『トロイからの落人』 FUGITIVES FROM TROY 第７章 築砦 415

冬の夜明けである。遅い朝である。
　このニューキドニアの集落で朝一番早いのは、オロンテスとパン作りの者たちである。彼らはすこぶる元気である。グループを組み、軽い足駆けで朝行事に浜に向かう、何かを口ずさんで坂道をくだってくる。海に飛び込んで泡立てる。彼らは日常の営みを変えない、そして、仕事の場につく。オロンテスが待ち構えている、彼は第一声を上げる。
　『おうっ！いくぞ！今日も旨いパンを焼くぞ！一同！かかれ！イエッ！』
　一同が『オウッ！』と答えて、作業が始まる。
　オロンテスは作業の場を『ここはおれの戦さ場だ、おまえ達はパンを焼く、俺はパン造りのチームをつくる』であった。『旨いパンを焼き上げる、その原点は、パンを造る人の技にある』が彼のスタンスであった。彼のパンつくりの課題は『旨いパンの焼けるかまどは？』であった。彼は暇を見つけて、この課題に挑んでいた。
　次に朝行事に姿を見せたのは、スダヌスと水夫たちのグループであった。スダヌスも仕事の関係で朝の早い習慣が身についている。そして、アヱネアス、イリオネス、パリヌルス、オキテスと続く。
　パリヌルスはスダヌスと朝のあいさつを交わして、問いかけた。
　『スダヌス浜頭、貴方も朝が早い、感心する。何か訳アリかな？』
　『おう、パリヌルス、これには人に言えない、深～い訳ありだ。聞きたいだろうが、それは他人には言えない、教えないだ』
　『そう言われると、余計に聞きたくなるのが人情だ。もったいぶらずに教えろ！』
　『そういわれると、余計に教えられない。こらえろ！』
　『この頑固者！いつか、必ず聞き出してやる』
　『やれるならやってみろ！ウワッハッハ！』
　彼は高らかに笑った。。これでは取りつく島がない。パリヌルスは、半ばあきらめた。この会話で口が滑らかになる。会話が弾んだ。
　『パリヌルス、朝行事を何故やるか、その秘密を知りたくないか？ええっ！その秘密を教えてやろうか。それはだな、、、』と言ってパリヌルスの目に穴をあけた。
　『おう、なんだ、朝行事も訳ありか？』
　『そうだ、めしはまだか。待ちどおしいのう。朝行事をやると、こころいい空きっ腹を感じるのだ。それがたまらん。そして、旨いパンにありつくだ。判ったか。それでやるのだよ』と言ってまたもや大声で、ワッハッハと笑った。
　大声とワッハッハで浜が活気づいた。
　ニケが浜を離れていく、ニケはキドニアに向けて波を割った。