hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

高瀬乃一『貸本屋おせん』を読む

2023年08月01日 | 読書2

 

高瀬乃一著『貸本屋おせん』(2022年11月30日文藝春秋発行)を読んだ。

 

舞台は文化年間の江戸浅草。幼くして天涯孤独の身の上になり、本が好きで、女手ひとつで貸本屋を営んでいる“おせん”が、本にまつわる事件を次々に解決していく。
江戸時代の豊饒な読本文化に驚かされ、彼女のいわば捕物帖も、裏の裏と次々明かされる秘密に、ついつい読み進めてしまう。

 

満場一致でオール讀物新人賞を受賞した「をりをり よみ耽り」の世界を5篇の連作とした作品。

 

 

おせん:父・平治が幼い時から本を読み聞かせてくれたおかげで、本好きが高じて今は、うず高く積んだ貸本を背負って得意先を回る梅鉢屋という名の貸本屋を一人で営んでいる。禁書「倡門外妓譚」の試し摺りを持つ。

平治:“おせん”の父。腕の良い彫師だったが、幕府の禁書「倡門外妓譚」を彫って、版木を壊され、指を折られて、自死した。

登:“おせん”と同じ長屋に住む幼なじみで、嫁になれと迫る。野菜の振り売り。

喜一郎:“おせん”が最も信頼する地本問屋(出版社)・南場屋六根堂の主人。

 

「をりをり よみ耽り」

井田屋正兵衛:日本橋の足袋屋の隠居で亀戸村の子供たちに本を読み聞かせている。

燕ノ舎:町方に目を付けられる厄介な絵ばかり描いていた元絵師。元武家で本名は藤吉郎。かなりな本持ち。

熊吉:木戸番、荒物売り。

 

「版木どろぼう」

南場屋に保管されていた人気の曲亭馬琴の新作の版木がなくなった。新作は御公儀が目をつけそうな、二年前の永代橋崩落の真相を語るもので、話が広がることを恐れた南場屋喜一郎は“おせん”に調査を依頼する。“おせん”は地本問屋の伊勢屋、彫師の六左衛門と探りを入れ、たまたま新作の話を聞きつけた岡っ引きの甚左に疑いを持つ。

 

「幽霊さわぎ」

団扇問屋・七五三屋の主人・平兵衛が亡くなった傍らで、若い女将の志津が手代の美男・新之助と房事に耽っていたところ、平兵衛が目をむいて一瞬生き返り、大騒動になった。店を辞めた新之助は、古馴染みの善吉の宿に世話になっていたが殺される。美人で名高い女将・志津は実は‥‥。

隈八十(くまやそ):良くない噂のある貸本屋

 

「松の糸」

刃物屋・うぶけ八十亀の色男の惣領息子・公之介が、老舗の料理屋・竹善の出戻り娘・お松に恋した。お松は、源氏物語の幻の帖『雲隠(くもがくれ)』を探してくれたら一緒になるという。“おせん”はありえない依頼を受ける羽目になる。お松の言う『雲隠』とは‥‥。

 

「火付け」

吉原の妓楼・『桂屋』は浅草の町中にある。火事で見世(店)を焼かれて、再建するまで吉原外に仮宅を構えることができたためだ。結果、御公儀に冥加金を納めなくてよいし、新しい客も増え、焼け太りになった。
お針子として桂屋に身売りされた小千代は、主人の善十郎から張り見世に出るように言われて脱走した。“おせん”は貸していた本を持ったままの小千代を追い、その“おせん”を追う者がいた。

 

 

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)

 

江戸の町を、貸本を担ぎ、馴染みを訪ね歩く貸本屋に注目し、主人公にしたのが、なんといっても成功の第一点だ。

 

理不尽な御公儀の処罰で評判の彫師だった父を亡くし、孤児となりながら、周囲の助けもあって、本を背負い貸本屋として自立する「おせん」。向こう気の強さ、負けず嫌いの性格が魅力的で、ついつい身を入れて応援しながら読んでいる自分に気付く。
癖が強く、友人にはしたくないが、読むには魅力的な人物も多く登場し、話を盛り上げる。

 

新人賞受賞後の第一作なのに、読み進めるとこれで治まったと思う裏に、また裏が現れる。どうしてなかなか。

 

時代小説執筆が初めてとは思えない奥行きのある江戸の町、人、文化の描き方。当時、世界でも頭抜けて識字率が高かった江戸の人々の本を愛する文化、800以上あったという貸本屋による読本供給システムなど、江戸の世相、文化も良く分る。

巻末に17冊の江戸の庶民の生活や、出版事情のわかる参考文献が並び、著者の勉強ぶりがよくわかる。

 

これだけ誉めて四つ星なのは、話の流れが多少、類型的かな、と思えたため。

 

 

高瀬乃一(たかせ・のいち)

1973年愛知県生まれ、名古屋女子大学短期大学部卒。

2020年「をりをり よみ耽り」(本書所収)で第100回オール読物新人賞受賞しデビュー。

 

小説を書くようになるきっかけをインタビューで語っている

40歳になる直前のことでした。たまたま三女が生まれた翌年に、東日本大震災を経験しまして。人間いつ死ぬかわからないなと感じ、ちょうど人生の折り返し地点だし、悔いのない生きかたをしようと小説を書き始めました。三沢って何もないところで(笑)、子育てで外にも出られないし、私自身もちょっと病気をして家にいる時間が長くて、時間を見つけてはパソコンに向かいました。まったくの独学で、それこそ漢数字と算用数字をどう書きわけるのかもわからないところから、ひとつひとつ自分なりに調べて書いていきました。

そして、5回目の投稿でオール讀物新人賞を受賞した。

こうも語っている。

東京の地理になじみがないので、具体的な町の描写が難しかったですね。……大きな古地図をAmazonで買って、ことあるごとに眺めるようにしました。……藤沢周平さんの小説を読んで、『獄医立花登手控え』の主人公・立花登が歩く道筋を古地図で見たりしていると、なんとなく浅草から日本橋はこれぐらいの距離感で歩けるんだなとわかってくる。……

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする