語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】都議会改革は都庁改革 ~都の政策に責任を持つのは誰か~

2016年09月17日 | ●片山善博
 (1)先の東京都知事選挙は、小池百合子氏の圧勝に終わった。その小池氏が選挙期間中に主張していたことの一つが都議会改革だ。
 都政はどなたがどこでどのように決めているのかさっぱりわからないとも訴えていた。これは都議会自民党会派内にある「政策推進総本部」を念頭においた発言だろう。都の主要政策については、都庁各局があらかじめ「政策推進総本部」に持ち込み、そこで了解が得られてから具体的に予算案に盛り込んだり条例案の作成に着手したりするのだという。
 予算案・条例案は知事が議会に提案するのだが、この独特の政策形成プロセスにおいては往々にして提案者(知事)より先に都議会自民党議員が内容を把握し、各局との協議を通じて行われる修正や調整を経て内容が固まるのだという。

 (2)二元代表制を採る日本の地方自治制度のもとでは、首長(知事・市町村長)が責任を持って議案を作成し、それを議会に提案するのが本来のやり方だ。議案の説明責任は当然首長が果たさなければならない。ところが、都の仕組みでは、知事の知らないうちに各局と都議会自民党との間で既に議案の内容がセットされているのだから、知事はまっとうな説明責任を果たしようがない。
 一方、実質的に議案の内容を決めた都議会自民党は説明責任を果たすことはない。形式的には議案は知事が提案したものであり、都議会自民党に属する議員たちは他の会派の議員と同じく、形式上は議案を知事から受け取る立場でしかないからだ。実際には議案の内容に大きく関わっていても、答弁や説明を求められることはない。
 都の政策についていったい誰が責任を持つのか。都政はどなたがどこでどのように決めているのかわからないとの小池氏の批判は、おそらくこんな事情を背景にして出てきたはずだ。たしかに都議会改革は急務だといってよい。

 (3)日本の地方自治制度では、例えば予算案の編成権は知事のみに属していて、都議会にはない。ところが、その編成権の一部(しかも重要な一部)が事実上都議会自民党会派に移ってしまっている。条例案も都民にとって必要なものを知事が責任を持って提案すればいいのに、事前に都議会自民党の了承を得られたものしか提案しない。
 こんな歪な仕組みにしてしまったのは誰の責任か。都議会自民党だけの責任かといえば、必ずしもそうではない。むしろ執行部側にこそ原因の多くがある。
 その最大の原因は、政策形成における都庁の①無謬主義と②事なかれ主義だ。
 ①を多少誇張していえば、都庁で作成した予算案や条例案は完璧であって、修正を加えられる箇所などあってはならない。ましていわんや、否決されることなど決してないという自負だ。
 ②とは、公の場での面倒な論争を避けるために、それが出ないような環境を整えておこうとする心理だ。
 議会との関係でこの二つの要素を満たすには、議案提出の前にそれらが無傷で可決される段取りを整えておかなければならない。それには、あらかじめ都議会多数派との間で話をつけておくのが最も合理的かつ手っ取り早い。こうした文脈の中で、半ば必然的にできあがったのが都議会自民党会派内の「政策推進総本部」なのだろう。
 このやり方だと、都議会のすべての会派に話をつけるわけではないので、議案に公然と反対する会派も出てくる。しかし、いくら少数派が反対しても、多数派がそれを蹴散らかしてくれるので、議案処理には何も心配はない。議場で厳しい質問をぶつけられることがあっても、それが議案の処理結果に影響を及ぼすことはないので、慇懃な答弁をしておけばやり過ごせる。

 (4)(3)のやり方は東京都に限らず、全国の多くの自治体に共通して見られる光景だ。そこでは議案を議会がよく吟味した上で修正したり、否決したりすることはない。議案をめぐってさしたる議論が展開されることもない。万事を予定調和的に処理にするのがもっぱらだ。
 つつがなく議案が通ることはむしろ望ましいという考えを持つ自治体関係者は多い。
 ただ、この根回しによる弊害は大きい。議会の多数会派と密室でこそこそと相談してものごとを決める。そこでは一部の声の大きい議員の利害が反映する可能性を排除できないが、それを外から見ると、それこそ「どなたがどこでどのように決めているのかわからない」ことにほかならない。

 (5)この際東京都だけでなく全国の自治体でも、根回しによる事前調整はほどほどにして、執行部が責任を持ち、主体的に議案を作成し、正々堂々と議会に提出する方式に切り替えてはどうか。
 それだと議案が一本も通らないと心配する向きもあるが、決してそんなことはない。議案の内容に欠陥があるのならともかく、もし議会が理由なく議案に反対するようなことがあれば、議会自身の見識が疑われるし、その責任が問われよう。
 案ずるより産むが易し。片山善博・慶大教授は、そのことをかつて鳥取県政で実践した。

 (6)東京都の情報公開度は決して高くない。桝添要一・前知事の外国出張旅費支出に関し、情報公開請求に応じて都側が提出した資料ではやたら黒塗りの部分が目立っていた。しかも、その該当箇所を黒塗り=不開示とする理由はどう見てもなさそうだった。都にもある情報公開条例の適正な運用に欠けているのはではないか。こういうことだから法外な外国出張旅費などのムダ遣いが発生しているのではないか。
 情報公開を徹底し、透明性を高めることは、組織が病を治す上でとても大きな力を発揮する。都知事ないし都庁と都議会との関係を正常化する上で最も効果的なのは、都の予算編成過程の透明化だ。
 これまでの予算編成では、その概要が世間に伝わるのは、予算案ができあがって公表される時期でしかない。それまでは密室の編成作業だ。その密室の作業の一環として「政策推進総本部」などとの調整が秘密裏に行われている。

 (7)(6)のやり方を改め、最初の各局の予算要求の段階から内容を都のホームページで公開するのだ。その後の財政当局での査定内容も、最終的な知事査定結果も、すべて同じように公開する。こうすれば、それぞれの段階の責任者(各局の局長、財務局の部長や局長、知事)が、それぞれの時点での内容に説明責任を果たすことになる。
 このプロセスのどこかの段階で、例えば議員からの口利きや横やりが入れば、それを受け入れた幹部が苦しい説明をせざるを得なくなる。これは口利きや横やりに対する抑止力になり得る。
 では、議員は予算案に何も注文を付けられないのかというと、そんなことはない。議会における予算審議の過程で、それぞれ意見を言ったり、修正の必要性を論じたりすればいい。それには議員が公の場で説明責任を果たさなければならないが、それはごく当たり前のことだ。
 これは片山教授がかつて鳥取県政で実践したことだ。これが県執行部と県議会との関係の正常化に大きな役割を果たしたし、予算のムダを摘出する上でも実に有効だった。今後の都政改革に参考になるのではないか。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「都議会改革は都庁改革 ~日本を診る第83回~」(「世界」2016年10月号)
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