語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『後方見聞録』

2014年11月02日 | エッセイ
 交遊した詩人、画家等の芸術家や出版人をしのぶ回想録である。
 第1部には稲垣足穂から吉田一穂まで15人をとりあげる。これが旧版の本体である。
 文庫化にあたり、新たに、20数年間のうちに鬼籍に入った10人を追憶して補足した。これが第2部の点鬼簿追懐である。
 さらに第3部として、現役の飯島耕一と、刊行当時は存命の矢川澄子が加えられた。

 錚々たる列伝である。あくまで加藤郁乎との関わりにおいて語られるが、加藤郁乎自身個性的な俳人にして詩人だから、個性と個性のぶつかり合うところに火花が散る。大詩人を相手にしても、対等にわたりあって昂然たるものだ。

 「何にでも、オの字をつけると一応の諧謔が成り立つ、と見極めて来者を恐れようともしない西脇順三郎翁から、そろそろ、呼び出しの電話がかかってきそうな気がする、『オカトウさん、お遊びにいらっしゃい』」(第Ⅰ部「西脇順三郎の巻」)。
 西脇順三郎のもち味、諧謔味を巧みに点描する。
 と同時に、夫子自身の全身に満ちる風狂と諧謔の精神を活写して余すところがない。本書の題名「後方見聞録」からして、俳味にみちている。『東方見聞録』のもじり、回想の意の造語だ。

   昼顔の見えるひるすぎぽるとがる

 初期句集『球体感覚』の代表作だ。一読、茫洋、第四次鎖国令前後の長崎をしのぶ思いが湧いてこないか。
 名高い「とりめのぶうめらんこりい子供屋のコリドン」をふくむ句集『形而情學』の室生犀星賞受賞が決まった日、著者は飲み歩き、知人宅に泊まった。連絡がとれないままやきもきし、一夜を出版社ですごした森谷均は、痛風が発症したという。
 かくのごとく、加藤郁乎にとっては、酒と交遊とは切り離せない関係なのだ。
 ただし、すべての飲兵衛が加藤郁乎になれるわけではない、当然。
 豪快で切れ味がよく、しかも飄逸な文章。決して薄くはない本書を、一気に通読させるだけの力が全編にみなぎる。

□加藤郁乎『後方見聞録』(学研M文庫、2001)
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