語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~

2015年11月13日 | ●佐藤優
 (承前)

(8)市場経済が成り立つ条件
 貨幣経済と所有権の絶対は、市場経済の成立には不可欠だ。価格統制などの封建的な規制がないことも、市場経済が成り立つ条件だ。
 封建領主は、裁判権や価格決定権など、さまざまな権限を持っていた。そのもとでは市場メカニズムは機能しない。
 封建社会のもとで需要と供給のバランスがとれてマーケット・メカニズムが生まれたとしても偶然や社会的因習の要素が強い。仮に成立したとしても短期的でほそぼそしたものだったはず。
 だから、押し買いが成立した。押し売りだけでなく、押し買いもあった。値段が固定価格、公定価格、あるいは社会慣習で決まっている。需要と供給のバランスは関係ないから、ある物を個人が大量に買い占めて、独占することも可能だった。
 封建的な身分制度のタガが緩んでくると、人びとはどこへ向かったか。
 中世ヨーロッパには都市があった。ここには封建領主の力が及ばない。城壁で囲まれ、武装した都市には自治権が認められていた。商業の拠点で、製造業もそなわっていた。自由な都市があるのが、ヨーロッパの特徴だ。
 農奴が都市に逃げ込むと自由民になる。都市は新たな活力をえて発展していく。
 「都市の空気は人を自由にする」(ドイツのことわざ)
 ただし、都市は農業生産物を自給できなかったから、交易に頼るしかなかった。多くの人が行き来した結果、自由な空気が生まれた。
 中世ヨーロッパは、封建領主が支配する地域と都市が、まだら模様になっていた。イスラム法が一律に通用するフラットなイスラム世界とは異なる。
 ここで商業がどう発展するか。領主は領地内の商業を統制するが、その外は統制できない。都市と都市、遠隔地を結ぶ商業のネットワークはどういう秩序に従うか。
 商業のルールは市場メカニズムだ。しかし、所有権や契約を保証する法律がなければ、それは機能しない。ローカルなゲルマン法は役に立たない。そこで、古代のローマ法が再発見された。ローマ法は商法などが整っていて、ローカルルールとも無関係なのでちょうどよかった。
 商法は国際法だ。ローマ法をベースにする商業活動のなかで、統治権力の及ばないところで市場メカニズムが作動するのを実感できる。そういったプロセスを通じて、貨幣経済の自律性をヨーロッパの人びとは徐々に理解していった。
 ここまでなら、もともと国際的商業活動に従事していたイスラム教徒と同じスタートラインに、やっと立てただけだ。資本主義が生まれるには、もういくつかステップを踏まなければならない。
  (a)労働力・・・・農奴には労働者になる自由がない。自由民となったものは労働して、生活を支えなければなえらない。やがて貨幣とひきかえに、労働力を売る賃労働者が現れる。賃労働者は身分と無関係だ。「労働者の労働力は雇い主が所有している」という契約の観念が決定的に重要だ。
  (b)生産組織・・・・アダム・スミスは分業に注目した。同じ技術を使って、同じ労働をしていても、労働者が工程を手分けして分業しただけで、生産性がアップする。製品が安くつくれる。生産量が増大し、経済は拡大する。企業は儲かる。資本蓄積ができる。こうして資本主義に火がついた。
 資本主義のエートスは、キリスト教の中に内在していた・・・・話はそう簡単ではないが。
 ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で言うように、プロテスタントが資本主義を支えるエートスをつくった。しかし、それは最後のステップで、その前にもさまざまな段階があった。
 キリスト教のなかに内在していたいくつもの要素が歴史のなかで重なり合って資本主義がスタートした。
 それらの要素は、「(再)発見」される必要があった。
 まず職業。ルターは、どんな職業も神が割り当てたものだから、同様に価値がある。誰しも自分の職業に全力をつくすべきだとした。
 つぎに隣人愛。職業を通じて人びとの必要を満たすのは、隣人愛の実践だ。教会に寄付なんかしなくても、安くて品質のよい製品をじゃんじゃん供給すればするほど、隣人愛を実践し、神の意思に応えたことになる。ついでに利益もあがってしまう。
 ここで重要なのは、キリスト教をはじめ、利益追求の資本主義をつくる予定では全然なかったことだ。むしろ、その反対だった。ところがキリスト教のなかにある要素を順番につなげてステップを踏んでいくと、いつの間にか予定にない資本主義が生まれてしまった。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。