●2月14日(日)
<奄美、与論の旅 4日目>
奄美、最後の朝、部屋でゆっくり墨絵のような海を見ながら朝食。
空港に向かう途中、ビッグとかいう大きなスーパーの土産物コーナーで鶏飯や黒糖焼酎などを買い物。奄美空港はごったがえしてた。12時発のJALで1時間ちょとで伊丹空港に。束の間の休暇もお終い。空港バスが着いた八条口は整備中。京都は寒いと思ってたら、思いがけず暖かかった。
関東などでは春一番で飛行機も欠航していたらしかったが、無事に帰京で来てほっとした。で、早速帰ったらカミサンは明日の親父の30日祭の神事の準備で右往左往。ぼくも事務所にてメールのチェックしたり、郵便物や資料を読んだり、日常生活に戻ってしまった。明日から、心機一転、がんばろかいな。
●2月13日(土)
<与論島を一周>
昨夜は与論献奉で黒糖焼酎をたくさん飲んだので二日酔いかと思ってたら、そうでもなし。目覚め爽快。お天気も良し。「ヨロン島ビレッジ」朝の朝食は家族的な雰囲気でいいね。
10時前には昨夜お世話になった汐見荘へ。御主人と女将さんに島内を案内していただく。島の高台にある舵引き丘。偶然にも山町長さんがカラスの防除のために観察に来られていてびっくり。
それからサトウキビ畑を見回しながら海岸沿いを案内してもらう。昨日よりも海が綺麗。まさに紺碧の海。4年前の台風で色々な木々が朽ちて風景も変わったらしい。鳩の湖という神秘的な場所やタイムトンネルという岩場や与論島人類渡来発祥の地「アマンジュ」という井戸、また民俗村では、台風で飛んだ茅葺の屋根を御主人が改修中ということで、その過程を丁寧に説明して頂いたり、牛がサトウキビから砂糖を製糖する道具を見せてもらったり、大いに与論の歴史も勉強。
そして島内の一番高いところのサザンクロスセンターから見る海はまさに360度。地球は丸い。天気さえよければ、沖縄本島が見えるのだが、残念。20度を超えて暑い。クジラが通るというレストランで、もずくそばで昼食。カミサンと女将さんはえらく気があったみたい。
もう一日泊まりたかったが、ままならず、空港に送ってもらう。ほんまにお世話になりました。与論の人々の人情に触れ、感謝感激です。
<奄美大島に>
与論空港を離陸したのは午後2時20分。百合ケ浜もかすかに姿を現したか、サンゴ礁の海が綺麗。また来たいなあ。20分ほどで沖永良部空港に。そして20分ほど待機して、同じ飛行機に乗り奄美空港にほとんど揺れずに30分ほどで着陸。
奄美はうっとおしい空。空港には愚息が来るまで迎えに来てくれていて、龍郷の海沿いちょっと高台にある「ビラゆりむん」に。小さなホテル。オーナーシェフの奄美の魚や野菜をふんだんに使った地中海料理がこれまたサイコ―。親子三人、水入らず。ワインも美味い。カエルが鳴いてました。爆睡!
●2月12日(金)
<与論島に>
朝、カミサンと海を見ながらゆっくり朝食。与論島に持っていくお土産のミスタードーナツ(与論にはないので喜ばれるのではないかと、愚息のアドバイス)を買い、一路空港へ。
飛行機は、沖永良部まで行って、またそこから乗り継いで、与論に行くのだが、放送では、沖永良部空港が強風のために着陸できずに、奄美に引き返すかもしれないとのこと。えらいこっちゃ、と思いながら午後1時10分発の30人乗りの小さな飛行機が離陸。揺れる、揺れる。カミサンはちょっと不安そう。でも30分ほどのフライトで沖永良部空港に無事に着陸。
風がキツイ!空港の外に出て煙草も数時間もなく、再び同じ飛行機に乗り与論島に。着陸態勢に入っていたときに海が見えたが、天気がどんよりとしていたが、それでも海は透き通ってきれい。
沖縄復帰前は、与論島が日本の最南端でもあり、ヒッピーの聖地だった与論島にはいちど行きたかったのだ。念願がようやくかなった。
空港にはレンタカー屋さんが迎えに来てくれていて、街の中からレンタカーで、いざ島内をドライブ。ゆっくりゆっくりとサトウキビ畑の間を、海を見ながら走る。遠くにサンゴ礁のリーフが広がり、エメラルドグリーンの海が広がる。寺崎海岸では、潮が引いていて、白い砂とアオサか、海岸一帯が緑の絨毯がひかれたよう。白い砂浜と緑の絨毯と青い海のコントラストが最高。そして、岩礁がまるで別世界にきたような光景を見せている。もう最高の景色。皆田海岸の風景も美しく、近くには与論島をこよなく愛したというエッセイストの森瑤子さんの慰霊碑と別荘。午後5時過ぎには、「ヨロン島ビレッジ」に投宿。これがまた素晴らしい眺望と部屋も素敵。しばし休息。
<宮崎不倫議員辞職、補欠選挙に>
ところがテレビニュースでは、妻が出産中に不倫をした宮崎某議員が辞職記者会見。あれれ!わが京都3区(伏見、乙訓)で補欠選挙になるという。前回の衆議院選で惜敗して比例区で復活当選を果たした泉ケンタ議員がさてどうするのか、彼が出馬をした時には、北神けいろうさんが比例区で、文字とおり復活することになるのだ。ここは補欠選挙でのケンタ議員の当選に向けて必死のパッチでがんばらんと。瓢箪から駒、びっくりぽんや!
そんなことを考えながらテレビを見ていた。
<与論の夜、与論献奉!>
そして与論の夜であります。
2012年秋、与論を猛烈な台風が遅い崩壊した家も。京都では小島雅子さんや元府会議員の井上(岡沢)敏子さんらが救援活動。円山音楽堂でもチャリティーコンサートがあり、ぼくも少しお手伝いをさせてもらったのです。で、井上敏子さんに与論に行くよとFBに書いたら、連絡してくれて、汐見荘に招待をされ、それがご縁で、今回、歓待していただきました。南前町長さんに現町長の山さん、商工会の会長さん、観光協会の人、そして汐見荘のご主人の林さんは町会議員さん。いやはや、女将さん手づくりの心温まる美味しい魚に野菜の料理。
そして黒糖焼酎を回し飲みする「与論献奉」で大歓待していただきました。三線も聞かせてもらい、みんなで踊りもうサイコー。
●2月11日(木)
<奄美大島に3泊4日の旅>
親父を見送り、市長選挙も終わり、今日から愚息のいる奄美大島へカミサンと旧婚旅行。
実は1年程前、カミサンが奄美に行った時に土産を買ったら福引で往復の航空券が当たったのですよ!ということで、朝7時にMKのタクシーで伊丹に。飛び石連休で空港は長蛇の列。9時30分発のJALで奄美着、11時20分。ぼくは4年ぶりかな。
家を出るときはコートが必要だったが温度は20度か、暖かい。早速、レンタカーで、まず腹ごしらえでもちろん鶏飯の店。そして北に向かう。サトウキビ畑と海が美しい。そして「あやまる岬」へ。潮風に吹かれながら、青い海を見て心が癒される。さらに島の最北端の笠利灯台に。海からの強風で帽子が飛ばされそう。階段を上がって灯台から見るとエメラルドグリーンというのか紺碧の海がパノラマのように広がる。もう感激だあ!
そこから入江がいくつかある西海岸の山沿いの道を進む。途中、ところどころには、ほぼ満開の彼岸桜が並木がまた嬉しい。またソテツの群生地などを見ながら奄美市は名瀬に。山羊島ホテルが宿泊地。屋上に温泉があり、名瀬港を見ながらのんびり入浴。ほっこり。夜は、愚息と奄美名物鶏料理の店。黒糖焼酎で一献。二次会は、昔は末広市場だったという路地の立ち飲み屋。面白いで。こうして奄美の夜は更けるのでした。
<奄美、与論の旅 4日目>
奄美、最後の朝、部屋でゆっくり墨絵のような海を見ながら朝食。
空港に向かう途中、ビッグとかいう大きなスーパーの土産物コーナーで鶏飯や黒糖焼酎などを買い物。奄美空港はごったがえしてた。12時発のJALで1時間ちょとで伊丹空港に。束の間の休暇もお終い。空港バスが着いた八条口は整備中。京都は寒いと思ってたら、思いがけず暖かかった。
関東などでは春一番で飛行機も欠航していたらしかったが、無事に帰京で来てほっとした。で、早速帰ったらカミサンは明日の親父の30日祭の神事の準備で右往左往。ぼくも事務所にてメールのチェックしたり、郵便物や資料を読んだり、日常生活に戻ってしまった。明日から、心機一転、がんばろかいな。
●2月13日(土)
<与論島を一周>
昨夜は与論献奉で黒糖焼酎をたくさん飲んだので二日酔いかと思ってたら、そうでもなし。目覚め爽快。お天気も良し。「ヨロン島ビレッジ」朝の朝食は家族的な雰囲気でいいね。
10時前には昨夜お世話になった汐見荘へ。御主人と女将さんに島内を案内していただく。島の高台にある舵引き丘。偶然にも山町長さんがカラスの防除のために観察に来られていてびっくり。
それからサトウキビ畑を見回しながら海岸沿いを案内してもらう。昨日よりも海が綺麗。まさに紺碧の海。4年前の台風で色々な木々が朽ちて風景も変わったらしい。鳩の湖という神秘的な場所やタイムトンネルという岩場や与論島人類渡来発祥の地「アマンジュ」という井戸、また民俗村では、台風で飛んだ茅葺の屋根を御主人が改修中ということで、その過程を丁寧に説明して頂いたり、牛がサトウキビから砂糖を製糖する道具を見せてもらったり、大いに与論の歴史も勉強。
そして島内の一番高いところのサザンクロスセンターから見る海はまさに360度。地球は丸い。天気さえよければ、沖縄本島が見えるのだが、残念。20度を超えて暑い。クジラが通るというレストランで、もずくそばで昼食。カミサンと女将さんはえらく気があったみたい。
もう一日泊まりたかったが、ままならず、空港に送ってもらう。ほんまにお世話になりました。与論の人々の人情に触れ、感謝感激です。
<奄美大島に>
与論空港を離陸したのは午後2時20分。百合ケ浜もかすかに姿を現したか、サンゴ礁の海が綺麗。また来たいなあ。20分ほどで沖永良部空港に。そして20分ほど待機して、同じ飛行機に乗り奄美空港にほとんど揺れずに30分ほどで着陸。
奄美はうっとおしい空。空港には愚息が来るまで迎えに来てくれていて、龍郷の海沿いちょっと高台にある「ビラゆりむん」に。小さなホテル。オーナーシェフの奄美の魚や野菜をふんだんに使った地中海料理がこれまたサイコ―。親子三人、水入らず。ワインも美味い。カエルが鳴いてました。爆睡!
●2月12日(金)
<与論島に>
朝、カミサンと海を見ながらゆっくり朝食。与論島に持っていくお土産のミスタードーナツ(与論にはないので喜ばれるのではないかと、愚息のアドバイス)を買い、一路空港へ。
飛行機は、沖永良部まで行って、またそこから乗り継いで、与論に行くのだが、放送では、沖永良部空港が強風のために着陸できずに、奄美に引き返すかもしれないとのこと。えらいこっちゃ、と思いながら午後1時10分発の30人乗りの小さな飛行機が離陸。揺れる、揺れる。カミサンはちょっと不安そう。でも30分ほどのフライトで沖永良部空港に無事に着陸。
風がキツイ!空港の外に出て煙草も数時間もなく、再び同じ飛行機に乗り与論島に。着陸態勢に入っていたときに海が見えたが、天気がどんよりとしていたが、それでも海は透き通ってきれい。
沖縄復帰前は、与論島が日本の最南端でもあり、ヒッピーの聖地だった与論島にはいちど行きたかったのだ。念願がようやくかなった。
空港にはレンタカー屋さんが迎えに来てくれていて、街の中からレンタカーで、いざ島内をドライブ。ゆっくりゆっくりとサトウキビ畑の間を、海を見ながら走る。遠くにサンゴ礁のリーフが広がり、エメラルドグリーンの海が広がる。寺崎海岸では、潮が引いていて、白い砂とアオサか、海岸一帯が緑の絨毯がひかれたよう。白い砂浜と緑の絨毯と青い海のコントラストが最高。そして、岩礁がまるで別世界にきたような光景を見せている。もう最高の景色。皆田海岸の風景も美しく、近くには与論島をこよなく愛したというエッセイストの森瑤子さんの慰霊碑と別荘。午後5時過ぎには、「ヨロン島ビレッジ」に投宿。これがまた素晴らしい眺望と部屋も素敵。しばし休息。
<宮崎不倫議員辞職、補欠選挙に>
ところがテレビニュースでは、妻が出産中に不倫をした宮崎某議員が辞職記者会見。あれれ!わが京都3区(伏見、乙訓)で補欠選挙になるという。前回の衆議院選で惜敗して比例区で復活当選を果たした泉ケンタ議員がさてどうするのか、彼が出馬をした時には、北神けいろうさんが比例区で、文字とおり復活することになるのだ。ここは補欠選挙でのケンタ議員の当選に向けて必死のパッチでがんばらんと。瓢箪から駒、びっくりぽんや!
そんなことを考えながらテレビを見ていた。
<与論の夜、与論献奉!>
そして与論の夜であります。
2012年秋、与論を猛烈な台風が遅い崩壊した家も。京都では小島雅子さんや元府会議員の井上(岡沢)敏子さんらが救援活動。円山音楽堂でもチャリティーコンサートがあり、ぼくも少しお手伝いをさせてもらったのです。で、井上敏子さんに与論に行くよとFBに書いたら、連絡してくれて、汐見荘に招待をされ、それがご縁で、今回、歓待していただきました。南前町長さんに現町長の山さん、商工会の会長さん、観光協会の人、そして汐見荘のご主人の林さんは町会議員さん。いやはや、女将さん手づくりの心温まる美味しい魚に野菜の料理。
そして黒糖焼酎を回し飲みする「与論献奉」で大歓待していただきました。三線も聞かせてもらい、みんなで踊りもうサイコー。
●2月11日(木)
<奄美大島に3泊4日の旅>
親父を見送り、市長選挙も終わり、今日から愚息のいる奄美大島へカミサンと旧婚旅行。
実は1年程前、カミサンが奄美に行った時に土産を買ったら福引で往復の航空券が当たったのですよ!ということで、朝7時にMKのタクシーで伊丹に。飛び石連休で空港は長蛇の列。9時30分発のJALで奄美着、11時20分。ぼくは4年ぶりかな。
家を出るときはコートが必要だったが温度は20度か、暖かい。早速、レンタカーで、まず腹ごしらえでもちろん鶏飯の店。そして北に向かう。サトウキビ畑と海が美しい。そして「あやまる岬」へ。潮風に吹かれながら、青い海を見て心が癒される。さらに島の最北端の笠利灯台に。海からの強風で帽子が飛ばされそう。階段を上がって灯台から見るとエメラルドグリーンというのか紺碧の海がパノラマのように広がる。もう感激だあ!
そこから入江がいくつかある西海岸の山沿いの道を進む。途中、ところどころには、ほぼ満開の彼岸桜が並木がまた嬉しい。またソテツの群生地などを見ながら奄美市は名瀬に。山羊島ホテルが宿泊地。屋上に温泉があり、名瀬港を見ながらのんびり入浴。ほっこり。夜は、愚息と奄美名物鶏料理の店。黒糖焼酎で一献。二次会は、昔は末広市場だったという路地の立ち飲み屋。面白いで。こうして奄美の夜は更けるのでした。