一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

天皇家は江戸っ子ではなかったし、その必要もない、というはなし

2006-10-14 | 余計なひとこと
このブログに鋭いコメントを頂戴し、私もよくお邪魔しているbunさんのブログの「英語学習におけるカタカナのたちの悪さについて」というエントリを拝見してなるほどと思いつつ、発音自体が存在しない場合はもっと困るよなぁ(たとえばフランス語では"h"を発音しないので、"monsieur Hayashi"は(カタカナで言うと、ですがw)「ムシュー・アヤシ」になったりします)などと考えていて、

ふと思い至ったのが


  「秋篠宮悠仁親王」


の「ひさひと」の言いにくさ。特に「ひ」と「し」の発音を区別できない生粋の江戸っ子泣かせです。

まあ天皇家は下町育ちではないので生粋の江戸っ子への配慮など命名に際し端っから頭にはなかったでしょう(明治天皇までは京都の生まれなので三代続いて「江戸っ子」と名乗れるのは今上天皇が初めてですし)。
というより、そもそも自分のいるところが都なんだから「江戸っ子」なんてわざわざ名乗りたくもないでしょう。


さて、とても長い枕でしたが、これからが本題


東京一極集中の弊害を避け、地方経済の活性化のために忘れた頃に首都機能移転がとりざたされますが、首都機能を移すとなるとインフラ整備だけでも大変なのでなかなか決まりません。

ならいっそのこと、首都機能を移す代わりに天皇ご一家が御座所を移られたらいかがでしょうか。

特に天皇は行政上の首都を御座所にする必要はないようです(少なくとも皇室典範にも決まりはありません)。
(余談ですが、そもそも明治天皇も大政奉還に伴い京都から江戸に移る必然性はなかったわけですよね。象徴的な意味なら江戸城を開城させてとりつぶしてしまったほうが良かったかもしれないわけで。)


御所は地方中核都市には城址の広い敷地があるのでそこを使えます。
また親王・内親王の教育施設については各地方の名門校があります(学習院がなければいけない、というのじゃ本末転倒ですよね)。
東京でなければできない公務というのは限られてると思います。
国賓を迎えるときは迎賓館または今の皇居をお使いになればいいですし、場合によっては御所にお迎えして郷土料理をふるまう、なんてのもいいんじゃないでしょうか。
大相撲だって今でも名古屋、大阪、九州でもやってるので、観戦に支障はないと思います。
もし〇〇の料理が食べられなければいや、とか××ブティックがなければ困る、というのであれば、店の方から引っ越してくるはずです。学習院だって分校を作っちゃうかもしれませんよね。


そして、首都機能移転ほど費用はかからないので、10年おきに国内で御座所を変えていけば満遍なく地域の活性化につながると思います。

妙案だと思うのですが・・・

コメント (2)
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