一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『会社は毎日つぶれている』

2009-02-27 | 乱読日記
著者は経営危機に陥った2002年に日商岩井の社長に就任し、その後ニチメンと経営統合した双日の共同CEOに就任した西村英俊氏。

ライターを使ったせいなのか、表題の「会社は毎日つぶれているんです」や「ねえ、社長」というような外国の歓楽街の呼び込みのようなフレーズが乱発されているのが読んでいてわずらわしいく、最初の三分の一くらいまでは正直言って退屈だったのですが、6章あたりから俄然面白くなってきます。

組織が大きくなるほど社長には情報が上がりにくく、社長の考えは現場に伝わりにくなること、会社は常に右肩上がりの業績を上げられるわけではないのだから、決算発表においては業績の数字だけでなくその背景や企業は定性的にどういう状態にあるのかをきっちり伝えることが重要なことなど、修羅場を経験した人としての重みがあります。




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木鐸とか灯台とか

2009-02-26 | あきなひ

そろそろアリバイ作りが始まったのかもしれません。

日経不動産マーケット情報「【インタビュー】「破綻するようなREITはない」、金融庁監督局の神田孝司課長補佐」

──そもそもREITは、ミドルリスク・ミドルリターンの投資商品ということでスタートした。しかしニューシティ・レジデンス投資法人の破綻以降、信じられないような高利回りの銘柄が登場している。 

「ミドルリスク・ミドルリターン」という言葉を誰がキャッチフレーズにしたのかよくわからないが、2倍のレバレッジをかけて不動産に投資するというのは、ヘッジファンドよりリスキーだと思う。一部の高利回り銘柄については、投資家がヘッジファンドと同じだと評価したということだろう。

まあ、確かに投資法人の制度上は、90%配当の導管性要件を満たそうとすると借入金の元本を借入期間中に返済する原資が(原価償却費以外には)ほとんどないので、結局期限一括返済で借り入れるしかなくてリファイナンスのリスクはつきものだというのはReit側も最初からわかっていたはずなので、投資利回りを上げようと勝手にレバレッジをかけたたほうが悪い、という理屈ですね。
「投資法人の登録の時点であれほど注意喚起した」とか過剰なレバレッジに前から警鐘を鳴らしていたと言えれば完璧だったのでしょうけど。

また、一応Reit支援についてこんなことも言ってますが、微妙な距離感です。

──資金繰りに困っているREITに対し、何か支援策は検討していないのか。 

 REITに限らず、融資の残高維持の努力だとか、貸し渋りや貸しはがしがないようにといった一般的な要請は金融機関に行っている。しかし、もっと即効性のある政策的手段となると、金融庁単独の手段というのは限られている。クレジットエンハンスメント(信用補完)の形で何かできないかという話は出ているが、今のところ我々の方から具体的な提案ができる状態ではない。
 我々としても本音では、REITやファンドに対してできるだけお金が回るようにしてほしいと思っている。ただ住宅会社とか、不動産会社など“実業”の会社に比べると、REITやファンドというのは“金儲けの手段”とみられがちで、扱いが後回しになってしまう。

(日経のサイトは有料購読者限定ですが【東証:8965】ニューシティ・レジデンス投資法人株主の会ブログに全文があります。)



ところでちょっと話が飛びますが先週のニュースにこんなのがありました。
108年の歴史終えた灯台、銘板盗まれる…収集目的か
(2009年2月19日 読売新聞)

このニュースでは結局持ち去った解体作業員が返却したようですが、投資ビークルの解体作業にあたっては担保で何を押さえているかが重要です。

プライベートファンドなどの不動産の証券化とかでは、融資する金融機関(の弁護士)からやれ債権質だの譲渡担保だのとガチガチに担保設定しろと言われるわけですが、実際にリファイナンスができないファンドに対しては手間隙がかかるという理由かはたまた関係者で横になったりトンヅラする奴が出るとsophisticatedな仕組みが機能するかどうか心配なのか結局「大人の解決」をするようで、ガチでデフォルトさせて担保実行したというような話は聞きません。
あれだけ弁護士費用をかけたんだから、(わたしと少し離れたところで)誰か実験してほしいものです。

担保に取った銘版を掲げて自分の足元を照らせと灯台守に命じても、灯台の電源が切れてしまっていたり灯台守がいなくなってしまっていたら銘版だけでは何の役にも立たない、というようなことになったりして・・・

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2009-02-25 | よしなしごと
「おおた葉一郎のしょーと・しょーと・えっせい」(敬称略失礼します)のファーストクラスが鬼門だったかな経由のネタ。


ハドソン川に不時着したUS エアウエイズ1549便の写真をよく見ると、コーチ・クラス(=エコノミークラス)の乗客が翼の上で足元が水につかりつつある段階で、ファーストクラスの乗客は既に救命ボートに乗っています。






※ アメリカ(多分)のブログで取り上げられている例としてはこちらなど。


座席の位置と非常用出口一つ当たりの利用乗客数が違うのですべての出口に救命ボートというのは無理で、設計の前提も翼の上に避難するようになっているのでしょうか。
乗ったことはないのですが、ファーストクラスの料金は座席の広さや飲み食いだけでなく安全の部分でも優遇されるというメリットがあるということですね。
設備を少人数で専有しているのだから当然と言えば当然ではあります。

また、不時着などの時にエコノミークラスの乗客がファーストクラスの出口に行こうとしても、機内の動線が混乱して効率的な退避の邪魔になるので乗務員に阻止されるのではないかと思います。
これは「航空会社が金を払っている客を優遇する」のではなく、避難に有利な位置に着席できることを含めてファーストクラスに乗るかどうか、という乗客側の選択の問題です。
(もしエコノミークラスが避難誘導が困難なくらいギュウギュウ詰めにしているというならそれは別の問題ですけど。)


日本で同じような事故が起こった場合、さすがに日本のマスコミでもマスコミは「格差だ」とは叩かないと思いますが、ちょっと自信なし。

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SFCG民事再生

2009-02-24 | あきなひ

SFCGは、顧客に根拠なく期限前弁済を迫って問題になったあたりから時間の問題という感じだったのですが、裁判で負けた損害賠償金も払えず差し押さえをくらった、というあたりが最後のトリガーだったのでしょう。

この規模だと目玉や腎臓がいくつあっても足りないですね(もともと個人保証はしてないでしょうけど。)。

やはり借金は取り立てるよりも取り立てられるほうがつらいということなんでしょう。


SFCGの行状を考えると民事再生が適当なのか疑問なしとしませんし、そもそも火中の栗を拾いに来るスポンサーがいるかどうかも疑問なので清算型になってしまうのではないかと思っていますが、こういうグレーゾーンの商売がなくなってみると困るのが現実だったりもします。

SFCG破たん、国内中小企業への影響注視=金融庁長官
(2009年 02月 23日 22:45 JST ロイター)  

金融庁の佐藤隆文長官は23日の定例会見で、SFCG(8597.T: 株価, ニュース, レポート)が民事再生手続き開始を申請して経営破たんしたことについて「中小企業金融に甚大な悪影響を及ぼすことにならないことを願う」述べた。  
また国内の中小企業金融への影響を注意深く見ていきたいとの姿勢を表明。  
SFCGをはじめ、貸金業者の経営については、利息収入の減少や過払い返還請求で「厳しい状況」と指摘した。さらに「(SFCGのような)事業者金融は、日本の経済活動全体で果たしている金融仲介機能に一定の重要性がある」として、今後は、貸金業者だけでなく、借り手の中小零細企業の状況も注視していく姿勢を示した。

要するに、高い利息と苛酷な取立てはけしからんと規制を強化したんだけど、そういう貸金業者に依存せざるを得ない中小企業もいるので、SFCGが破綻してすっきりしたというわけにも行かず、一方で似たような「高金利・厳格回収」というかわりの業者が出てきても困るし、でも銀行や真っ当なノンバンクは融資しないだろうし・・・と困ってる、というコメントですね。

本来ここで名乗りを上げるはずの新銀行東京と日本振興銀行は自分でつまずいていて元気がないですし、かといって保証協会などの公的機関が野放図に信用供与するのも問題なので、具体的に打つ手がないということでしょうか。


一方で、取立て業務をやっていた人たちは、今度はリプラス亡き後の賃貸住宅保証会社あたりでもうひと暴れしそうな予感が。

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テレビ界の下請けいじめはなくなるか

2009-02-23 | あきなひ

日曜の朝日新聞の一面トップ記事です。
「格差社会」「下請けいじめ」問題に対してマスコミ自ら襟を正す、というところでしょうか。

テレビ界、下請けいじめ是正へ 番組買いたたき禁止など
(2009年2月22日3時2分 朝日新聞)  

テレビ業界が、番組作りを発注する制作会社への「下請けいじめ」をなくそうと、総務省と自主ルールをまとめた。契約書もかわさずに発注し、金額を一方的に下げることが珍しくない現状を改める狙いだ。制作会社の著作権も尊重する。NHKと地上波テレビ放送を手がける120社余りの全民放を対象に、3月中に実施する。  

自主ルールは「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン(指針)」。総務省と放送局、番組制作会社の代表が1年間協議してまとめた。制作会社の大半は中小企業で経営が苦しく、長時間の不規則勤務にもかかわらず「年収100万、200万円台の社員がぞろぞろいる」(大手プロダクション社長)という。ワーキングプア(働く貧困層)が社会問題になったこともあり、業界として改善を目指すことにした。  

指針は「放送局は制作会社に対して取引上、優位な地位にあることが多い」と明記。(1)制作会社への発注書・契約書の交付と契約金額の記載を義務づけ(2)番組「買いたたき」を禁止(3)制作会社が持つ著作権の譲渡強要を禁止、の3点を盛り込んだ。

しかし、もともとテレビ業界は下請けや非正規労働者の雇用を前提としている職場で、それを法制度も是認しています。
労働者派遣法で派遣期間の制限がないいわゆる「政令26業種」もテレビ業界関係の職種が突出して多く認められています。

26業種について定めている 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律施行令第4条をみると  

 1号 ソフトウェア開発の業務
 2号 機械設計の業務            
 3号 放送機器等操作の業務   
 4号 放送番組等演出の業務   
 5号 事務用機器操作の業務
 6号 通訳、翻訳、速記の業務
 7号 秘書の業務
 8号 ファイリングの業務
 9号 調査の業務
10号 財務処理の業務
11号 貿易取引文書作成の業務
12号 デモンストレーションの業務
13号 添乗の業務
14号 建築物清掃の業務
15号 建築設備運転、点検、整備の業務
16号 案内・受付、駐車場管理等の業務
17号 研究開発の業務
18号 事業の実施体制の企画、立案の業務
19号 書籍等の製作・編集の業務
20号 広告デザインの業務
21号 インテリアコーディネーターの業務
22号 アナウンサーの業務
23号 OAインストラクションの業務
24号 テレマーケティングの営業の業務
25号 セールスエンジニアの営業、金融商品の営業関係の業務
26号 放送番組等における大道具・小道具の業務

となっています。
法律制定の時点のロビー活動の成果なのでしょうか。はたまた、阿吽の呼吸でお手盛りをしてもらったのでしょうか。

なので、上のガイドラインが実施されたとしても、丸投げをやめてテレビ局が番組を自主制作する代わりに下請け会社からスタッフを丸抱えで派遣させるという形が可能です。
またこの場合著作権は当然にテレビ局側になるのでこの問題もクリアできます。

「偽装請負」がだめなら「偽装派遣」でいこう、ということでしょうか。


そういう意味では、一面トップで襟を正した、と自慢するにはまだ早いような気もします。

 

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ネット上の批評の公正さについて

2009-02-22 | よしなしごと
ちょっと前の記事ですが、『日本語が滅びるとき』の著者水村美苗氏がこんなことを言っています。

アマゾン、消された書評 著者・水村さん「公正さ疑う」
(2009年2月17日10時48分 朝日新聞)

インターネット上の書店「アマゾン」の利用者が商品について投稿する批評欄「カスタマーレビュー」に、いったん掲載された好意的なレビューが削除されたとして、話題作「日本語が亡(ほろ)びるとき」の著者で作家の水村美苗さんが、「削除理由について納得のいく説明がなく、公正さが疑われる」と批判している。

水村さんは「外部の意見で簡単にレビューが削除されるのではないか。こうした事実を利用者に明らかにせずに掲載しているのは、公共的な責任を果たしているとはいえない」としている。


本の内容からはこんなことを言う人とは思えなかったので、ちょっと意外でした。

僕はAmazonのレビューに公共性を求めても仕方がないと思うのですが、こちらのエントリで引用した慶応大学の岸博幸氏もそうですが、ネット上の言論や批評に過剰な期待をするよりは取捨選択する能力の方が問題だと思うのですが。

とてもうがった見方をすれば、水村氏は朝日新聞が積極的に後押ししている風なので、文化部の記者が水村氏がぼそっと愚痴ったことを記事にしたとも考えられます。
また、岸氏は経済産業省から竹中氏平蔵氏の経済財政政策担当・郵政民営化担当大臣、総務大臣を通じての秘書官だったそうで、ダイヤモンド・オンラインの記事もネット上の言論への批判というよりはかんぽの宿についてのポジショントークとも読めます。


結果的に、ネット上の意見は信用できないということを自らの意見で補強してしまっているとしたら皮肉なことです。




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「壁」と「卵」、または「すべき」と「する」

2009-02-20 | 法律・裁判・弁護士

昨日、この判決について「何で死刑にならないのか?」と勤務先の女性に質問されました。
昼食時に女性陣の間で話題になったそうです。

星島被告に無期懲役判決 江東区マンション女性殺害事件
(2009年2月19日(木)01:23朝日新聞)

東京都江東区のマンションで昨年4月、会社員女性(当時23)が殺害され遺体が切断されて捨てられた事件で、殺人や死体損壊などの罪に問われた元派遣社員星島貴徳被告(34)に対し、東京地裁は18日、無期懲役の判決を言い渡した。


素人のうろおぼえの知識ですが、こんな答えをしました(間違っていたら訂正島なきゃいけないのでご教示ください)。

相場論(過去の判例)でいえば、初犯で一人しか殺していない場合は、よほど計画的で悪質でないと死刑にはならない。
遺体を切り刻んで下水に流した(らしい)ことについては、確かに残忍だけどそれは「死体遺棄」であって、「殺人」の実行行為の態様ではない(最初から計画された一部ではない)ので多分量刑の要因としてはあまり考慮されないのではないか。
現代においては、刑法(刑罰)は犯罪者への報復・応報というよりは犯罪の抑止のためにあると考えられていて、死刑というのは被告人を除去してしまうという究極の手段なので、被告人が「更正不可能」であったり社会秩序の根底を揺るがす脅威となるような犯罪に限るべきという考えが背景にある。
なので、今回も犯罪行為としては悪質だが、それが即死刑が相当といえるかどうかは難しいのではないか。
もっとも光市の母子殺人事件での最高裁の差し戻し判決などをみると、裁判所も市民の感覚を量刑に反映させようという流れにはあるようだ。
また、裁判員制度の導入というのも市民の感覚を刑事裁判に反映させようという試みといえる。
この件も裁判員制度の下であれば死刑判決が出たかもしれないが、模擬裁判員のモニターをやった経験から言えば、素人が量刑を判断する場合どうしても結論から逆算してしまいがちになるし、極端な厳罰に走るか、逆に「死刑」という人の命を絶つ判断までできないか、けっこう振れ幅が大きくなるのではないかとも思う。(模擬裁判の体験談についてはこちらのエントリなど参照)



話をした後に思い出したのが、村上春樹のエルサレム賞の受賞スピーチ。
(内容は極東ブログの翻訳などをご参照ください。)

印象に残った部分として「壁と卵」のたとえ話がありました。

It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: Rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

"Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg."

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg.

The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others - coldly, efficiently, systematically.

この立ち位置(「現代社会の喪失感」だとか「価値判断の留保」だとか言われるところ)は確かに村上春樹の小説の世界を特徴付けていて、それ自体評価の分かれるところかもしれませんが、意識してそうあろうとすることは、かなりの努力の要ることだと思います。
たとえば地下鉄サリン事件の被害者を取材したドキュメンタリー『アンダーグラウンド』の後にオウム側の人間を取材した『約束された場所で』を書くことにもつながっているのかもしれません。


そして村上春樹のスタンスをこの裁判にあてはめると、"wall"である刑事裁判制度と"egg"である星島被告人(被害者との関係では"wall"ではあるものの)との間では、躊躇なく星島被告の側に立つということを意味すると思います。
しかも「被告人の人権」などという"right or wrong"の視点を抜きにして。

これは僕にやれ、と言われても自信がありません。

弱いものは正しい、または守られるべきだ、というような価値判断を抜きにして常に"egg"の側につくことを選ぶことは小説だから可能なのであって、実生活で実践するのは非常に困難だと思います。
ただ、「弱いものを守ることが正しい」と思った瞬間に、その考え自体が"wall"になることに自覚的であれ、と村上春樹は言っているように思いますし、その視点を持つことなら可能です。

たとえば自分が裁判員になって"wall  = The System"の側として被告人の自由を奪うことになる量刑の判断をするとき、その判断が"to protect us"なものなのか、その判断は"it takes on a life of its own"になっていないか、ということを常に自戒する役ことは大事です。

それは「星島被告人は死刑にすべきだ」という意見をいうことと、「星島被告人を死刑にする」という意思決定に加わることの差を自覚することにもつながります。


でも本当にそんなことがわたしたち一般市民にできるのでしょうか。



最後に再び冒頭の記事からの引用です。

量刑理由の要旨は次の通り。

 本件は強姦(ごうかん)目的で被害者宅に押し入って殺害し、死体を細かく切断して投棄したもので、犯行は甚だ悪質だ。動機は住居侵入、わいせつ略取については女性を「性奴隷」にしようというゆがんだ性的欲望のため、殺人、死体損壊、死体遺棄については犯罪の発覚を恐れたためで、いずれも極めて身勝手で自己中心的なものである。

 犯行態様は包丁で被害者の頭部を突き刺すなど残虐かつ冷酷なうえ、死体を細かく切断して投棄したという戦慄(せんりつ)すら覚えるもので、死者の名誉や人格、遺族の心情を踏みにじる極めて卑劣なものだ。

 被害者は何らの落ち度がないのに尊い命を奪われており、結果が誠に重大であり、遺族らの処罰感情が峻烈(しゅんれつ)を極め、社会に与えた衝撃も大きい。被告は証拠を隠滅し、事件と無関係を装っていた。これらの事情に照らすと、検察官が死刑を求めるのも理解できないことではない。

 しかし他方で、殺人の態様は執拗(しつよう)なものではなく、冷酷ではあるが残虐極まりないとまではいえない。死刑選択の当否という場面では、死体損壊、死体遺棄の悪質性を過大に評価することはできない。

 被告は当初意図していた強姦はもとより、わいせつ行為にすら至らなかった。殺人、死体損壊、死体遺棄には計画性は認められない。量刑の傾向も踏まえて検討した場合、特に酌量すべき事情がない限り死刑を選択すべき事案とまではいえない。

 被告は逮捕された後は犯行の詳細を自供し、その後も一貫して事実を認め、公判でも自己の犯罪に向き合い、被害者に冥福を祈るなど、謝罪の態度を示している。前科前歴がなく、職に就いて一定の収入を得るなど、犯罪とは無縁の生活を送ってきた。

 こうした被告に有利な主観的事情も考慮すると、被告に死刑をもって臨むのは重すぎる。無期懲役として終生の間、生命の尊さと自己の罪責の重さを真摯(しんし)に考えさせるとともに、被害者の冥福を祈らせ、贖罪(しょくざい)にあたらせることが相当と判断した。


 

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『面白法人カヤック会社案内』

2009-02-19 | 乱読日記
自分で面白いことを思いつかなかったので人様に頼ってみます。


自ら「面白法人」と名乗るインターネットサービス会社「株式会社カヤック」がその名のとおり会社案内を書籍にしてしまったものです。
「サイコロ給」「旅する支社」などユニークなルール満載の会社を丸ごと紹介しています。
詳しくは下のamazonのリンクかカヤックのHPをごらんいただきたいと思いますが、本当にユニークで楽しそうな会社です。

で、なぜ一般の会社はこういうことが出来ないのかと考えてみました。
業種だとか会社の規模だとかいろんな理由があると思いますが、一番の理由は、カヤックという会社が組織運営の細部にわたって妥協していないところにあると思います。
普通、会社組織や人事制度などは過去からの継続性を重視しますし、また、変更しようとする場合、外部のコンサルタントや他社事例を参考にしたりします。
そうするとどこかに「借り物」感、妥協感が付きまとってしまいますし、会社が大きければ大きいほど、意思決定において妥協の産物は当然視されます。

しかし、カヤックにはそれがない。常に「どうすればいいか」を突き詰めて考え、その結果が突拍子のないものであったとしても気にしない(逆に面白がる)というところがこの会社の強さだと思います。
それって相当のエネルギーが必要なことなので、普通の会社はそこまで行けないわけです。


まあ、それでも途中まででもがんばって考えれば普通の会社もよくなる部分は多いと思います。
けど、社長とか役員とかがこの本の話を聞いて「ウチにもサイコロ給を導入しろ!」と言いだしてその火消しに忙殺されたりする人もいそうで・・・



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落書き

2009-02-18 | 自分のこと

せっかくご紹介いただいて恐縮至極、というお礼を申しあげようと思っていたのですが「ゴミの山」問題に話がそれてしまいました。


「ゴミの山」はさておき、ネットでの意見は「便所の落書き」などとも言われます。


便所の落書きといえば、学生時代に大学構内でこんな落書きを見つけたことがあります。  

おとしがみ 水のかよひ路 ふきとぢよ 雲古のすがた しばしとどめむ



用を足そうとしゃがんだまま、思わず感心してしまいました。(思わず膝を叩いた、と言いたいところですが、体勢的に無理があったのでそれはかなわず。)


場末でやってる匿名のブログとして、こんな感じの思わずニヤっとしてもらえるような便所の落書きをしたためることができればと日々思っております。


今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申しあげます。




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ゴミの山

2009-02-17 | よしなしごと

かんぽの宿についてtoshiさんのブログで錚々たる方々と並んで言及いただいて恐縮至極でございます。

そのエントリの中で、Diamond Onlineの「ネットはゴミの山」という発言に言及されていたので調べてみました。
「かんぽの宿」騒動で分かった! 賛否両論なき日本のネットはゴミの山という岸博幸慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の記事のことのようです。
一部を引用すると  

 皆さんもグーグルやヤフーで“かんぽの宿”を検索してみてください。検索結果の最初の数ページを開いてみると、驚くまでに同じような内容、具体的にはオリックス政商論、小泉?竹中?宮内陰謀論、日本郵政不正論のオンパレードです。それも、評論家と称する一部の人たちの意見の引用と礼賛ばかりが目につきます。もちろん、丹念に探せばそれと反対の意見もネット上に出ているのでしょう。しかし、検索の上位に来なければ埋もれるだけです。  
 民主主義が貫徹されるためには、どんな事象についても賛否両論が健全に展開されるべきです。そのためには、トーマス・ジェファーソンの言葉からも明らかなようにジャーナリズムが重要な役割を果たすのです。ところが、“かんぽの宿”から明らかになったのは、日本のネット上は同じような一面的な評論とその安直な引用ばかり、情報のゴミ溜めとなっており、今のままではマスメディアに代わってジャーナリズムを支え、民主主義を強化する器にはなり得ないということです。スキャンダルやゴシップの集積場でしかないのです。  
 それに比べると米国では、ネット上で様々な問題について検索すると、大抵の場合は検索上位で賛否両論が見つかりますので、ネット上でも民主主義とジャーナリズムがある程度根付いていると言えるのでしょう。もちろん、ネットは基本的にゴミ溜めになっているという点では日本と同じですが。  

ネット上での議論が賛否両論が並行で展開されていない原因が、一方に流されやすい(冷静な議論になりにくい)日本人の国民性なのか、ジャーナリズムの取り上げ方が一方的なのか、どちらに主眼を置いているのかよくわからないのですが、引用した最後の一文で総括されてしまうとちょっと身も蓋もない感じがします。  

ネット上の意見は当然のことながら玉石混交、実際は「玉石石石・・・・石」というあたりを「ゴミの山」と称されているのでしょう。
しかし素人考えでは、検索エンジンは「玉」と「石」をよりわけないのはその性格上仕方のないことで、その中から「玉」を選びだすリテラシーをどう身につけるかというところが大事なわけで、「かんぽの宿」という大雑把なキーワードで検索した結果を云々するが適当か、という疑問があります。
(ちなみに「かんぽの宿 一方的」だとtoshiさんも紹介されていた木村剛氏のブログが一番上位に出ますが、この岸教授のコラムへの意見もいっぱい引っかかってくるので、やはり検索にもコツがいるようです。)

さらに、ネットはあくまでも情報や意見を取捨選択したり自分の意見を表明する場であって、それと「民主主義」の政治過程とは別物だと思いますし、もしも岸氏の理想とするように日本社会に「民主主義が十分に根付い」て、かつ「本当の意味でのジャーナリズムが存在」するとしても、ネット上での言論が検索エンジンの結果からは無秩序で混乱したものになる可能性は高いと思います。 
(さらに素人考えですが)ネットがいきなり理想郷になるということはないからこそ、RSSリーダーなど個人による取捨選択のツールが漸進的に発達してきているのではないでしょうか。


せっかくの専門化が「かんぽの宿」ごときで捨てばちになってしまうのはちょっともったいないと思います。


<追記>
岸博幸氏の記事について、別の見方のコメントをつけました(参照

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IOD

2009-02-17 | よしなしごと
今朝のニュースでやっていたのでメモ
オーストラリアの高温と降水不足の原因と思われる現象のことだそうです。

IODとは"Indian Ocean Dipole"の略語で、インド洋の西側の海水温が高く、東側が低くなる状態をいい、東側の海水温が低いと水蒸気の蒸発が抑えられ、インドネシアやオーストラリアの方に乾燥した風が吹くことになるのだそうです。

逆に西側の高温はアフリカに多雨をもたらし、今年の洪水などの原因にもなっています。


ちなみにこの現象は日本の研究者が発見したそうです。
検索してみたら独立行政法人海洋研究開発機構のサイトに解説がありましたのでご参照ください。


IODの原因自体はまだわかっていないようですが、温暖化ガスの排出と短絡的には結びつけてはほしくないと思います。



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『貧困のない世界を創る』

2009-02-16 | 乱読日記
2006年度のノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏の著書です。

グラミン銀行やマイクロクレジットの話は既にいろいろなところで紹介されているので省略します。

感銘を受けたのは、ユヌス氏の活動があくまでも資本主義と自由市場をベースにしながら、それについての広い視野と深い洞察に基づいて事業を設計しているところです。

貧困の定義の国際的な基準は収入が1日2ドル以下の人々のことをさすそうですが、貧困地域ではその2ドルの収入すら高利貸し・原料供給・製品購入者に収奪されているという現状-ある意味では資本主義のメカニズムが末端にまで徹底している-という現状を認識した上でグラミン銀行を立ち上げたユヌス氏は、それだけに資本主義・自由市場のメカニズムを冷静に認識しています。

そして、自ら提唱し実践する「ソーシャル・ビジネス」は営利企業と一線を画す厳密な定義をし、企業との合弁においても細部においてまでルールの透徹にこだわります。営利企業のCSRの一環に取り込まれることなく(それはあくまでも「営利事業」です)、また貧困の解消に直接に役立つ事業であるか(非営利でも中間層・富裕層がメリットを受けるのでは意味がない)など、出資形態から事業の細部に至るまで目を行き届かせています。

そうしないと組織は自然と規模の拡大など営利企業と同じ指標を目的にしがちになってしまうという危険性を誰よりも認識しているからだと思います。


レーニンは「資本主義を破壊する最上の方法は通貨を堕落させることである」と言ったそうですが、ユヌス氏は「資本に徹底した真面目さを求めることで貧困の撲滅は可能になる」という壮大な実践をしているように思います。


日本企業でもCSRが叫ばれていますが、営利企業が行う(またはそれぞれの勤務先や業界団体で行っている)「R(responsibility)」の定義を厳密に考え直してみるいいきっかけにもなると思います。



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ついに「魔のカーブ」

2009-02-15 | よしなしごと

「魔のカーブ」男性死亡 首都高でトレーラー横転、衝突
(2009年2月15日(日)08:05 産経新聞)

警視庁高速隊によると、現場は2車線の急な左カーブ。付近では昨年8月、下り線で大型トレーラーがカーブを曲がりきれずに横転して炎上。高熱によって橋げたが変形し、全面復旧までに約2カ月かかる事故が発生している。都内の運送業者によると「上下線とも角度が急なうえに、ジャンクションの近くで車線変更も多い。関係者の間では危険なカーブとされている」という。

前の事故も取り上げましたが(こちらこちら参照)今回は上り線の事故のようです。
上り線は山手トンネルへは分岐するだけなので合流の問題はないのですが、カーブの部分は上下線が2階建てになっていて上り線が上のため、ゆるやかな登り坂のピークになっていてそこから曲がりこんで下る構造なので無茶な加速をしていくと曲がりきれないかもしれません。

もっともこれは開業当時からの構造ですし、昔はそんなに事故が頻発していたという記憶はありませんので、車両の大型化、重量化が影響しているのでしょうか。
そうだとすると、同じくらいの急カーブは首都高速にはいっぱいあると思うので、何か対策(といってもすぐには思い浮かびませんが)をしたほうがいいのかもしれません。


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世も末

2009-02-14 | よしなしごと

反社会的勢力が株式市場や金融取引を使って金儲けをする昨今、大企業がストレートな不正をやっているというのがなんだか・・・


逆転V許した阪神、優勝記念商品の代金「半額」に値切る
(2009年2月14日(土)00:13 読売新聞)

阪急、阪神両百貨店を経営する「阪急阪神百貨店」(大阪市)が昨年、阪神タイガースのリーグ優勝を見越して下請け業者に発注していた優勝記念商品の代金を、逆転優勝を許した後、半額程度に減額して支払っていたことが13日、わかった。

公正取引委員会は下請法違反にあたるとして、近く同社に勧告する方針。

ファンからは入場料も半額払い戻さんかい、と言われそうです。

昨今の市況下、某自動車会社は鉄鋼会社に発注後の鋼材の値引きを要求しているという話を聞きましたが、これは大企業同士だからいいんでしょうか。


JR東、社長処分へ 信濃川不正取水
(2009年2月13日(金)21:14 朝日新聞)

JR東日本が取水データを改ざんし、大量の水を信濃川から不正に抜き取っていた問題で、国土交通省北陸地方整備局は13日、JR東・信濃川発電所の取水許可を取り消すと発表した。 
(中略)
同局は取り消し処分とした理由について「不正取水量が極めて大きく、07年の調査の際に2度にわたって『適正』と虚偽回答したことを重視した」と説明。

これはもっとストレートなドロボウです。

申告ベースの取水量と実際の発電量を比べたら、ここの水力発電所は相当効率がよかったことになってたはずなので、炭酸ガス排出量削減のアピールにも使ってたとか(そんなことはないか)。


おまけ。
こういう軽口はお上手なのですが、発言がことごとく軽口なのが問題だという自覚がないようで。

麻生首相、女性記者団からチョコもらう=「13日金曜日だが」と苦笑い
(2009年2月13日(金)22:34 時事通信) 



「13日の金曜日」以上に「世も末」なのでは・・・

 

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かんぽの宿の顛末

2009-02-13 | まつりごと

流れからするとこうなるわけで。

かんぽの宿、契約白紙撤回を総務相に報告 日本郵政社長
(2009年2月13日19時43分 朝日新聞)

宿泊・保養施設「かんぽの宿」の売却問題で、日本郵政の西川善文社長は13日、オリックス不動産(東京)との売却契約を白紙撤回した、と鳩山総務相に報告した。

日本郵政がオリックス不動産と交わした売却契約書には、契約を一方的に破棄した場合などに支払う「違約金」の条項はない。オリックス側は補償金を求めないとみられる。

逆に買い手側もいつでも白紙解約できたとすると、それもまた緩い契約ですね。

オリックスは13日、かんぽの宿の売却契約について日本郵政の解約申し出を受け入れると発表した。

このご時勢、棚卸資産が増えずに内心ホッとしているんじゃないか、と未だに思っているのですが。

第三者検討委員会では、日本郵政グループが保有する不動産約5千件の売却ルールをつくる。元日弁連副会長の川端和治氏、日本公認会計士協会副会長の黒田克司氏、日本不動産鑑定協会常務理事の渋井和夫氏の3人が委員に就任し、公正で透明性の高い仕組みを検討する。 

これって今まで総務省とまったく調整せずにやっていたとも思えないのですが、実際のところどうなんでしょうか?
民営化をいいことに全く方針の説明もしていなかったとすれば、鳩山大臣が怒るのもわからなくはありません。


いずれにしろ、かんぽの宿は保険事業には必要がない事業だと思うので、保険会社の公益事業などと考えずに、出来るだけ早期に高値で売却してほしいものです。




 

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