本と旅とやきもの

内外の近代小説、個人海外旅行、陶磁器の鑑賞について触れていき、ブログ・コミュニティを広げたい。

日露戦争8日?10日?

2021-07-10 08:56:14 | Weblog
 7月10日は語呂合わせから「納豆の日」という。発酵食品で栄養価もすこぶる高いのだが、総じて食べる機会が減っているのではないか。

 というのは、納豆は和食の朝食の定番だが、最近はパン食が増えたし、そもそも米のめしが減っているとか。これでは納豆の立つ瀬がない。我が家も朝はパンだから食べるとすれば夕食になるが、あまり食卓に上がらない。
 
 ところで、納豆の話ではない。数え歌の話である。

一列らんぱん破裂して 
日露戦争はじまった
さっさと逃げるはロシアの兵 
死んでも尽くすは日本の兵
五万の兵を引き連れて
六人残して皆殺し
七月十日の戦いに
ハルピンまでも攻め寄せて
クロバタキンの首を取り
東郷元帥万々歳

上の数え歌は高島俊男著『お言葉ですが…⑥』からのエッセイから引用した。ここには7月10日とあるが、ネット検索では見た限り7月8日になっている。だが、どちらの日にしても日露戦争の年表に該当日に戦いの記載はない。いずれにしても明治38年(1905年)のことだ。

 なお、日露戦争の年表によれば7月7日に「南樺太に上陸」、7月10日に「樺太南部の町・ウラジミロフカ占領」というものがあったが、満州とはかけ離れたカラフトの話だ。クロポトキンとの関係もあるまい。

 そのクロポトキン軍を敗走させたのは大山巌満州軍総司令官である。東郷元帥は連合艦隊司令長官で日本海海戦の勝利者だ。この二人は「陸の大山、海の東郷」といわれた。

 数え歌のミスだが、「十(とう)」のつく苗字の陸軍大将はいなかったか。「六人残して」もやむなしか。

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