(1)ビットコインの、全世界での現在の残高は1兆円。利用者も店舗も米国に多い。
その世界有数の取引所「マウント・ゴックス」が2月26日未明に突然停止した。ビットコイン744,000枚(370億円)が紛失したおそれがある、という【注1】。
(2)ビットコインはこの数ヶ月、ニュースに頻繁に登場した。ただし、ネガティブなものだが多かった。かかるニュースはビットコインがいかがわしいもの、危険なものという印象を与える。しかし、これは極めて重要な発明なのだ。
決済制度、通貨制度、ひいては国家の存立基盤まで重大な影響を与え得る。送金コストが極めて低いため、これまで不可能だった経済活動が可能になる。同時に、犯罪者やテロ集団に用いられ、国家が統御できなくなる可能性もある。
ただし、2009年に登場したばかりの全く新しい通貨であり、しかも、「公開鍵による非対称セキュア認証」とか「ハッシュ関数」などといった専門概念が登場するので、なかなか正確には理解できない【注2】。
仕組みの概要と、それがもたらし得る影響は次のとおり。
(3)ビットコインには、発行者も管理者も一切存在しない。では、どのように維持しているのか?
その中心は、取引の記録(「ブロックチェーン」)だ。ブロックとは、一定期間の取引記録のこと。それが時系列的につながっているので「チェーン」と呼ばれる。
記録されているデータは、どこかのサーバーが一元的に管理しているのではない。公開されていて、多数のコンピュータで形成するネットワークが、全体として維持している。ビットコインを支えているのは「人々」だ。かかる仕組みを「P to P」という。
ブロックチェーンには、ビットコインの過去の取引すべてが記載されている。しかもそれは、偽造貨幣や二重取引を排除した「正しい」取引の記録であり、改竄は事実上できない。これをいかに実現するかが、ビットコインの中核的なアイデアだ。
それは、「ある種の演算は、極めて大量の計算を要求する」という数学的事実に基礎を置いた、極めて巧妙な方法だ。人類が「貨幣」を使用してきた長い歴史で初めての革命的なアイデアだ。
(4)ブロックチェーンは、ほぼ10分ごとに更新される。公開されているので、コインを受け取った人(商品の売り手)は、その取引記録がブロックチェーンに記載されているかどうかをチェックできる。記載されていれば、自分が正当な保有者と認められたことになるので、商品を引き渡す。
ブロックチェーンを維持する行為は、ボランティア活動ではない。ビットコインの形で報酬を受け取れる可能性がある。それを金鉱採掘に見立てて「マイニング」と呼ぶ。それによって、ビットコインの総量が決まる。2041年ごろまで増え続け、それ以降は一定になるように設計されている。
なお、少額のビットコイン取引には(通常はごくわずかの)手数料が課せられ、それもマイナー(採掘者)の報酬になる。
したがって、ビットコイン総量が限度に達した後も、ブロックチェーンは更新され続ける。
(5)ビットコインを信じるか否かは、(3)、(4)の仕組みを信じるかどうかにかかっている。
あまりに斬新なので、多くの人は戸惑うだろう。
しかも、ビットコインには金など実物資産の裏付けがない。だからと言って、「ビットコインは危ない」とは言えない。なぜなら、国の通貨や銀行の預金も同じだからだ。貨幣当局が乱発せず、銀行が倒産しない(倒産しても預金保険がカバーしてくれる)という信頼がそれらを支えている。
しかし、不良債権や金融緩和政策で、信頼は近来とみに失われている。ビットコインのほうが確実とも言える。
(6)ビットコインの潜在力は計り知れないほど大きい。
「安全なシステムとは、信頼ある主体が責任を持って運営するもの」と考える人には、狂気のアナーキズムに見える。
他方、いかなる権力の恣意的な決定も否定し排除したいと願う人にとっては、究極の理想社会を実現する手段だ。
ビットコインを用いる送金は、コストが非常に低額なので、受け入れ者が増えれば、銀行の送金システムは不要になってしまう。広く使われるようになれば、中央銀行の独占的地位は維持できない(不要になる)。
取引は追跡できるが、それを現実の個人や企業に結びつけることはできない。報酬をビットコインで受け取れば、課税当局は把握できない。マネーロンダリングに使われても追跡できない。これは日本銀行券でも同じことだが、それよりはるかに効率的なだけだ。
その効率的なことが問題なのだ。究極的には国家の存在が脅かされる。
実際、中国が禁止したのは、富裕層がビットコインで資産を海外に移すのを阻止しようとしたためだ。
これは中国だから可能なことだ。インターネット通信を禁止しない限り、ビット小委員そのものを規制することはできない。そもそも禁止したり規制したりしようとするのが無意味だ。
(7)ビットコインの理解に必要なのは、コンピュータサイエンスや暗号理論と、経済学や貨幣論だ。最も根底にあるのは数論(整数論)だ。
これまでシステム維持の技術面については、何の欠陥も見出されていない。(a)素因数分解に係るある種の問題の効率的解法のアルゴリズムが発見されるか、(b)量子コンピュータが実用化されれば、存立の基盤は大きく揺らぐ。しかし、(a)、(b)が近未来に生じるとは考えられない。
(8)経済面については、すでに問題が発生している。投機の対象になって、価値が乱高下していることだ。
コインの供給に係る何らかのメカニズムを導入する必要があるのかもしれない。
電子コインはビットコインが唯一のものではない。現に類似の通貨がすでに多数誕生している。この問題に解答を与えたコインが成長していくことになる。
【注1】記事「国境超える「新通貨」、怖さ露呈 ビットコイン取引停止」(朝日デジタル 2014年2月27日05時44分)
【注2】詳しくは野口悠紀雄の新連載「ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(ダイヤモンド・オンライン)参照。
□野口悠紀雄「ビットコインは理想通貨か徒花か? ~「超」整理日記No.698~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月1日号)
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【参考】
「【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?」
「【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?」
その世界有数の取引所「マウント・ゴックス」が2月26日未明に突然停止した。ビットコイン744,000枚(370億円)が紛失したおそれがある、という【注1】。
(2)ビットコインはこの数ヶ月、ニュースに頻繁に登場した。ただし、ネガティブなものだが多かった。かかるニュースはビットコインがいかがわしいもの、危険なものという印象を与える。しかし、これは極めて重要な発明なのだ。
決済制度、通貨制度、ひいては国家の存立基盤まで重大な影響を与え得る。送金コストが極めて低いため、これまで不可能だった経済活動が可能になる。同時に、犯罪者やテロ集団に用いられ、国家が統御できなくなる可能性もある。
ただし、2009年に登場したばかりの全く新しい通貨であり、しかも、「公開鍵による非対称セキュア認証」とか「ハッシュ関数」などといった専門概念が登場するので、なかなか正確には理解できない【注2】。
仕組みの概要と、それがもたらし得る影響は次のとおり。
(3)ビットコインには、発行者も管理者も一切存在しない。では、どのように維持しているのか?
その中心は、取引の記録(「ブロックチェーン」)だ。ブロックとは、一定期間の取引記録のこと。それが時系列的につながっているので「チェーン」と呼ばれる。
記録されているデータは、どこかのサーバーが一元的に管理しているのではない。公開されていて、多数のコンピュータで形成するネットワークが、全体として維持している。ビットコインを支えているのは「人々」だ。かかる仕組みを「P to P」という。
ブロックチェーンには、ビットコインの過去の取引すべてが記載されている。しかもそれは、偽造貨幣や二重取引を排除した「正しい」取引の記録であり、改竄は事実上できない。これをいかに実現するかが、ビットコインの中核的なアイデアだ。
それは、「ある種の演算は、極めて大量の計算を要求する」という数学的事実に基礎を置いた、極めて巧妙な方法だ。人類が「貨幣」を使用してきた長い歴史で初めての革命的なアイデアだ。
(4)ブロックチェーンは、ほぼ10分ごとに更新される。公開されているので、コインを受け取った人(商品の売り手)は、その取引記録がブロックチェーンに記載されているかどうかをチェックできる。記載されていれば、自分が正当な保有者と認められたことになるので、商品を引き渡す。
ブロックチェーンを維持する行為は、ボランティア活動ではない。ビットコインの形で報酬を受け取れる可能性がある。それを金鉱採掘に見立てて「マイニング」と呼ぶ。それによって、ビットコインの総量が決まる。2041年ごろまで増え続け、それ以降は一定になるように設計されている。
なお、少額のビットコイン取引には(通常はごくわずかの)手数料が課せられ、それもマイナー(採掘者)の報酬になる。
したがって、ビットコイン総量が限度に達した後も、ブロックチェーンは更新され続ける。
(5)ビットコインを信じるか否かは、(3)、(4)の仕組みを信じるかどうかにかかっている。
あまりに斬新なので、多くの人は戸惑うだろう。
しかも、ビットコインには金など実物資産の裏付けがない。だからと言って、「ビットコインは危ない」とは言えない。なぜなら、国の通貨や銀行の預金も同じだからだ。貨幣当局が乱発せず、銀行が倒産しない(倒産しても預金保険がカバーしてくれる)という信頼がそれらを支えている。
しかし、不良債権や金融緩和政策で、信頼は近来とみに失われている。ビットコインのほうが確実とも言える。
(6)ビットコインの潜在力は計り知れないほど大きい。
「安全なシステムとは、信頼ある主体が責任を持って運営するもの」と考える人には、狂気のアナーキズムに見える。
他方、いかなる権力の恣意的な決定も否定し排除したいと願う人にとっては、究極の理想社会を実現する手段だ。
ビットコインを用いる送金は、コストが非常に低額なので、受け入れ者が増えれば、銀行の送金システムは不要になってしまう。広く使われるようになれば、中央銀行の独占的地位は維持できない(不要になる)。
取引は追跡できるが、それを現実の個人や企業に結びつけることはできない。報酬をビットコインで受け取れば、課税当局は把握できない。マネーロンダリングに使われても追跡できない。これは日本銀行券でも同じことだが、それよりはるかに効率的なだけだ。
その効率的なことが問題なのだ。究極的には国家の存在が脅かされる。
実際、中国が禁止したのは、富裕層がビットコインで資産を海外に移すのを阻止しようとしたためだ。
これは中国だから可能なことだ。インターネット通信を禁止しない限り、ビット小委員そのものを規制することはできない。そもそも禁止したり規制したりしようとするのが無意味だ。
(7)ビットコインの理解に必要なのは、コンピュータサイエンスや暗号理論と、経済学や貨幣論だ。最も根底にあるのは数論(整数論)だ。
これまでシステム維持の技術面については、何の欠陥も見出されていない。(a)素因数分解に係るある種の問題の効率的解法のアルゴリズムが発見されるか、(b)量子コンピュータが実用化されれば、存立の基盤は大きく揺らぐ。しかし、(a)、(b)が近未来に生じるとは考えられない。
(8)経済面については、すでに問題が発生している。投機の対象になって、価値が乱高下していることだ。
コインの供給に係る何らかのメカニズムを導入する必要があるのかもしれない。
電子コインはビットコインが唯一のものではない。現に類似の通貨がすでに多数誕生している。この問題に解答を与えたコインが成長していくことになる。
【注1】記事「国境超える「新通貨」、怖さ露呈 ビットコイン取引停止」(朝日デジタル 2014年2月27日05時44分)
【注2】詳しくは野口悠紀雄の新連載「ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(ダイヤモンド・オンライン)参照。
□野口悠紀雄「ビットコインは理想通貨か徒花か? ~「超」整理日記No.698~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月1日号)
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【参考】
「【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?」
「【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?」