語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~

2014年04月10日 | 社会
 (1)異次元金融緩和策が導入されて、ほぼ1年経った。マネタリーベースは著しく増えた。しかし、マネーストックはほとんど増えなかった。
 異次元金融緩和策は空回りを続けている【注1】。追加緩和措置が必要だ、という意見が多いのだが、追加とは国債を増やすことだ。過去1年と同じことが繰り返されるだけだ。
 政府と日本銀行は、「物価上昇率引き上げ」という誤った目標を立て、国債購入を激増させた。しかし、実体経済には何の影響も与えられなかった。
 いまの日本経済で金融緩和が経済拡大効果を持ち得ないことは、あらかじめ予想されたことだ。企業が巨額の内部留保を持ち、しかも設備投資意欲がないため借り入れ需要は弱い。しかも、日銀当座預金残高は過剰準備状態にあり、貸し出し増の制約になっていない。かかる状況下で国債を購入して当座預金を増やしたところで、貸し出しが増えるはずはない。だから、マネーストックが従来の趨勢から離れて増えるはずはないのだ。

 (2)何のために金融緩和政策が行われるのか?
 その真の目的は「財政ファイナンス」=「国債の貨幣化」だ。
 それによって、金利の高騰を抑え、財政の資金調達を円滑にするのだ。
 日銀による国債の購入そのものが重要なのであって、教科書的な意味での金融緩和効果【注2】は、初めから政策当局の念頭にはない(推定)。

 (3)財政ファイナンスは、異次元金融緩和政策によって、日銀の国債購入額は飛躍的に増加した。このため、国債利回りは高騰しなかった。巨額の公共投資増加を行ったにもかかわらず、また、2012年以降ユーロ圏からの資金流入が止まったにもかかわらず。
 日本の財政事情を考えると、本来はいまのような低金利で財政が資金調達できるはずはない。これは、明らかに「
国債バブル」だ。
 
 (4)長期的に見ると、社会保障費はさらに増大する。よって、(a)社会保障制度を大改革するか、(b)大増税を行うか、いずれかをしないと日本の財政は破綻する。
 だから、本来なら金利高騰=国債価格暴落によって支出削減や増税をせざるを得ない状況に追い込まれているはずだ。

 (5)現実には国債金利高騰せず=危険信号働かず。ゆえに財政改革が進まず。この状態は、2つの意味で異常だ。
  (a)物価上昇率が名目金利を上回り、その結果実質金利がマイナスになっている。この状況下では、借り入れをして財を購入し、一定期間保有して売却すれば、借り入れの金利を払ってもなお利益が生じる。よって、裁定取引によって金利が上昇して、解消されるはずのものだ【注3】。こうした状態は異常なものであって、長続きしない。
  (b)負担なしの支出増が継続している。社会保障費が増大すれば、受給者の消費支出が増える。よって、経済全体で見れば、誰かの支出が減らなければならないはずだ。①保険料負担が増えるなら負担者の消費が、②増税されるなら納税者の消費が、③金利が上がるなら投資支出が、それぞれ減らされるはずだ。しかし、①~③のどれも起こらない。誰の負担も増えず、増発された国債は日銀に購入されるので、金利も上昇しない。だから、他の支出は何も削減されないで社会保障費が増大する。
 こんな旨い話がいつまでも続くだろうか? むろん、永続できるはずはない。経済の供給能力に余裕がある間は持つが、いずれ限界に突き当たって、誰かの負担が明示的な形で増えざるを得なくなる。
 ただし、ここまで赤字が膨張してしまうと、増税や歳出削減で対処するのは不可能だ。
 政治的に最も容易なのは、インフレによって国債残高の実質価値を減らすことだ。これが歴史の示すところだ。終戦直後の日本財政も、巨額の赤字の実質価値をインフレで減らした。

 (6)国債バブルと負担なしの財政膨張は、正常な経済ではあり得ない歪んだ状態だ。
 日銀による強引な大量国債購入によって、初めて実現しているものだ。

 (7)ビットコインが普及した経済では、(6)は生じ得ない。理由は2つ。
  (a)ビットコインの「発行」は、マイニングによって行われるのであって、日銀券のように国債を購入することによって行われるのではない。日銀は、自らの債務である日銀券を印刷することで国債を購入でき、しかも、その規模を恣意的に決めることができる【注4】。
    ミルトン・フリードマンのいわゆる「kパーセント・ルール」は、中央銀行の裁量的な政策を排除しようとするものだ。ただし、ここで問題にされたのは、マネーストックの伸びだ。財政ファイナンス阻止の立場からすると、マネタリーベースの恣意的な拡張を阻止すが必要がある。 
  (b)インフレが予想されると、ビットコインが資産逃避手段として用いられる。2013年におけるキプロスと中国の経験が示したのは、為替管理を強化しても、資金がビットコインに逃げられてしまう、ということだ。このように、ビットコインが広く使われるようになった経済では、国や中央銀行が勝手な経済政策をしようとしても、それに強い制約がかかる。

 (8)そもそも、中央銀行の役割は、信用秩序を維持し、預金通貨を守ることだ。恣意的な金融政策を行うことではない。ましてや、国債を貨幣化して財政放漫化を放置することではない。
 これを担保するため法律で日銀の独立性が保障され、また日銀引き受けによる国債発行が禁じられている。しかし、現実には、それらが空文化してしまった。
 ビットコインは、経済政策や金融政策の本質を、原点に立ち返って見つめ直すことを迫っている。

 【注1】
 (a)長期的傾向からすると伸び率は若干高まっているが、消費増税前の住宅駆け込み需要によって住宅ローンが増えたためであって、マネタリーベースが増加した結果ではない。消費増税後、反動で減少するだろう。
 (b)物価上昇率は高まったが、主として円安のためだ。円安は金融緩和によって生じたのではなく、国際的投機資金の流れが変化したために生じたものだ。
 (c)実質GDP成長率は、安倍内閣の成立直後(2013年1~3月期)が最も高く、その後は次第に低下している。物価上昇率が高まったために、実質消費の伸び率が低下しているからだ。物価が上昇する半面、賃金は上がらないので、人々の生活は苦しくなっている。
 【注2】マネーストックの増加を経る経済拡大。
 【注3】その結果実現するのが「フィッシャー方程式」に表されている関係だ。
 【注4】実際には、日銀の国債購入の大部分は、日銀当座預金という負債を増やすことによって行われている。日銀券も日銀当座預金もマネタリーベースなので、経済的な意味は同じだ。

□野口悠紀雄「財政ファイナンスを仮想通貨が阻止する ~「超」整理日記No.704~」(「週刊ダイヤモンド」2014年4月12日号)
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 【参考】
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