(1)給付付き税額控除
消費税の負担率は、低所得者ほど高くなる(いわゆる「逆進性」)。これに対処するため、政府の増税提案では「給付付き税額控除」【注1】を行うことになっている。
(a)これは奇妙な対処法だ。本来、消費税の枠内で対処できる問題【注2】なのだから。ところが、日本の消費税には欠陥【注3】があるため、逆進性の問題を消費税の枠内で処理できず、別の税(所得税)の助けを借りなければ課税が完了しない。つまり、所得分配に係る公平性の点で、消費税は所得税に劣っている。政府は、なぜ所得税ではなくて消費税を増税するのか?
(b)実務的にも、政府提案は不完全だ。
①納税していない人(営業所得や資産所得を得ている人の一部)の所得を捕捉できない。よって、非納税者に一律に給付金を交付することとすれば、所得分配上の問題が起こる。
②「マイナンバー制度」を導入しただけでは、非納税者の実態を把握できない。そのためには綿密な調査が必要であり、長い時間を要する。増税が計画されている2014、2015年のうちに実態は把握できまい。よって、給付金の交付は、「バラマキ」とならざるをえない。
(2)軽減税率方式の問題点
(a)生活必需品に対する軽減措置は、本来は軽減税率方式【注4】を採用すべきだ。しかし、日本の消費税にはインボイス【注5】がないので、軽減率税方式を採用できない。消費税は多段階売上税なので、最終的な売り手を非課税にしただけでは、仕入れに含まれた消費税の影響で小売価格は上昇する。小売り段階の課税において、仕入れに含まれる消費税を控除(仕入れ税額控除)する必要がある。このためにインボイスが必要なのだ。
(b)日本の消費税では、仕入れ税額控除は「帳簿方式」で行っている。仕入れに含まれている消費税額は、納税者の自己申告に任せている。過大申告の恐れがある。今でも過大申告があるかもしれないが、税率が低いので余り深刻な問題とは考えられていない。しかし、税率が高くなれば、問題になる。それでも、標準税率が適用される場合には、納税額が減るだけなので、許容の範囲内だ。しかし、軽減税率の場合、還付することになる場合が多いので、過大申告は許容できない。仕入額を調査することになれば、多大の努力が必要になる。インボイスがあれば、調査しなくとも正確な納税が行われるから、軽減税率適用にはインボイスが不可欠だ。
(3)非課税方式の問題点
日本では、医療・介護、住宅家賃などが非課税だが、仕入れには消費税がかかっている。その分、介護などのコストが上がる。上がった分は、現在の仕組みでは、消費者に転嫁されるか、最終販売者が負担している。いずれも不都合だ。
(a)転嫁される場合は、非課税なのに、消費増税によって価格上昇が生じる。「便乗値上げだ」と批判されるだろう。医療・介護などの財については消費税の負担を求めるのは適切でない、と非課税にされているのに、その目的が実現されない。
(b)転嫁されない場合、販売者が負担することになる。非課税品は消費税の課税が行われないから、仕入れ税額控除を求めることもできないからだ。しかも、消費税を取引業者が負担するのは、消費税の趣旨に反する。
どちらの問題も、これまでは低い税率(5%)だったから許容されていたが、10%になればそうはいかない。この問題は、「給付付き税額控除」方式では対処できない。インボイスが不可欠だ。
もっとも、インボイスが導入されても非課税業者がいると、うまく機能しない。取引の中間段階で非課税業者がいると、インボイスを発行できない。また、小売り段階が非課税業者だと、仕入れ税額控除ができない。医療・介護などに消費増税のしわ寄せが行かないためには、非課税方式を止め、軽減税率方式を採用しなければならない。
【注1】納税者には所得税額から一定額を控除し、控除しきれない人や所得税を納めていない人には給付金を払う方式。
【注2】欧州の付加価値税では、食料品などの生活必需品に対して、軽減税率またはゼロ税率を適用する。
【注3】日本の消費税には、欧州の付加価値税のようなインボイスがない。世界で多段階売上税を導入しながらインボイスを導入していないのは日本だけだ。
【注4】取引の最終段階(小売り段階)で税率を標準税率より低くする方式。
【注5】取引の各段階で売り手から買い手に渡される書類。売上げに含まれる消費税の額が表示される。買い手は、消費税納税の際に、インボイスを税務署に提示し、そこに記載されただけの消費税額を自らの納税額から控除する。「【消費税】インボイスを欠く消費税は欠陥税」「【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か」参照。
以上、野口悠紀雄「逆進性に対処できぬ欠陥構造の消費税 ~「超」整理日記No.610~」(「週刊ダイヤモンド」2012年5月19日号)
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消費税の負担率は、低所得者ほど高くなる(いわゆる「逆進性」)。これに対処するため、政府の増税提案では「給付付き税額控除」【注1】を行うことになっている。
(a)これは奇妙な対処法だ。本来、消費税の枠内で対処できる問題【注2】なのだから。ところが、日本の消費税には欠陥【注3】があるため、逆進性の問題を消費税の枠内で処理できず、別の税(所得税)の助けを借りなければ課税が完了しない。つまり、所得分配に係る公平性の点で、消費税は所得税に劣っている。政府は、なぜ所得税ではなくて消費税を増税するのか?
(b)実務的にも、政府提案は不完全だ。
①納税していない人(営業所得や資産所得を得ている人の一部)の所得を捕捉できない。よって、非納税者に一律に給付金を交付することとすれば、所得分配上の問題が起こる。
②「マイナンバー制度」を導入しただけでは、非納税者の実態を把握できない。そのためには綿密な調査が必要であり、長い時間を要する。増税が計画されている2014、2015年のうちに実態は把握できまい。よって、給付金の交付は、「バラマキ」とならざるをえない。
(2)軽減税率方式の問題点
(a)生活必需品に対する軽減措置は、本来は軽減税率方式【注4】を採用すべきだ。しかし、日本の消費税にはインボイス【注5】がないので、軽減率税方式を採用できない。消費税は多段階売上税なので、最終的な売り手を非課税にしただけでは、仕入れに含まれた消費税の影響で小売価格は上昇する。小売り段階の課税において、仕入れに含まれる消費税を控除(仕入れ税額控除)する必要がある。このためにインボイスが必要なのだ。
(b)日本の消費税では、仕入れ税額控除は「帳簿方式」で行っている。仕入れに含まれている消費税額は、納税者の自己申告に任せている。過大申告の恐れがある。今でも過大申告があるかもしれないが、税率が低いので余り深刻な問題とは考えられていない。しかし、税率が高くなれば、問題になる。それでも、標準税率が適用される場合には、納税額が減るだけなので、許容の範囲内だ。しかし、軽減税率の場合、還付することになる場合が多いので、過大申告は許容できない。仕入額を調査することになれば、多大の努力が必要になる。インボイスがあれば、調査しなくとも正確な納税が行われるから、軽減税率適用にはインボイスが不可欠だ。
(3)非課税方式の問題点
日本では、医療・介護、住宅家賃などが非課税だが、仕入れには消費税がかかっている。その分、介護などのコストが上がる。上がった分は、現在の仕組みでは、消費者に転嫁されるか、最終販売者が負担している。いずれも不都合だ。
(a)転嫁される場合は、非課税なのに、消費増税によって価格上昇が生じる。「便乗値上げだ」と批判されるだろう。医療・介護などの財については消費税の負担を求めるのは適切でない、と非課税にされているのに、その目的が実現されない。
(b)転嫁されない場合、販売者が負担することになる。非課税品は消費税の課税が行われないから、仕入れ税額控除を求めることもできないからだ。しかも、消費税を取引業者が負担するのは、消費税の趣旨に反する。
どちらの問題も、これまでは低い税率(5%)だったから許容されていたが、10%になればそうはいかない。この問題は、「給付付き税額控除」方式では対処できない。インボイスが不可欠だ。
もっとも、インボイスが導入されても非課税業者がいると、うまく機能しない。取引の中間段階で非課税業者がいると、インボイスを発行できない。また、小売り段階が非課税業者だと、仕入れ税額控除ができない。医療・介護などに消費増税のしわ寄せが行かないためには、非課税方式を止め、軽減税率方式を採用しなければならない。
【注1】納税者には所得税額から一定額を控除し、控除しきれない人や所得税を納めていない人には給付金を払う方式。
【注2】欧州の付加価値税では、食料品などの生活必需品に対して、軽減税率またはゼロ税率を適用する。
【注3】日本の消費税には、欧州の付加価値税のようなインボイスがない。世界で多段階売上税を導入しながらインボイスを導入していないのは日本だけだ。
【注4】取引の最終段階(小売り段階)で税率を標準税率より低くする方式。
【注5】取引の各段階で売り手から買い手に渡される書類。売上げに含まれる消費税の額が表示される。買い手は、消費税納税の際に、インボイスを税務署に提示し、そこに記載されただけの消費税額を自らの納税額から控除する。「【消費税】インボイスを欠く消費税は欠陥税」「【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か」参照。
以上、野口悠紀雄「逆進性に対処できぬ欠陥構造の消費税 ~「超」整理日記No.610~」(「週刊ダイヤモンド」2012年5月19日号)
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