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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】財政再建と介護(3) ~新しい介護産業~

2012年02月07日 | ●野口悠紀雄
 (承前)
 本書の後半(第5章以降)は介護の経済学とでも呼ぶべきもので、最後の第8章では5節において、いくつか提言している。経済学的な観点に立ち、社会保障の内側からする提言とは、ひと味違う。いささか荒削りな議論であるけれども、(4)の資産活用はすでに「武蔵野市福祉公社」が1981年に実践している。野口のいわゆる「発想の転換」は、ちっとも奇抜ではない。

5 新しい介護産業の確立に向けて
(1)介護に対する負担と給付
 介護保険の財源は公費と保険料で、その比率は50%ずつだ。保険料の全国平均月額は4,160円。税負担を含めれば、介護のために1人当たり月額8,320円を負担していることになる。被保険者(40歳以上の者)人口は7,170万人だから、国全体では月5,700億円程度の負担だ。
 ところで、現在、要支援者数+要介護者数=500万人だ(65歳以上人口2,900万人の17%)。よって、要支援者・要介護者の1人当たりが使える費用は平均して月11万円だ。
 しかし、この状況は将来悪化する。2025年における65歳以上人口は、3,635万人となる。要支援者数+要介護者数=618万人に増加する。
 他方で、2025年における40歳以上人口は7,735万人になる。よって、負担制度が現在と変わらなければ、1人当たりが使える費用は平均して月10.3万円となり、現在より1割減少する。
 格別の対策がなされなければ、介護職員の月収も20万円以下のレベルに引き下げざるをえなくなるだろう。経済全体として労働需給が逼迫するなかで給与が引き下げられれば、介護分野での人員確保は、きわめて困難な課題になるだろう。

(2)人材確保の困難
 (1)の問題が生じる基本的な原因は、必要な費用を保険料と公費で賄おうとするところにある。公的な仕組み(介護保険)で対処しようとすれば、収入は限られているので、それに合わせてサービスの価格が固定化される。ために、超過需要が生じていても供給が増えないのだ。その結果、現場では深刻な人手不足が生じる。
 医療でも同じ問題が生じている。
 超過需要を調整する仕組みとして行列しかない・・・・これは制度改革によって対処し得る問題だ。ここは、規制緩和が最も必要とされる分野だ。
 最低サービスの確保を公的施策で行うべきことは間違いない。しかし、それを超える水準の要求に対して、市場メカニズムの機能を封鎖すべきではない。発想を転換すれば、事態はかなり変わる。

(3)介護保険は実際には世代間移転
 2000年施行の介護保険は、世代間の公平の見地からも大きな問題を抱えている。
 現在給付を受けている人の多くは、これまで十分な額の保険料を支払ってこなかったのだ。つまり、現行の仕組みは、保険とはいうものの、経済全体で見れば、若年者が中心となって要介護者を支える世代間移転の仕組みになっている。これは、現行の公的年金と同じ構造だ。
 そして、これが医療保険と異なる点だ。医療保険は、昔から存在しているので、現在給付を受けている人も、過去において保険料を負担してきた。しかも、医療給付は短期的なものが多いので、負担と受給は1年間という期間で完結している。このような医療保険制度の延長として、長期的要素の強い異質ものもの(介護保険)を忍びこませているのだ。
 しかも、将来の労働力不足を考えると、将来時点で十分な給付が受けられるかどうか、定かではない。年金の場合、制度改正のたびに給付水準が切り下げられてきた。それと同じことが介護保険においても生じる可能性が高い。そうなれば、世代間の不公平はもっと大きくなる。

(4)資産を介護費用に
 介護保険では、受給にあたって資産保有に係る制約はない。都市部に広大な不動産を持っている人が、それを介護費用に活用することなく、介護保険から給付を受けている。公平の観点から、きわめて大きな問題だ。
 仮に介護保険がなく、親が住宅を保有していれば、子は親の住宅を売却して介護費用に充てるだろう。しかし、介護費用が介護保険で賄われれば、住宅を売却することなく、それを相続できる。介護保険は、親が住宅を持っている人に有利に働く制度だ。
 高齢者3経費(基礎年金・老人医療・介護)を消費税で支えるのは、公平の見地からして支持できない。
 (a)相続税を強化し、その収入を介護費用の公費分に充てれば公平が保たれる。相続税こそ、介護制度を支える財源になるべきものだ。
 (b)多額の不動産の保有者に対して介護保険の給付を制限し、不公平に対処すべきだ。介護保険に「資産テスト(ミーンズテスト)」を導入するのだ。
 (c)資産はあっても所得のない人には、公的主体が住宅資産を流動化させる制度を用意すればよい。リバースモーゲッジは、そのような制度だ。居住用住宅を担保にして貸付を行うのだ。所有者死亡後、相続者は貸付を返済して住宅を引き取ることもできる。返済できない場合は、貸付者が引き取る。これによって、眠っている資産を流動化させることができる。
 この制度は、他の場合にも適用できる。有料老人ホーム入居時の高額な一時金など。
 住宅を売却したくともできない場合、売却しては資産が余ってしまう場合、子からすれば売却してほしくない場合、子が介護のために働けない場合・・・・こうしたケースにもリバースモーゲッジは対応できる。
 さらに、介護とは別に相続を円滑に進める手段としても活用できる。日本経済の活性化にも寄与する。
 この制度は、公的主体が行うことが考えられるが、民間の金融機関が行ってもよい。新しい金融事業が生まれることになる。
 これ以外にも、保険、金融分野で新しいサービスが必要だ。その一つは、現物サービスを保障する保険だ。これには先端的な金融知識の活用が必要で、うまく実現できればリバースモーゲッジと並んで一大産業が展開できる。

(5)公的主体がなすべきこと
 今後必要とされるのは、現行制度からの大きな転換だ。
 (a)民間企業の参入を促進する制度をつくる。
 (b)保険料だけではなく、新たな財源をつくる。資産の流動化や新たな民間保険など、新しい金融サービスを開発する。
 (c)基本的な考えを転換する。これまでの基本的な発想は、公的な仕組みによる介護だった。その充実には予算措置が必要で、それには限度がある。だから足りない部分を民間で補填する、というのが基本的な発想だった。この発想を転換するのだ。
 このプロセスで政府がなすべきことは、次のことだ。
 ①最低サービスの保障。それ以上のサービスは、所得や支払い能力に応じる供給があってよい。
 ②サービス供給主体の質の評価。有料老人ホームなどのサービスの質は、利用者にわかりにくい。開設時だけでなく、定期的に行う必要がある。
 ③介護の質の評価。

(6)製造業を介護産業に転換させる
 特に重要なのは、町工場レベルの小規模製造業だ。工場の跡地は住宅になったが、従業員は活用されていない。
 (a)施設面。工場跡地に老人ホームをつくる。道路などの施設はあるから、介護施設に使える。
 (b)雇用面。これまで工場で雇用していた従業員を介護に転換させる。ショッピングセンター転用より雇用創出効果が大きい。
 (c)技術面。ロボット、一人用移動機器、ハイテクベッド、ハイテク介護機器など、可能性は山ほどある。ゆくゆくは輸出できるようになるまで成長するだろう。医療においても、技術開発が必要なのは医薬だけではない。製造業的技術を適用できる面が強い。

(7)介護人材のグローバル化
 今後、数百万人単位で労働力不足が起きることは十分にあり得る。
 これを補うため、介護分野の労働力を外国に求める必要が生じるだろう。特に中国に人材を求めざるを得なくなるだろう。その観点からすると、中国を排除している現在のTPPの仕組みは問題だ。外国人労働力の活用は、円高を活用できる最大の分野であることにも注意が必要だ。
 日本の人口高齢化の急速な進展は、これまでどの国も経験したことのなかったものだ。モデルを外国に求めることはできない。日本特有の解決を探る必要がある。
 介護は、大きな広がりをもつ問題だ。厚労省だけでは解決できない。権限面でも、厚労省だけでできることではない。
 介護(さらには社会保障制度)は、厚労省に任せきりにするには、あまりに重要な問題なのだ。

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)

 【参考】「【経済】財政再建と介護(1) ~曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用~
     「【経済】財政再建と介護(2) ~将来の労働事情~
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【経済】財政再建と介護(2) ~将来の労働事情~

2012年02月06日 | ●野口悠紀雄
 (承前)
 ここでは第2節から第4節まで、まとめて取り上げる。あまり上手な要約ではないので、お急ぎの方は末尾の3行にジャンプして差し支えないと思う。

2 急増する老人ホームに供給過剰の恐れ ~現在の介護が抱える諸問題のうち3点~
(1)施設とサービスのアンバランス
 高齢者向け施設のストックは次の2つ。利用者は140万人で、要介護人口470万人のうち3分の1をカバーしている。
 (a)介護保険3施設・・・・①介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、②介護老人保健施設、③介護療養型医療施設(医療機関)。
 (b)特定施設・・・・特定施設入居者生活介護事業者の指定を受けたもの。
 (b)の有料老人ホームは、過剰供給が起こる可能性がある。「ハコモノ行政」と同じことが介護でも起こるのだ。民間主体が運営する有料老人ホームが経営破綻すると、入居者は路頭に迷う。

(2)補助の有無が大きく影響する需要
 (a)特養には補助があり、利用者負担が有料老人ホームより安い(食事付きで月額5~10万円程度)。ために、入居希望者が多い。入所希望が集中して、施設整備が追いつかない。入所待ち期間2~3年が常態化している。
 (b)有料老人ホームは、介護保険制度導入後、特定施設となって低料金化が進み、入居希望者が増加した(それまで高所得者向けの高級なものしかなかった)。350(2000年)→500(2002年)→3,569(2008年)・・・・だんだん、新設ホームが満室になるまでの期間が長くなるなど、供給過剰感が出てきた。2000年には作ればすぐさま入居者が入る状態だったが、2002年頃から1年経っても入居者が採算ラインの7割に達しないところも出始めた。今では1年経っても3割に満たないところもある。

(3)介護問題を考える視点の狭さ
 (a)補助があれば自己負担が少なくなり、需要が集中する・・・・という問題に介護保険の枠内だけで対処しようとすれば、①保険料引き上げか、②国庫負担増加か、③介護職員の給与減額しかない。どれも本質的解決ではない。問題を悪化させ、悪循環に陥る可能性がある。この原因は、増加する介護需要にいかに対応するか、という問題意識しかないからだ。これはこれで必要だが、展望が開けない。
 (b)視野を広げよ。①不動産を流動化できる金融制度をつくれば、費用負担問題は打開の方向へ大きく変わる。②介護事業は規模が大きいので、一つの産業としてとらえる必要がある(特に雇用)。③戦後の日本の住宅政策は、都市に流入する若年者に対する住宅供給が主要目的だったが、今後の焦点は高齢者に変わる。

3 製造業の雇用は減少、労働力人口はもっと減少
(1)今後の日本の労働需給に大きな影響を与える要因
 (a)製造業の雇用の減少、(b)介護医療部門の雇用の増加、(c)全体としての労働力人口の減少。
 これまで(a)を(b)が吸収してきた。全体の労働力人口にあまり大きな変化はなかった。
 今後も(a)と(b)は続くが、人口高齢化により(c)が始まる(大規模なものとなる可能性がある)。
 問題は、バランスだ。(a)は、生産拠点の海外移転などによって従来より加速される可能性がある。他方(b)は、介護保険創設の初期効果が薄れるため、雇用の増加は従来より落ちる。差引、労働力が余るように見える。しかし、(c)のため、差引で全体として労働力不足に陥る可能性もあるのだ。

(2)将来の労働需給 ~定量的分析~
 (a)介護部門・・・・今の日本で有効求人倍率が1を超える唯一の分野だ。とりわけ2009年度においてはその傾向が顕著だった。全職業の有効求人倍率が0.5未満の中で、介護関連触手のそれは1.4弱の水準になった。将来はどうか。2025年までの必要増加数は、73~104万人とされる(内閣官房「医療・介護に係る長期推計」)。

 (b)製造業・・・・ピークの1992年から減少し続けている(2006、07年は例外)。この間の平均減少率は、年率2.2%だ。2025年には300万人減少することになる。これは、(2)の増加数より多い。よって、(2)と(3)を比較するかぎり、ネットでは雇用減になる。しかも、(3)の雇用減は、もっと激しくなる可能性がある。なぜなら、2005~08年頃には、円安を背景とする輸出主導成長があったため、減少が緩やかになっていたからだ。今後は、円高と生産拠点海外移転によって、これまでよりもっと減少する可能性が十分にある。そうなれば、製造業から放出される労働力を介護分野だけで引き受けることは、余計困難になる。よって、経済全体の労働力過剰と失業率の上昇が予想される。

(3)日本全体の労働力
 15~64歳人口(生産年齢人口)は、1990年代初めまで増加し続けてきた。1990年代に入ってから増加はとまったものの、ほぼ一定の状態が続いていた。しかし、ここ数年来、減少が顕著になった。2025年までに1,032万人減少する。
 こうした人口構造の変化に伴い、雇用者総数が減少する。2005~10年の間、生産年齢人口のうち雇用者の比率の平均は76.4%だった。この比率が今後も続くなら、6,257万人(2010年)→5,442万人(2025年)となる(815万人減少)。よって、経済全体として労働力不足が発生する。
 かかる状況を改善するには、労働力率が上昇しなければならない。ことに女性や64歳以上の高齢者。これらの労働力率が88%まで上昇すれば、2025年における雇用者総数は2010年と同じになる。
 2025年までの雇用者数の増減が、製造業が300万人減、介護部門が100万人増、雇用者総数が200万人減ならば、労働力の需給はバランスする。そうなる労働力率は85%だ。つまり、労働力率が現在より10ポイント程度の上昇がない場合、労働力の供給不足(人手不足)が生じる。

4 将来の政策課題は量の確保でなく質の向上
(1)将来の労働供給の推計
 試算は、労働力率の変化をどう見積もるかによって左右される。ポイントは、女性と高齢者の労働力率がどの程度変化するかだ。そのいずれも制度に大きく影響される。女性は、育児支援と主婦の年金が重要だ。高齢者については、在職老齢年金が重要だ。
 いずれも現行の制度は就労を妨げるバイアスを有する。これらが変われば、労働力率がかなり変わる可能性がある。
 しかし、こうした条件を大きく変えることはさほど容易ではないから、労働力率の上昇は10ポイント程度の範囲内にとどまり、その結果、人手不足が発生する可能性が高い。

(2)労働力供給は今後大きく減少
 日本の労働力人口は、1990年代中頃からほぼ6,600万人台で一定していたが、今後、日本の労働事情は急激に変化する。
 「平成23年版高齢社会白書」は、将来労働力を試算している。2010年の労働力人口は6,590万人だが、
 (a)労働市場への参加が進むケース・・・・各種雇用施策を講ずることで、若者・女性・高齢者等の労働市場への参加が実現する、と仮定しても、2017年において、6,556万人(現在より35万人減)。2030年において、6,180万人(現在より400万人減)。
 (b)労働市場への参加が進まないケース・・・・性・年齢別の労働力率が2006年の実績と同じ水準で推移する、と仮定すると、2017年において、6,217万人(現在より400万人減)。2030年においては、5,584万人(現在より1,000万人以上減)。

(3)女性の労働力率
 日本の女性の25~54歳の就業率は、さほど高くない。OECD加盟30ヵ国中で、22位だ。
 日本の女性の労働力率を年齢階級別に見ると、35~39歳の年齢階級を底とする「M字型カーブ」が観測される。欧米では見られない現象だ。M字現象がなくなると仮定すると、労働者数は120万人増える。
 現在就業していないが、就業を希望している女性の「就業希望者数」は、25~49歳を中心として342万人に上る。女性労働力人口276万人に対して12.4%だ。これを労働力化すると、労働者数は429万人増える。

(4)労働需要との突き合わせ
 労働力供給の推計において重要なのは、これを需要の変化と付き合わせることだ。それがないと、労働力が過剰になるか、不足するかの判断ができない。そのどちらになるかで労働政策は180度異なる。労働政策の方向づけができない。
 製造業および介護・福祉分野での需要の変化と供給の変化を付き合わせると、2030年においては、介護保険3施設においても、労働力不足は避けられない。日本が抱えている問題は、長期的に見れば、労働力不足だ。

 以上を整理すると、
 (a)製造業の雇用は、引き続き減少する。介護に対する需要は、引き続き拡大する。
 (b)総労働力人口は減少する。女性や高齢者の労働力率が高まればある程度改善されるが、全体として相当タイトな状態になる。
 (c)介護施設は過剰供給になる可能性さえあるが、介護人材面での不足は続く。よって、介護分野における人材を確保できるような制度設計が必要だ。

 【続く】

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)

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【経済】財政再建と介護(1) ~曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用~

2012年02月05日 | ●野口悠紀雄
 1月末に刊行された野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない』は、タイトルが示すように消費増税批判なのだが、批判に重点を置いているのではなく、財政悪化の原因を剔抉し、財政再建の方策を提案する。
 目次を見てみよう。

 第1章 消費税を増税しても財政再建できない
 第2章 国債消化はいつ行き詰まるか
 第3章 対外資産を売却して復興財源をまかなうべきだった
 第4章 歳出の見直しをどう進めるか
 第5章 社会保障の見直しこそ最重要 
 第6章 経済停滞の原因は人口減少ではない 
 第7章 高齢化がマクロ経済に与えた影響
 第8章 介護は日本を支える産業になり得るか? 

 目次を追うだけでも容易に推察できるように、財政再建には増税よりもむしろ歳出の見直しが重要だ、としている。見直しにおいて重要なのは社会保障であり、ことに介護だ。
 こう書くと野口は社会保障費の抑制を主張しているように見え、じじつ社会保障費の伸び率に警鐘を鳴らしていているのだが、それだけだと拝聴する側は気が滅入る。ところが、幸い、野口は単純な社会保障費カットを主張していない。
 介護の分野に新産業を創出することで、一方では製造業から放出されていく労働力を吸収し、他方では要介護人口を支える生産年齢人口の減少に対処する。そのためには、従来の社会保障の発想を転換し、制度を変えなければならない、という。
 そう述べる本書の結論、第8章は、次の5節で構成される。

 1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
 2 急増する老人ホームに供給過剰が生じないか?
 3 製造業の雇用は減少するが、労働力人口はもっと減少
 4 将来の政策課題は、量の確保でなく質の向上
 5 新しい介護産業の確立に向けて

 以下、野口の議論を順次追ってみたい。

   *

1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
(1)介護という「新産業」の登場
 1990年代後半以降、日本の雇用構造に変化が起きた。(a)製造業の雇用が減り、(b)介護の雇用が増えた。(a)と(b)とはほぼ同数なので、全体の雇用の減少は緩やかなものだった。
 (b)は、54万人(2000年)→112万人(2005年)・・・・と5年間で2倍になった。施設より在宅サービスの職員が増えた。
 なぜか。要介護人口が急増したからだ。218万人(2000年)→411万人(2005年)・・・・倍増。平均年率13.5%。
 この原因は、介護保険保険法施行(2000年4月)による。要介護が顕在化し、それに対応するために介護職員が急増したのだ。介護という「新産業」が登場し、雇用を吸収したのだ。
 ちなみに、要介護比率が増加するとされる80歳以上人口は、5年間で1割増えたにすぎない。

(2)今後の要介護人口の伸びは鈍化
 このような「初期フェイズ」はすでに終わりつつある(介護保険制度が始まってから約10年間は特殊な時期だった)。定常状態になれば、これまでのような介護部門の雇用増は期待できなくなる。
 80歳以上人口の増加率は、低下し続けている。年率は、2014年から3%台に、2034年から2046年の間は(2045年を例外として)マイナスになる。当然、要介護人口も、2012年から2017年までの5年間で2割、2012年までの10年間で4割増える程度だ。
 介護関係従事者の伸び率も、その程度に低下する。実際、最近の増加は、毎年10万人程度になっている。→日本の雇用構造に大きな影響。

(3)1990年代以降の日本で所得が低下した理由
 介護部門の平均賃金は、製造業のそれより低かった。だから、1-(1)の雇用構造の変化により、日本全体の所得が低下した。
 1990年代以降、新興国の台頭によって工業製品の価格が継続的に下落した。そのため製造業の利益が縮小し、賃金を切り下げた・・・・と「デフレスパイラル」論は主張する。しかし、この認識は誤りだ。
 実際には、製造業の賃金は低下しなかった。製造業が放出した雇用の受け入れ先=介護の賃金が低かったため、全体の賃金が低下したのだ。
 製造業の雇用を受け止める生産性の高い産業がなかったことが問題なのだ。
 米国や英国でjは、金融業など生産性の高い産業が雇用を増加させたため、経済全体の所得が増加した。

(4)要介護人口の伸びが鈍化すれば所得がさらに低下
 過去10年間、介護サービスと介護従事者の両方に対して超過需要の状態にあった。ここに市場メカニズムが働いていたら、介護従事者の所得は向上したはずだ。しかし、現実には、この部門の所得は低く抑えられたままだ。介護が基本的には、公的施策(介護保険)の枠内で行われてきたからだ。
 今後、1-(2)の定常状態になって、超過需要状態が解消されてしまえば、介護部門の賃金引き上げは不可能になる(相対的低賃金の継続)。
 のみならず、介護保険財政が悪化する可能性が高い。なぜなら、要介護人口は増加し続ける一方、保険料を負担する世代の人口が減少していくからだ。そうなれば、(介護保険の枠内における)介護従事者の賃金引き上げは、さらに難しくなる。場合によっては、現在よりさらに状況が悪化する可能性が高い。

 以上のように、今、介護産業は大きな曲がり角に来ている。それは、日本経済全体に関わる重大問題でもある。なぜなら、製造業では今後も雇用が減少していくだろうから。それを引き受ける部門の賃金が今より低下すれば、日本の所得低下減少はさらに拍車がかかる。
 これを回避する手段はある。介護に関する発想を大転換し、これまでの10年間とは異なる介護産業のビジョンを描き、仕組みを変えるならば。

 【続く】

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)
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【経済】イタリア国債と日本国債の違う点 ~バブル~

2012年01月17日 | ●野口悠紀雄
(1)深刻化した欧州ソブリン危機
 2011年秋以降、これまでとは異質の要素が入り込んできた。イタリアという大国の国債利回り急騰だ。この過程は、理解が容易ではない。
 (a)なぜイタリア国債が暴落したのか、わかりにくい。07年の米国金融危機における住宅ローンを担保に作った証券化商品の価格下落に相当するファンダメンタルズ上の変化は生じていない。イタリアの単年度財政収支の状態は格別悪くない(国債費の支払いを除けば財政支出は税収で賄える)。
 (b)日本国債と米国国債に影響が及んでいない。日本と違って、2011年現在のイタリア国債の保有者は5割が外国の投資家だが、米国国債の5割も外国で保有されている。しかも、米国の対外経常収支は巨額の赤字だ。にも拘わらず、米国国債は暴落していない。

(2)イタリア国債
 イタリアのプライマリバランスは黒字だが、過去の財政赤字が累積した結果、国債残高は大きい。しかも、イタリア国債の利回りは、急騰前でも4~5%と高かった(国債費の重圧)。
 他方、イタリアは徴税システムに問題がある。税務当局が捕捉できない地下経済が、昔から大きい。官吏の腐敗もある。
 よって、イタリア政府が国債利子を払えなくなり、償還できなくなる可能性はゼロではない。
 これを背景に市場がイタリア国債にノーを突き付けたら、原理的には、(a)金融政策で流動性を供給することで危機を切り抜けられる。欧州中央銀行(ECB)がイタリア国債を買い支えればよいのだ。また、(b)国債はCDSでプロテクトできる。
 しかし、実際に(a-2)ECBが支援するか否かは、現実の政治的条件を考慮すると、大変困難な課題だ。また、(b-2)イタリア国債の残高は、ギリシャと違って大きいから、すべてをCDSで守り切ることはできない。
 イタリア国債の保有構造も影響する。外国の投資家が投資原資を短期資金で調達している部分が多いから、国債市場価格に敏感に反応して保有国債を売る。ために、危機の伝播速度が速い。のみならず、国債費として支払われる財政支出は国外に流出する。
 ちなみに、日本では、国債費として支払われたものの大部分は貯蓄され、国債で吸い上げられる(資金が国内で循環しているだけだ)。

(3)ユーロからドルと円へ逃げる投資資金
 (2)のメカニズムにより、投資資金がユーロから逃避し、ドルと円に逃げ込んでいる【注】。→ユーロは、ドルと円に対して急速に減価している。
 11年4月頃:1ユーロ=120円、1ドル=82~85円
 11年8月頃:1ユーロ=110円、1ドル=76~78円
 11年12月:             1ドル=78円近く(円の増価率2.5%)
 12年1月頃:1ユーロ= 90円
 ECBは金融緩和を行うので、ユーロはさらに下落する恐れがある(ユーロという仕組みに対する市場の不信認)。

(4)日本国債
 日本の財政事情は、イタリアより悪い。市場が日本国債に不信認を突き付けることは、十分あり得る(危機の前倒し)。ただし、日本国債の保有構造からして、売り投機(膨大な損失を被る)のルートでの危機伝播は考えにくい。
 短期的に見る限り、日本国債の消化に問題は生じそうもない。だから発行に歯止めがかからない。財政構造見直しの真剣な努力は行われず、公債依存度は高まっていく。
 しかし、長期的に見れば、アンバランスのさらなる拡大の危険がある。実質レートの長期的な傾向から見て、現在の為替レートは円高とは言えない(バブルではない)。しかし、円に流れ込んだ資金が国債に向かうメカニズムは、バブルである可能性が強い。日本国債が長期的に有利で確実な収益を生むから投資されるのではなく、資金流入が国債価格を引き上げ、それが値上がり益を生むため、さらに資金流入を呼んでいるのだ。
 本来は安定的には継続し得ない構造が、不均衡が不均衡を呼ぶことで成立している(バブル)。米国経常赤字もバブルを起こしている。
 バブル崩壊のショックに備えねばならない。

 【注】1月13日、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)はユーロ圏9カ国(フランス・オーストリア・スロベニア・スペイン・スロバキア・マルタ・イタリア・キプロス・ポルトガル)を1~2段階格下げた。【記事「S&P、フランスなどユーロ圏9カ国一斉格下げ ドイツは最上位を維持」日本経済新聞WEB刊2012/1/14 10:15 】
 これを受けて、ユーロを売り、円を買う動きが強まって、円相場は一時、1ユーロ=97円20銭まで上昇した。【記事「ユーロ圏国債格下げでユーロ安」(NHK NEWSWEB1月16日 5時8分)】

 以上、野口悠紀雄「イタリアと日本の国債は何が違うのか? ~「超」整理日記No.594~」(「週刊ダイヤモンド」2012年1月21日号)に拠る。
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【経済】2012年度予算案の死相 ~破綻の「前倒し」はいつ起こるか?~

2012年01月12日 | ●野口悠紀雄
(1)この門をくぐる者は一切の希望を棄てよ
 2011年度予算には日本の死相が表れていた。
 死相は、12年度予算案や11年度第4次補正予算において、ますます顕著になっている。
 (a)社会保障給付の見直しが急務なのに、行われたのは負担軽減措置のみ。
 (b)社会保障を見直さずに財政収支を改善するには消費税率を30%程度にまで上げる必要があるが、5%引き上げさえままならない。
 (c)基礎年金国庫負担率引き上げは、04度に「恒久財源を措置して行う」とされた。しかるに、11年度予算では埋蔵金によって処理された。しかし、その財源は補正予算で使われ、結局、復興債で手当されることになった(国庫負担金と復興とは無関係、念のため)。そして、12年度予算案では、「年金交付国債」の発行で措置されることが決まった(年金特別会計積立金から調達した資金で年金を給付、消費税増税後に税収から繰入れる)。年金交付国債は、国債と何も変わらないが、消費税増税まで換金できない。12年度の新規国債発行額を44兆円以下に抑えるための(質の悪い)トリックだ。
 (d)マニフェスト関連バラマキ(農家個別所得保障、高校無償化、名称を変えただけで存続している子ども手当)が残っている。
 (e)エコカー補助が復活した。これは、自動車産業や電機産業に対する国からの補助の恒久化だ(製造業の農業化)。 
 ・・・・財政が、ギリシャと同じくコントロール不可能に陥っているのだ。
 ギリシャとの違いは、国債が支障なく消化されている点だ。それは、国内の銀行が、企業向け貸出へ減らして国債を購入しているからだ。しかし、銀行の企業貸出残高は、いつか底を突く。日本は、滅びに至る道を着実に進んでいる。
 現在の財政状態が行く着く先は、インフレしかない。この選択肢は、ユーロに加盟しているギリシャは採れなかったが、日本では可能だ。

(2)破綻の「前倒し」
 日本国債の行き詰まりは、今すぐには生じない。問題は、それが「前倒し」で起こるかどうかだ。
 銀行が、国債暴落を先取りして保有国債を今売却する・・・・ことは起こらないだろう。今のイタリアのような事態にはならないだろう。
 より可能性が高いのは、将来の円安を見越して日本から資本が(たぶんドルに)逃避し、それが実際に円安を引き起こす・・・・というルートだ。
 こうした予想に傾いた投機資金の動きが、急激な円安をもたらす可能性がある。
 インフレ、名目円安、実質円高が同時に生じることは、十分あり得る。この場合、日本の輸出価格競争力は低下し、輸出は減る。名目円レートは物価上昇率ほど円安にならないから、実質レートは円高になる。国内インフレの結果としての円安は、日本の輸出を増やさず、減らす可能性のほうが高い。インフレは、日本が抱える問題に対する答にはなり得ない。
 急激な円安への転換がいつ起こるか、まったく予想できないので、事前の対処は難しい。円安になったとき、急いで円から逃避するしかない。

(3)対インフレ防衛措置
 インフレになれば、既発行国債の実質残高は減少する。
 しかし、昔の財政とは違って、現代の日本の財政では、インフレになっても単年度の財政収支が改善するとは限らない。名目支出額がインフレとともに増加するからだ。わけても、年金の物価スライド条項の効果が大きい。これを通じて、財政支出はインフレで自動的に増加する。名目税収額はインフレによって増加するものの、消費税収は名目GDPに比例して伸びるだけなので、あまり大きな税収増は期待できない。
 財政支出と税収の両面において、現代の財政は古典的な財政構造とは異なる構造になっている。
 現代の財政は、インフレといえども、財政赤字に対する最終的な答とはなり得ないのだ。インフレは、実質国債残高を減少させるが、フロー面では財政収支改善にあまり役立たない。
 国民の立場からすれば、インフレが生じても国債残高の実質値が減少しないような仕組みを作っておくことで、インフレによる実質増税を防ぐことができる。国債をインデックス国債に置き換えるのだ。

 以上、野口悠紀雄「危機の前倒し発生に制度的な防御が必要 ~「超」整理日記No.593~」(「週刊ダイヤモンド」2012年1月14日号)に拠る。
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【経済】電力会社が巨利を得る蛸壺経済体制 ~囲い込み・すみ分け~

2011年10月27日 | ●野口悠紀雄
(1)日本経済の蛸壺的構造
 「囲い込みとすみ分け」の経済体制は、「利用者・顧客を囲い込んで、市場を分割する。供給者はすみ分ける」というシステムだ。いくつかの縦割りグループが併存する「蛸壺経済」だ。蛸壺は分業せず、ある事業分野では、複数の蛸壺が同じ事業を行っている。
 日本経済で広く見られる現象だ。第2次世界大戦後の日本経済の基本的な構造だ。
 <例>発送電独占、地域独占の電力。
 <他の例>携帯電話と初期のPC。顧客の囲い込みはより緩やかだが、マスメディア(全国紙と系列テレビ局)、金融機関を中心とする系列、電鉄と不動産開発事業。強固な垂直統合企業グループを形成している自動車メーカーと系列部品メーカー。
 つまり、日本列島という「ガラパゴス諸島」は、大小の蛸壺が並んでいる場所なのだ。グループの構成員の生活の糧は、蛸壺においてしか得ることはできない。
 壺に入れてもらえない人は、よく言えば「自由人」だが、その実体は「はぐれ者」ないし「部外者」だ。「非正規労働者」と呼ばれる場合もある。

(2)「囲い込みとすみ分け」を可能とする3条件
 (a)国内市場の規模が十分に大きいこと。分割された各市場が、採算のとれる経済活動を可能にするだけの大きさを持つこと。
 (b)標準化やモジュール化を妨げる技術的要因があること。新規参入を困難にする技術的・自然的制約が存在すること。
 (c)技術が安定的であること。
 <典型例>電力。(a)各電力会社の管内は十分に大きい。(b)周波数の違いが西と東を分けているし、島国だから外国から送電線を引けない。(c)これまでは大きな技術変化はなかった(ただし、スマートグリッドは大変化をもたらす潜在力を持つ)。
 他の分野では、電力におけるほど「すみ分け」は安定的でない。だから、蛸壺間の競争は起きる。ただし、その場合の目標は利益ではなく、シェアになる。つまり、勢力圏の拡大が重要な課題だ。
 注1・・・・3条件のすべてが必要条件というわけではない。携帯電話の場合、(a)は満たされているが、(b)は満たされていない。携帯電話は、本来はPCと同じように互換性があるものだ。SIMロックは、互換性をなくすための人為的な手段だ。
 注2・・・・それぞれの蛸壺の中も、決して均一ではない。派閥、部門間対立、複数の専門家集団間の争いがある。だから、すみ分けは多層構造をなす。ただし、部外者からは「企業グループ」という一つの蛸壺に見える。
 注3・・・・さらに日本語がかかわると、「囲い込みとすみ分け」が生じやすくなる。外国との競争が起こりえないからだ。<典型例>マスメディア。

(3)「囲い込みとすみ分け」がもたらす巨利とそのシステムの崩壊
 すみ分けシステムでは、競争は悪として否定される。それを表すため、しばしば「過当競争」という言葉が使われる。
 競争否定を正当化するために用いられるのが、「安定と秩序」だ。その反面で、競争がもたらす発展可能性と効率化は無視される。
 <例>電力。「安定的な電力供給」が金科玉条とされる。「停電が一切生じない電力供給は、地域独占によってこそ実現できる」という論理だ。問題は、多大なコスト負担だ。日本の電気料金はアメリカのほぼ2倍だ。そして、地域独占下では消費者に選択の余地はない。
 かくして、すみ分けシステムは供給者に過剰な利益をもたらす。競争があれば発生しえない「レント(超過利潤)」だ。これは外部者には見えない。東京電力がどれだけ巨額のレントを享受していたかは、福島原発事故で東電が生体解剖されることによって、初めて見えるようになってきた。
 すみ分けシステムの安定した状態を破壊するのは技術だ。<例>PC。スマートフォンは日本のすみ分け体制を壊そうとしている。そして、スマートグリッドの進歩は、電力の地域独占体制を正当化する論理を破壊する可能性がある。
 1990年代以降の技術は、日本に不利に変わってきた。<例>IT。囲い込み・すみ分け文化とは親和性がない。だから、日本は対応できなかった。
 実は、そうした変化がIT以外の分野でも生じる可能性がある。

 以上、野口悠紀雄「囲い込みとすみ分けの「蛸壺経済」体制 ~野口悠紀雄の「震災復興とグローバル経済――日本の選択」第19回」(「東洋経済」11/10/24 | 12:18)に拠る。
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【震災】消費税臨時増税は不公平で経済を攪乱 ~復興経費と社会保障経費の財源~

2011年06月27日 | ●野口悠紀雄
(1)復興経費と社会保障経費の違い
 (a)復興経費と(b)社会保障経費は、次の2点で対照的な性格をもつ。
 第一、(a)は1回限りの(一定期間に限定された)経費だ。他方、(b)は、永続的な性格をもつ。
 第二、(a)は他の経費と切り離し独立して考えることができる。他方、(b)は他の経費と密接に関係し、財政全体の中でとらえる必要がある。
 このような性格の違いに応じて、適切な財源を選択する必要がある。
 (a)を賄う財源は、臨時的・一時的なものが望ましい。区分経理が可能なため、目的税的性格を付与しやすい。
 (b)を賄う経費は、恒常的なものでなければならない。区分経理が不可能なため、目的税になじまない。

 (甲)「復興構想会議」の第一次提言の骨子案、(乙)「税と社会保障の一体改革の集中検討会議」の改革原案、(丙)その他のさまざまな議論・・・・の多くは、対象経費の経済的・会計的な性格を十分に考慮していない。その結果、不適切な財源を提案している。
 ここでは、消費税などの基幹税の一時的増税によって(a)を賄おうとすると、大きな問題が発生することを指摘する。

(2)消費税
 消費税を一時的に増税すると、増税期間中に不当に重い負担が発生する場合がある。これは、経済活動に大きな歪みと混乱をもたらす。
 この問題は、特に住宅について顕著に発生する。自動車、高額の家具や家電製品などの耐久消費財についても発生する。エコカー購入支援とエコポイントによって自動車と家電の購入が急増したが、それとまったく逆の現象が起こる。
 この問題に対処するには、増税期間終了後に消費税の一部を還付する必要があるが、その手続きは煩瑣なものになるだろう。
 (1)-(甲)の、(1)-(a)の財源として消費税を一時的に増税する案は、消費税のこうした側面をまったく無視した「暴論」だ。なお、消費税は課税地点を限定化することも技術的に困難なので、被災地にも一律に課税しなければならない、という問題もある。
 この点、(1)-(乙)の改革原案も同じ誤りを犯している。消費税率を段階的に5%→10%→15%に引き上げるというが、臨時増税の場合と類似の問題が発生する。そもそも、社会保障のための財源手当が必要であるのに、なぜ一挙に引き上げないのか。段階的引き上げには、経済的に合理的な理由がない。

(3)所得税・法人税
 (2)と類似の問題がある。
 <例1>譲渡益課税・・・・資産保有期間中に蓄積されてきた資産価値の増加を売却時にまとめて課税するものだ。だから、たまたま臨時増税時に売却益が実現すつと、不当に高い負担が生じる。これを避けるため、人々は増税期間中は資産売却を控えるだろう。
 <例2>退職金課税・・・・たまたま臨時増税期間中に所得が実現すると、不当に重く課税される。
 <例1>も<例2>も、課税の標準化措置がとられるため通常の所得より軽課されるが、所得が実現した年に課税される点に変わりはない。
 所得税・法人税の一時増税は、回避することは不可能ではない。特に法人利益については、発生時点をさまざまな方法でずらすことができる。こうした対策は一部の納税者しか利用できない、という点で不公平なものだ。
 時限減税は、通常の減税より大きな経済的効果をもつ。<例3>投資促進のための税額控除・・・・時限的な政策の場合のほうが効果が大きい。時限増税は、これとちょうど反対のことをもたらす。
 もともと所得税・法人税・消費税などの基幹税は、時間的に大きく変動しない安定的な課税が予定されている。平均課税などの課税平準化が取られているのも、そのためだ。臨時的な負担増を求めるのは、基幹税のこうした基本的性格に反する。

(4)復興税の財源として選択すべきもの
 (2)や(3)の問題を惹起しないものを選択すべきだ。
 <例>電気料金に対する課税・・・・電気は蓄積できないので、住宅や耐久消費財の場合のような消費と課税時点の食い違いは生じない。また、電力消費を抑制する効果もある。さらに、使途を再生可能エネルギー開発への補助や原発事故関連支出などに限定することで社会的な賛同を得やすいだろう。こうした区分経理は技術的に可能だ。
 (1)-(a)の財源として、いま一つ重要なものは、資産の取り崩し、とりわけ対外資産の取り崩しだ。

【参考】野口悠紀雄「消費税の臨時増税は不公平で経済を攪乱 ~「超」整理日記No.567~」(「週刊ダイヤモンド」2011年7月2日号)
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【震災】脱原発の経済学

2011年06月18日 | ●野口悠紀雄
(1)日本経済の構造的変化 ~貿易立国の終焉~
 貿易収支は4月に赤字となり、5月上旬には赤字額が拡大した。今後、LNGなど発電用燃料の輸入が増えるので、赤字が継続する可能性が高い。貿易赤字の定着は、日本の経済構造が大きく変化したことを示している。
 貿易収支が今赤字である原因は、生産設備の損壊だが、これは比較的短期間のうちに克服されるだろう。
 それ以降も赤字が続くのは、電力について量的制約が続き、コストが上昇するからだ。
 そして、このような制約が生じる基本的な理由は、原子力発電に依存できないことだ。原子力発電に制約がかかったことが、貿易赤字定着の本質的な原因なのだ。
 これまでの日本の「輸出立国」は、「原発は絶対に安全」という神話の上に築かれたものだった。しかし、このたび神話は崩壊した。その結果が「貿易赤字」という誰にもはっきり見えるかたちで示された。日本が貿易立国できる時代は終わった。

(2)隠されていた課題
 80年代は、世界経済の環境が日本にとってまことに好都合な時代だった。(a-1)中国工業化の影響はまだ顕在化せず、(b-1)原油価格は落ち着いていた。70年代末から99年夏頃まで、一時的な例外はあったものの、1バレル当たりの原油価格は、20ドルを超えなかった。90年代末には10ドルに近づく場合もあった。
 00年代になって、それらの問題が顕在化した。まず、(a-2)中国の工業製品が世界市場で日本製品を圧迫し始めた。そして、(b-2)中国をはじめとする新興国の工業化の結果、原油価格が上昇した。
 しかし、これらはいずれも隠蔽することができた。(a-3)中国工業化による日本製品の優位性低下は、円安で日本の輸出産業の競争力を見かけ上高めることによって、(b-3)原油価格の上昇は90年代に原子力の比重が高まっていたので、隠蔽できた。
 ところが、(a-4)円安依存の輸出戦略は、経済危機で崩壊した。そして、(b-4)原子力への依存が大震災で突き崩された。
 円安も原子力も、日本にとって本当の解決ではないことがわかった。
 今必要とされるのは、もともと潜在的には必要だった構造に日本経済を変えることだ。

(3)製造業の海外移転
 エネルギー基本計画は、現在「白紙」だ。仮に原子力への依存を今後低めるのであれば、エネルギー計画の枠内だけでは、その目的は達成できない。自然エネルギーの比重を高めることは必要だろうが、量的に見てそれだけでエネルギーの需給均衡を達成できるはずはない。
 脱原発の主張は、それを実現するための具体性を欠いている。
 この問題は、日本経済全体の問題としてとらえるべきものだ。製造業は電力多使用産業なので、製造業の比率が低下すれば、電力需要も減る。したがって、燃料輸入も減る。90年代以降、「輸出産業にとっていいことは日本にとっていいことだ」と考えられてきた。しかし、もはやそうは言えなくなる。
 日本国内だけの調整で、この問題を処理することは不可能だ。生産拠点の海外移転の動きを止めることはできない。日本の製造業は、国内ではなく国外で生産を行う時代になった。

(4)円高のメリット
 変化は、かなりのものが市場価格の変化で自動的に進む。それを妨害してはならない。企業の海外移転と円高に逆らわないことだ。
 円高は日本人を豊かにする。原油価格がこれをはっきり示す。原油価格は、09年1月初めの1バレル34ドルから11年4月末の121ドルまで、4倍近くに上昇した。しかし、日本の原油粗油の輸入単価は、この間に2.15倍にしか上昇していない。円高のおかげで、日本人は世界的な石油価格高騰の影響からかなり隔離されたのだ。このことは日本ではあまり評価されていないが、大変重要なことだ。
 今後もLNGなどの発電用燃料の輸入が増えるので、国内での価格上昇を招かないために、為替レートが円高になることが重要な意味をもつ。
 他方、円安になったところで、自動車等の輸出は増えない。生産そのものが制約されているからだ。
 貿易赤字を食い止めるためには、円高が必要なのだ。

(5)雇用政策の重要性
 海外での生産は基本的には望ましいことだが、唯一の問題は国内の雇用減少だ。すでに失業率は上昇し始めている。新卒の就職内定率には、もっとはっきりしたかたちで表れるだろう。
 だから、雇用政策は重要だ。雇用調整金のような弥縫策では解決できない。また、雇用を製造業に頼り、そのための需要喚起策を行っても、電力供給制約下の経済では機能しない。ここにおいても必要とされるのは、政府のコントロールを弱めることだ。
 量的に最大の雇用吸収力をもつのは介護分野だが、雇用を増やすには規制緩和が必要だ。
 質的な面で重要なのは、付加価値の高いサービス産業を成長させることだ。そのために、外国人高度人材の参入に対する規制緩和が必要だ。

【参考】野口悠紀雄「貿易赤字は継続する 輸出立国時代は終焉 ~「超」整理日記No.565~」(「週刊ダイヤモンド」2011年6月18日号)

   *

 メディアの数字を信じてはいけない。
 <例>米国人は日本人よりはるかに野菜を多く摂取している。
 まさか、と思うかもしれないが、統計上は正解なのだ。
 しかし、実は、この野菜にジャガイモが含まれている。あの、たっぷり油で揚げたマクドナルドのポテト(とてもおいしい!)を食べても、野菜摂取量に入るのだ。
 現代は飽食の時代、食べ過ぎると「メタボ」になるのでカロリー摂取を控えよ、と言われる。メタボこそ、生活習慣病の原因だ、と言われる。
 では、どれだけカロリー摂取量を減らすべきなのか。
 47年、終戦後のまだ食うや食わずの頃と、現在の日本人のカロリー摂取量は、ほとんど変わらないのだ。厚生労働省のデータがはっきり示している。
 大多数は、これを聞いてびっくりするだろう。
 そんなはずは・・・・あるのだ。新聞・テレビを使ったダイエット産業による完全なる刷り込みが成功した例で、冷静に数字を見る必要がある、ということだ。

 円高が日本経済を壊滅させる、というが、日本のGDPのうち輸出が占める割合は、高度成長期も、当時より倍以上円高になった今でも、10%台だ。経済を回復させるには、輸出の問題としてではなく、残り約80%の内需の問題と考えるべきなのは明らかだ。
 メディアを信じてはいけない。

 以上、ぐっちーさん「メディアの数字を信じてはいけない ~ぐっちーさんのここだけの話 No.175~」(「AERA」2011年6月20日号)に拠る。
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【震災】まだ表われていない大震災の経済的影響~課題の整理~

2011年06月13日 | ●野口悠紀雄
 大震災が日本経済に与える(or今後与える)影響は、次のようなカテゴリーに分けて識別する必要がある。
 (1)すでに影響が生じており、その大きさをデータで確かめられるもの、生産設備の損壊に伴う問題。
 震災による直接的な影響で、そのほとんどは生産量の減少や電力の供給制約だ。
 この影響は、鉱工業生産指数や貿易統計にすでに表れている。3月の自動車の生産は、66年の統計開始以来最大の下落幅(57.3%減)となった。貿易収支は4,637億円の赤字となった。
 生産設備はいずれ回復する。ただし(3)の海外移転が進む可能性があり、どの程度進むか、現時点では十分な評価が難しい。
 発電施設も、火力については復旧・増強が行われている。定量的な見とおしは可能だ。ただし、(2)の電力コスト上昇の問題が生じ得る。

 (2)今後生じることは確実だが、明確な形の影響はまだ生じておらず、したがって現時点では定量的に把握しにくい問題。
 (a)原子力発電に関わるもの。
 浜岡原発が運転停止となり、電力の量的制約は全国的な広がりを持つことになった。定期点検などで停止中の原発の運転再開は、不確実性が大きい。浜岡原発のような事態がほかでも生じれば、量的な電力制約はさらに広がるだろう。

 (b)原子力から火力へのシフトに伴う発電コスト上昇。
 近未来に生じることが確実であり、定量的にもある程度は見当がつく。東電は、LNGの輸入増加のため1兆円程度のコスト増が生じる、としている。中電、さらにほかの電力会社でも同じ事態が発生する可能性が高い。
 電力コストの上昇要因は、ほかにもある。東電には、原発事故の賠償金、事故収束への費用、廃炉に必要な費用が発生する。5月13日に決定された賠償スキームには、東電の賠償責任に上限が設けられていないので、基本的には電気料金に転嫁されると思われる。
 これらに起因する料金引き上げがどの程度になるか、現時点では完全には把握しにくい。しかし、東電の場合には、火力シフトと合わせて料金が2割以上、場合によっては4割程度の値上げとなる可能性もある。

 (c)震災で損壊した生産施設、住宅、社会資本の復旧のための投資。
 これらが行われることは確実で、どの程度の額になるか、おおよその見当はつく。被害総額が16兆~25兆円(内閣府の見とおし)だとして、復旧期間が2~3年とすれば、毎年の投資額は10兆円程度になる。
 ただし、これらの投資がいかにファイナンスされるか、現時点でははっきりしない。財政が関与する部分(主に社会資本)について、主な財源が税になるのか国債になるのか、まったく不明だ。
 民間主体による復興投資についても、金利や為替レートによって、動向が大きく左右される。そして、金利や為替レートは経済政策によって大きく変わる。

 (3)極めて重大であるにもかかわらず、定量的な把握が現時点では難しい問題。
 最も重要なのは、生産拠点の海外移転だ。これは円高によって、すでに昨秋から顕著に生じている。すでに日本の製造業は、怒濤の勢いで生産拠点の海外移転を進めている。しかし、震災後の状況については、現時点で得られるデータが極めて少ない。
 (2)の(a)や(b)によって、海外移転が一層加速する可能性が極めて高い。また、(2)の(c)の増加で金利が上昇すれば、国内での工場再建は不利になる。金利上昇が円高をもたらせば、さらにその傾向が強まる。 

 これまで日本の中核産業であった製造業が海外に移転してしまえば、深刻な雇用問題が発生する。だからといって、民間企業に雇用の責任を負わせることはできない。製造業に国内にとどまってほしい、と要請することはできない。だから、製造業に代わって雇用を生み出す産業を作り出すことが、どうしても必要だ。それがいかなる産業になるかは、日本経済の命運を決める重大なポイントだ。
 これまでも、製造業の雇用は減り続けてきた。問題は、製造業からあふれる雇用を受け入れる受け皿が小売業、飲食店など生産性が低いサービス業しかなく、そこでパートタイム形態の雇用が増えたことだ。ために、全体として給与水準が低下し、日本経済の所得が低下した。
 「生産性の高いサービス産業を作ることは、これまでも必要とされてきたことだが、それが一刻の猶予も許されない緊急の事態となった」

【参考】野口悠紀雄「まだ表われていない大震災の経済的影響 ~ニッポンの選択 最終回~」(「週刊東洋経済」2011年6月4日号)
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【震災】日本にベストな復興資金調達法、それを阻害する2つの要因

2011年05月08日 | ●野口悠紀雄
(1)ベストな復興資金調達法
 日本が保有する巨額の対外資産は、554兆円ある(09年度末)。純資産(負債を引いた額)は266兆円だ。復興資金(16~25兆円)のすべてを対外資産取り崩しで賄っても、純資産が1割減る程度だ。
 対外資産は、(a)直接投資68兆円、(b)証券投資が207兆円(米国債が多いと推定される)で、流動性が高い。
 (b)のうち、半分を金融機関が保有し、3分の1を政府が外貨準備として持つ。金融機関のうち、生命保険の比重が高い。
 よって、金融機関が保有する(b)を売り、その資金を国内に持ちこんで国債を購入したり、国内貸し付けに充てれば、国内での金利上昇を抑えつつ復興投資を行うことができる。金融機関にこうしたポートフォリオ変更を強制できないが、金利レートや為替レートが変動する【注】ことで、金融機関はそうした選択をする。
 ただし、ドルを売って円を買うから、円高になる。円高を阻止しようとすると、この取引は進まない。

 【注】民間資金需要(工場や住宅再建)が増加するなかで国債が増発されれば、金利は上昇する。

(2)国債発行で負担を負うのは今の世代
 (a)金融機関のポートフォリオ変更による資金調達は、国内での国債と異なって、負担を将来に移転できる。対外資産の売却代金を日本に持ちこむとは、資源を海外から日本に持ちこむことを意味する。だから、現時点では需給バランスが改善する。しかし、対外資産は減るから、将来世代が得られる運用収入は減る。この意味で、現在の世代は負担を免れ、将来世代が負担を負う。
 (b)復興財源をまず復興債で賄い、しかるべき時点に増税する、という意見がある。国債でも負担を将来の時点に移せるか? 否。償還時に、納税者から国債保有者に所得が移転されるだけだ。国全体としては、使える資源が減少するわけではない。償還時の日本人は、全体としては負担を負わない。
 復興投資に充てられる国債の負担は、国債が発行される時点の人々が負うのだ。生産制約がある状態で国債を発行すれば、金利が上昇する。海外との取引がない経済では、それによって投資が減少する(企業の生産設備の復旧や住宅復旧を犠牲にして道路や橋を建設する)。海外との取引がある経済では、円高が進む。金融緩和をして円高を阻止すれば、物価が上昇して消費が犠牲になる。
 いずれにせよ、その時点で他の需要項目が減少することによって復興投資が賄われるのだ(クラウディングアウト)。
 
(3)ベストな復興資金調達法を阻害する2要因
 (a)日本人の円高嫌悪感・・・・円高を阻止しなければ復興が円滑に進まない、という意見がある。
 本当は、まったく逆なのだ。円高になれば輸入が増える。これは、国内の生産制約を緩和する。
 輸入は、日本国内に希少な資源を間接的に購入することだ。今後の日本国内での生産拡大にもっとも深刻な制約となるのは電気なので、外国の電気が含まれている製品を購入するのがもっとも合理的な解決法だ。これによって日本の電力不足を緩和することができる。<例>外国で生産される鉄やセメントには、電気が使われている。これらを輸入することは、海外の電気を間接的に購入することだ。
 円高容認は、復興戦略の重要なポイントである。ただし、日本人が円高を許容するだけでは十分ではない。
 (b)米国の既得権益・・・・日本が保有する米国債を売却すれば米国の金融市場が混乱する恐れがあるため、米国は資金流出を望んでいない。世界経済は、米国の巨額の経常赤字を日本や中国からの資金流入で補う、という不均衡の上に構築されてしまっている。これが急激に変化することを望まない勢力が、日本だけではなく、米国にもいるのだ。これを打破するのは、容易ではない。
 日本にとってもっとも望ましい形の復興資金調達法を、日本人の固定観念(円高拒否)と米国の既得権益(日中からの資金流入で経常赤字を補う)が阻害している。

【参考】野口悠紀雄「対外資産取り崩しで復興資金を調達する ~「超」整理日記No.560~」(「週刊ダイヤモンド」2011年5月14日号)
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【震災】インフレという炎を煽る金融緩和 ~国債の日銀引き受け~

2011年05月07日 | ●野口悠紀雄
(1)世界経済の変化
 日本が大震災と原発事故への対処に忙殺されいる間に、世界経済が大きく変わった。インフレ圧力の高まりだ。震災前から進んでいた原油価格、金価格、食料品価格の高騰は、まったく収まっていない。これに対応して、欧米諸国は金融引き締めに舵を切った。
 世界的物価上昇の影響は、すでに日本の統計にも表れている。
 原油価格の上昇は、08年にも起きた。この時は、国内の消費者物価指数の上昇率が年率2%を超えた。これからも同じことが起きるだろう。国内の消費者物価指数は、今後必ず上昇する。
 為替レートは円安に進み、株価の下落は止まったが、輸出は増加しないだろう。震災によって設備が損傷したからだ。今後も電力制約があるので、生産設備が修復されても生産を回復できない。今夏(7~8月)、東日本では、電力需要を25%カットしなければならないので、生産はほぼ同率だけ減少する。これは、サプライムチェーンを通じて西日本の生産をも制約する。輸入インフレの圧力が強まる中で、円安が進み、生産が拡大しないのだ。
 円安は、輸出の増加をもたらさず、原材料コストを引き上げ、輸出関連企業の利益を圧迫するだろう。

(2)歴史はくり返す ~オイルショック~
 (1)は、石油ショック後の英国の状況と似ている。英国は、深刻なスタグフレーションに陥った。米国でもほぼ同じ現象が起きた。英米両国は、この時に受けた経済的打撃から20年間回復できなかった。
 日本は、総需要抑制政策をとり、金融引き締めを行った。円高が生じたが、容認されたため、ドル表示の原油価格が上昇したにもかかわらず、国内での影響は緩和された。
 石油ショックへの優等生的対応に、省エネ技術の開発、賃上げ要求の自粛なども寄与したが、なによりもマクロ経済政策が正しかった。
 供給制約の下で需要が増えればインフレーションになる。石油ショック時には、74年度予算に盛りこまれていた列島改造関連の公共事業が需要増加要因だった。それを急遽取り除いたのだ(もう一つの需要増加要因は、所得税の大減税だったが、田中角栄首相の強い意向でそのままになった)。
 今後の日本での需要増加要因は、復興投資である。しかし、これは取り除くことができない。需要を抑制するためになしうるのは、(a)金融引き締めで円高を実現することだ(輸出-輸入を減少させる)。(b)増税によって消費を減らすことだ。
 (a)も(b)もできなければ、インフレによって強制的に消費を抑制するしかない。

(3)金融緩和は破滅に至る道
 欧米職が金融引き締めに転じるのは、インフレ抑制のためだ。
 日本の物価動向は、実は国内の需給ギャップではなく、国際的な価格に影響されてきた。90年代以降、物価が上昇しなかったのは、新興国の工業化で工業製品が下落したからだ。資源価格が上がれば、日本国内の消費者物価も上昇する。日本は、08年にこれを経験した。経済危機によって需要が急減するまっただ中で、物価が上昇した。当時は、為替レートが円高方向に動いていたので、輸入インフレはある程度抑制された。
 しかし、今は円安方向に動いている。インフレ輸入の可能性はより高い。
 必要なのは、金融引き締めで円安を防ぎ(できれば円高を実現し)、海外からのインフレ輸入を防ぐことだ。日本は、石油ショックの時、そうした政策をとった。
 日本は今、石油ショック時と同じような供給制約に直面している。石油ショック時の供給制約は全世界で生じたが、今は日本だけが深刻な供給不足に直面している。総需要抑制、金融引き締めの必要性は、今のほうが高い。このまま円高回避政策を続ければ、石油ショック後の英国と同じ状況に陥る。
 石油ショック時には、消火活動は迅速になされた。だから火災の拡大を防げた。しかるに、今の日本は、消火に動こうともしていない。それどころか、国債の日銀引き受けによって、火に油を注ごうとしている。破滅に向かってまっしぐらの道を進もうとしている。

【参考】野口悠紀雄「迫る炎に油を注ぐ愚 インフレに金融緩和 ~ニッポンの選択第62回」(「週刊東洋経済」2011年4月30日-5月7日号)
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【震災】復興の基本--産業を東日本と西日本で再配置

2011年04月28日 | ●野口悠紀雄
 復興の大まかな方向づけは、できるだけ早く明らかにする必要がある。民間企業が、損壊した生産設備を元の場所に再建するか、他に移転するかは、それによって大きな影響を受けるからだ。
 その際、「付加価値当たりの電力使用量」を重要な基準とする必要がある。経済活動によって、これが大きく違うからだ。(a)製造業は電力多使用、(b)サービス業は省電力だ。同じ付加価値を生産するために、(a)は(b)の3.4倍の電力を必要とする。

 東日本が深刻な電力制約に直面している半面、西日本は当面は制約がない。(a)が西に移り、(b)が東に移れば、電力制約をかなり回避できる。
 試算の一例では、東の(a)の3割が西に移り、西の(b)の12.4%が東に移れば、両地域のGDPは不変にとどまる。しかし、電力消費量は(a)及び(b)の移動に伴う差し引きで、東で7.4%減り、西で6.9%増える。この程度の電力消費の増加なら、西野現在の発電能力の範囲内で受け入れ可能だろう。これ以上移せば、東の電力事情はもっと改善されるが、こんどは西が供給不足に陥ってしまうかもしれない。
 このような産業配置は、電気料金に対する課税を東だけで行えば、自動的に実現できる。

 問題は、省電力産業をどのようにして東に移すか、だ。西の(b)は大震災で直接的な被害を受けていないので、東に移る格別のインセンティブはない。それに、民間の(b)を移動させるのは、さほど容易ではない。
 そこで、次のようにしてはどうか。国や公的主体が中心となって、大規模な研究センターや医療センターを東北地方につくり、これを復興の核とするのだ。これらに関連してさまざまなサービスが必要になるので、東北地方に雇用が創出されるだろう。
 財源をどう調達するか。(1)マニフェスト関連施策をすべて見直せば、3.6兆円という巨額の財源が捻出できる。(2)電力課税・・・・東の電力使用量を今夏の供給制約をクリアできるほど課税すれば、東京電力管内だけで、ほぼ2兆円の税収が得られる。夏以外の時期にも課税し、かつ東北電力でも同様の課税を行えば、3兆円の税収が得られる。(1)と(2)を合わせれば、7兆円に近い財源の確保は実現可能だ。
 電力課税の税収を新プロジェクトに投入することで、今までムダに使われていた電力を節約し、それによって生まれた資源を新しい目的に投入するわけだ。

 過去にも、震災後に新天地に教育機関を立地した例がある。東京商科大学(現一橋大学)がそれだ。関東大震災で神田の校舎が壊滅したが、北多摩郡谷保村(現国立市)に移転した。神田の狭い敷地に再建したら、その後の発展はなかったろう。
 スタンフォード大学も、当時の辺境地カルフォニアの、何もない原野に創設された。同大学は、シリコンバレーのIT産業を生んだ。
 ただし、未開の土地に行政機能を移転する計画は、成功しないことが多い。イスラマバードやブラジリアなど、外国の例を見てもそうだ。移転が成功したのは、大学や研究所だ。

 東北地方につくられるべき大規模な研究センターは、何をめざして研究するべきだろうか。
 時代の要請があって、かつ、省電力でなければならない。となると、リスクマネジメント、通信・情報処理関係の研究が該当する。今後の日本ではボラティリティが高まるから、それにどう対処するかは、今後の日本にとって重要な課題なのだ。
 これらは、ソフト志向的なものだ。そして、日本はこの分野が弱い。従来の日本の国立大学では育ちにくかった。
 また、海外との連携を強めることも重要だ。今のままでは、国際共同研究で、日本は中国に負ける。

 日本でこれまで行われてきたものとして、筑波研究学園都市建設がある(総事業費3兆円)。60年代の初めに、首都機能移転計画の一部として計画された。その中核の筑波大学は、理系志向のバイアスが強い。筑波の他の研究所も、高度成長型日本産業を支えるタイプの技術に関連している。
 新しい研究センターは、日本経済のこうしたバイアスを是正する役割を担うべきだろう。

 頑張れ日本、立ち上がれ日本・・・・意欲だけあっても方向づけが間違っていれば、成功しない。復興とは、すぐれて経済的な問題だからだ。希少な資源をどう配分するか、という問題なのだ。経済的に合理的な方向が採択されなければ、資源のムダづかいに終わる。
 震災前と同じものを復旧し、それが結局は世界経済の潮流に追いつけずに衰退しては、犠牲者も浮かばれまい。
 何十年か後に、大震災が日本のターニングポイントだった、と評価される復興を実現すること。それが、今の世代に課された課題だ。

【参考】野口悠紀雄「復興の基本方向は産業の東西配置 ~「超」整理日記No.559~」(「週刊ダイヤモンド」2011年4月30日・5月7日号)
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【震災】電力を多用せずに豊かになる法

2011年04月24日 | ●野口悠紀雄
(1)脱工業化
 日本経済の条件は、東日本大震災によって一変した。最大の変化は、(a)電力不足による制約である。しかも、これが長期にわたって日本経済を束縛する。エネルギー価格の上昇は世界的な問題だが、電力制約は日本がもっとも厳しい。省電力型経済構造への転換が、焦眉の急だ。
 いま一つの大変化は、(b)為替レートの変動だ。欧米で金融緩和終結という見とおし→このところ円安進行→復興投資本格化→資金需要増大→金利上昇→円高・・・・の可能性が高い。すると、国内の輸出産業の利益は減少する。
 かかる事態に対処するには、製造業の海外移転を進める形で復興を行うのが合理的だ(日本の脱工業化)。

(2)貿易構造・産業構造と電力消費との密な関係
 電力消費は、貿易構造や産業構造と密接に関わる。製造業の比率が高く、輸出に依存する経済では、国内のエネルギー消費が多くなる。しかし、脱工業化が進んで輸入が増えれば、GDP当たりのエネルギー消費は減る。
 国際比較で確かめると、中国のエネルギー効率は著しく悪い。非農業部門で製造業の比率が高い(サービス産業の比率が低い)ことと、石炭など効率の悪いエネルギー源に頼っているためだ。韓国も、中国ほどではないが、効率が悪い。それに対して欧州諸国は、概して日本よりエネルギー効率がよい。
 わけても英国が注目される。GDP当たりの電力使用量は、日本の42%でしかない。他のエネルギー源依存度の高さもさりながら、総エネルギーで見てもGDP当たりで日本の9割しか使用していない。産業構造と貿易構造の違いが影響しているのだ。英国は、経済の中で付加価値サービス業(金融業が中心)の占める比率が著しく高い。そして、貿易収支は傾向的に赤字だ。かかる構造のために、少ない電力使用で経済活動が成り立っているのだ。
 米国の最終エネルギー総消費量は日本よりかなり高い。自動車に偏った交通体系のため、ガソリン使用量が極端に多いからだ。しかし、GDP当たりの電気消費量で見れば、米国は日本より少ない。製造業の比率が日本より低いからだ。また、貿易収支も英国と同じく傾向的に赤字だ。
 なお、独伊両国もGDP当たりの電気消費量は日本より低い。総エネルギー中の電力の比率が日本より低いためだ。
 仏国の電力に関する指数は日本の2倍という高い値だが、総エネルギー中の電力の比率が高いためだ。

(3)部品生産も海外移転
 復興が生産拠点を海外に移す形で行われる場合、部品生産も海外に移転すれば、TPPもFTAも不要になる。
 生産拠点の海外移転は、情緒的にとらえず、客観的な経済条件下における合理的な経済的選択としてとらえるべきものだ。
 これまでも経済条件は、日本がその方向をとるべきことを要求していた。しかし、内向き志向や外国語が不得意なためにバイアスがかかっていたのだ。日本の海外生産比率は、欧米諸国に比べてかなり低い。ところが、東日本大震災で生じた経済条件の変化は、こうしたバイアスを吹き飛ばしてしまうほど大きなものだった。

(4)対外資産の運用効率化
 生産拠点の海外移転→日本の輸出減少→国際収支悪化・・・・と懸念する人が多い。しかし、これは時代遅れの認識だ。すでに05年ごろから、経常収支黒字の半分以上は所得収支の黒字によって実現している。経済危機後は、その傾向がさらに強まった。
 外国からものを買えなくなる、と心配するなら、輸出増をめざすのではなく、対外資産の運用を効率化して利回りを高め、所得収支の黒字増加に努めるべきだ。日本は、頭を使って賢い資産運用を行うことでやっていける段階に達している。
 悪化する客観条件下で国内生産に固執すれば、日本はじり貧状態に陥る。海外の生産拠点で効率のよい生産を行い、そこで上げた利益を日本に送金することこそ、日本がめざすべき方向だ。
 海外移転によって生じる唯一の問題は、国内における雇用喪失だ。復興のための雇用は、いずれ終了する。したがって、国内に雇用を創出するために、サービス産業を成長させる必要性が高まる。これまでにもその必要性があったのだが、それが急務になった。
 産業構造の転換は、日本の生産性を上げるのみならず、GDP当たりの電力使用量を引き下げるだろう。

【参考】野口悠紀雄「電力を多用せずに豊かになる方法は? ~ニッポンの選択第61回~」(「週刊東洋経済」2011年4月23日号)
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【震災】為替レートの大変動 ~高まる不確実性~

2011年04月18日 | ●野口悠紀雄
(1)円高の可能性
 大震災後、為替レートがきわめて大きく変動した。直後に海外市場で急激な円高が進んだ(かなりの投機的取引が推定される)が、18日の協調介入を契機に円安に転じた。その後さらに円安が進んだ(欧米の金融緩和が終了するとの見とおしが広がったため)。4月6日には85円台で、震災直前の水準より円安だ(中期的には10年夏以来の円安)。
 阪神・淡路大震災後の動きと似ているが、今回はこれから先は円安にならないだろう。背後の経済条件に、当時と現在では大きな違いがあるからだ。
 (a)現在の海外との金利差は、当時ほど大きくない。欧米の金利が今後上昇しても、円キャリーを引き起こすほどの金利差にはならない。当時と違って、現在ではこれ以上低下しようがないほど低くなっている。
 (b)マクロ的資金需要が違う。90年代には貯蓄率が高かった。国債発行も多くなかった。復興に要する投資を国内の貯蓄で賄うことができた。金利上昇を招かずにすんだ。現在では、復興資金の増加は資金市場でクラウディングアウトを引き起こし、金利が上昇する可能性が高い。日本の対外資産の取り崩し、日本の対外投資の減少も起こるだろう。よって、ここ数年は円高が進む可能性が高い。

(2)資本収支の変化により大きく変動する為替レート
 為替レートは、経常収支の変化によってはあまり影響されず、資本収支の変化によって大きく変動する。
 大震災→経常収支黒字を縮小→国内での生産が不利、電力制約による生産量拡大の頭打ち→輸入増加、輸出減少。
 80年代までのように資本取引が自由化されていなければ、円に対する需要が減るので、円安になるはずだ。しかし、資本取引が自由化され、巨額の資本取引が行われている現在、資本取引が為替レートに大きな影響を与える。経常収支黒字が今後縮小しても、円安になるとは限らない。
 しかも、長期的な見とおしに立った長期投資ではなく、短期的な資本移動だ。これは、短期的な変動と、その予測に大きく影響される。
 ただし、現実の金利差に反応しているのではなく、今後の金利差がどうなるかの予測に反応している。だから、その動きは単純ではない。

(3)不確実性の時代
 実物面の動きは、かなり正確に予測できる。特に、次の二点は確実だ。(a)夏頃から復興投資が増え、資金需要が増える。(b)夏に電力事情が厳しくなり、これは長期的に続く。
 ただし、不確実性もある。特に、(a)原発被害の広がりと事故収束が見極められない。(b)既存原発や新規原発がどうなるか、現時点では不明だ。(c)生産拠点の海外移転は続くだろうが、どの程度加速するかは不明だ。
 不確実性がもっとも大きいのは、価格の反応だ。資金需要増加→金利上昇→円高。
 ただし、価格は将来の変化を先取りするので、事態が複雑になる。将来価格上昇の予測→現在価格の上昇(「市場の効率性」)。
 市場が完全に効率的ならば、現在予測できる要因は、すべて現在の価格に反映されてしまう。将来の動きは、現在予測できない要因によってしか影響されてないことになる。
 しかも、今後の変化は、方向性の異なる動きだ。長期的には日本経済が弱まり、円安になっていくとしても、「日本売りで円安になる」というようなことにはならない。その前に日本国内の資金需要が増えるから、円高になる。しかし、復興が終われば資金需要が減る。その前に、欧米の金利が上がるから円安になる。
 以上のように、円安要因と円高要因が交互に現れる。しかも、そのタイミングがはっきりとはわからない。それがさらに事態を複雑化する。
 短期的な資本移動は、短期的な変動で利益を得ようとするから、投資の方向が大きく揺れる。それが為替レートの変動をさらに大きくする。かくしてボランタリティが高まる。それが実物経済にも影響を与える。
 震災後の日本経済の大きな特徴は、ボラティリティが高まったことだ。それにどう取り組むか(重要な課題)。

【参考】野口悠紀雄「高まる不確実性と為替レートの大変動 ~「超」整理日記No.558~」(「週刊ダイヤモンド」2011年4月23日号)
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【震災】負担反対は当然、その当然の行為が日本経済を破滅に導く

2011年04月12日 | ●野口悠紀雄
(1)問われているのは「計画停電」か「料金値上げ」か
 大震災からの復興に必要とされる政策は、国民に負担を強いる。供給面に制約が生じているからだ。
 この点が、数年前に生じた世界経済危機との本質的な違いだ。
 世界経済危機で日本が受けた打撃は、「輸出の激減」という需要面のものだった。これに対して必要な経済政策は需要の喚起で、直接的には誰にも損失を与えずに実行できる。
 ところが、今回生じている供給面での制約に対応するには、国内の需要を減らす必要がある。→電気料金値上げ、増税など。また、純輸出を減らすには、円高が必要だ。
 これが実現されずに供給不足が解消されなければ、結局は望ましくないかたちで負担増となって表れる。
 電力について問われているのは、「今までどおりの料金で、今までどおり電気を使い続けること」と「電気料金を値上げすること」のあいだの選択ではない。「計画停電で電気利用を強制的に切られるか」、それとも「料金を上げることで需要を削減するか」という選択である。
 今のままでは夏の大規模停電は不可避なので、対策は急務だ。

(2)マクロ経済的なバランスに関する問題
 震災からの復旧のために、投資支出が増大する。投資は、すべての分野で発生する(民間住宅・企業設備・公的資本)。
 その半面、国内総生産は供給制約で拡大できないので、格別の政策介入が行われなければ利子率が上昇して国内への資金流入が増大し、円高になる。→純輸出減少。
 円高のために、国内生産設備を国内で再建するのではなく、海外拠点に移すことも行われるだろう。→国内での企業設備投資減少。→国内の需給アンバランス緩和。
 円高によって純輸出が減るのが自然の動きだ。
 しかし、円高の進行を阻止しようとする政治的バイアスは非常に強い。国内で、円高に対する反対はきわめて強い。日本を代表する金融機関のトップは、新聞のインタビューに対して、「円高に憤りを感じる」と述べた。「復興のための資金調達が増えれば金利が上がる。金利が上がれば円高になる」ということを理解できないのだ。円高を阻止しようとするなら、銀行は復興のための融資申し込みを断らねばならない。

(3)日本経済破滅を促進する「反対」
 本当は、円高を進めて国内の供給制約を緩和し、製造業の海外移転を促さなければならない。が、円高反対の強いバイアスがある以上、それは望めない。
 しかし、それでは経済全体の受給が均衡しない。円高回避のため金融緩和がさらに進められれば、インフレが生じて消費が削減されることになる。
 それを避けるためには、増税を行って消費を削減しなければならない。
 値上げも増税も、それらを個々に取りあげれば、人々が反対するのは当然だ。だから、「反対」といえば人々の共感を得られる。耳当たりがよいだけの意見に、人々は惑わされる。だが、その先に、日本経済の破滅が待ち受けている。
 「負担そのものを避けられるのは、復興に必要な20兆円分の資材を、外国の足長おじさんがタダでくれる場合だけである」

【参考】野口悠紀雄「負担反対は当然だがそれは破滅へ続く道 ~「超」整理日記No.557~」(「週刊ダイヤモンド」2011年4月16日号)
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