その2.
その晩、やってきた客をもてなしているさなか、一同の上にたれこめていたのは、実に気まずい空気だった。会話はひとところに落ち着くことを知らず、当たり障りのない話題ばかりが矢継ぎ早に口にされては消えていく。だが、客人はあたりをうかがうようなそぶりも見せず、後ろ暗さとも無縁だった。礼儀正しく、堂々たるものごしには、いくぶん「上流」ぶったところさえ見受けられる。一方の迎える側の夫妻ときたら、終始落ち着きがなく、あたかも彼らの方が、よからぬ魂胆でも抱いているかのようである。食後、居間へ場所を移してからのふたりは、いよいよぎこちなくなってしまった。
「あら、そういえばわたしたち、銀婚式の贈り物をまだお見せしていませんでしたわね」と出し抜けにピーター夫人は言った。にわかにお客様をもてなすすばらしい趣向を思いついたらしい。「こちらをごらんになって。すばらしいし、ほんとうに実用的な贈り物ばかりなんですよ。まあ、よくあることですけれど、いくつかだぶってしまってるんですけどね」
「クリーム入れが七つ」ピーターが間に入った。
「ええ、ほんというと、困ってしまってるんですのよ」ピーター夫人は続けた。「七つもいただいちゃったんです。これから先、一生クリームだけで生きていかなきゃならなくなりそうね。もちろん取り替えられるものは取り替えてもらえばいいんですけど」
ウィルフリッドの関心は、もっぱらアンティークの贈り物に向いたようだった。そのうちのひとつかふたつを、わざわざランプのところまで持っていって、銘を調べてるほどの念の入れようである。主人夫妻は、まるで親猫になったような気持ちを味わっていた。たったいま自分が生んだばかりの仔猫が人間に取り上げられて、てのひらに乗せられ、しげしげと眺められている……。
「そういえば、辛子つぼは返してくださいました? ここにあったんですけれど」うわずった声でピーター夫人が言った。
「すいませんね。クラレットの瓶の脇に置いておきました」そう言いながら、ウィルフリッドは今度は別のものに目を奪われている。
「あの、その砂糖入れ、もうこちらへいただけません?」ピーター夫人は神経質そうな中にも断固たる決意をこめてそう言った。「忘れてしまわないうちに、どなたからいただいたものか、ラベルをつけておかなければ」
これほど警戒したにもかかわらず、どうもそれが功を奏したようには思えない。「おやすみなさい」と客と分かれてから、ピーター夫人は、何か盗られたにちがいない、と自分の疑念を口にした。
「確かにやっこさんの挙動には、うさんくさいところがあった」夫もその疑念に賛同した。「何かなくなったものはないか?」
ピーター夫人はあわてて贈り物の数を数えた。
「三十四しかないわ。たしか、三十五なきゃいけないはずなんだけど」と夫人は報告した。「大執事様がくださった薬味立てがまだ届いていないのを含めて三十五だったのかしら」
「そんなはずはなかろう」ピーターは言った。「あのいやしいやつめは贈り物を持ってきてないんだ。その上、ひとつだって持って行かれでもしたら、たまらんよ」
「明日、あのひとがお風呂に入っているときに」ピーター夫人は興奮した面もちで言った。「きっとカギをそこらへんに置いてるでしょうから、旅行トランクを調べてみましょう。それしか方法がないわ」
(この項つづく)
その晩、やってきた客をもてなしているさなか、一同の上にたれこめていたのは、実に気まずい空気だった。会話はひとところに落ち着くことを知らず、当たり障りのない話題ばかりが矢継ぎ早に口にされては消えていく。だが、客人はあたりをうかがうようなそぶりも見せず、後ろ暗さとも無縁だった。礼儀正しく、堂々たるものごしには、いくぶん「上流」ぶったところさえ見受けられる。一方の迎える側の夫妻ときたら、終始落ち着きがなく、あたかも彼らの方が、よからぬ魂胆でも抱いているかのようである。食後、居間へ場所を移してからのふたりは、いよいよぎこちなくなってしまった。
「あら、そういえばわたしたち、銀婚式の贈り物をまだお見せしていませんでしたわね」と出し抜けにピーター夫人は言った。にわかにお客様をもてなすすばらしい趣向を思いついたらしい。「こちらをごらんになって。すばらしいし、ほんとうに実用的な贈り物ばかりなんですよ。まあ、よくあることですけれど、いくつかだぶってしまってるんですけどね」
「クリーム入れが七つ」ピーターが間に入った。
「ええ、ほんというと、困ってしまってるんですのよ」ピーター夫人は続けた。「七つもいただいちゃったんです。これから先、一生クリームだけで生きていかなきゃならなくなりそうね。もちろん取り替えられるものは取り替えてもらえばいいんですけど」
ウィルフリッドの関心は、もっぱらアンティークの贈り物に向いたようだった。そのうちのひとつかふたつを、わざわざランプのところまで持っていって、銘を調べてるほどの念の入れようである。主人夫妻は、まるで親猫になったような気持ちを味わっていた。たったいま自分が生んだばかりの仔猫が人間に取り上げられて、てのひらに乗せられ、しげしげと眺められている……。
「そういえば、辛子つぼは返してくださいました? ここにあったんですけれど」うわずった声でピーター夫人が言った。
「すいませんね。クラレットの瓶の脇に置いておきました」そう言いながら、ウィルフリッドは今度は別のものに目を奪われている。
「あの、その砂糖入れ、もうこちらへいただけません?」ピーター夫人は神経質そうな中にも断固たる決意をこめてそう言った。「忘れてしまわないうちに、どなたからいただいたものか、ラベルをつけておかなければ」
これほど警戒したにもかかわらず、どうもそれが功を奏したようには思えない。「おやすみなさい」と客と分かれてから、ピーター夫人は、何か盗られたにちがいない、と自分の疑念を口にした。
「確かにやっこさんの挙動には、うさんくさいところがあった」夫もその疑念に賛同した。「何かなくなったものはないか?」
ピーター夫人はあわてて贈り物の数を数えた。
「三十四しかないわ。たしか、三十五なきゃいけないはずなんだけど」と夫人は報告した。「大執事様がくださった薬味立てがまだ届いていないのを含めて三十五だったのかしら」
「そんなはずはなかろう」ピーターは言った。「あのいやしいやつめは贈り物を持ってきてないんだ。その上、ひとつだって持って行かれでもしたら、たまらんよ」
「明日、あのひとがお風呂に入っているときに」ピーター夫人は興奮した面もちで言った。「きっとカギをそこらへんに置いてるでしょうから、旅行トランクを調べてみましょう。それしか方法がないわ」
(この項つづく)