荻原浩著『海の見える理髪店』(2016年3月30日集英社発行)を読んだ。
連作ではない独立の6編の短編だが、底には切なく温かい家族の姿が見える。大人のための “泣ける" 短編集。第155回直木賞。
「海の見える理髪店」
大物俳優(高倉健?)など名士が腕に惚れて通う伝説の海辺の小さな床屋。予約をとって、初めて遠方から訪れた青年に店主は、子供がいながら離婚した経緯など過去を長々と語る。語りの間に理容の様子が挟まる構成だ。
店主は、
こんなことまでお話したのは、お客さまが初めてです。あなたにだけは話しておこうと思って、もう私、そうながくは長くはないでしょうから。
それから店主はこう言った。頭の後ろの縫い傷は、お小さい頃のものでしょう。
・・・
青年は結婚式前にきちんとした床屋へ来たかったのだという。(このあたりから両者は? と思う)
ラストはこうだ。
・・・僕は、古いアルバムを閉じるようにドアに手をかける。店主の声が背中に飛んできた。
あの、お顔を見せていただけませんか、もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので。
「いつか来た道」
白い壁はすっかりくすんでいたけれど、今日の空の色は、赤茶色の瓦のために誂(あつら)えたかのようで、青色の絵の具の塗り残しに見える入道雲が屋根の上で両手を広げている。誰かをハグしようとするみたいに。私は剣をふるう勢いで日傘を閉じ、門を押し開けた。
画家、美術教師だった厳しい猛禽類の目をもつ母から離れて暮らす42歳になった娘。16年ぶりに帰ると、母は年老い認知症になっていた。
「遠くから来た手紙」
件名/Re:ごめん。今日も残業、夕飯いらない。
本文/遙香を連れて実家に戻ります、しばらく帰りません。返信は不要です。TELも。
仕事だけの夫と口うるさい義母。実家に帰った妻に、その晩から戦地からと思われるメールが届き始める。
「空は今日もスカイ」
親の離婚で母の実家に連れられてきた少女は、家出をする。少女は英語を勉強中で、山はマウンテン、太陽はサンなどとつぶやきながら、途中出会った虐待されている少年・フォレストと共に海を目指す。
「時のない時計」
父の形見を修理するために行った商店街のはずれの時計屋。娘の生まれた時間で止めた時計を飾る主人とのやりとりの合間に、見栄っ張りだった父との思い出がよみがえる。母からは良い時計のはずと言われていたのだが、・・・
「成人式」
5年前に15歳の娘が亡くなった。娘のビデオばかりを見て、悲しみを揺り戻す夫婦。3人分の食卓を用意する妻。成人式の着物のカタログが届き、45歳の乙女と真っ赤な羽織と銀の袴をつけた夫は成人式に替え玉出席しようとする。娘のためというより、二人の成人式ために。
初出:「小説すばる」2012年12月号~2015年12月号
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
著者の作品は初めて読んだが、手慣れたものだ。しかし、いやみのない文章で素直に読み進められる。
引っかかるところが全くないわけではないが、短編なのに、人生の紆余曲折、変わる家族の形が、切なさと、しっとりとした暖かさをたたえる。
荻原浩(おぎわら・ひろし)
1956年大宮市生まれ。成城大学経済学部卒。広告代理店勤務、フリーのコピーライター
1997年「オロロ畑でつかまえて」で第10回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー
2005年「明日の記憶」で第2回本屋大賞と第18回山本周五郎賞受賞。2006年に渡辺謙主演で映画化。
2006年「あの日にドライブ」、2007年「四度目の氷河期」、2008年「愛しの座敷わらし」、2011年「砂の王国」でいずれも直木賞候補。
2014年「二千七百の夏と冬」で第5回山田風太郎賞受賞。
2016年本書「海の見える理髪店」で直木賞受賞。