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Untersee-Boot

あるいは感想記として

行ってきました

2009年05月16日 | ウンナンあれこれ
            

ねぎし三平堂で行われた、『第113回三平堂落語会』へ行ってきました。
4時半ごろ現地に着くと、すでに30人ほどの行列が出来ていてちょいビビりましたが(笑)、無事に南原さんの落語を聴くことが出来ました。
それほど広くない三平堂には、落語通らしきおじさんやら、おじいさんおばあさんから若いカップルまで、文字通り老若男女でぎっしり満員。
正確にはわかりませんでしたが、たぶん100人くらいは入っていたと思います。
前座さんの落語が終わったあと「お膝送りを・・」と言われ、皆で座布団をつめて更にギューギュー状態に(笑)。
おかげであまり身動きもとれず、小さな座布団に2時間半近く座っていたらお尻が少し痛くなってしまいましたが(笑)、高座と客席がものすごく近いということもあって、普通の寄席以上に親近感のある落語会という感じでした。


南原さんは、『死神』を約45分(マクラを含め)口演してました。
う~む、まさか『死神』とは!?
意表をつかれる演目だったので、最初はちょっとビッくらこきましたが(笑)、南原さんらしい『死神』だったように思います。
この噺は来週の独演会でもやる・・かもしれませんので、細かい噺の内容などは割愛して、マクラの部分のレポを少しだけ。

18時18分。
お馴染みの野球拳の出囃子とともに、グレーの着物(もしかしたらちょっと青みがかった色だったかも。間近で見ていたにもかかわらず照明の加減で正確な色はちょっとわかりませんでした)、羽織は無しで南原さんが登場。
いつもの若草色の着物じゃないのか?と最初は思いましたが、噺を聴いていくうちに納得の着物の色でした。
大きな拍手とともに登場した南原さんは、「え~南原でございます」「(南原さんの前に登場した)しん平さんに「名人」って言われてビックリしました」というご挨拶。
そして、「普段はウッチャンナンチャンで・・」という自己紹介(笑)をしたあと、学生時代は落研に入っていて"朝起亭はなぢ"という高座名だったという略歴紹介(笑)。
ファンにはお馴染みのはなぢ師匠ですが(笑)、今日来ていたお客さんは初めて聞く人が多かったようで、この高座名話でけっこう大きな笑いをとってました。
その後、「こういうところに上がるのが夢でした」という、三平堂へのヨイショ・・もとい、気遣いをはさみ(笑)、「笑いの神が降りてくるときがある」という話に。
ここで降りちゃいけないというところで笑いの神がおりてくるときがある、芸人仲間からも「あ、降りてきた」と言われる。
僕は何でも一生懸命やる、社交ダンスも・・という話をすると、客席からは「あ~」という声。
すると南原さんは、すかさず「今やりませんよ」「(ここは)せまいですから」と言って笑いをとってました(笑)。
で、スポーツ番組もやってるという話になり(ここでも客席からは「あ~」という声、ただ、社交ダンスよりはちょっと小さかったかも・笑)、ニューヨークメッツが日本に来たときに始球式をやってくれと言われた、という話に。
「始球式」と「笑いの神」というキーワードだけで、このあと何を話すのか大体想像がつき笑ってしまいましたが(笑)、案の定、あの話でした(笑)。
始球式では、リッキー・ヘンダーソンと対戦することに・・という話をすると、2列めくらいに座っていたおじさんが、「あ~」とかなり大きな声で相槌(笑)。
それを聞いて、

南原 「知ってます?」
客   「盗塁王」
南原 「あとでアドレス教えてもらっていいですか?」

というやり取り(笑)。
南原さんがこのおじさんにあとでホントにアドレスを聞いてメル友になった・・かどうかは、とりあえず置いといて(笑)。
3ヶ月前から始球式のために練習をして、当時監督だった東尾さんや松井稼頭央選手などがいる西武球場で、いよいよ迎えた本番当日。
「本当の勝負をしたい」と言っていた南原さんの言葉に答え、最初は笑っていたリッキー・ヘンダーソンも、南原さんがマウンドに上がると目つきが変わり男と男の勝負に。
南原さんが振りかぶりキャッチャーミットめがけて思いっきり投げ込んだところ・・・。
南原 「その時です、笑いの神が降りてきました」(笑)。
リッキー・ヘンダーソンの足に見事ボールをぶつけた南原さん、両軍の選手や監督が騒然とするなか、南原さんは土下座(笑)。
次の日の新聞には"ナンチャン死球式"という活字躍り、芸人仲間からは「また降りた」と言われ・・・という約6分のマクラから、本題の『死神』に。
唐突、といいますか、あまりにも自然に本題の噺をし出したので、ちょっとキョトンとしてお客さんに、南原さんは「もう入りました」と言ってひと笑いをとったあと、本当に本題の『死神』を口演してました(笑)。

南原さんの『死神』は、けっこうベタなくすぐり(笑)や細かいくすぐりなどが入っていたり、一見怖そうに感じないけど実は怖い死神など、随所に南原さんらしい工夫をして口演をしてました。
それから、この噺はオチが演者さんによって色々変わり、それが見所のひとつだと思いますが、こちらも工夫されたものになってました。
あまりにもベタなくすぐりは如何なものか・・と私には感じられるところが何箇所かありましたが、お客さんのウケはかなりよかったように思います(客層が良かったのかも・笑)。
あと、途中、ちょっと言い淀んだり、ちょっと噺がダレてるかな?と感じられる場面もありましたが、このへんは初演(かな?)ですので、回数を重ねていけばさらに良くなっていくのではないかと思います。
・・・南原さんの落語についてはどーしてもハードルが高くして聴いてしまい、あれこれと思うところが多く色々と書いてしまいましたが、妄言多謝。
面白くなかったのかと聞かれれば、そんなことは全然ありませんでしたので、悪しからずご了承くださいませ。
あ、それから、個人的に大笑いしたギャグ(というかジェスチャーかな?)・・その昔のコントでやっていたモノマネ(?)ギャグをアレンジして使っていた場面があったのですが、それが何かを書いてしまうとネタバレになってしまいますので残念無念ながら自粛します(笑)。


19時03分、大きな拍手の中、南原さんが退場。
約45分の南原さんの『死神』でありました。


南原さん以外の出演者の話も少しだけ。
パンフレットでは、

            

という出演者の予定でしたが、仲入りのあと、柳家三三さんが登場して約18分ほど落語(途中まででしたが・笑)口演してました。
ちなみに、演目は・・落語の知識がないので分かりません、悪しからず。
家を追い出された半ちゃんが、早とちりのおじさんの家に女の子と二人で行ったら早とちりされて・・という噺です。
何で、三三さんが登場したのかというと、南原さんに『死神』を教えたのが三三さんで、南原さんの落語を聴きに来たら「どうせだったら」ということで出演することになったそうで(笑)。
仲入りの時に話をしていたおじさん(たぶん落語家さんだと思いますが、まったく名前がわかりません、すいません・笑)が、「本人も着物を持って・・」と言ってましたが、三三さんいわく、朝日名人会の帰りだから着物を持っていた、とのことでした。
三三さんは、マクラで「南原さんに稽古をつけたというより、『死神』はこういう噺ですよというのを教えただけ」「私は『死神』をあんなに面白く出来ないですよ」といふうに、謙遜して南原さんを持ち上げて話をしてました。
あ、それから、マクラでは、ちょっと前に話題になった草○さんについての話・・「家宅捜査をしたら薬よりも悪いものが出てきた、アナログテレビが見つかった」という話をしていて、大笑いしてしまいました(笑)。


それから、林家しん平さんといえば、目高組(映画『セーラー服と機関銃』)のヒコじゃあ~りませんか!?
う~む、『粗忽長屋』も面白かったですし、お元気そうで何よりでありました(笑)。
ちなみに、しん平さんは、映画監督もやっているそうで、今度、浅草を舞台にした怪獣映画(笑)を撮り8月の円朝祭りで上映されるとのことでした。
あと、しん平さんは、お客さんから「東京駅で人身事故が起きたので落語会待っていてくれ」という電話が入ったので待ってました、というウソかホントか分からない話をマクラでしてましたが(笑)、約10分遅れの17時40分に開演したことについての上手い説明にちょっと感心してしまいました(笑)。


終演は、20時15分。
約2時間35分の落語会でありました。


最後に、こぼれ話をひとつ。
行列を作って並んでいるとき、落語通らしきおじさん(かつて落研だったようです・笑)が落語をあまり知らない同行者に話をしている声が聞こえたきたのですが、南原さんの落語について「かなり上手いですよ」「アマチュアではトップクラス」ってなことを言ってました(笑)。