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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?

2014年02月27日 | ●野口悠紀雄
 (1)ビットコインの、全世界での現在の残高は1兆円。利用者も店舗も米国に多い。
 その世界有数の取引所「マウント・ゴックス」が2月26日未明に突然停止した。ビットコイン744,000枚(370億円)が紛失したおそれがある、という【注1】。 

 (2)ビットコインはこの数ヶ月、ニュースに頻繁に登場した。ただし、ネガティブなものだが多かった。かかるニュースはビットコインがいかがわしいもの、危険なものという印象を与える。しかし、これは極めて重要な発明なのだ。
 決済制度、通貨制度、ひいては国家の存立基盤まで重大な影響を与え得る。送金コストが極めて低いため、これまで不可能だった経済活動が可能になる。同時に、犯罪者やテロ集団に用いられ、国家が統御できなくなる可能性もある。
 ただし、2009年に登場したばかりの全く新しい通貨であり、しかも、「公開鍵による非対称セキュア認証」とか「ハッシュ関数」などといった専門概念が登場するので、なかなか正確には理解できない【注2】。
 仕組みの概要と、それがもたらし得る影響は次のとおり。

 (3)ビットコインには、発行者も管理者も一切存在しない。では、どのように維持しているのか?
 その中心は、取引の記録(「ブロックチェーン」)だ。ブロックとは、一定期間の取引記録のこと。それが時系列的につながっているので「チェーン」と呼ばれる。
 記録されているデータは、どこかのサーバーが一元的に管理しているのではない。公開されていて、多数のコンピュータで形成するネットワークが、全体として維持している。ビットコインを支えているのは「人々」だ。かかる仕組みを「P to P」という。
 ブロックチェーンには、ビットコインの過去の取引すべてが記載されている。しかもそれは、偽造貨幣や二重取引を排除した「正しい」取引の記録であり、改竄は事実上できない。これをいかに実現するかが、ビットコインの中核的なアイデアだ。
 それは、「ある種の演算は、極めて大量の計算を要求する」という数学的事実に基礎を置いた、極めて巧妙な方法だ。人類が「貨幣」を使用してきた長い歴史で初めての革命的なアイデアだ。

 (4)ブロックチェーンは、ほぼ10分ごとに更新される。公開されているので、コインを受け取った人(商品の売り手)は、その取引記録がブロックチェーンに記載されているかどうかをチェックできる。記載されていれば、自分が正当な保有者と認められたことになるので、商品を引き渡す。
 ブロックチェーンを維持する行為は、ボランティア活動ではない。ビットコインの形で報酬を受け取れる可能性がある。それを金鉱採掘に見立てて「マイニング」と呼ぶ。それによって、ビットコインの総量が決まる。2041年ごろまで増え続け、それ以降は一定になるように設計されている。
 なお、少額のビットコイン取引には(通常はごくわずかの)手数料が課せられ、それもマイナー(採掘者)の報酬になる。
 したがって、ビットコイン総量が限度に達した後も、ブロックチェーンは更新され続ける。

 (5)ビットコインを信じるか否かは、(3)、(4)の仕組みを信じるかどうかにかかっている。
 あまりに斬新なので、多くの人は戸惑うだろう。
 しかも、ビットコインには金など実物資産の裏付けがない。だからと言って、「ビットコインは危ない」とは言えない。なぜなら、国の通貨や銀行の預金も同じだからだ。貨幣当局が乱発せず、銀行が倒産しない(倒産しても預金保険がカバーしてくれる)という信頼がそれらを支えている。
 しかし、不良債権や金融緩和政策で、信頼は近来とみに失われている。ビットコインのほうが確実とも言える。

 (6)ビットコインの潜在力は計り知れないほど大きい。
 「安全なシステムとは、信頼ある主体が責任を持って運営するもの」と考える人には、狂気のアナーキズムに見える。
 他方、いかなる権力の恣意的な決定も否定し排除したいと願う人にとっては、究極の理想社会を実現する手段だ。
 ビットコインを用いる送金は、コストが非常に低額なので、受け入れ者が増えれば、銀行の送金システムは不要になってしまう。広く使われるようになれば、中央銀行の独占的地位は維持できない(不要になる)。
 取引は追跡できるが、それを現実の個人や企業に結びつけることはできない。報酬をビットコインで受け取れば、課税当局は把握できない。マネーロンダリングに使われても追跡できない。これは日本銀行券でも同じことだが、それよりはるかに効率的なだけだ。
 その効率的なことが問題なのだ。究極的には国家の存在が脅かされる。
 実際、中国が禁止したのは、富裕層がビットコインで資産を海外に移すのを阻止しようとしたためだ。
 これは中国だから可能なことだ。インターネット通信を禁止しない限り、ビット小委員そのものを規制することはできない。そもそも禁止したり規制したりしようとするのが無意味だ。

 (7)ビットコインの理解に必要なのは、コンピュータサイエンスや暗号理論と、経済学や貨幣論だ。最も根底にあるのは数論(整数論)だ。
 これまでシステム維持の技術面については、何の欠陥も見出されていない。(a)素因数分解に係るある種の問題の効率的解法のアルゴリズムが発見されるか、(b)量子コンピュータが実用化されれば、存立の基盤は大きく揺らぐ。しかし、(a)、(b)が近未来に生じるとは考えられない。

 (8)経済面については、すでに問題が発生している。投機の対象になって、価値が乱高下していることだ。
 コインの供給に係る何らかのメカニズムを導入する必要があるのかもしれない。
 電子コインはビットコインが唯一のものではない。現に類似の通貨がすでに多数誕生している。この問題に解答を与えたコインが成長していくことになる。

 【注1】記事「国境超える「新通貨」、怖さ露呈 ビットコイン取引停止」(朝日デジタル 2014年2月27日05時44分)
 【注2】詳しくは野口悠紀雄の新連載「ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(ダイヤモンド・オンライン)参照。

□野口悠紀雄「ビットコインは理想通貨か徒花か? ~「超」整理日記No.698~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月1日号)
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 【参考】
【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?
【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?
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【経済】賃金引き上げの唯一の方法 ~法人減税の誤謬~

2013年10月21日 | ●野口悠紀雄
 (1)安部首相は、(a)政府と企業との直接交渉で賃上げを促す、(b)法人減税で賃金を上昇させる、といったプランを持っている。
 見当違いだ。わけても(a)は論外だ。政治的パフォーマンスとして行いたいのだろうが、こんな対応しか思いつかないのか、と国民を幻滅させる点で逆効果だ。発想の貧困を暴露している。
 そもそも安部首相は、賃金下落のメカニスムを分かっていない。

 (2)個々の企業が賃金を抑えているのではなく、産業構造の変化に伴って、日本経済全体の平均賃金が下落しているのだ。
  (a)産業計の賃金指数は、1990年代末がピークだ。それ以降は、おおまかな傾向として、最近に至るまで低下し続けている。事業所規模5人以上の現金給与総額は、1997年度(104.4)から2012年度(99.9)まで、4.5%の下落だ。
  (b)製造業では、リーマンショック以前の時点においては、賃金が上昇していた。特に1990年代後半から2000年代中ごろにかけて、産業計の賃金が下落していたときに、製造業の賃金は上昇していた。1997年と2007年を比べると、
    ①産業計は1.8%下落
    ②製造業は3.8%上昇
  (c)製造業の賃金は、リーマン・ショックで大きく低下したが、その後は回復している。その結果、製造業の2012年度の賃金指数は、リーマンショック前のピークには及ばないものの、2000年代初めより高くなっている。
  (d)製造業と対照的に、医療、福祉業は、賃金指数が趨勢的に低下している。その結果、最近の賃金指数は、2000年代初めより12%も低下している。
  (e)賃金水準に、大きな格差がある。賃金は、基本的には労働の限界生産力に等しい。生産性は産業別に大きな差があるため、賃金水準は産業別に大きくことなる。2012年度における従業員1人当たりの給与は、
    ①製造業・・・・440万円
    ②非製造業・・・・338万円
      ※うち、医療、福祉業・・・・217万円(①の5割)
  (f)製造業の従業員は、縮小する一方だ。2012年度はピーク(1991年度)より269万人減った。
     ※1,300万人近く(1991年度) → 1,200万人超(1995年度まで) → 1,000万人弱(2011年度)
  (g)非製造業の従業員は、一貫して増えている。特に2000年代初めに増加が顕著だ。この結果、非製造業は2,236万人(1990年度)から3,141万人(2012年度まで、904万人増えた。
  (h)非製造業の従業員数増加は、介護保険の導入によって、医療、福祉業の従業員が増えたことの影響が大きい。39万人(2004年度)から86万人(2012年度)まで47万人増えた。同期間中の製造業の従業員数減少は62万人なので、その4分の3をカバーしている。
  (i)賃金が高い製造業が縮小し、賃金が低い非製造業(特に医療、福祉業)が拡大したため、日本経済全体の賃金が下がったわけだ。

 (3)(1)に戻ると、(a)は日本が計画経済国家や統制経済国家ではない以上論外であるとして、(b)の、法人減税は賃上げを促すか?
 否。
 「利益は配当、内部留保、役員報酬、賃金で山分けされる」・・・・わけではない。売上げから賃金などを引いて残ったものが利益だ。仮に内部留保を吐き出させたいなら、法人税を増税する必要がある。
 さらに重要なことは、(2)で示すように、個々の企業が賃金を抑えているわけでなない、ということだ。ある産業の賃金は、その生産性で決まる。
 では、製造業の縮小をくい止めれば問題は解決するか? 否。製造業の縮小は、新興国の工業化がもたらした必然的結果だからだ。
 結論。新しい産業を興す。それが、日本の賃金を引き上げるための、困難だが、唯一の方法だ。

□野口悠紀雄「賃金引き上げの方法は新産業を興すことだけ ~「超」整理日記No.681~」(「週刊ダイヤモンド」2013年10月26日号)
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【経済】米国金融緩和終了で日本国債のバブル崩壊

2013年10月09日 | ●野口悠紀雄
 (1)米国FRB議長の任期は来年1月に満了する。その後任人事が難航している。
 この人事は、米国の金融緩和政策の行方に関係する。ゆえに、世界中の注目を集めている。

 (2)米国の現在の金融緩和政策は、雇用情勢改善を目的として行われている。しかし、米国企業の利益は、すでにリーマン・ショック以前の水準を回復し、順調に増加を続けている。よって、問題は企業の利益をいかに雇用や賃金に振り分けるかだ(分配上の問題)。これは、税制や社会保障政策の役割であって、金融政策が有効であるか否か、疑問だ。
 その半面、金融緩和で投機が容易になり、米国から流出した投機資金が世界で次々にバブルを引き起こしている。
 ユーロ危機は、米国サブプライム証券化商品から逃避した投機資金が、南欧国債や住宅投資に向かったため引き起こされた。
 中国は、リーマン・ショックによる経済落ち込みを回復するために巨額の景気刺激策を行い、それが不動産バブルを引き起こした。よって、中国の不動産バブルは、米国の不動産バブルを引き継いだものだ。
 マクロ的対外バランスを見れば、米国は巨額の経常収支赤字が今に至るまで続いている。これは、資本収支でファイナンスされている。米国経済の長期的な見通しが良好である限り、資本流入は続く。
 ただし、それをファイナンスできる国が存在しなければならない。リーマン・ショック前は、日本、中国、産油国が主たる資本供給国だった。しかし、日本の経常収支黒字は、リーマン・ショックと東日本大震災を経て減少している。中国の貿易黒字も減少している。よって、米国に対する資本流入が、これまでのように順調に続く保証はない。

 (3)要するに、誰がFRB議長になろうと、金融緩和政策をこれ以上継続してよいかどうか、検討課題にせざるを得ない。

 (4)仮に米国の金融緩和i政策が終了した場合、日本にいかなる影響が及ぶか。
 米国の景気悪化は日本の株価に悪影響を及ぼす・・・・とは限らない。
 金融緩和i政策が終了 → 米国の金利が上昇 → 仮に日本の金利が上がらずに日米金利差が拡大すれば、日本から米国の資金移動が起こり、円安が進む → 株高
 ・・・・となると言えるほど、事態は簡単ではない。日本の金利上昇が起こらない保証はないからだ。
 金利上昇のメカニズムは
  (a)単に米国の金利に引かれて上昇する。<例>今春以降の日本の長期金利の上昇。
  (b)全世界的規模で投機が縮小する。金融緩和i政策が終了すると、投機のための資金調達が困難となり、また資金コストが上昇するからだ。
   ①その結果、ユーロ圏から日本への資金流入(主として国債に投資)が減少、または流出へ転じることが生じ得る。そうなると、国債価格が低下し、金利高騰を招く。
   ②米国から日本の株式市場に流入していた資金も逆流する。
   ③以上は、為替レートを円安方向に動かし、同時に日本の景気に悪影響を及ぼす。
   ④円安が進んでも、輸出量は増大しない(大きな問題)。事実、この1年間に25%も円安が進んだにも拘わらず、輸出量は減少している。殊に対中輸出の減少は異常なほどだ。対欧輸出が回復する可能性はあっても、対中輸出が増えることは期待できない。
   ⑤資金流出は、円安をもたらし、国内物価を上昇させる。よって、経済活動が停滞する半面、物価だけが上昇する(スタグフレーション)。

 (5)(4)-(b)-⑤に対処する方法は、あるか?
 現在の日本経済は、公共事業の著しい増大によって支えられている。これをさらに拡大すれば、金利高騰を招く。(4)-(b)-①があるので、これまでのように金利に影響を与えずに有効需要のみを増大させることは難しい。

 (6)米国の金融緩和 → 米国の住宅価格バブル → 崩壊 → バブルが欧州と中国に移行
 2012年11月ごろ以降、日本で進行した円安と日本株価の高騰も、欧米のヘッジファンドなどによる投機の結果として生じた(同年秋、米国から投資が株式市場に流入)。
 米国の金融緩和の終了 → 投資資金の調達困難 → 世界的な投機の時代の終わり

 (7)最後に残ったバブルは、日本国債のバブルだ。
 財政状況が最悪であるにも拘わらず日本で歴史的な低金利が続いたのは、世界の投機資金が安全を求めて日本国債に避難していたからだ。特に2011年、欧州から日本に対して巨額の証券投資の資金流入があった。これが、日本財政を破綻から守った。
 日本国債(10年債)の利回りは、
  (a)リーマン・ショック前 1.5%程度
  (b)2011年ごろから顕著に低下
  (c)いま 0.75%
 仮に(a)の状態に戻るとすると、日本国債の利回りは急騰する。
  → 巨額の国債を保有する金融機関に損失が発生する。かつ、利払い費の急増によって財政が危機的状況に陥る。
  → これまで覆い隠されていた日本財政の潜在的問題が顕在化する。

 (8)(7)にも拘わらず、消費増税対策としての財政支出増、法人減税、公共事業の増額など、政治的圧力による財政拡大要因が目白押しだ。
 国債バブル崩壊の危険をまったく無視して。

□野口悠紀雄「米国金融緩和終了で投機の時代は終わるか? ~「超」整理日記No.678~」(「週刊ダイヤモンド」2013年10月5日号)
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【経済】投機に翻弄される日本経済と金融市場

2013年06月12日 | ●野口悠紀雄
 (1)4月4日の新金融政策発表の直後、株式市場は歓迎し、株価は上昇した。ただし、債権市場は乱高下した。
 5月に入ってから、金融市場で、政府当局の意図に反する重要な異変が生じた。
  (a)長期金利が高騰。
  (b)株価が5月23日に暴落。その後、株価は大きく変動。
 金融緩和の目的は、実質金利を下げて投資活動などを促進させようとすることだ。上昇しているのは名目金利であって、必ずしも実質金利の上昇を意味しないが、実質金利も上昇している可能性が高い。
 ここ数ヵ月間の株価上昇は、政権支持率を高めていた要因だった。株価が順調に上昇しなければ、政権にとって大きな痛手となる。

 (2)株価暴落の原因として、次のことなどが指摘されている。
  (a)中国製造業購買担当者景気指数(PMI)の低下
  (b)米国の量的金融緩和政策(QE3)の終了予測
 たしかに、(a)や(b)が株価下落の引き金を引いたことは事実だろう。が、基本的な原因は、昨秋以降の株価上昇が企業活動の活性化を反映したものではなく、円安だけに依存したものだったことだ【注1】。だから、海外からの小さなショックによっても下落してしまうのだ。
 仮に株価上昇が、生産性向上や需要増加など実体的経済活動の改善に裏づけられていたなら、乱高下は起こりにくいはずだ。大きく下落し、その後も乱高下すること自体が、株価が脆弱な基礎の上に成立していることを示す何よりの証拠だ。
 いまの日本の株式市場は、企業の業績を評価するのではなく、為替レートの行方を当てるゲームを繰り広げるだけの市場になってしまっている。

 (3)アベノミクスの真の問題・・・・株価が上昇しただけで、実体経済が改善しなかったこと。
 賃金は上がらない。設備投資は増えない。貿易赤字は拡大し続ける。構造的な問題を抱える電機産業や鉄鋼業は株価が上昇しても実体が変わらない。円安や株価から利益をあまり得られない中小企業にとっては厳しい状態が続く。円安によるコストアップが経営を圧迫する。
 今後円安が再び進めば株価も再び上昇する。しかし、実体経済は改善されない。これまでのようなマネーゲームが続くだけだ。
 株価上昇の原因となった円安自体が、海外のヘッジファンドなどによって引き起こされた可能性が強い。それと並行して、株式についても海外投機家による投機が行われ、それによって株高が進んだ可能性が高い。
 株式についても為替についても、資金の流れを伴う現物の取引ではなく、先物を用いた取引が中心だったことを東京証券取引所の投資部門別売買状況は示唆する。

 (4)日本は円安投機に狙われやすい条件をそろえていることに注意が必要だ。長期的な傾向としては日本経済の衰退に伴う「日本売り」によって円安になる可能性が高いからだ。
 2012年夏まで円高が進んだのは、ユーロ危機などによって、日本国債が安全のための待避所(セイフヘイブン)と見なされたためだ。日本経済の強さが買われたからではない。
 国債や通貨が投機の危機にさらされるのは、どの国でも同じだが、日本には他の国にない特徴がある。政府や中央銀行が円安を歓迎したことだ。大胆な金融緩和を標榜し、制限のない円安を歓迎して政権に就いた安部晋三内閣の登場は、海外ヘッジファンドが円安投機を仕掛けるのに、千載一遇のチャンスを与えたに違いない。
 今後も円安が進むとすれば、株価が上昇しても、海外の投機家が巨額の利益を得るだけだ。
 その半面、円安による原材料の価格上昇や電気代の上昇などが、日本の中小企業や国民生活を脅かしていく。 

 (5)いま一つ懸念されるのは、投機によって長期金利の高騰(国債価格の暴落)が引き起こされることだ。金利が上昇すると、財政危機が加速する危険がある。それが財政に対する信認を低下させ、さらに金利が上昇する。
 長期的には金利上昇が自然な方向なのだ。だから、円売り投機に狙われやすいと同じ意味で、国債売り投機に狙われやすい。
 日銀のインフレ目標は、この方向での投機を容易にした可能性がある【注2】。
 してみれば、将来の国債価格はいまより下落する。だから、いま日本国債売りの投機を仕掛ければ、巨額の利益を得られる可能性が高い。
 よって、ここでも、政府・日銀は投機を進めやすい環境を提供したことになる。
 これまで、日本国債の売り投機は、海外のファンドなどによって何度も試みられながらも失敗してきた。しかし、今回は成功の確率が高まった、と判断される危険がある。
 
 【注1】詳しくはこちら。
野口悠紀雄「円安は企業利益をどう変化させるか --シミュレーションモデルによる分析 ~日銀が引き金を引く日本崩壊 第4回~」(ダイヤモンド・オンライン)
野口悠紀雄「1ドル100」円で正当化できる日経平均は、1万3000円程度 ~日銀が引き金を引く日本崩壊 第6回~」(ダイヤモンド・オンライン)

 【注2】インフレ率2%の経済で10年債利回りが1%未満にとどまるようなことは考えにくい。現在マイナス0.5%程度の消費者物価指数の上昇率が2%になれば、実質金利をゼロまで押し下げたところで、10年債利回りは2%になる。

□野口悠紀雄「投機に翻弄される日本経済と金融市場 ~「超」整理日記No.663~」(「週刊ダイヤモンド」2013年6月15日号)

 【参考】
【経済】マネタリーベース、マネーストックとは何か ~金融緩和~
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【経済】マネタリーベース、マネーストックとは何か ~金融緩和~

2013年05月16日 | ●野口悠紀雄
(1)決済に日銀券だけが使われる場合・・・・実際にはこうした取引は行われないが、理解しやすい。
 (ア)操作:買いオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・日銀が日銀券を増刷して銀行に渡す。
   (b)マネーストックの変化
     不変・・・・銀行が得た日銀券はマネーストックに入らないため。

 (イ)操作:売りオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     減・・・・銀行保有の日銀券を日銀が回収
   (b)マネーストックの変化
     不変

 (ウ)操作:市中消化国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     不変・・・・日銀券が銀行から民間主体に移るだけだから。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・上記により銀行券が金融機関の外に出るから。

 (エ)操作:日銀引き受け国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・政府が日銀券で預金を引き出して民間主体に渡すため、日銀券発行残が増えるため。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・上記により日銀券発行残が増えるため。

(2)決済に預金が使われる場合・・・・実際にはこうした取引が行われる。
 (ア)操作:買いオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・代金は銀行が日銀に持つ当座預金に振り込まれる。
   (b)マネーストックの変化
     不変・・・・日銀当座預金はマネーストックに入らないため。

 (イ)操作:売りオペ
   (a)マネタリーベースの変化
     減・・・・代金は日銀当座預金の引き落としで払われる。
   (b)マネーストックの変化
     不変・・・・日銀当座預金はマネーストックに入らないかため。【(ア)-(b)と同じ】

 (ウ)操作:市中消化国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     不変・・・・銀行の日銀当座預金は国債購入で減り、財政支出で増えるため。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・財政資金の支払いで民間主体の預金が増えるため。

 (エ)操作:日銀引き受け国債で財政支出
   (a)マネタリーベースの変化
     増・・・・政府の日銀当座預金が減り銀行の日銀当座預金が増えることで支払いが行われるため。
   (b)マネーストックの変化
     増・・・・財政資金の支払いで民間主体の預金が増えるため。【(ウ)-(b)と同じ】

 【注1】定義。
  ・マネタリーベース=日銀券発行残-銀行の日銀当座預金残
  ・マネーストック=日銀券発行残-銀行保有日銀券残+民間主体の預金残

 【注2】(1)および(2)は、マネタリーベースおよびマネーストックがさまざまな操作によってどう変化するかを示す。
 ただし、銀行は日銀当座預金の変化に対応して貸出を調整しないものと仮定する(調整すればマネーストックが変化する)。
 なお、(1)および(2)は、次の関係が成り立つ。
  ・(エ)+(イ)=(ウ)
  ・(ウ)+(ア)=(エ)

 【注3】(ウ)および(エ)の詳説。
  ・(ウ)-① 市中消化の国債発行・・・・銀行が保有している日銀券はマネタリーベースだが、マネーストックではない。これが政府保有になることによって、マネタリーベースは減少する。
  ・(ウ)-② 財政支出・・・・政府保有の日銀券が銀行以外の民間主体に保有されることによって、マネタリーベースもマネーストックも増加する。
  ・(エ)-① 日銀引き受けの国債発行・・・・日銀は日銀券を増刷して政府に渡すが、通貨当局内部の取引なので、マネタリーベースもマネーストックも不変。
  ・(エ)-② 財政支出・・・・政府保有の日銀券が銀行以外の民間主体に保有されることによって、マネタリーベースもマネーストックも増加する。

 【注4】留意点。
  ・(ウ)①+(ア)=(エ)① ・・・・このためマネタリーベースで差がある。
  ・(ウ)②=(エ)② ・・・・マネーストックが増えるのはこの過程においてだ。
  ・マネーストックは(ウ)と(エ)で差がないが、銀行が貸出を増加させればマネーストックは(エ)のほうが大きくなる。

□野口悠紀雄『金融緩和で日本は破綻する』(ダイヤモンド社、2013.1)の第1章補論4
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【経済】実体経済から見れば株価は2割割高 ~狙われる個人投資家~

2013年04月04日 | ●野口悠紀雄
 (1)株価が上昇を続けているが、実体経済面では厳しい状況が続いている。
 最大の問題は、輸出数量が伸びないことだ。円安にもかかわらず、昨秋以来の輸出減に歯止めがかかっていない。それどころか、悪化している。

 (2)株価が上昇しているのは、「円安になれば日本の輸出が増えて国内生産が増える」という期待があるからだ。しかし、その期待は実現していない。
 輸出数量の減少を反映し、国内生産も低迷し続けている。
 他方で、輸入は増加している。2月中旬の輸入は、対前年比21.1%だ。この増加率は、為替レートの減価率にほぼ等しい。このため、貿易赤字は空前の規模に達している。

 (3)円安は、輸入価格を上昇させる。ガソリン価格の上昇は、企業にとっての大きな負担増だし、生活にも影響する。
 発電用燃料の輸入増分は、ほぼ自動的に電気料金に転嫁される。この面からも生活が圧迫される。
 電気料金と原材料価格の上昇は、素材産業には大きなコストアップ要因だ。新日鐵住金は、航路1基を休止した。住友化学は、エチレンの国内生産から事実上撤退した。
 電気料金値上げは、内需型産業に対しても無視しえぬ影響をもたらす。

 (4)貿易赤字の拡大は、総需要を大きく押し下げる。1~3月期GDP統計にも影響するだろう。
 2割も円安が進んだにもかかわらず、実体経済はなんら改善されていない。この点からしても、日本経済が抱える本当の問題は円高でないことがわかる。
 現在日本が抱えている問題は、(a)貿易相手国(特に中国とEU)の国内事情によって、日本からの輸出量が減少していること。(b)発電用燃料をはじめとする輸入の多くは、価格弾力性が低いため、円安になっても、日本の輸入が減らないこと。

 (5)国内生産が増えないから、設備投資も増えない。中小企業の受注も増えない。雇用情勢も好転しない。賃金は上昇しない。
 その半面、円安が進めば、輸入物価が上昇し、国内の物価上昇率が高まる。賃金が上がらないので、実質賃金が下がる。 ⇒ スタグフレーション。
 他方で、金融はすでに緩和している。よって、余裕資金が株式市場と不動産市場に流れ込む。かくて、資産市場でのバブルが進行する。金融緩和の本来の目的は投資支出を増やすことなのだが、そうはならず、株価と地価を上昇させるだけの結果に終わる。 ⇒ 典型的なバブル。
 これまでの金融緩和は、マネーストックを増やさなかった。資産価格がバブルを起こしているので、マネーストックが増加する可能性はある。しかし、それは実体経済の回復ではない。
 これ以上の円安の進行はくい止めるべきだ。為替レートも資産価格なので、バブルを起こしている可能性があるからだ。
 しかし、円安進行ストップを誰も言わない。言えば株価が下落するのを知っているからだ。逆にいえば、いまの株価上昇は漠然とした期待に支えられているだけのものだ・・・・ということが認識されている証拠だ。

 (6)株価は、リーマンショック前の水準を回復した。しかし、実体経済活動は、その当時の水準に戻っていない。
 日本経済活動水準は、大まかにいえば、リーマンショック直前に比べて1~2割低下している。営業利益は、2割近く減少している。
 だから、株価も、それに見合っただけ低い水準にならざるを得ない。企業の営業利益が株価を決めるとの観点に立てば、そしてリーマンショック前の株価が正しいものと仮定すれば、現在の株価は17%ほど過大評価されている。

 (7)いま株式に投資している人の多くは、短期的な売買益を目的としているのだろう。よって、企業利益などの実体的要因には興味を持っていないのだろう。せいぜい数ヶ月先、場合によっては数日程度先しか見てないのかもしれない。
 しかし、経済の実態を離れた株価が永遠に続くことはない。どこかで破綻し、損失を被る投資家が出る。
 バブルが最終段階に近づくと、個人投資家をターゲットとした売り込みが行われるものだ。バブルが崩壊するときにババをつかまされるのは、個人投資家である。今度も同じことが繰り返されるのだろう。 

□野口悠紀雄「実体経済から見れば株価は2割程度割高 ~「超」整理日記No.653~」(「週刊ダイヤモンド」2013年3月30日号)
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【経済】円安下で深刻さを増す自動車産業の環境

2013年04月03日 | ●野口悠紀雄
 (1)春闘でボーナスが満額回答・・・・の自動車産業は、実は、それを取り巻く環境が深刻さを増している。
  (a)外需・・・・輸出台数は、円安にもかかわらず増えていない。2012年8月から対前年比がマイナスに転じた。2012年11月から円安が進展したにもかかわらず、減少が続いている。長期的にみると、2006年3月から2008年3月まで、対米乗用車輸出は月額4,000億円超だったが、2008年11月以降は2,000億円台にとどまっている。半分程度に減少した。全世界に対する乗用車輸出台数も金額も、同様の傾向だ。
  (b)内需・・・・エコカー補助金の終了によって販売台数が激減している。エコカー補助金(①2009年4月~2010年9月、②2012年4月~9月)によって需要が先食いされたから、今後は容易に復活しない。国内販売の減少を円安で補うことは不可能だ。
  (c)国内の乗用車生産・・・・外需、内需とも落ち込んでいるので、2012年1~3月期をピークに減少を続けている。

 (2)2012年の営業利益は前年より増大したが、これは2011年の落ち込みが激しかったことの反動と、エコカー補助金による。円安は、これとは無関係だ。
 そして、(1)-(a)および(b)からして、2013年は2012年より大きく落ち込む可能性が高い。

 (3)しかも、売上高営業利益率が低下している。2007年には4.5%だったが、2012年は、補助金があったにもかかわらず2.6%だ。

 (4)さらに、企業規模別にみると、中小企業のレベルでは売上げが著しく減少している。
 資本金1,000万円~2,000万円の企業では、2012年4~6月期から、売上高が前年の半分程度に激減している。このため、2012年10~12月期の営業利益はマイナスになった。この期には、2,000万~5,000万円の企業も営業利益がマイナスだ。生産が増加しないため、中小企業の受注が増えていないのだ。中小企業にとって、厳しさは増している。
 もっとも、大企業も安泰ではない。円安は販売台数を増していない。販売台数の増加のためには補助金が不可欠だ。しかし、これまでの補助金の成果は、ボーナスという形で従業員に配ってしまった。だから、再び補助金を求めるわけにはいくまい。自動車産業は、自分で自分の首を絞めてしまった。

□野口悠紀雄「円安下で深刻さを増す自動車産業の環境 ~「超」整理日記No.654~」(「週刊ダイヤモンド」2013年4月6日号)
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【経済】2012年利益増の原因は円安でなく震災要因 ~円安のマイナス要因~

2013年02月17日 | ●野口悠紀雄
 (1)2012年12月期決算の利益が、対前年比で増加する企業が多い、と報道されている。
 安倍晋三政権の金融緩和政策によって円安が進み、これが輸出関連企業の業績を好転させている・・・・という説明は誤りだ。
 2012年の利益増加は、2011年において東日本大震災による輸出減とタイ洪水による工場浸水という特殊事情があったからだ。その証拠に、利益が増加するのは自動車関連企業が中心だ。2011年の特殊要因で最も大きな影響を受けたのがこの分野だからだ。

 (2)しかも、乗用車について、最近の円安による輸出増大効果は認められない。円安の始まった秋以降は、2012年前半に比べれば減少している。生産指数でみても、円安効果は見られない。

 (3)製造業全体では、東日本大震災やタイ洪水の影響はあまり高くなかった。輸出総額は、2011年から2012年にかけて増加しなかった。逆に、減少した。
 輸出減少が特に顕著なのは、一般機械だ。そのうち荷役機械とベアリングなどの減少が顕著だ。
 輸出減少に伴って、鉱工業全体の生産指数も低下している。
 つまり、製造業全体で見ると、輸出についても生産についても、2012年は2011年より低下している。よって、2012年の製造業全体の利益は、2011年に比べて減少する可能性が高い。

 (4)国別に見ると、輸出の減少が特に顕著なのは対中国輸出だ。建設用・鉱山用機械の2012年12月の輸出額は、2010年から2011年前半ごろに比べると、実に10分の1に落ちている。
 現在の輸出減少は、中国の景気刺激策の終了や、欧州の経済混乱といった特殊要因によって引き起こされているからだ。こうした要因によって引き起こされる輸出減は、円安による効果をはるかに凌駕している。

 (5)円安は、円建て輸入額を増大させる。
  (a)円安は輸入価格を上昇させるので、コストアップ要因になる。・・・・ガソリン価格への影響は、すでに生じている。これはいずれ電気料金に自動的に転嫁される。そして、製造業のコストを上昇させる。
  (b)貿易赤字の拡大は、マクロ的に見て総需要を減少させる。つまり、GDP成長率を引き下げる。 

 (6)円安は、日本経済にとってプラスではなく、マイナス要因に作用している。とりわけ、地方や中小企業の状況は厳しいものとなるだろう。
 仮に今後、さらに円安が進んでも、事態は改善されないだろう。なぜなら、現地通貨建ての価格は引き下げられないだろうから。となれば、輸出数量は増えない。よって、実質GDPを増大させる効果はない。
 また、国内生産が増えないから、下請けに対する注文が増大することもない。

□野口悠紀雄「12年利益増の原因は円安でなく震災要因 ~「超」整理日記No.648~」(「週刊ダイヤモンド」2013年2月23日号)
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【経済】円安は企業の生産コストを上げる ~貿易赤字の拡大~

2013年01月18日 | ●野口悠紀雄
 【凡例】
  X・・・・2011年11月から2012年10月までの1年間
  Y・・・・2010年11月から2011年10月までの1年間(Xの前年同期)
  Z・・・・2006年11月から2007年10月までの1年間(リーマンショック前)

 (1)日本の貿易収支は、3・11以来、若干の例外を除き、月ベースで赤字になっている。
   ⇒ Xは5.3兆円の赤字(Yの赤字1.7兆円の3倍超)。2011年の貿易統計ベースの赤字は2.6兆円だった。
   ⇒ 2012年の貿易収支の赤字は、8.2兆円という巨額となる(サービス収支の赤字を加えると、10兆円程度)。

 (2)所得収支の黒字は14兆円程度あると考えられるので、経常収支の黒字は維持できるだろう。しかし、3・11前に比べて状況が大きく変化したことは間違いない。よって、貿易赤字拡大の要因を把握することが重要だ。
 輸出は、2012年6月以降、対前年比マイナスが続いている。格別の円高が進行していないのにこうなっている点が重要だ。

 (3)対中輸出月額を前年同月比で見ると、
   (a)2010年においては10~40%増と極めて高い値が続いた。
   (b)しかし、2011年4月ごろからマイナスの伸びも見られるようになり、2012年6月からはマイナスが継続している。2012年10月の対前年同月比は、12%の減だ。Xの輸出額は11.8兆円となった。これはYの13.2兆円の1割減だ。
   (c)対中輸出減少の原因・・・・一般には、ユーロ安のために中国の対EU輸出が伸び悩み、その影響で日本の対中輸出が減少している、と言われる。しかし、中国の輸出総額の伸び率は依然としてプラスだ。それに対して日本の対中輸出は減少している。だから、別の大きな要因がある。
   (d)対中輸出のうち減少が著しいのは、建設機械や資材などだ。他方、輸出産業向けの部品輸出はそれほど落ち込んでいない。よって、原因は輸出ではなく、投資支出の減少だ。
   (e)中国のGDPでは、固定資本形成が極めて高い比重を占めている(50%に近い)。よって、これが変動すると、GDPや輸入に大きな影響が及ぶ。中国は、経済危機後の2008年から2009年にかけて、極めて大規模な投資増加策をとった(<例>高速鉄道・高速道路建設)。金融緩和策によって住宅建設も増加した。こうした政策が終了したのだ。
   (f)(e)の結果、経済全体の投資額の伸びが低下し、その影響で日本からの輸入が減ったのだ。つまり、2009年から2010年ごろの増加が異常だったのだ。これは一時的な現象で、再現されることはない。

 (4)対米輸出は、
   (a)月額では2011年11月から対前年比で増加し続けている。
     ⇒ この結果、Xでは11.1兆円となった(Yの10.0兆円の11.9%増)。ただし、Zでは17.1兆円だったから、それに比べてば大きく落ち込んだままだ。Zの頃の異常な輸出増は、円安バブルと米国住宅価格バブルによるものであり、もう再現することはない。
   (b)2012年6月からの輸出の減少は、循環的なものではなく、構造的なものだ。日本が貿易立国を続けるのは極めて難しくなった。

 (5)以上の状況に対する対応策として一般に考えられているのは円安政策(⇒輸出の増加を期待)だ。
   (a)しかし、輸出減は構造的なものだから、この政策は成功しない。実際、円高が進まなかったにもかかわらず輸出が減っているのだ。だから、さらに円安になっても、輸出は増えない。
   (b)他方、円安が進めば、輸入額は増加する。 ⇒ 特に発電用燃料において深刻な問題を引き起こす。LNG輸入は、Xで6兆円になった(Xの鉱物性燃料の輸入額24兆円の4分の1)。しかも、輸入額の増加が著しい。Xの輸入数量はYの13.9%増であるのに対して、金額では6.5%増(1.6兆円増)にものぼる。この主要な要因は
     ①LNGの価格上昇だ。しかし、
     ②為替レート変化の影響も無視できない。Xの円ドルレート月末値の平均は1ドル=79.0円だ。これは2011年9月のレート(76.7円)より3%ほど円安だ。よって、為替レートが2011年9月当時のままであれば、XのLNG輸入額は1,800億円ほど少なくなっていたはずだ。
   (c)電灯料と電力料の電気事業10社合計は14.5兆円だ(2011年度)。(b)-②でみたLNG輸入額の増加1.6兆円はほぼ自動的に電気料金に転嫁されるため、電気料金は11.1%ほど上昇せざるをえない。そのうち1.2%分程度は円安によるものだ。
   (d)2012年11月以降、顕著な円安が進んでいる。11月と12月の平均レートは84.5円であり、2011年9月より10%も安い。したがって、円安による電気料金引き上げ効果は強まっているわけだ。
   (e)電気料金上昇は、あらゆる日本企業の生産コストを引き上げる。特に製造業=電力多使用産業にとっては、利益を大きく圧迫する要因だ。発電の火力シフトも、LNG輸入の増加も、電気料金の値上げも、不可避だ。しかし、電気料金上昇の一部分は、円安がなければ回避できた。
   (f)円安による輸入額増加は、すべての輸入について言える。円安は貿易赤字を拡大させる。円安は、企業の生産コストを引き上げて輸出競争力を低下させるだけではなく、マクロ経済にも問題をもたらす。
   (g)(f)は、オイルショック後の英国と似た状態だ。ポンド安が輸出を増加させず、貿易赤字が拡大して、英国経済は疲弊した。
   (h)現在の日本でも、輸出国のモデル(原料や燃料を輸入して国内で加工して、それを輸出する)がもはや成立しなくなっている。円安を追い求めれば、輸入金額は増える。他方で、輸出は増えない。かくしてますます傷が深まる。

 (6)国際収支について言えば、輸出の増加を追及するのではなく、所得収支の黒字拡大をめざすべきだ。 
 これは英国が実現したことだ。英国の製造業はオイルショックによる痛手から回復できなかったが、代わって金融業が成長した。 ⇒ 1990年代に英国に大繁栄をもたらした。
 これを実現したのは、金融業における大幅な規制緩和だった。わけても、外資に対して門戸を開いた効果が大きい。

□野口悠紀雄「幻の輸出国を追い円安を求め続ける愚 ~「超」整理日記No.643~」(「週刊ダイヤモンド」2013年1月19日号)
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【経済】金融緩和がいきつくはてのインフレ ~日銀引き受け~

2013年01月11日 | ●野口悠紀雄
 (1)2013年の日本経済は、厳しい状況に置かれている。<例>製造業の海外移転は大企業のみならず部品メーカーを始めとする中小企業もこれに続く。

 (2)こうした状況に対して本来必要なのは、経済構造の改革、規制緩和による新しい雇用機会創出だ。
  (a)ただし、こうした政策は、すぐには効果をもたらさない。
  (b)その半面、退出しなければならない産業や企業は、大きな痛み(<例>失業)を経験しなければならない。

 (3)金融緩和は、当面の直接的なコストはゼロだ。したがって、政治的には最も採りやすい。
 しかし、金融緩和するだけで経済の改革が実現できるはずはない。事実、これまで金融緩和が進められてきたにもかかわらず、実体経済に何の影響も及ぼさなかった。
 【理由】日本経済の低迷が続いた。 ⇒ 投資需要がない。 ⇒ 資金需要がない。 ⇒ 日本銀行がマネタリーベースを増やしてもマネーストックが増えない。 ⇒  実体経済に何の影響も及ぼさない。
 総選挙で自民党が圧勝後、大幅な金融緩和に向けた政策が採られることを期待して値上がりした株式市場が忘れているのは、まさにこのことだ。

 (4)他方、財政再建の行方はまったく絶望的だ。
 【理由】これ以上の消費税率引き上げはほぼ不可能だし、相続税などの増税は多額の税収を期待できないし、社会保障制度の抜本的改革は行われそうもなくて社会保障支出は増大を続け、他の歳出も膨張し続け、国債発行も増加し続ける。

 (5)日銀に対する国債購入の圧力は今後ますます強まる。毎年の新規国債発行額のすべてを日銀が購入するような事態になる。
 しかし、日銀が現在方式での国債購入を際限なく続けることができるか、疑問だ。応札額が買い入れ予定額に届かない「札割れ」はすでに何回か生じている。
 これまで深刻な問題が生じなかったのは、ユーロ危機で南欧国債から逃避した資金が日本に流入しているからだ。
 現在の状況は「国債バブル」状態だ。金利高騰は、深刻な影響をもたらす。(a)現在方式での国債購入を進められなくなる。(b)国債価格の暴落によって銀行に巨額の損失が発生する。メガバンクは保有国債の短期化を図っているが、地方銀行・生命保険会社は長期国債の保有が多いので、問題が生じる可能性がある。
 かくて、日銀引き受けが検討される。 ⇒ 実施されると、財政規律がこれまでにも増して弛緩する。 ⇒ 国債発行額はとめどもなく増加する(悪循環の発生)。

 (6)日銀の目標(消費者物価上昇率1%)は、従来方式の国債購入を続ける限り、達成できない。
 むろん、2%も達成できない。
 物価上昇率は、金融政策とは無関係に決まるからだ。<例外>原油価格上昇(近い将来には起こりそうもない)。
 物価上昇率目標はいつになっても達成できず、「国債購入を無制限に続ける」ことを正当化することになる。
 金融緩和の本当の目的は、物価上昇率引き上げではなく、経済活性化でもなく、日銀が国債を購入することなのだ。

 (7)それが仮に(5)の日銀引き受けまで進んだ場合、インフレが引き起こされることが予想される。 ⇒ 資本逃避が生じる。
 現時点で資本逃避が生じていないのは、(a)ユーロ圏からの資金(南欧国債からの流出資金)が日本に流入しているからだ。また、(b)米国が金融緩和を進めているため、米国への資本流出が抑制されているからだ。
 しかし、(a)、(b)のいずれかが大きく変わると、事態は大きく変わる((a)も(b)も状況変化は現実にあり得る)。 ⇒ 資本が流出する。 ⇒ 円安が進む。 ⇒ 輸入価格が高騰する。 ⇒ インフレが輸入される。 ⇒ 国債の実質価値は減少する(長期金利が高騰する)。
 実は、財政危機から脱出する唯一の方法は、これだ。しかし、資本逃避は、いったん始まると加速するので、止められなくなる。2011年以降、日本の証券市場には巨額の短期資金が流入している(日本国債の外国人保有率が高まった)ので、このシナリオは現実的なものだ。
 日本経済は、いま重大な岐路に立たされている。

□野口悠紀雄「金融緩和で日本経済は海図なき航海に出る ~「超」整理日記No.642~」(「週刊ダイヤモンド」2013年1月12日号)
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【経済】閉塞感は強まるが、ビジネスチャンスはいくらでも ~2013年~

2012年12月25日 | ●野口悠紀雄
 (1)地方都市の地元企業の人々と話す機会が多い。それらの企業は圧倒的に製造業が多く、何らかの形で大企業の系列と関連している。彼らの話から強く感じるのは二点。
  (a)これまでの事業を、これまでの形態で続けたい、と望んでいる。新しいビジネスを始めようとも思わないし、ビジネスモデルを変更しようとも考えていない。彼らのいう「成長戦略」とは、具体的には補助や保護がほしい、ということだ。
  (b)彼らの頭には、2004年~2007年ごろの円安期の記憶が残っている。「あのときには輸出が伸びて利益も増えた。その状況をもう一度再現してほしい」という幻想に取り憑かれている。 ①「デフレ脱却」とは、具体的には「超円安の再現」を意味している。このときの円安がバブルにすぎず、よって永続できるものではなかった、という認識はない。 ②現在の日本の電機産業(<例>シャープやパナソニック)の大赤字は、そのときの過大投資の後遺症であることも理解されていない。

 (2)2013年の日本で、製造業にとっての逆風は、これまでにも増して強いものになるだろう。<例>中国への輸出は簡単には増えない。電気料金が上がる。生産拠点の海外移転が続く。親会社の移転によって、系列部品メーカーの受注が減る。
 だから、(1)-(a)、(b)のような要求が強くなる。
 実際、市場は安倍晋三政権の金融緩和政策を先取りして、円安・株高の方向へ向かっている。円安幻想に応えるため、新政権は金融緩和策をさらに拡大するだろう。

 (3)しかし、金融緩和をしても、2004年~2007年と同じような円安を再現することはできない。なぜなら、先進諸国の金利がその当時に比べて低下してしまったため、円キャリー取引(円を売って高金利通貨を買う取引)が起こりにくいからだ。
 米国の景気が回復し、ユーロ危機が解決に向かえば、世界的な資金の流れが逆転し、日本からの資金流出が起これば、円安が進む。しかし、そうなると、こんどは金利が上昇し、国債を大量に保有する金融機関に損失が発生する。
 他方で、貿易赤字はさらに拡大し、財政赤字も拡大するだろう。
 よって、(1)-(a)、(b)のような要求の実現は極めて難しい。

 (4)笑わず、泣かず、憤らず見ること(スピノザ)。
  (a)これからの日本で、これまでと同じビジネスを同じように続けようとしてもできない。
  (b)金融緩和と円安政策で日本経済を活性化することはできない。

 (5)1990年代末の通貨危機で、韓国の人々の意識は大きく変わった。他力本願では活路は開けないことを知ったのだ。そのため、教育熱が高まり、若者がグローバルなチャンスを求めるようになった。
 日本では、そこまで危機が深刻化していないため、意識が変わらない。

 (6)2013年、日本経済の閉塞状況がますます強まるだろう。しかし、考え方、見方を変えればチャンスはいくらでもある。
  (a)サービス関連では強い規制が残っている分野が多い。<例>保険業、通信業、医療・介護。・・・・これらの分野で規制緩和を進めればビジネスチャンスは大きく拡大する。
  (b)情報関連では技術進歩によって、チャンスが広がっている。
    ①クラウドサービス・・・・強力な大型コンピュータのサービスをインターネット経由で低コストor無料で広範に利用できる。
    ②「プラットフォーム」・・・・<例>グーグルマップやグーグルカレンダー(無料)に何らかのサービスを付け加えて自分の事業とすることができる。
  (c)金融市場の外では、「明らかに利益を得られる機会」が残っている場合がある。今の日本社会ではとりわけそうだ。新しい可能性を試そうとする人が少ないことは、逆に見れば、非常に大きなビジネスチャンスが手付かずで放置されていることを意味する。ちなみに、金融市場では、「明らかに利益を得られる機会」があれば裁定(サヤ取り)取引によって即座につぶされてしまう。
  (d)30年前は資金の壁があったが、今では必要資金の障壁は著しく低下している。(b)-①のように。
  (e)20世紀の産業社会は、工場での大量生産を中心とするものだったから、大組織と大資本を必要とした。しかし、1990年代後半以降、この傾向に大きな変化が生じている。それは、新しい事業のチャンスを生む。そうしたチャンスが日本ほど手つかずで転がっている国はない。

 以上、野口悠紀雄「閉塞感は強まるが チャンスはいくらでも ~「超」整理日記No.641~」(「週刊ダイヤモンド」2012年29月日/2013年1月5日新年合併号)に拠る。
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【消費税】その欠陥構造 ~政府案では所得分配の公平性を保てない~

2012年05月18日 | ●野口悠紀雄
(1)給付付き税額控除
 消費税の負担率は、低所得者ほど高くなる(いわゆる「逆進性」)。これに対処するため、政府の増税提案では「給付付き税額控除」【注1】を行うことになっている。 
 (a)これは奇妙な対処法だ。本来、消費税の枠内で対処できる問題【注2】なのだから。ところが、日本の消費税には欠陥【注3】があるため、逆進性の問題を消費税の枠内で処理できず、別の税(所得税)の助けを借りなければ課税が完了しない。つまり、所得分配に係る公平性の点で、消費税は所得税に劣っている。政府は、なぜ所得税ではなくて消費税を増税するのか?
 (b)実務的にも、政府提案は不完全だ。
   ①納税していない人(営業所得や資産所得を得ている人の一部)の所得を捕捉できない。よって、非納税者に一律に給付金を交付することとすれば、所得分配上の問題が起こる。
   ②「マイナンバー制度」を導入しただけでは、非納税者の実態を把握できない。そのためには綿密な調査が必要であり、長い時間を要する。増税が計画されている2014、2015年のうちに実態は把握できまい。よって、給付金の交付は、「バラマキ」とならざるをえない。

(2)軽減税率方式の問題点
 (a)生活必需品に対する軽減措置は、本来は軽減税率方式【注4】を採用すべきだ。しかし、日本の消費税にはインボイス【注5】がないので、軽減率税方式を採用できない。消費税は多段階売上税なので、最終的な売り手を非課税にしただけでは、仕入れに含まれた消費税の影響で小売価格は上昇する。小売り段階の課税において、仕入れに含まれる消費税を控除(仕入れ税額控除)する必要がある。このためにインボイスが必要なのだ。
 (b)日本の消費税では、仕入れ税額控除は「帳簿方式」で行っている。仕入れに含まれている消費税額は、納税者の自己申告に任せている。過大申告の恐れがある。今でも過大申告があるかもしれないが、税率が低いので余り深刻な問題とは考えられていない。しかし、税率が高くなれば、問題になる。それでも、標準税率が適用される場合には、納税額が減るだけなので、許容の範囲内だ。しかし、軽減税率の場合、還付することになる場合が多いので、過大申告は許容できない。仕入額を調査することになれば、多大の努力が必要になる。インボイスがあれば、調査しなくとも正確な納税が行われるから、軽減税率適用にはインボイスが不可欠だ。

(3)非課税方式の問題点
 日本では、医療・介護、住宅家賃などが非課税だが、仕入れには消費税がかかっている。その分、介護などのコストが上がる。上がった分は、現在の仕組みでは、消費者に転嫁されるか、最終販売者が負担している。いずれも不都合だ。
 (a)転嫁される場合は、非課税なのに、消費増税によって価格上昇が生じる。「便乗値上げだ」と批判されるだろう。医療・介護などの財については消費税の負担を求めるのは適切でない、と非課税にされているのに、その目的が実現されない。
 (b)転嫁されない場合、販売者が負担することになる。非課税品は消費税の課税が行われないから、仕入れ税額控除を求めることもできないからだ。しかも、消費税を取引業者が負担するのは、消費税の趣旨に反する。
 どちらの問題も、これまでは低い税率(5%)だったから許容されていたが、10%になればそうはいかない。この問題は、「給付付き税額控除」方式では対処できない。インボイスが不可欠だ。
 もっとも、インボイスが導入されても非課税業者がいると、うまく機能しない。取引の中間段階で非課税業者がいると、インボイスを発行できない。また、小売り段階が非課税業者だと、仕入れ税額控除ができない。医療・介護などに消費増税のしわ寄せが行かないためには、非課税方式を止め、軽減税率方式を採用しなければならない。

 【注1】納税者には所得税額から一定額を控除し、控除しきれない人や所得税を納めていない人には給付金を払う方式。
 【注2】欧州の付加価値税では、食料品などの生活必需品に対して、軽減税率またはゼロ税率を適用する。
 【注3】日本の消費税には、欧州の付加価値税のようなインボイスがない。世界で多段階売上税を導入しながらインボイスを導入していないのは日本だけだ。
 【注4】取引の最終段階(小売り段階)で税率を標準税率より低くする方式。
 【注5】取引の各段階で売り手から買い手に渡される書類。売上げに含まれる消費税の額が表示される。買い手は、消費税納税の際に、インボイスを税務署に提示し、そこに記載されただけの消費税額を自らの納税額から控除する。「【消費税】インボイスを欠く消費税は欠陥税」「【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か」参照。

 以上、野口悠紀雄「逆進性に対処できぬ欠陥構造の消費税 ~「超」整理日記No.610~」(「週刊ダイヤモンド」2012年5月19日号)
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【年金】持続する制度とするために必要な改革 ~年金所得控除の廃止~

2012年04月29日 | ●野口悠紀雄
(1)企業年金の積立金不足
 全578基金中、半数強の314基金で年間の給付額が賭け金を上回り、4割近い212基金は企業年金の積み立てがゼロだ(2011年3月期)。
 特に問題は、「代行」という仕組みだ。厚生年金の一部を代行するもので、基金が独自の運用する。しかし、積立金不足で運用が困難になった。これを国に返上することはできるが、そのためには不足分を充填しなければならない。大企業は本社が負担したが、中小企業が組織する基金の場合、本社が負担する余裕がない。年金のために企業が倒産する事態さえ生じている。
 過去における制度設計が甘すぎたからだ。保険料と給付の関係は、積立金が高い利回り(5.5%)で運用できることを前提として計算されていた。現在でも、502基金(全体の9割)の想定利回りは5.5%だ。かかる有利な条件下で計算すれば、一定の給付を得るための保険料率は低くて済む。ために十分な積立金が蓄積できなかったのだ。
 結果的に見れば、現在の受給者は過去において十分な保険料を支払ってこなかったわけだ。だから、給付をカットするのが基本だ。しかし、加入者の3分の2以上の賛同がないとカットできない。このため、問題を解決できず、「一発逆転」を狙ってAIJのように高利回りを標榜する投資顧問に頼ったのだ。

(2)公的年金の積立金不足
 1970年代ごろまでの計算では、平準保険料率は極めて低く計算されていた。<例>1960年の厚生年金の平準保険料率は5.5%(男子の場合)、実際の保険料率は3.5%。
 ところが、現在の厚生年金保険料率は16.412%、2017年には18.3%に引き上げられる(決定済み)。当時の見通しがいかに楽観的だったか、よくわかる。
 見込み違いが発生した原因は、人口高齢化が見通せなかったことではない。当時においても、将来高齢化が進展することはかなりの程度予測されていた。
 誤りの原因は、企業年金の場合とまったく同じだ。経済成長率の見通しと運用利回りの見通しがちぐはぐだったからだ。1960年の見通しでは、運用利回りが5.5%とされていた一方、経済成長率はゼロと仮定されていた(低成長経済において高い運用利回りを仮定)。この誤りは、1980年10月の計算まで続く。利子率と経済成長率は密接に関連しているが、当時の厚生省にはそうした意識がなかったのだろう。
 その後の年金制度改革は、この誤りを修正する過程だった。(a)保険料率引き上げ。(b)国庫負担率引き上げ。(c)支給開始年齢引き上げ。・・・・この結果、現時点では積立金が枯渇するような事態には陥っていない。しかし、将来の給付を賄い続けるにはまったく不十分だ。厚生年金の積立金は、2030年ごろには枯渇する。

(3)対策
 公的年金も、現在の受給者は過去において現在受けている給付に見合うだけの十分な保険料を支払ってこなかった。だから、本来は給付をカットすべきだ。しかし、既裁定年金は財産化しているので、手をつけることはできない。
 そこで、負担は先送りされる。給付削減にしても、現在の、ではなく、将来の給付が削減される。また、保険料が引き上げられる。これらの負担を負うのは、若い世代だ。
 本来は、若い世代が現在の給付を切り下げるよう要求するべきなのだ。しかし、そうした政治運動は起きていない。起きているのは、国民年金の保険料を支払わない、という消極的な反抗だけだ。
 年金カットには、支給開始年齢の引き上げが最も効果的だ。ただし、徐々に引き上げるのでは不十分だ(この場合、将来の年金受給者が負担を負う)。既裁定年金を含めて、今すぐ支給開始年齢を引き上げることが必要だ。
 受給者の生活が成り立たなくなる、というなら、年金課税を強化すればよい。現在でも年金所得に課税はされているが、年金所得控除があるるため、他の控除と合わせると、年金だけが収入である場合、課税されない場合が多い。公的年金の保険料は拠出時に全額所得控除されているから、給付時に課税されないと、公平上問題だ。よって、年金所得控除は廃止されるべきだ。それによって増加する税収を年金特別会計に繰り入れれば、年金カットと実質的に同じことになる。
 現在の年金カットは、在職老齢年金という形で行われている。働く人が年金をカットされるわけで、不公平だ。のみならず、労働意欲を阻害する不適切な方法だ。

 以上、野口悠紀雄「企業年金・公的年金 必要なのは給付削減 ~「超」整理日記No.607~」(「週刊ダイヤモンド」2012年4月21日号)に拠る。
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【消費税】インボイスを欠く消費税は欠陥税

2012年04月03日 | ●野口悠紀雄
(1)近未来小説
 2014(平成26)年4月1日、消費税が5%から8%に増税された。2015(平成27)年には10%になる。
 前年まで1枚50,000円(2枚で100,000円)の原稿料を受け取っていた作家Nは、5月に新聞社から渡された原稿料を見て驚いた。昨年と同じ額なのである。
 N「おいおい、あんたの社では消費税増税は仕方ない、っていう社説や解説記事を書いてんでしょ。ちゃんと増税3%分を払ってよ」
 A社「ダメダメ。税率引き上げに便乗して、あこぎな要求をしたって」
 N「うへぇ。おれに3%分をかぶれって言うの? あんたの社は3,000円丸儲けだな」
 A社「???」

(2)解説
 作家Nは、消費税の納税義務者だ。原稿料収入と仕入れ(経費)から計算される消費税を税務署に納税している。消費税の用語を用いると、Nは「新聞社や出版社に原稿を販売している納税義務者」だ。
 税率が引き上げられると、納税すべき消費税は増える。それに対応する分、新聞社や雑誌社から支払いがなければ、増税分をNが被ることになる。つまり、実質的な原稿料引き下げだ。その場合、A社はNに対して原稿料引き下げについて通知すべきだが、A社は行っていない。
 増税分を支払わない新聞社や雑誌社は、加害者になっている、という意識があるだろうか。たぶん、ない。ましてや一般の取引において、零細業者が消費税分を増額できず、その結果、消費税を負担してしまうケースは多々あるはずだ。
 A社は、Nに消費税分を支払わなくても、経理上は支払っているとして納税額を計算しているはずだ。ところが、実際にはNに支払っていないので、A社は過大な控除を行っていることになる。「益税」を得ることになる。これは脱税行為だ。消費税脱税の罰は、法人税脱税の罰より重い。
 一般的に言って、取引の中間段階における販売者が弱小零細業者であり、購入者が大企業であるとき、こうした事態が発生しやすい。購入者の力が圧倒的に強いため、販売価格引き上げが困難な場合が多いのだ。販売価格が引き上げられないと、販売者が消費税分を負担する。
 他方、購入者は、消費税分を支払ったとして控除を行う。かくして、零細業者から大企業への大規模な所得移転が発生する。
 なお、新聞社が原稿料の消費税分を支払わないのは、原稿執筆者の中に消費税納税義務者(課税業者)がさほど多くない、という事情にもよる。原稿執筆者の多くは免税業者であり、税務署に消費税を支払う義務を負っていない。
 免税業者が消費税分をもらえば、その分だけ自分の所得になる。これは「益税」だ。実際には免税業者はかなり多いので、消費税が増税されれば、益税の利益を得る人がかなりいる。
 <例>駄菓子屋が免税業者の場合、消費税が増税されても、子どもたちから増税分を受け取ることはできない。子どもたちが消費税増税分を支払えば、駄菓子屋の益税になってしまう。

(3)インボイス
 多段階売上税にとって、インボイスは本質的なものだ。これを欠く消費税は欠陥税だ。
 インボイスは、取引段階で販売者から購入者に引き渡される書類だ。インボイスには、消費税額が記載される。購入者は、インボイスがないかぎり、税務署に対して前段階の税額の控除を申告できない。要するに、購入者からすれば、インボイスは「金券」だ。
 多段階売上税において、転嫁を確実にするために不可欠の手段だ。インボイスは「金券」なので、金券をもらいながらその分を支払わないわけにはいかない。したがって、インボイスがあれば、消費税分だけ売上価格を引き上げることが現実の取引で容易になる。インボイスは、弱小業者にとってこそ必要なものだ。
 「間接税は前近代的な税」と評価されていたが、インボイスの発明によって「付加価値税は現代的な税」と評価された。そして、欧州で広く用いられることになった。
 ところが、日本の消費税制度にはインボイスがない。前段階税額控除は、仕入額×消費税率が前段階で納税され、その額が仕入額に上乗せされていると仮定して計算している。これは、(1)や(2)に挙げたような不都合をもたらす。すなわち、
 (a)消費税分だけ売上価格を上げようとすると、便乗ないし「あこぎな要求」と見なされてしまう。
 (b)購入者ことに大企業に益税が発生する。
 (c)免税業者に益税が発生する場合もある。
 (d)軽減税率あるいは非課税が適用できない。最終税率を軽減税率(非課税)にしても、仕入れに含まれている消費税は残るからだ。その分だけ小売価格は上昇する。(2)の駄菓子屋も、販売価格を引き上げられないと、仕入れに含まれる消費税増税分を被ることになる。

 これまで日本の消費税がインボイスなしでやってこられたのは、税率が低かったからだ。10%以上もの税率の消費税をインボイスなしで課税すれば、生活必需品の税率軽減以外にもさまざまな問題が顕在化する。(a)~(d)は、ほんの一例にすぎない。
 ちなみに、消費税増税の際の低所得者対策、「給付付き税額控除」は変則である上に、実行上の問題が多い。低額所得者の実態は、正確に把握できていないからだ。ことに給与所得者以外の定額所得は、ほとんど把握できていない。この制度が導入されれば、徴税と給付金支払いの現場で、相当の混乱発生が予想される。

 以上、野口悠紀雄『消費税増税では財政再建できない』(ダイヤモンド社、2012)のうち第1章5節に拠る。

 【参考】「【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か
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【経済】「消費増税は社会保障に充てる」という説明のトリック

2012年02月16日 | ●野口悠紀雄
 増税するためには、国民を納得させることだ。そのためには、説明にウソや誤魔化しがあってはならない。ところが、これまで増税の必要性に係る理由として挙げられてきたものの中には、ウソや誤魔化しがきわめて多い。
 その一例が、「消費税の税率引き上げによる増収分は、社会保障に充てる」だ。「素案」(2012年1月)では「消費税収を全額社会保障4経費(年金・医療・介護・少子化)に充てる」としている。

 税率を当面10%に引き上げる理由について、「成案」(2011年6月)は次のように説明している。
 基礎年金、高齢者医療、介護の3分野の支出は2015年度で合計26.3兆円だが、消費税収入は13.5兆円であり、12.8兆円不足する。よって、それを埋めるために増税が必要で、消費税率でいうとほぼ5%だ。

 この説明は、品のない言い方をすると、ペテンだ。経済学の問題ではなく、論理学の問題だ。
 消費税増税を2015年度までに行わないと仮定すれば、「成案」のいわゆる不足分12.8兆円は他の財源(国債発行収入を含む)によって手当される。
 2015年度に5%増税し、12.8兆円の追加収入を得たとすれば、それまで3経費に充てられていた財源のうち12.8兆円が余る。それは自由に使える収入だ。例えば国債減額に使えるし、そうなるだろう。
 実は、これが増税がもたらす唯一の実質的な効果だ。増税は、国債減額のために行うのだ。しかし、この場合においても、「消費税増税分は3経費に充てた」という説明は間違いではない。消費税収が3経費の範囲内に収まっているからだ。
 しかし、浮いた12.8兆円は、国債減額に充てず、ムダな経費を増やすことにも使うことができる。その場合においても、「消費税増税分はは3経費に充てた」という説明と矛盾しない。要するに、消費税収が3経費を超えないかぎり、どんな財政運営をしたところで、「消費税増税分はは3経費に充てた」という説明が可能なのだ。
 言っても言わなくても結果に差をもたらさないルールは、無意味だ。
 ちなみに、使途の限定化や目的税化は、可能なことは可能だ。例えば、このたび新たに需要ができた復興に係る支出だ。社会保障3経費は、すでに存在し、しかも消費税以外の財源によって手当されている経費だから、以上述べたようなペテンになるのだ。

 ただし、「消費税収を社会保障に限定する」という主張は、一つだけ実質的な効果をもつ。増税分を地方交付税に充てない、という点で。
 それならば、そうとハッキリ言うべきだ。これを実現するためには、地方交付税法や予算総則を変える必要がある。なぜ変えるか、の説明に「使途を社会保障に限定するため」では答にならない。トートロジーだからだ。

 勘ぐれば、「増税分を社会保障に充てる」のは、「社会保障費が今後増えれば、それに応じて増税する」意図かもしれない。実際、「成案」は、将来的には社会保障給付費に係る公費の全額を消費税で賄うことを意図しているらしい。これは、大変危険なことだ。社会保障費の増大に伴って、際限のない増税が許容されてしまうからだ。のみならず、社会保障費抑制の努力がなくなる。
 社会保障について、本来必要なのは、制度を見直して支出を抑制することなのだ。

 赤字削減のための増税、地方交付税にまわさない増税・・・・本音を言わないから、トリック/ペテンなのだ。

 以上、野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)の第1章第3節に拠る。
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