お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

緑内障手術その後 その2

2021年03月12日 | 雑感
 緑内障手術から約2ヶ月経過。
 2ヶ月経った今回の検診では裸眼で0.4、矯正視力0.7まで回復、眼圧は医師が(私の場合)理想とされた10で安定。
 欠損した視野はそのまま戻りませんが、緑内障手術(眼圧を下げる)としては成功で順調。
 そこで医師曰く
「(手術した)右目ほど悪くないけど、3本の(眼圧下げる)目薬が不要になり、充血(目薬の副作用)も無くなるし、都合のいい時に左目も手術されたらどうですか? 右目の手術で(手術、経過が)どんな感じか、わかっていらっしゃるし」
 「・・・」
 即答できず、曖昧に、ひきつった笑顔で話を聞く私。
 いやあ、左目手術はもう少し視野欠損が進行してからでいいかなぁ。
 今、裸眼(白内障手術後の眼内レンズ)で0.7、矯正視力で1.0見えているもん。
 左目まで手術したら、視野を少し長く保つ代わりに今の視力は失うのではないか・・・
 いや、手術したほうがいいのか? もし、長生きしたら、目はかなり不自由になると思う。
 どうしよう。思案しています。
 いずれにしても、今、健康に恵まれて、見えているうちに、今だからできることを楽しみたいと、ワガママに生活しております。

 

 
 
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アンダークラス

2021年03月09日 | 本紹介
 

 例によって図書館に予約してお借りした本。
 相場英雄氏の作品は、世間に疎く、知識の無い私にとって、いつもいろいろ知らされ、考えさせられます。
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2021年3月の言葉 その2

2021年03月07日 | 仏教


写真は、ほころび始めた境内の陽光桜。

「ほのぼのカレンダー」今月の東井義雄先生の言葉は

 「聞こうという心がなかったら 聞いていても 聞こえない」

 そうですよね。聞く気がなく、聞いたことを心に受けとめなければ、聞こえてないのと同じですね。

法然上人の
 「月影のいたらぬ里は なけれども 眺むる人の心にぞ住む」
を思い出しました。
 阿弥陀如来の大きな慈悲心(仏さまのほうが、私を願われている)は、いつでもどこでも誰にでも届いていますが、それに気づかないと、私の心には届きません。

 


 
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どの花見てもきれいだな

2021年03月05日 | 雑感


 春色はピンクと黄色だ。
とこの場で書きましたら、庭の真っ白な雪柳が満開。
 赤色赤光、黄色黄光、白色白光 どれも比べられない。比べる必要もない。
「どの花見てもきれいだな〜」
 


 母がお世話になっている施設では早咲きの桜(名前がわかりません。寒緋桜?)が満開。
 入口の桜・プリンセス雅は二分咲きでした。開花が楽しみです。
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奈良 中宮寺展

2021年03月03日 | 雑感




 太宰府天満宮近くの九州国立博物館にて開催中の「奈良 中宮寺の国宝」展へ。
 穏やかな美しい仏像を拝し、有り難い仕合わせなひとときを過ごさせていただきました。
 帰りは同行くださった基山のK寺前住職ご夫妻にK寺様の見事な境内、お庭や、びっくりするほど立派な納骨堂をご案内いただき、これまた有り難いひとときを。


 ミツバツツジが満開でした。
 K寺さま、厚かましく大変お世話になりました。ありがとうございました!

 


 

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いちごさん

2021年03月02日 | 佐賀ネタ
 

 佐賀の新ブランド苺
「いちごさん」
を苺農家のご門徒さん(大都市に出荷されている)から頂きました。
 ありがとうございます。

 さて、この度、長〜い年月かけて作られた佐賀の新ブランドみかん
「にじゅうまる」
が、初出荷されたそうです。
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2021年3月の言葉

2021年03月01日 | 仏教


 3月になりました。
 春の色は、ピンクと黄色。
 写真は娘が花屋さんで買ってきたミモザです。

 さて、法語カレンダー3月の言葉は
 細川巌先生(1919-1996  化学者であり、仏教者)

 「私の上にあるものは
  全部賜うたものである」

 今まで生きてきて、「私のもの」と思っているものが多々ありますが、
そもそも「私」と認識する私の身体そのものも、私が作ったものは何一つなく、全て賜りものです。
 この齢まで生きて来られたのも、はかりしれない、たくさんの恵み、ご縁に支えられてのもの。
 全て賜り、生かされ生きていることに、もっともっと感動と感謝で日々を送りたいと、あらためて味わされるお言葉です。

 

 
 
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