語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】財政再建と介護(2) ~将来の労働事情~

2012年02月06日 | ●野口悠紀雄
 (承前)
 ここでは第2節から第4節まで、まとめて取り上げる。あまり上手な要約ではないので、お急ぎの方は末尾の3行にジャンプして差し支えないと思う。

2 急増する老人ホームに供給過剰の恐れ ~現在の介護が抱える諸問題のうち3点~
(1)施設とサービスのアンバランス
 高齢者向け施設のストックは次の2つ。利用者は140万人で、要介護人口470万人のうち3分の1をカバーしている。
 (a)介護保険3施設・・・・①介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、②介護老人保健施設、③介護療養型医療施設(医療機関)。
 (b)特定施設・・・・特定施設入居者生活介護事業者の指定を受けたもの。
 (b)の有料老人ホームは、過剰供給が起こる可能性がある。「ハコモノ行政」と同じことが介護でも起こるのだ。民間主体が運営する有料老人ホームが経営破綻すると、入居者は路頭に迷う。

(2)補助の有無が大きく影響する需要
 (a)特養には補助があり、利用者負担が有料老人ホームより安い(食事付きで月額5~10万円程度)。ために、入居希望者が多い。入所希望が集中して、施設整備が追いつかない。入所待ち期間2~3年が常態化している。
 (b)有料老人ホームは、介護保険制度導入後、特定施設となって低料金化が進み、入居希望者が増加した(それまで高所得者向けの高級なものしかなかった)。350(2000年)→500(2002年)→3,569(2008年)・・・・だんだん、新設ホームが満室になるまでの期間が長くなるなど、供給過剰感が出てきた。2000年には作ればすぐさま入居者が入る状態だったが、2002年頃から1年経っても入居者が採算ラインの7割に達しないところも出始めた。今では1年経っても3割に満たないところもある。

(3)介護問題を考える視点の狭さ
 (a)補助があれば自己負担が少なくなり、需要が集中する・・・・という問題に介護保険の枠内だけで対処しようとすれば、①保険料引き上げか、②国庫負担増加か、③介護職員の給与減額しかない。どれも本質的解決ではない。問題を悪化させ、悪循環に陥る可能性がある。この原因は、増加する介護需要にいかに対応するか、という問題意識しかないからだ。これはこれで必要だが、展望が開けない。
 (b)視野を広げよ。①不動産を流動化できる金融制度をつくれば、費用負担問題は打開の方向へ大きく変わる。②介護事業は規模が大きいので、一つの産業としてとらえる必要がある(特に雇用)。③戦後の日本の住宅政策は、都市に流入する若年者に対する住宅供給が主要目的だったが、今後の焦点は高齢者に変わる。

3 製造業の雇用は減少、労働力人口はもっと減少
(1)今後の日本の労働需給に大きな影響を与える要因
 (a)製造業の雇用の減少、(b)介護医療部門の雇用の増加、(c)全体としての労働力人口の減少。
 これまで(a)を(b)が吸収してきた。全体の労働力人口にあまり大きな変化はなかった。
 今後も(a)と(b)は続くが、人口高齢化により(c)が始まる(大規模なものとなる可能性がある)。
 問題は、バランスだ。(a)は、生産拠点の海外移転などによって従来より加速される可能性がある。他方(b)は、介護保険創設の初期効果が薄れるため、雇用の増加は従来より落ちる。差引、労働力が余るように見える。しかし、(c)のため、差引で全体として労働力不足に陥る可能性もあるのだ。

(2)将来の労働需給 ~定量的分析~
 (a)介護部門・・・・今の日本で有効求人倍率が1を超える唯一の分野だ。とりわけ2009年度においてはその傾向が顕著だった。全職業の有効求人倍率が0.5未満の中で、介護関連触手のそれは1.4弱の水準になった。将来はどうか。2025年までの必要増加数は、73~104万人とされる(内閣官房「医療・介護に係る長期推計」)。

 (b)製造業・・・・ピークの1992年から減少し続けている(2006、07年は例外)。この間の平均減少率は、年率2.2%だ。2025年には300万人減少することになる。これは、(2)の増加数より多い。よって、(2)と(3)を比較するかぎり、ネットでは雇用減になる。しかも、(3)の雇用減は、もっと激しくなる可能性がある。なぜなら、2005~08年頃には、円安を背景とする輸出主導成長があったため、減少が緩やかになっていたからだ。今後は、円高と生産拠点海外移転によって、これまでよりもっと減少する可能性が十分にある。そうなれば、製造業から放出される労働力を介護分野だけで引き受けることは、余計困難になる。よって、経済全体の労働力過剰と失業率の上昇が予想される。

(3)日本全体の労働力
 15~64歳人口(生産年齢人口)は、1990年代初めまで増加し続けてきた。1990年代に入ってから増加はとまったものの、ほぼ一定の状態が続いていた。しかし、ここ数年来、減少が顕著になった。2025年までに1,032万人減少する。
 こうした人口構造の変化に伴い、雇用者総数が減少する。2005~10年の間、生産年齢人口のうち雇用者の比率の平均は76.4%だった。この比率が今後も続くなら、6,257万人(2010年)→5,442万人(2025年)となる(815万人減少)。よって、経済全体として労働力不足が発生する。
 かかる状況を改善するには、労働力率が上昇しなければならない。ことに女性や64歳以上の高齢者。これらの労働力率が88%まで上昇すれば、2025年における雇用者総数は2010年と同じになる。
 2025年までの雇用者数の増減が、製造業が300万人減、介護部門が100万人増、雇用者総数が200万人減ならば、労働力の需給はバランスする。そうなる労働力率は85%だ。つまり、労働力率が現在より10ポイント程度の上昇がない場合、労働力の供給不足(人手不足)が生じる。

4 将来の政策課題は量の確保でなく質の向上
(1)将来の労働供給の推計
 試算は、労働力率の変化をどう見積もるかによって左右される。ポイントは、女性と高齢者の労働力率がどの程度変化するかだ。そのいずれも制度に大きく影響される。女性は、育児支援と主婦の年金が重要だ。高齢者については、在職老齢年金が重要だ。
 いずれも現行の制度は就労を妨げるバイアスを有する。これらが変われば、労働力率がかなり変わる可能性がある。
 しかし、こうした条件を大きく変えることはさほど容易ではないから、労働力率の上昇は10ポイント程度の範囲内にとどまり、その結果、人手不足が発生する可能性が高い。

(2)労働力供給は今後大きく減少
 日本の労働力人口は、1990年代中頃からほぼ6,600万人台で一定していたが、今後、日本の労働事情は急激に変化する。
 「平成23年版高齢社会白書」は、将来労働力を試算している。2010年の労働力人口は6,590万人だが、
 (a)労働市場への参加が進むケース・・・・各種雇用施策を講ずることで、若者・女性・高齢者等の労働市場への参加が実現する、と仮定しても、2017年において、6,556万人(現在より35万人減)。2030年において、6,180万人(現在より400万人減)。
 (b)労働市場への参加が進まないケース・・・・性・年齢別の労働力率が2006年の実績と同じ水準で推移する、と仮定すると、2017年において、6,217万人(現在より400万人減)。2030年においては、5,584万人(現在より1,000万人以上減)。

(3)女性の労働力率
 日本の女性の25~54歳の就業率は、さほど高くない。OECD加盟30ヵ国中で、22位だ。
 日本の女性の労働力率を年齢階級別に見ると、35~39歳の年齢階級を底とする「M字型カーブ」が観測される。欧米では見られない現象だ。M字現象がなくなると仮定すると、労働者数は120万人増える。
 現在就業していないが、就業を希望している女性の「就業希望者数」は、25~49歳を中心として342万人に上る。女性労働力人口276万人に対して12.4%だ。これを労働力化すると、労働者数は429万人増える。

(4)労働需要との突き合わせ
 労働力供給の推計において重要なのは、これを需要の変化と付き合わせることだ。それがないと、労働力が過剰になるか、不足するかの判断ができない。そのどちらになるかで労働政策は180度異なる。労働政策の方向づけができない。
 製造業および介護・福祉分野での需要の変化と供給の変化を付き合わせると、2030年においては、介護保険3施設においても、労働力不足は避けられない。日本が抱えている問題は、長期的に見れば、労働力不足だ。

 以上を整理すると、
 (a)製造業の雇用は、引き続き減少する。介護に対する需要は、引き続き拡大する。
 (b)総労働力人口は減少する。女性や高齢者の労働力率が高まればある程度改善されるが、全体として相当タイトな状態になる。
 (c)介護施設は過剰供給になる可能性さえあるが、介護人材面での不足は続く。よって、介護分野における人材を確保できるような制度設計が必要だ。

 【続く】

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)

 【参考】「【経済】財政再建と介護(1) ~曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用~
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