り出してきた要の人たちだが、原発事故への反省もお詫びもない。むしろ開き直っている。
  ・ICRPが政治圧力に晒され、原子力産業に配慮してきたことは長年指摘されてきた。元委員の証言を引き出した意義は大きい。こうした事実が出ると、彼らは困るのだろう。
  ・「放射線影響研究所」による広島・長崎の被曝調査は、軍事利用目的で始まったことや爆心地近辺で高レベルの放射線を浴びた市民のみを対象としたため、放射性物質の影響を過小評価している【注4】。それ以外にも、被曝による癌死リスクを調べるには被曝のない地域と比べなければならないのだが、比較対象を放影研の「爆心地から2km以内」より広げて全県民を調べたところ、癌死のリスクは放影研の結果より2.3倍高かった。 
  ・カナダ・マギル大学の研究チームの論文(2011年3月に発表)によれば、被曝量が10mSv増えるごとに発癌率は3%ずつ上がった。
  ・抗議した原子力ムラの人々は、工学系の専門家ばかりで、被曝の専門知識が余りないのではないか。

 (b)武田邦彦・中部大学教授【注5】
  ・抗議した面々は、「原発は危険だった。従って、自分がこれまで言ってきたこと、自分の人生そのものを否定しなければならない」事態になって、覚悟がつかないのだろう。
  ・NHKがICRPの決定をどのように伝えたか、ではなく、ICRPは任意団体であり、日本は国家として被曝限度を決めており、さらに原発関係者はみずからその規則を適用してきた、という自分自身の言動一致について深く考えてもらいたい。

 【注1】伊田浩之(編集部)「NHK会長に抗議した“原子力ムラ”の面々」(「週刊金曜日」2012年2月10日号)によれば、28分間。
 【注2】前掲誌によれば、抗議文には全部で112人が名を連ねている。<OBたちが抗議することで、万一問題が起きても、企業や現役の研究者に傷が付きにくくしているようにもみえる。>
 【注3】前掲誌によれば、<ことに、今から本格除染を開始しようとしている福島県民の方々や、食品の放射能に神経をすり減らしている多くの国民を混乱に陥れる惧れがあるという点で、大変に影響の大きい、問題のある内容であったと言わざるを得ません>など、抗議文は知らぬがホトケを主張している。低線量の影響に人々の関心が深まれば除染の無意味さに反発が強まるし、再稼働にも影響が出てくるからだ。
 【注4】2011年9月、放影研の過小評価を示す論文「オークリッジレポート」が見つかった。1972年、ABCCの日本人職員と米オークリッジ国立研究所研究員が作成したもので、広島の爆心地から1.6km以遠で被曝し、「黒い雨」を浴びた住民に発熱、下痢、脱毛などの急性症状が高率で認められた、と結論している。
 【注5】この発言は、前掲「週刊金曜日」誌に拠る。

 以上、大場弘(本誌)「NHKに噛みついた原子力ムラ 反省の色なし」(「サンデー毎日」2012年2月19日号)に拠る。
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【震災】原発>原発関連施設に投資するNHK

2012年02月12日 | 震災・原発事故
 NHKが「2012年度の収支予算、事業計画及び資金計画」を発表した。
 事業運営にあたり、公共放送の原点に立ち返って、「公共」「信頼」「創造・未来」「改革・活力」を重点事項に定め、取り組むよし。
 そのうえで、国内放送は<国民の生命・財産を守るため、災害時の報道及び番組制作体制を強化して、正確で迅速な報道に万全を期すとともに、東日本大震災を検証し、復興を支援する番組を放送する>(「計画概説」)としている。
 では、今なお放射能汚染を広げ続けている原発事故の検証を、ここに併記して入れないのか。

 「ネットワークでつくる放射能地図」は文化庁芸術大賞(テレビ・ドキュメンタリー部門)を受賞した秀逸な作品だが、NHKはこういう番組を制作できる有能な人材を現場から外してきた。
 他に注目番組が散見されるものの、NHKのOBも参加する任意団体「放送を語る会」の調査報告「テレビはフクシマをどう伝えたか」を見ると、総じてNHKに厳しい評価が下されている。
 <例>「ニュースウォッチ9」・・・・<反原発、脱原発の立場からの発言を排除していることは異常ですらある。><ここに、これまでのNHK報道局の原子力政策に対する姿勢が示されているのではないか。>

 子会社も、原発推進団体との不可解な関係が見られる。
 <例>電気事業連合会のホームページの「電事連チャンネル」コーナーには、「今こそ『エネルギー教育』」という動画がある。原子力利用に熱心な日本生産性本部が主催・開催したフォーラムの記録で、フォーラムは原発の必要性を「教育」している。制作はNHKエディケーショナルだ。NHKエディケーショナルは、前記フォーラムの事務局を務め、フォーラム当日の運営までやっていた。そして、この動画はNHK教育テレビ「TVシンポジウム」で放映されている。

 このたび、NHKが保有する電力債の個別具体的な銘柄が明らかになった。
 NHKが購入した電力債の資金は、原発や核燃料関連施設の建設・改良等に使われたことはほぼ間違いない。
 視聴者にとって、選択の余地のない電気料で原発資金を半強制的に徴収されたうえに、NHKの受信料まで電力債購入という形で原発資金に流れているわけだ。反原発、脱原発をめざす者は、往復ビンタを食らったようなものだ。
 <それでもNHKが信頼性を向上させたいのであれば、せめて積極的に反原発・脱原発に関わる深みのある番組を、ほんの少し原発推進派の意見を交ぜて「中立性」を保持したうえで、適時制作していくべきだ。>

 以上、丸山昇(ジャーナリスト)「NHKが購入した電力債の資金が原発関連施設の建設・改良等に使われていた」(「週刊金曜日」2012年1月27日号)に拠る。
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【震災】原発>生産者被曝の脅威 ~高濃度汚染玄米と土壌~

2012年02月11日 | 震災・原発事故
 福島県の一部地域では、放射性セシウムの濃度が1,000Bq/kgを超え、最高値は1,270Bq/kgに達する玄米が見つかっている。
 この濃度は、土壌に含まれる放射性セシウムの濃度と、土壌の性質に応じて異なる土壌から米へのセシウム移行係数に依存する。
 玄米のこれほどの高濃度汚染は、土壌の性質如何にかかわらず、農業者・近隣住民に危険を及ぼすほど水田土壌が汚染されていることを疑わせる。国も県もマスコミも、生産された米の安全性ばかりに気を配り、この問題を完全に看過している。

 玄米には稲全体に含まれる放射性セシウムの20%が分布するとしよう(実際より大きめの仮定)。
 そして、福島県の水田の土壌の半分を占める灰色低地土から玄米への放射性物質の移行係数は0.005から0.015という研究結果があるから、この結果を適用すると、1,270Bq/kgの玄米が生産された水田の土壌の放射性セシウム濃度は、1,270の67倍から200倍、すなわち85,000Bq/kgから254,000Bq/kgということになる。

 このような場所の空間線量率は、どんなに少なく見積もっても、チェルノブイリ原発事故に伴ってウクライナ政府が設定した「移住義務」発生率基準、0.571μSvをはるかに超えるだろう。このような水田で野良仕事を続け、舞い上がる土埃を吸い続ければ、小学校などの校庭利用で文部科学省が採用して大顰蹙を買った年鑑被曝限度、20mSvも軽く超える恐れがある。
 危険は周辺住民にも及ぶ。
 ここは、もはや安心して農業生産活動と生活を営める場所ではないのかもしれない。とすれば、警戒区域や計画的避難区域でなくても、場所によっては住民の移住が最善の処方箋となるだろう。
 福島でなくても、文部科学省の航空機モニタリングでは見つからない類似の「ホットスポット」があるかもしれない。あり得る処方箋の一つに移住も加えるべきだろう。

 ただし、「神隠し」された人々【注】の処遇が今のままならば、傷を癒すどころか、却って傷を深めることになる。今何よりも必要なのは、深く傷つけられた人々に心から寄り添う政府の対応だ。
 これは、神隠しに遭わない人々についても同様だ。
 それなしには、いかなる名医の処方も無駄になる。

 【注】若松丈太郎『福島 原発難民--南相馬市・一詩人の警告 1971年~2011年』(コールサック社、2011)

 以上、北林寿信「放射能汚染がつきつけた食と農への難問」(「世界」2012年2月号)に拠る。
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【社会保障】医師の秘密 ~医療という業界の変貌~

2012年02月10日 | 医療・保健・福祉・介護
 医師をとりまく環境は、山崎豊子『白い巨塔』の頃とは、ずいぶん変わった。
 その変わりようの二、三を、「週刊ダイヤモンド」の特集「医師の秘密」から拾い出してみる。
 目につく最も大きな変化は、「新医師臨床研修制度」と製薬会社との関係だ。

●新医師臨床研修制度
 2004年度に医師の新たな実地研修制度始まった。医師免許取得後、2年以上の研修が義務づけられ、広く医療現場のノウハウを身につける。それ以前では専門とする診療科の研修を受ける研修医が多かったが、新制度ではさまざまな診療科を回って幅広い能力を身につけるカリキュラムに変わった。併せて、無給に近かった研修医にも月25~35万円程度の手当が支給されるようになり、研修に専念できる体制になった。
 旧制度では、医学生は医師免許取得後、出身大学の医局に入り、大学病院で研修を受けるケースが7~8割だった。雑用が多く、医師の数が多いため、現場経験が積めない。しかも、教授の手足として滅私奉公させられた。とはいえ、医局は最先端の医療を学ぶ場であり、就職先を斡旋してくれる組織でもあった。よって、医局を離れると研究の場を失い、雇用の安定も失った。
 ところが新制度では、医局が介在せず、研修医を公募する病院と研修希望者をつなぐ「マッチング方式」が採用された。ために、地方の大学から都会の病院へ研修医が流れ込む現象も生じた。今の多くの若い研修医には博士号へのこだわりはないし、医師不足の世、就職先には困らないのだ。
 かくて、新制度発足3年目(2006年度)には、かつて70%超だった大学病院研修医の在籍率は45%まで減った。かかる医局の弱体化が、各地の医師不足を加速させた。かつては、将来の博士号や医局内のポストを餌に、地方や僻地の病院に若手医師を派遣していたが、その余力がなくなった。
 文部科学省は「地域枠入試制度」を進め、一定の成果をあげているが、医師不足解消の決定打はまだ見つかっていない。

●医師と製薬会社との関係
 米国で、講演料や顧問料などの費目ごとに製薬会社が医師に支払った金額を公表する取り組みが始まった。個人名も世間にさらされる。米医療制度改革法で義務づけられたこの制度は、2013年に導入される。これに先駆けて、各社が対応を開始した。
 日本でも、製薬産業の団体が「透明性ガイドライン」を策定した。2013年度から、米国とほぼ同様の制度が実施される。2012年度分決算発表後に公表される。
 大学の有名教授には打撃だ。複数の製薬会社からふんだんに委託研究費や寄付金を受けていたからだ。資金使途が多少いい加減でも大目に見られていたが、今後は監視と追及の目にさらされる。注目を集める初年度は、バッシングの標的になりそうだ。
 製薬業界は、さらに、医師への接待の自主規制を今年4月から導入する。一人当たりに使える上限金額が設定されたのだ。二次会、ゴルフなどの娯楽はすべて禁止だ。

 マイナーチェンジにも触れておこう。「在宅診療医」と診療報酬改定だ。

●在宅診療医
 高齢化が進むなか、在宅介護を医療面から支える存在として、にわかに需要が増えている。自宅に住む高齢者の医療ニーズに24時間体制で対応するのだ。
 マンションの1室でも開業できるし、カバン一つで動き回れるから、病院勤務医の身分を脱して独立する医師が増えている。
 「新宿ヒロクリニック」の平林あゆみ医師(40歳)は、70人の患者の主治医を務め、各患者を月2回訪問する。1日の訪問患者数は10件前後。訪問日以外でも、勤務時間外でも、担当患者の容体が悪くなれば患者またはその家族らと電話で連絡を取り合う。ただちに往診の必要がある、と判断したときは、当直医または平林医師自身が往診する。
 訪問すると、糖尿病患者には、聴診、体内酸素量、血圧などを測る。透析患者には、自宅でできる腹膜透析で対応する(通院できる患者は医療機関で血液透析を受ける)。
 すべての病気が完治するわけではない。だから、病気に罹っても患者や家族が安心して生活できるようにサポートするのが医療者の役割だ。【平林医師】
 癌の末期患者など約30人を在宅で看取る。在宅医療の現場では、「治す」ことより以上に「寄り添う」ことを重視する。

●診療報酬改定
 まもなく詳細が決まる2012年度の改定は、全体でわずか0.004%増。ほぼ横ばいだが、個別項目では動きがありそうだ。大きく影響しそうなのは、「社会保障と税の一体改革」だ。
 (a)限られた財源の有効活用のため、国は医療機関と介護施設の役割分担を進め、医療資源の効率的使用をめざす。
 <例1>状態が安定している長期入院患者を自宅や介護施設に移すと報酬上有利になる。
 (b)2010年度改定に続き、病院勤務医の負担軽減策が取られそうだ。
 <例2>患者の大病院志向、容易な受診に対する「抑制策」が取られる可能性が高い。
 <例3>情報の共有など、病院と診療所の連携強化にも手厚い報酬が付きそうだ。
 <例4>通常の看護師よりも高度な医療行為を認める「特定看護師」導入について、その是非が議論されている。

 依然として存在する開業医優遇制度も挙げておく。

●開業医の優遇
 今年、以下の「特権」の改定が見込まれていたが、厚労省によれば、(a)については2013年度の改正で「検討する」。(b)への補助金削減については、「法案提出は決まっていない」。
 (a)税
  ①診療報酬の所得計算をする際の特例・・・・保険診療からの報酬が5,000万円以下の医師・医療法人は、報酬額に一定の経費率(概算経費率)を乗じて経費を計算できる。57~72%の4段階の経費率が設定されている。だが、実際の経費率は50%程度だ。本来の税金より少ない額しか払っていないのだ。この特例で245億円の税金が減収になっている、と見られている。
  ②事業税・・・・保険診療報酬にかかる事業税は非課税だ。保険外の報酬についても軽減税率が適用されている。保険診療の経費を自由診療の経費として、支払う税金を少なくするなどの処理が横行している。

 (b)医師国保
  医師国民健康保険組合の保険料は、所得にかかわらず定額だ。同じような所得の中小企業経営者と比べて相対的に安くなることが多い。
  <例>東京都。医師国保の医療保険料+後期高齢者支援金等保険料+介護保険料は月額26,000円。かたや、全国健康保険協会(東京都)は月額66,489円。 
  厚生労働省は、加入者の保険料を引き上げれば、これら所得水準の高い国保組合に対する補助金を削減できる、としている。

 以上、記事「医師の秘密」(「週刊ダイヤモンド」2012年2月11日号)に拠る。
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【震災】原発>福島第二原発の汚染 ~ヤクザと原発~

2012年02月09日 | 震災・原発事故
 鈴木智彦『ヤクザと原発』は、紙数の大部分が福島第一原発で作業員として働いた経験、そこでの見聞に割かれている。その意味では、副題の「福島第一潜入記」がタイトルとなるべきであった。
 著者はヤクザ専門のルポライターだ。なぜ「潜入」する気になったのか、よくわからない。何がきっかけか。どうやら、血が滾った・・・・のであるらしい。
 とにかく、著者はジャーナリストであることを伏せて、昨年7月13日から8月22日まで勤務した。東京の自宅から通い、2日に1度400km強、日によっては500km近くを往復した。
 それなりに興味深いルポだが、縷々と綴られた体験の部分は端折って、ここでは総括的な「終章」のうち3点に注目したい。

(1)暴力団の稼ぎ方
 暴力団は原発の近隣対策費、要するにみかじめ料で稼ぐ。原発に限らない。火力でも水力でもやり方は同じだ。窓口は建設業者だ。<俺たちにとっては幼なじみの同族だからな。>
 全国の暴排条例は、公共工事から暴力団に流れる資金を遮断する目的で作られているが、本格的な取り締まりが行われているとは言いがたい。<とくに原子力発電のように、あちこちにタブーを抱え、潜在的な隠蔽体質を持った産業は、暴力団の生育条件としては申し分ない。>福島第一原発(1F)の関連企業には、現役暴力団員が役員となっている企業が存在した。
 また、原発は地元にも「土産」を落とす。例えば、福島のJヴィレッジ。暴力団は、そのおこぼれにありつくのだ。
 原発の外にも、いくらでもシノギはある。例えば、20km圏内の瓦礫撤去、近隣の建設工事、除染ビジネス。
 地縁・血縁をベースにした地方都市では、都市部と違って、一方的な恐喝者として存在する暴力団はあまりない。付き合う側にも何らかのメリットがあるのだ。例えば、非合法のサービスの提供、表に出せないトラブルの解決、裏社会の有名人とのパイプ。

(2)線量より汚染度が問題
 汚染度を理解するには、原発内の区域区分を見よ。原発は、どこでも線量と汚染度を組み合わせ、その場所の危険度が分かるように区分されている。
 線量を表すのは、1~3までの数字だ。1区域・・・・線量当量率が0.05mSv未満。2区域・・・・0.05~1.005mSv。3区域・・・・1mSv以上。
 汚染度を表すのは、A~Dの区分だ。作業員の装備は、汚染度区分で決まる。特別保護倶や全面マスクが必要なのは、線量にかかわらずD区域だ。
 3・11の事故後、汚染度チェックはいい加減になってしまった。
 (a)事故対応の作業員たちが寝起きする1Fのシェルターは、床の随所に線量を表示する黄色のプレートはあっても、汚染度はどこにも示されていない。1F協力会社幹部によれば、シェルター内部はD区域相当だ。そんな重汚染区域内で平気で飯を食うのは、事故前の原子炉の中で飯を食うようなものだ。
 (b)現場に行くとき履いた靴は、もう汚染されている。本来ならば毎日新品に履き替えなければならないのだが、実際には行われていない。
 (c)現場やJヴィレッジはもとより、20km圏内に入った車も汚染されるのだが、ろくに除染されないまま福島県内を走り回っている。
 (d)事故前、1Fでは最大130~180カウントが汚染のリミットだった。しかるに今、Jヴィレッジでは13,000カウントを超えないかぎりモノも人も、そのまま外へ出している。

(3)福島第二原発(2F)の汚染
 マスコミは、1Fばかりに目がいって2Fには注目しないが、何かあったとしか思えないほど、汚染がひどい。
 2Fの原子炉4基は、すべて停止している。冷却に問題はなく、原子炉の温度も安定しているが、復旧作業が行われたのは4号機だけだ。
 東電関係者によれば、まだ定期検査を開始していないのに、なぜこんなに汚染しているのか不明だ。最上階のオペレーションフロアやコンクリート遮蔽プラグ(原子炉の釜の上の部分)など信じられないほど放射能まみれだ。ペデスタル(原子炉の釜の下にあり原子炉を支える台座)にも水が溜まっている。
 某電力会社OBによれば、ペデスタルに水が溜まっているのが事実なら、すごい圧力がかかったということだ。制御棒か配管か、壊れた場所は特定できないが、とにかく原子炉の底は抜けている。1Fと同じく水素爆発があったのではないか。原子炉格納容器が破損したから、釜の上下に異常がある。
 東京電力が2日置きに発表する2Fのプレスリリースに汚染の記述はまったくない【注】。

 【注】隠蔽されていた事実が、少しずつ明かされている。【記事「冷却機能停止、大惨事と紙一重だった…福島第二」(YOMIURI ONLINE 2012年2月8日20時43分)】

□鈴木智彦『ヤクザと原発 ~福島第一潜入記~』(文藝春秋、2011)
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【震災】原発>原発危機と東大話法 ~傍観者の論理・欺瞞の言語~

2012年02月08日 | 震災・原発事故

 規則1  自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。
 規則2  自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する。
 規則3  都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする。
 規則4  都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。
 規則5  どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す。
 規則6  自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱい批判する。
 規則7  その場で自分が立派な人だと思われることを言う。
 規則8  自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。
 規則9  「誤解を恐れずに言えば」と言って、嘘をつく。
 規則10 スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる。
 規則11 相手の知識が自分より低いと見たら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。
 規則12 自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する。
 規則13 自分の立場に沿って、都合のよい話を集める。
 規則14 羊頭狗肉。
 規則15 わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。
 規則16 わけのわからない理屈を使って、相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。
 規則17 ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。
 規則18 ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす。
 規則19 全体のバランスを常に考えて発言せよ。
 規則20 「もし○○であるとしたら、お詫びします」と言って、謝罪したフリで切り抜ける。

 以上、安冨歩(東京大学教授)『原発危機と東大話法 ~傍観者の論理・欺瞞の言語~』(明石書店、2012)pp.24-25に掲載の「東大話法規則一覧」を引用した。
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【経済】財政再建と介護(3) ~新しい介護産業~

2012年02月07日 | ●野口悠紀雄
 (承前)
 本書の後半(第5章以降)は介護の経済学とでも呼ぶべきもので、最後の第8章では5節において、いくつか提言している。経済学的な観点に立ち、社会保障の内側からする提言とは、ひと味違う。いささか荒削りな議論であるけれども、(4)の資産活用はすでに「武蔵野市福祉公社」が1981年に実践している。野口のいわゆる「発想の転換」は、ちっとも奇抜ではない。

5 新しい介護産業の確立に向けて
(1)介護に対する負担と給付
 介護保険の財源は公費と保険料で、その比率は50%ずつだ。保険料の全国平均月額は4,160円。税負担を含めれば、介護のために1人当たり月額8,320円を負担していることになる。被保険者(40歳以上の者)人口は7,170万人だから、国全体では月5,700億円程度の負担だ。
 ところで、現在、要支援者数+要介護者数=500万人だ(65歳以上人口2,900万人の17%)。よって、要支援者・要介護者の1人当たりが使える費用は平均して月11万円だ。
 しかし、この状況は将来悪化する。2025年における65歳以上人口は、3,635万人となる。要支援者数+要介護者数=618万人に増加する。
 他方で、2025年における40歳以上人口は7,735万人になる。よって、負担制度が現在と変わらなければ、1人当たりが使える費用は平均して月10.3万円となり、現在より1割減少する。
 格別の対策がなされなければ、介護職員の月収も20万円以下のレベルに引き下げざるをえなくなるだろう。経済全体として労働需給が逼迫するなかで給与が引き下げられれば、介護分野での人員確保は、きわめて困難な課題になるだろう。

(2)人材確保の困難
 (1)の問題が生じる基本的な原因は、必要な費用を保険料と公費で賄おうとするところにある。公的な仕組み(介護保険)で対処しようとすれば、収入は限られているので、それに合わせてサービスの価格が固定化される。ために、超過需要が生じていても供給が増えないのだ。その結果、現場では深刻な人手不足が生じる。
 医療でも同じ問題が生じている。
 超過需要を調整する仕組みとして行列しかない・・・・これは制度改革によって対処し得る問題だ。ここは、規制緩和が最も必要とされる分野だ。
 最低サービスの確保を公的施策で行うべきことは間違いない。しかし、それを超える水準の要求に対して、市場メカニズムの機能を封鎖すべきではない。発想を転換すれば、事態はかなり変わる。

(3)介護保険は実際には世代間移転
 2000年施行の介護保険は、世代間の公平の見地からも大きな問題を抱えている。
 現在給付を受けている人の多くは、これまで十分な額の保険料を支払ってこなかったのだ。つまり、現行の仕組みは、保険とはいうものの、経済全体で見れば、若年者が中心となって要介護者を支える世代間移転の仕組みになっている。これは、現行の公的年金と同じ構造だ。
 そして、これが医療保険と異なる点だ。医療保険は、昔から存在しているので、現在給付を受けている人も、過去において保険料を負担してきた。しかも、医療給付は短期的なものが多いので、負担と受給は1年間という期間で完結している。このような医療保険制度の延長として、長期的要素の強い異質ものもの(介護保険)を忍びこませているのだ。
 しかも、将来の労働力不足を考えると、将来時点で十分な給付が受けられるかどうか、定かではない。年金の場合、制度改正のたびに給付水準が切り下げられてきた。それと同じことが介護保険においても生じる可能性が高い。そうなれば、世代間の不公平はもっと大きくなる。

(4)資産を介護費用に
 介護保険では、受給にあたって資産保有に係る制約はない。都市部に広大な不動産を持っている人が、それを介護費用に活用することなく、介護保険から給付を受けている。公平の観点から、きわめて大きな問題だ。
 仮に介護保険がなく、親が住宅を保有していれば、子は親の住宅を売却して介護費用に充てるだろう。しかし、介護費用が介護保険で賄われれば、住宅を売却することなく、それを相続できる。介護保険は、親が住宅を持っている人に有利に働く制度だ。
 高齢者3経費(基礎年金・老人医療・介護)を消費税で支えるのは、公平の見地からして支持できない。
 (a)相続税を強化し、その収入を介護費用の公費分に充てれば公平が保たれる。相続税こそ、介護制度を支える財源になるべきものだ。
 (b)多額の不動産の保有者に対して介護保険の給付を制限し、不公平に対処すべきだ。介護保険に「資産テスト(ミーンズテスト)」を導入するのだ。
 (c)資産はあっても所得のない人には、公的主体が住宅資産を流動化させる制度を用意すればよい。リバースモーゲッジは、そのような制度だ。居住用住宅を担保にして貸付を行うのだ。所有者死亡後、相続者は貸付を返済して住宅を引き取ることもできる。返済できない場合は、貸付者が引き取る。これによって、眠っている資産を流動化させることができる。
 この制度は、他の場合にも適用できる。有料老人ホーム入居時の高額な一時金など。
 住宅を売却したくともできない場合、売却しては資産が余ってしまう場合、子からすれば売却してほしくない場合、子が介護のために働けない場合・・・・こうしたケースにもリバースモーゲッジは対応できる。
 さらに、介護とは別に相続を円滑に進める手段としても活用できる。日本経済の活性化にも寄与する。
 この制度は、公的主体が行うことが考えられるが、民間の金融機関が行ってもよい。新しい金融事業が生まれることになる。
 これ以外にも、保険、金融分野で新しいサービスが必要だ。その一つは、現物サービスを保障する保険だ。これには先端的な金融知識の活用が必要で、うまく実現できればリバースモーゲッジと並んで一大産業が展開できる。

(5)公的主体がなすべきこと
 今後必要とされるのは、現行制度からの大きな転換だ。
 (a)民間企業の参入を促進する制度をつくる。
 (b)保険料だけではなく、新たな財源をつくる。資産の流動化や新たな民間保険など、新しい金融サービスを開発する。
 (c)基本的な考えを転換する。これまでの基本的な発想は、公的な仕組みによる介護だった。その充実には予算措置が必要で、それには限度がある。だから足りない部分を民間で補填する、というのが基本的な発想だった。この発想を転換するのだ。
 このプロセスで政府がなすべきことは、次のことだ。
 ①最低サービスの保障。それ以上のサービスは、所得や支払い能力に応じる供給があってよい。
 ②サービス供給主体の質の評価。有料老人ホームなどのサービスの質は、利用者にわかりにくい。開設時だけでなく、定期的に行う必要がある。
 ③介護の質の評価。

(6)製造業を介護産業に転換させる
 特に重要なのは、町工場レベルの小規模製造業だ。工場の跡地は住宅になったが、従業員は活用されていない。
 (a)施設面。工場跡地に老人ホームをつくる。道路などの施設はあるから、介護施設に使える。
 (b)雇用面。これまで工場で雇用していた従業員を介護に転換させる。ショッピングセンター転用より雇用創出効果が大きい。
 (c)技術面。ロボット、一人用移動機器、ハイテクベッド、ハイテク介護機器など、可能性は山ほどある。ゆくゆくは輸出できるようになるまで成長するだろう。医療においても、技術開発が必要なのは医薬だけではない。製造業的技術を適用できる面が強い。

(7)介護人材のグローバル化
 今後、数百万人単位で労働力不足が起きることは十分にあり得る。
 これを補うため、介護分野の労働力を外国に求める必要が生じるだろう。特に中国に人材を求めざるを得なくなるだろう。その観点からすると、中国を排除している現在のTPPの仕組みは問題だ。外国人労働力の活用は、円高を活用できる最大の分野であることにも注意が必要だ。
 日本の人口高齢化の急速な進展は、これまでどの国も経験したことのなかったものだ。モデルを外国に求めることはできない。日本特有の解決を探る必要がある。
 介護は、大きな広がりをもつ問題だ。厚労省だけでは解決できない。権限面でも、厚労省だけでできることではない。
 介護(さらには社会保障制度)は、厚労省に任せきりにするには、あまりに重要な問題なのだ。

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)

 【参考】「【経済】財政再建と介護(1) ~曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用~
     「【経済】財政再建と介護(2) ~将来の労働事情~
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【経済】財政再建と介護(2) ~将来の労働事情~

2012年02月06日 | ●野口悠紀雄
 (承前)
 ここでは第2節から第4節まで、まとめて取り上げる。あまり上手な要約ではないので、お急ぎの方は末尾の3行にジャンプして差し支えないと思う。

2 急増する老人ホームに供給過剰の恐れ ~現在の介護が抱える諸問題のうち3点~
(1)施設とサービスのアンバランス
 高齢者向け施設のストックは次の2つ。利用者は140万人で、要介護人口470万人のうち3分の1をカバーしている。
 (a)介護保険3施設・・・・①介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、②介護老人保健施設、③介護療養型医療施設(医療機関)。
 (b)特定施設・・・・特定施設入居者生活介護事業者の指定を受けたもの。
 (b)の有料老人ホームは、過剰供給が起こる可能性がある。「ハコモノ行政」と同じことが介護でも起こるのだ。民間主体が運営する有料老人ホームが経営破綻すると、入居者は路頭に迷う。

(2)補助の有無が大きく影響する需要
 (a)特養には補助があり、利用者負担が有料老人ホームより安い(食事付きで月額5~10万円程度)。ために、入居希望者が多い。入所希望が集中して、施設整備が追いつかない。入所待ち期間2~3年が常態化している。
 (b)有料老人ホームは、介護保険制度導入後、特定施設となって低料金化が進み、入居希望者が増加した(それまで高所得者向けの高級なものしかなかった)。350(2000年)→500(2002年)→3,569(2008年)・・・・だんだん、新設ホームが満室になるまでの期間が長くなるなど、供給過剰感が出てきた。2000年には作ればすぐさま入居者が入る状態だったが、2002年頃から1年経っても入居者が採算ラインの7割に達しないところも出始めた。今では1年経っても3割に満たないところもある。

(3)介護問題を考える視点の狭さ
 (a)補助があれば自己負担が少なくなり、需要が集中する・・・・という問題に介護保険の枠内だけで対処しようとすれば、①保険料引き上げか、②国庫負担増加か、③介護職員の給与減額しかない。どれも本質的解決ではない。問題を悪化させ、悪循環に陥る可能性がある。この原因は、増加する介護需要にいかに対応するか、という問題意識しかないからだ。これはこれで必要だが、展望が開けない。
 (b)視野を広げよ。①不動産を流動化できる金融制度をつくれば、費用負担問題は打開の方向へ大きく変わる。②介護事業は規模が大きいので、一つの産業としてとらえる必要がある(特に雇用)。③戦後の日本の住宅政策は、都市に流入する若年者に対する住宅供給が主要目的だったが、今後の焦点は高齢者に変わる。

3 製造業の雇用は減少、労働力人口はもっと減少
(1)今後の日本の労働需給に大きな影響を与える要因
 (a)製造業の雇用の減少、(b)介護医療部門の雇用の増加、(c)全体としての労働力人口の減少。
 これまで(a)を(b)が吸収してきた。全体の労働力人口にあまり大きな変化はなかった。
 今後も(a)と(b)は続くが、人口高齢化により(c)が始まる(大規模なものとなる可能性がある)。
 問題は、バランスだ。(a)は、生産拠点の海外移転などによって従来より加速される可能性がある。他方(b)は、介護保険創設の初期効果が薄れるため、雇用の増加は従来より落ちる。差引、労働力が余るように見える。しかし、(c)のため、差引で全体として労働力不足に陥る可能性もあるのだ。

(2)将来の労働需給 ~定量的分析~
 (a)介護部門・・・・今の日本で有効求人倍率が1を超える唯一の分野だ。とりわけ2009年度においてはその傾向が顕著だった。全職業の有効求人倍率が0.5未満の中で、介護関連触手のそれは1.4弱の水準になった。将来はどうか。2025年までの必要増加数は、73~104万人とされる(内閣官房「医療・介護に係る長期推計」)。

 (b)製造業・・・・ピークの1992年から減少し続けている(2006、07年は例外)。この間の平均減少率は、年率2.2%だ。2025年には300万人減少することになる。これは、(2)の増加数より多い。よって、(2)と(3)を比較するかぎり、ネットでは雇用減になる。しかも、(3)の雇用減は、もっと激しくなる可能性がある。なぜなら、2005~08年頃には、円安を背景とする輸出主導成長があったため、減少が緩やかになっていたからだ。今後は、円高と生産拠点海外移転によって、これまでよりもっと減少する可能性が十分にある。そうなれば、製造業から放出される労働力を介護分野だけで引き受けることは、余計困難になる。よって、経済全体の労働力過剰と失業率の上昇が予想される。

(3)日本全体の労働力
 15~64歳人口(生産年齢人口)は、1990年代初めまで増加し続けてきた。1990年代に入ってから増加はとまったものの、ほぼ一定の状態が続いていた。しかし、ここ数年来、減少が顕著になった。2025年までに1,032万人減少する。
 こうした人口構造の変化に伴い、雇用者総数が減少する。2005~10年の間、生産年齢人口のうち雇用者の比率の平均は76.4%だった。この比率が今後も続くなら、6,257万人(2010年)→5,442万人(2025年)となる(815万人減少)。よって、経済全体として労働力不足が発生する。
 かかる状況を改善するには、労働力率が上昇しなければならない。ことに女性や64歳以上の高齢者。これらの労働力率が88%まで上昇すれば、2025年における雇用者総数は2010年と同じになる。
 2025年までの雇用者数の増減が、製造業が300万人減、介護部門が100万人増、雇用者総数が200万人減ならば、労働力の需給はバランスする。そうなる労働力率は85%だ。つまり、労働力率が現在より10ポイント程度の上昇がない場合、労働力の供給不足(人手不足)が生じる。

4 将来の政策課題は量の確保でなく質の向上
(1)将来の労働供給の推計
 試算は、労働力率の変化をどう見積もるかによって左右される。ポイントは、女性と高齢者の労働力率がどの程度変化するかだ。そのいずれも制度に大きく影響される。女性は、育児支援と主婦の年金が重要だ。高齢者については、在職老齢年金が重要だ。
 いずれも現行の制度は就労を妨げるバイアスを有する。これらが変われば、労働力率がかなり変わる可能性がある。
 しかし、こうした条件を大きく変えることはさほど容易ではないから、労働力率の上昇は10ポイント程度の範囲内にとどまり、その結果、人手不足が発生する可能性が高い。

(2)労働力供給は今後大きく減少
 日本の労働力人口は、1990年代中頃からほぼ6,600万人台で一定していたが、今後、日本の労働事情は急激に変化する。
 「平成23年版高齢社会白書」は、将来労働力を試算している。2010年の労働力人口は6,590万人だが、
 (a)労働市場への参加が進むケース・・・・各種雇用施策を講ずることで、若者・女性・高齢者等の労働市場への参加が実現する、と仮定しても、2017年において、6,556万人(現在より35万人減)。2030年において、6,180万人(現在より400万人減)。
 (b)労働市場への参加が進まないケース・・・・性・年齢別の労働力率が2006年の実績と同じ水準で推移する、と仮定すると、2017年において、6,217万人(現在より400万人減)。2030年においては、5,584万人(現在より1,000万人以上減)。

(3)女性の労働力率
 日本の女性の25~54歳の就業率は、さほど高くない。OECD加盟30ヵ国中で、22位だ。
 日本の女性の労働力率を年齢階級別に見ると、35~39歳の年齢階級を底とする「M字型カーブ」が観測される。欧米では見られない現象だ。M字現象がなくなると仮定すると、労働者数は120万人増える。
 現在就業していないが、就業を希望している女性の「就業希望者数」は、25~49歳を中心として342万人に上る。女性労働力人口276万人に対して12.4%だ。これを労働力化すると、労働者数は429万人増える。

(4)労働需要との突き合わせ
 労働力供給の推計において重要なのは、これを需要の変化と付き合わせることだ。それがないと、労働力が過剰になるか、不足するかの判断ができない。そのどちらになるかで労働政策は180度異なる。労働政策の方向づけができない。
 製造業および介護・福祉分野での需要の変化と供給の変化を付き合わせると、2030年においては、介護保険3施設においても、労働力不足は避けられない。日本が抱えている問題は、長期的に見れば、労働力不足だ。

 以上を整理すると、
 (a)製造業の雇用は、引き続き減少する。介護に対する需要は、引き続き拡大する。
 (b)総労働力人口は減少する。女性や高齢者の労働力率が高まればある程度改善されるが、全体として相当タイトな状態になる。
 (c)介護施設は過剰供給になる可能性さえあるが、介護人材面での不足は続く。よって、介護分野における人材を確保できるような制度設計が必要だ。

 【続く】

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)

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【経済】財政再建と介護(1) ~曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用~

2012年02月05日 | ●野口悠紀雄
 1月末に刊行された野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない』は、タイトルが示すように消費増税批判なのだが、批判に重点を置いているのではなく、財政悪化の原因を剔抉し、財政再建の方策を提案する。
 目次を見てみよう。

 第1章 消費税を増税しても財政再建できない
 第2章 国債消化はいつ行き詰まるか
 第3章 対外資産を売却して復興財源をまかなうべきだった
 第4章 歳出の見直しをどう進めるか
 第5章 社会保障の見直しこそ最重要 
 第6章 経済停滞の原因は人口減少ではない 
 第7章 高齢化がマクロ経済に与えた影響
 第8章 介護は日本を支える産業になり得るか? 

 目次を追うだけでも容易に推察できるように、財政再建には増税よりもむしろ歳出の見直しが重要だ、としている。見直しにおいて重要なのは社会保障であり、ことに介護だ。
 こう書くと野口は社会保障費の抑制を主張しているように見え、じじつ社会保障費の伸び率に警鐘を鳴らしていているのだが、それだけだと拝聴する側は気が滅入る。ところが、幸い、野口は単純な社会保障費カットを主張していない。
 介護の分野に新産業を創出することで、一方では製造業から放出されていく労働力を吸収し、他方では要介護人口を支える生産年齢人口の減少に対処する。そのためには、従来の社会保障の発想を転換し、制度を変えなければならない、という。
 そう述べる本書の結論、第8章は、次の5節で構成される。

 1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
 2 急増する老人ホームに供給過剰が生じないか?
 3 製造業の雇用は減少するが、労働力人口はもっと減少
 4 将来の政策課題は、量の確保でなく質の向上
 5 新しい介護産業の確立に向けて

 以下、野口の議論を順次追ってみたい。

   *

1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
(1)介護という「新産業」の登場
 1990年代後半以降、日本の雇用構造に変化が起きた。(a)製造業の雇用が減り、(b)介護の雇用が増えた。(a)と(b)とはほぼ同数なので、全体の雇用の減少は緩やかなものだった。
 (b)は、54万人(2000年)→112万人(2005年)・・・・と5年間で2倍になった。施設より在宅サービスの職員が増えた。
 なぜか。要介護人口が急増したからだ。218万人(2000年)→411万人(2005年)・・・・倍増。平均年率13.5%。
 この原因は、介護保険保険法施行(2000年4月)による。要介護が顕在化し、それに対応するために介護職員が急増したのだ。介護という「新産業」が登場し、雇用を吸収したのだ。
 ちなみに、要介護比率が増加するとされる80歳以上人口は、5年間で1割増えたにすぎない。

(2)今後の要介護人口の伸びは鈍化
 このような「初期フェイズ」はすでに終わりつつある(介護保険制度が始まってから約10年間は特殊な時期だった)。定常状態になれば、これまでのような介護部門の雇用増は期待できなくなる。
 80歳以上人口の増加率は、低下し続けている。年率は、2014年から3%台に、2034年から2046年の間は(2045年を例外として)マイナスになる。当然、要介護人口も、2012年から2017年までの5年間で2割、2012年までの10年間で4割増える程度だ。
 介護関係従事者の伸び率も、その程度に低下する。実際、最近の増加は、毎年10万人程度になっている。→日本の雇用構造に大きな影響。

(3)1990年代以降の日本で所得が低下した理由
 介護部門の平均賃金は、製造業のそれより低かった。だから、1-(1)の雇用構造の変化により、日本全体の所得が低下した。
 1990年代以降、新興国の台頭によって工業製品の価格が継続的に下落した。そのため製造業の利益が縮小し、賃金を切り下げた・・・・と「デフレスパイラル」論は主張する。しかし、この認識は誤りだ。
 実際には、製造業の賃金は低下しなかった。製造業が放出した雇用の受け入れ先=介護の賃金が低かったため、全体の賃金が低下したのだ。
 製造業の雇用を受け止める生産性の高い産業がなかったことが問題なのだ。
 米国や英国でjは、金融業など生産性の高い産業が雇用を増加させたため、経済全体の所得が増加した。

(4)要介護人口の伸びが鈍化すれば所得がさらに低下
 過去10年間、介護サービスと介護従事者の両方に対して超過需要の状態にあった。ここに市場メカニズムが働いていたら、介護従事者の所得は向上したはずだ。しかし、現実には、この部門の所得は低く抑えられたままだ。介護が基本的には、公的施策(介護保険)の枠内で行われてきたからだ。
 今後、1-(2)の定常状態になって、超過需要状態が解消されてしまえば、介護部門の賃金引き上げは不可能になる(相対的低賃金の継続)。
 のみならず、介護保険財政が悪化する可能性が高い。なぜなら、要介護人口は増加し続ける一方、保険料を負担する世代の人口が減少していくからだ。そうなれば、(介護保険の枠内における)介護従事者の賃金引き上げは、さらに難しくなる。場合によっては、現在よりさらに状況が悪化する可能性が高い。

 以上のように、今、介護産業は大きな曲がり角に来ている。それは、日本経済全体に関わる重大問題でもある。なぜなら、製造業では今後も雇用が減少していくだろうから。それを引き受ける部門の賃金が今より低下すれば、日本の所得低下減少はさらに拍車がかかる。
 これを回避する手段はある。介護に関する発想を大転換し、これまでの10年間とは異なる介護産業のビジョンを描き、仕組みを変えるならば。

 【続く】

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)
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【震災】原発>原子炉建屋倒壊の危険性 ~格納容器内の内視鏡調査~

2012年02月04日 | 震災・原発事故
 1月19日、東京電力は、福島第一原発2号機の格納容器内を内視鏡で調査し、その際に撮影した映像を公開した。
 これについて、「原発幹部」は次のように語る。

 格納容器内部は、予想どおり冷えていた。これは大きな成果。
 しかし、予想外の、悲観的なポイントが幾つか見つかった。

 (a)塗装が剥がれて錆びていた。劣化は想像以上だった。配管のジョイントやボルト部分、建屋の鉄筋や鉄骨・・・・。内部がいかに高温だったかがわかる。
 容器や建屋は、すぐには倒壊しないが、震度5~6級の地震がくれば、揺れ方によっては倒壊の危険性がある。日々、建屋や容器の傷みは着実に進行している。

 (b)格納容器内の水位が予想より低かった。東電は、これまで格納容器内の圧力値をもとに容器の底から4.5mに水面がある、と推定していた。今回の調査ではその位置に水面はなかった。本社の計算や想定がいかに甘くていい加減なものであるか、バレてしまった。
 注水している水は、それほど溜まらないまま、汚染水となって建屋の地下に流出していることになる。

 (c)配管の状態はわからない。今回は巨大な格納容器の一部しか調査していない。

 (d)内視鏡調査では、よくわからない。不鮮明な映像で、配管の細かなズレ、漏れなどは現場の者が見てもよくわからない。水面の位置、溶融した燃料が何処にありどんな状態か、わからない。
 全部で70分間撮影したが、30分間しか公開していない。すべて公開しないと、「また隠した」と思われる。

 (e)カネ、人手を相当かけた。関与した34人の作業員も、かなり被曝した(東電発表によれば、最大3.07mSv)。

 溶融した燃料を確認するには、内視鏡装置ではダメだ。また、1、3、4号機は状態がさらにひどいから、ますますカネ、時間、人手がかかる。
 その前に、配管や格納容器の劣化具合から、燃料棒を取り出すはずの10年後まで建屋と容器がもつか、疑問。 
 工程表は、早晩、大幅な見直しが迫られる。

 以上、本誌取材班「「原子炉建屋が倒壊する」」(「週刊朝日」2012年2月3日号)に拠る。
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【経済】年々減る給与、年々増える会社の貯金 ~企業の内部留保金300兆円~

2012年02月03日 | 社会
 この10年間、億万長者が激増する一方、会社員の年収は下がりっぱなしだ【注1】。
 この10年間、労働者の賃金が下がり続けたのは、先進国では日本だけだ。
 この間に好景気(いざなみ景気)もあったのに。GDPは微増しているのに。

 他方、バブル崩壊以降、大企業は会社員の給料を下げ、リストラし、それでいて、しこたま貯蓄を殖やしてきた。
 企業は300兆円近くを貯金している。
 企業の利益から配当や役員賞与を払った残りの「内部留保金」は、2002年には190兆円だったが、2008年には280兆円に膨れ上がった。たった6
年間で1.5倍だ【注2】。

 これは異常な数値だ。
 米国の企業の手元資金は、162兆円だ(2010年末)。日本企業の内部留保金は、米国の2倍近くあるのだ。米国の経済規模は、日本の2倍だ。つまり、経済社会における割合としては、米国の実質4倍の内部留保金を持っていることになる。
 米国の162兆円の手元資金も少ない額ではない。リーマン・ショック以降、企業が資金を手元に置きたがる傾向があって、膨れ上がったのだ。この巨額の手元資金が米国経済の循環を鈍らせ、雇用環境を悪化させている、などと指摘されている。
 実質その4倍の内部留保金が日本経済に与える悪影響は、推して知るべし。

 この巨額の内部留保金は、日本経済の金の流れをせき止め、景気を悪くしている要因でもある。
 そして、企業は自らのクビを絞めている。経済キャパシーが小さくなれば、競争が激しくなり、必然的に収益も小さくなるのだ。
 企業が金を貯めこむ。→ 世間に金が回らない。→ 景気が冷え込む。→ 企業の収益が先細りしていく。

 企業の貯金=内部留保金は、世間が企業の商品を買ってくれたから生じたものだ。儲けをまったく還元せずに、ひたすら貯めこんでいるのだ。
 内部留保金は資産であって、全部吐き出しても、すぐに会社が動かなくなるというものではない。
 300兆円は、これはじつに巨額で、日本国民全員に250万円ずつ配れる額だ。4人家族なら1,000万円だ。その1割を差し出せば、復興費は賄える。
 消費税を今の倍にしても10兆円の税収にしかならないが、大企業の貯金を1割切り崩せば30兆円。消費税を増税する必要は、ちっともない。

 【注1】国税庁「民間給与実態統計調査」
 【注2】財務省「企業統計調査」

 以上、武田知弘「ピンハネされているあなたの給与! ~数字が見抜く理不尽ニッポン 第6回~」(「週刊金曜日」2012年1月27日号)に拠る。

 【参考】「【経済】税制が作った“富裕老人”400万人
     「【経済】消費税は失業者を増やす
     「【経済】「億万長者激増」の原因 ~税制~
     「【経済】「億万長者激増=景気低迷原因」説 ~日本に5万人の億万長者~
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【政治】社会保障と税の一体改革を批判する6つの視点

2012年02月02日 | 社会
(1)政治論
 野田総理は、政権交代前の街頭演説でいわく、「書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらない」。国会でも同様の演説をしている。
 ところが、「一体改革」政府素案には、社会保障の基本というべき年金については、民主党が掲げる最低保障年金を柱とする年金制度さえ示していない。他方、税については、消費税率の引き上げがスケジュールつきで明確に書かれている。
 政権交代時のマニフェストに書いていない消費税はスケジュールや税率まで決めておきながら、マニフェストに書かれている年金改革はまだなのだ。

(2)社会保障論
 消費税を社会保障目的税にするのは、先進国ではまず例を見ない奇妙なものだ。
 社会保障は、給付と負担の明確化のため財源を保険料とするのが原則だ(保険方式)。低所得者向けに税財源を投入することはあっても、税を目的税化することはない。税を財源にすると、給付と負担の関係が明確でなくなり、サービス需要が大きくなる。
 税財源だとサービス需要が大きくなって社会保障費が膨らむ(財政錯覚 Fiscal Illusion)。最近、特養ホーム(特別養護老人ホーム)で内部留保が2兆円にものぼったことが指摘されたが、税金投入が一因だろう【注1】。

(3)租税論
 税率引き上げより先に、不公平を解消すべきだ。さもないと、穴の空いたバケツで水をすくうことになる。しかも、不公平を放置しておくと、税収確保がやりにくいばかりか不公平を増大させる。
 (a)社会保険料といっても、法的性格は税と同じだ。払わなければ滞納処分になる。しかるに、年金機構(旧社保庁)の執行が甘い。税・保険料の不公平は、まず消えた保険料だ。国税庁と年金機構の把握法人数は、年金機構のほうが少なく国税庁と80万件もの差がある。これは、年間10兆円程度(推定)の保険料徴収漏れだ。
 (b)国民番号制度がない。そのため所得税などの正確な補足が出来ず、これも不公平だ。国民番号制度を導入すれば、5兆円程度(推定)増収になる。
 (c)消費税インボイスがない。そのため消費税も3兆円程度(推定)徴収漏れがある。(a)+(c)の合計18兆円程度の徴収漏れかつ不公平がある。
 国税庁と年金機構を合体する歳入庁構想は、世界では当たり前だ。先進国で歳入庁でない国を探すほうがむずかしい。最近では1998年に英国が歳入庁を作っだ。検討に1年間、実施に1年間、計2年間でできた。
 国民番号制度も消費税インボイスをやっていないのも、先進国では日本くらいだ。これらの世界の常識は、税率を上げる前に行うべきだ【注2】【注3】。

(4)地方分権の観点
 地方分権には、三ゲン(権限・人ゲン・財源)の同時移譲が必要だ。地方は身近な行政サービスを行う(補完性の原則)。そのため、景気に左右されない安定財源が必要だ。地方の行政サービスのための安定財源は、地方分権された地方を見ても消費税が適切だ。ところが、消費税を社会保障目的税化して、国のサービスに固定されると、地方分権ができにくくなる【注4】。

(5)行革論
 野田総理は、政権交代前の街頭演説でいわく、「12兆6,000億円ということは、消費税5%ということだ。消費税5%分の税金に、天下り法人がぶら下がってる。シロアリがたかってる。それなのに、シロアリ退治しないで、今度は消費税引き上げるのか?」。
 また、マニフェストには官僚の天下り先である独法への補助金を減らす、と書いてある。
 1月20日、野田政権は独立行政法人の改革案を閣議決定した。が、肝心な支出削減額が明記されていない。ここでも、マニフェストに書いてあることをやっていない。

(6)マクロ経済からの問題
 デフレのまま、消費税増税を行うというのは狂気の沙汰だ。欧州危機も考慮し、財政再建へ軸足をかけすぎないほうがよい。債務を適切な水準に戻すまでには優に20年以上かかるだろう。「急がば回れ」だ。
 日本の低いままの名目成長率は、財政当局に悪用されている(必要な増税額を水増しして示す)。社会保障費は、高齢化によって年間1兆円程度増加する、としている。その一方で、消費税増税については、今後5年間の名目成長率1%程度を前提に計算している。増税では低い名目成長率を使いながら、経済成長をいうときには実質2%、名目3%を目指すのだ(二枚舌)。
 名目成長率を上げることはそれほど難しくない。マネーを増やせばよいだけのことだ。マネーを増やせば、為替はかなり簡単に円安になり、それだけで名目GDPが上がる【注5】【注6】。さらにデフレも脱却できる。円の総量とドルの総量の関係から為替が決まることと、円の総量とモノの総量の関係で一般物価が決まることはかなり似ている。円が増えてドルが相対的に少なくなってドル高(円安)になることは、円が増えてモノが相対的に少なくなって物価が高くなることは基本的に同じ現象だ。
 5%程度の名目成長、少し歳出削減するなら4%の名目成長でも財政再建は可能だ。
 マネー伸び率10%程度を10年間継続して行えば、5%程度のまともな名目経済成長ができる。そうすれば、消費税増税は不要になる。
 このように、適切なマクロ経済政策をとれば、消費税増税は不要なのだが、民主党政権は、放漫な財政運営で、自公政権時代より10兆円近く財政を膨らませてしまった。結局、今回の消費税増税はこのツケだ【注7】。
 増税分は社会保障に使うとか、カネに色のついていないことをいいことに、デタラメな説明を繰り返しているが、これが社会保障と税の一体改革の正体だ。

 【注1】高橋洋一「社会保障を人質に理屈なき消費税増税を狙う ~高橋洋一の俗論を撃つ【第6回】 2011年1月27日~」(DIAMOND online)
 【注2】高橋洋一「増税一直線の野田政権に告ぐ 増税に代わる財源を示そう ~高橋洋一の俗論を撃つ【第21回】 2011年9月8日~」(DIAMOND online)
 【注3】高橋洋一「超党派議員が開いたシンポジウムで鳩山元総理がぶち上げた日銀法改正論 ~高橋洋一の俗論を撃つ【第27回】 2011年12月1日~」(DIAMOND online)
 【注4】高橋洋一「消費税の税源移譲なくして地方分権なし その社会保障目的税化は地方分権の大障害 ~高橋洋一の俗論を撃つ【第28回】 2011年12月15日~」(DIAMOND online)
 【注5】高橋洋一「為替介入効果が長続きしない理由 日米マネー量の相対比が円ドルレートを左右する ~高橋洋一の俗論を撃つ【第第25回】 2011年11月4日~」(DIAMOND online)
 【注6】高橋洋一「為替再考!なぜ小泉・安倍政権時代には円安誘導に成功したか ~高橋洋一の俗論を撃つ【第30回】 2012年1月12日~」(DIAMOND online)
【注7】高橋洋一「民主党マニフェストは総崩れ ツケは増税で国民に回る ~高橋洋一の俗論を撃つ【第29回】 2011年12月29日~」(DIAMOND online)

 以上、高橋洋一(嘉悦大学教授)「社会保障と税の一体改革批判① ~論争! 日本のアジェンダ 【第1回】 2012年1月24日~」(DIAMOND online)に拠る。
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【震災】原発>マユツバな新基準 ~食品の放射性物質~

2012年02月01日 | 震災・原発事故
 厚生労働省は、現在の暫定規制値でもリスクがあるが、リスクをもっと減らすために、食品中の放射性物質に係る基準値を5分の1にした(ただし、厚労省は「安全・安心」の基準値と称する)。
 そして、新基準値(年間線量1mSv)の根拠を、世界的な食品規格を決定するコーデックス委員会が食品からの被曝線量の限度を年間1mSvと定めているからだ、と厚労省は説明する。
 しかし、コーデックス委員会のガイドラインは、原発事故などが起きた際の国際貿易に係る基準だ。食品以外からは被曝しない、ということを前提としている。
 ところが、原発事故を起こした国では、食品のほかにも、外部被曝も受ける。
 したがって、食品だけで1mSvを占めてよい、という厚労省の議論は、食品以外のものを含む全体でそれ以上の被曝線量を受けてもよい、と認めているに等しい。
 総量限度については、コーデックス委員会は考慮していない。
 当然、厚労省も考慮していない。

 以上、植田武智「食品中の放射性物質 新基準値でリスクはどうなる?」(「週刊金曜日」2012年1月27日号)に拠る。

   *

 厚生労働省は新たな食品の放射能基準を打ち出したが、とても安心できる通常規則ではない。
 (a)基準値がまだまだ高い。
 (b)外部被曝や呼吸被曝を度外視している。
 (c)セシウム以外の危険な放射性物質を軽視している。
 (d)被災地をはじめ、全国的に検査用機器類が少ない。今後も「ザル検査」が続く。

 しかも、日常生活の放射能基準に多くの「穴」がある。
 (1)食品加工補助産品に基準がない。<例>米ぬか。
 (2)煙草に規制値がない(JTの自主基準のみ)。
 (3)放射能を貯めこみやすい高リスク食品への警戒が弱い。<例>キノコ、定着性海産物(<例>ナマコ)、海藻、ベリー類、乳製品。
 (4)非常用を含む日用品原料について規制も検査も薄い。<例>家畜資源(医療・化粧品用)、食塩、漢方薬原料、皮革、木材、線香、工業原料用農産水産物。

 以上、田中一郎「穴だらけの放射能の新基準」(「週刊金曜日」2012年1月27日号)に拠る。
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