赤い彷徨 part II

★★★★☆★☆★★☆
こんにちは、アジア王者です。↑お星さまが増えました。

【本】「こんなに変わった歴史教科書」(山本博文ほか著)

2018-05-03 23:30:05 | エンタメ・書籍所感
「こんなに変わった歴史教科書」という表題だけ聞くと「右か左か」といったイデオロギー色の強い内容のようにも思えますが、実のところ本書はさにあらず。中学生歴史教科書について、縄文時代から近代(戦前)までの様々なトピックについて、昭和47(1972)年発行のもの(以下「昭和教科書」)の内容と、平成18(2006)年発行のもの(以下「平成教科書」)の内容を比較して、両者の間にどれだけの変化があり、その変化の背後にどういった学会での議論とそれを受けた「定説」の変化があったのか、そのあたりをわかりやすく説明してくれています。本書によれば、歴史学会において新しい説が打ち出されても、それが大方の了解を得るまで概ね30年を要するということなので、昭和教科書と平成教科書を比較することにより、その間の30年間に歴史学がどう進歩したのかということも垣間見ることができるということになります。

「変化」について具体的に言えば、大変有名なところでは鎌倉幕府成立の年があります。私含め昭和世代の時には「いい国作ろう鎌倉幕府」ということで源頼朝が征夷大将軍に就任した1192年でしたが、ご存じのとおり現在は頼朝が源義経らの追捕を理由に守護及び地頭の設置を朝廷に認めさせた1185年とされています。そしてこの2つを含めて実は7つもの説があり、しかも学会においては明治時代から1185年説が有力だったいうのも驚きでした。また、昔は誰もが教科書で目にしたであろう聖徳太子、源頼朝、足利尊氏(下に写真掲載)、武田信玄といった日本史の「主人公」たちの肖像画も実はそれぞれ別人のものではないか、という説が大なり小なり説得力を持っているようで、平成教科書ではそれぞれ「聖徳太子と伝えられる肖像画」、「源頼朝と伝えらえる肖像画」、「南北朝の騒乱の頃の武士の像」(高師直説が有力)とされ、信玄についてもそうだと断定している教科書はないというのが現状というのも隔世の感です。



また、歴史のサブスタンスとともに面白かったのは教科書作りのプロセスです。中学校の教科書というのは原則大学で教える歴史の専門家がドラフトして、現場の中学校教師がそれに実際生徒を指導する立場からコメントをする。その上で編集会議で議論を重ねて草案(通称「白表紙本」)となり、その白表紙が文科省に提出されいわゆる「教科書検定」を受ける。この検定は同省の「教科書調査官」により行われ、教科用図書検定調査審議会の審議を経て必要な場合は検定意見が付けられる。検定意見がつくときは教科書会社の編集者と執筆者が文科省に赴き検定意見を聞いてその文書を渡される。この検定意見を受けて再び編集会議が行われ、必要な訂正を行った上でそれが認められて初めて「検定済教科書」が完成、というのが全体の流れのようです。ただ、この本自体平成23年11月刊行ということで些か古いものですので、その後プロセスが変化している可能性もあります。

さて、最後に教科書の記載内容をめぐるイデオロギー的な問題についてですが、冒頭申し上げたとおりとかく本件は「右か左か」といった議論が語られがちです。ただ、今回本書を読んでみて個人的に感じたのは、一般的に「左」とされる教科書作成側というのは古文書などのエビデンスや科学的根拠を元に事実の地道な積み上げから歴史を紡いでいこうというのが基本的な立場であるのに対し、右=保守層の主張というのは国家や民族の存在が立脚する「ストーリー」が存在が前提にあり、それを覆すような、あるいは毀損するような記載ぶりに対して異論を述べていく立場、という構図のように感じました。勿論前者にも時にイデオロギー=上記「ストーリー」に対する強い反感を感じることもありますが、基本的にはこの立場の違いがこれまでの論争の本質なのではないでしょうか。

ただ、歴史は常に勝者によって書き換えられ、また、英語では歴史をHi"story"というくらいで物語的側面が少なからずあるわけですから、国家や民族が立脚するストーリーを守りたいという立場も個人的には理解できるところもあります。例えば、私はさすがに「古事記」や「日本書紀」が絶対に史実とは思いませんが、それでも少なくとも国なり民族なりの紡いできたひとつのストーリーであることは間違いないので、我が国にはこういうものもあったんだ、ということくらいは教えてもいいのかな、くらいには思っています。そしてその記紀でさえ律令レジーム=藤原氏という勝者によって書き換えられたものではないか、という指摘も一部にはあるくらいですから、国家や民族のストーリーはそれとして、歴史の裏を掘り起こしていく作業と言うのは、それはもう限りなく果てしないものではありますが、ゆえに誠に深遠でロマンがあるものだとも最近感じています。

最新の画像もっと見る

post a comment