一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』

2019-01-03 | 乱読日記

帯は「決死の潜入ルポ」と煽っているが、暴力団が関与する背景には制度の歪みがあり、特に漁業においてはそれがいたる所にある、というところからしっかり説き起こしているので、読み応えのあるものになっている。

特に問題なのが「漁業権」。この由来について本書から引用すると

 文献で漁業権をさかのぼると、大宝律令に行き着くという。(中略)
 歴代、漁業権は村の有力者に与えられ、網元や庄屋が独占していた。かつての鰊粕のように、魚は田畑の肥料でもあり、漁業権は漁村のみならず、農村にとっても重要な資源だったため、たびたび争いが起きた。(中略)そこで権力は、基本的に村の前の海は住人のものという漁業権を定めたわけだ。
 (中略)明治8年、政府は日本の海を官有化しようと試みるも、各地の強硬な反対にあって頓挫した。憲法や他の法律同様、諸外国の法律を参考にしようとしたが、前述したように漁業権は日本独自の概念であり、該当する法律がなかった。そのため政府は漁師町の慣習・掟を丹念に調べ上げて明文化し、明治38年、ようやく日本初の漁業法が完成した。
 敗戦後、GHQは農地改革に準じた改革を漁業にも当てはめようとした。ところが、長年漁業権が慣習として定着していたため、各地の上位階層が占有していた既得権を開放することは出来ても、日本独自のシステムを撤廃することはできなかった。
 漁業の民主化を目的とした昭和漁業法が公布されたのは・・・昭和24年12月15日である。漁業権を引き継ぐ受け皿として生まれたのがいまの漁業協同組合で、都道府県知事から与えられた漁業権を一括管理する。恩恵にあずかれるのは、ここに加入した組合員だけだ。

漁業法成立までの経緯については「わが国の沿岸漁業の制度と漁業の民主化」などに詳しい。
ちなみにこの論文では「漁業制度の設計時において注目すべき3つの視点」として、①「立体重複的であり,また技術的にも分割するのは不可能である」という漁場の特性をふまえること、②人間の社会性を利己的なものとだけ捉えるのでなく、互恵性・公正性に重きを置く存在としても捉えるべき、③漁民の制度設計への参加、を指摘している。
①については密漁がなくならない(取り締まりが難しい)原因であり、本書でも指摘されている。②については本書の立場は反対である(自分もそちらに与する)。③は既得権の保護から不合理な仕組みが温存される可能性や、水産資源の保護・乱獲の防止の観点との利害調整がポイントだと思う。

さらに、海の利用は漁師だけでなく他の利害もからんでくるし、外国ともつながっていることから、制度の歪みがいたる所にあることを指摘している。

たとえば、発電所の建設に当たって電力会社は補償金を払って漁業組合に漁業権を放棄させるため、そこで何を獲っても(漁法などの規制に反しないかぎりは)密漁にはならないこと。
北方領土は日本としては自国領土であるため、そこでの漁には漁業法の適用ができないため「密漁」にはならず、検疫法や関税法違反で摘発するしかなかった(これは昭和42年12月19日の札幌高裁判決で漁業法の適用が認められるまで続いた)。

最終章はウナギについて書かれているが、これはもっと掘り下げてこれだけで一冊の本にしてほしいくらい面白い。
曰く、シラスウナギはいたるところで取れるので、密漁・流通の規制が厳しい宮崎県でも、許可された10倍の量が養鰻業者に池入れされている。
台湾はシラスウナギの輸出を禁止しているが香港経由で密輸され、元来シラスウナギがとれないはずの香港が日本へのウナギ稚魚の輸入先の8割を占めている(これには関税逃れのための中国から香港経由のものも含まれる)。
特に、土用の丑の日の日本での大量消費が、加温ハウス養鰻での早期肥育やと漁の早い台湾産の密輸シラスウナギに支えられているというあたり、そろそろ平賀源内の口車から降りた方がいいと考えさせられる。

★4

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『中小企業買収の法務』

2018-12-31 | 乱読日記
本年最後はこの本。

この手の解説書は、網羅的・体系的にしようとして大部になってしまったり、書きやすいAだけまとめたQ&A本だったりすることが多いが、本書は中小規模の企業買収にしぼったうえで、さらに「事業承継型M&A」と「ベンチャー企業M&A」に分けて法務上の論点を実戦的に解説している。

論点も実務で直面するポイントについて具体的な対応策まで含めて解説するとともに、法律論だけでなく当事者の意思決定プロセスの与える影響まで言及があり、法務部員の実務書としてとても有益だと思う。

また、参考文献が豊富に紹介されているとともにけっこう踏み込んでいる解説や、「あるある」話のコラムなども面白い。

法務を離れた身にとっても、昔を思い出しつつ、読み物としても面白かった。

(知り合いバイアス抜きにしても)良書だと思うし、ここまで手の内を見せていいのかと逆に心配なくらいである。

★5

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『はじめての親鸞』

2018-12-31 | 乱読日記

墓のこととかいろいろ考えるにあたって、まずは浄土真宗をすこしはかじろうと入門編として。

以下はメモ。

 親鸞は京都で九十歳の生涯を終えました。生涯を終える時の言葉として有名なのが「それがし閉眼せば賀茂河にいれて魚に与ふべし」という言葉ですね。
 自分が死んだら、遺体は葬式などせずに鴨川の水に流して魚の餌にせよ、というのです。でも実際にはそうはいかなかったことは、御存知の通りです。 

 親鸞の場合も、やはり川に流してはもらえなかった。遺骨は分配されて、それをもとにやがて大谷に親鸞の墓が作られ、大谷廟堂となり、二代三代と時代が移っていく中でそこに寺ができ、全国の信州の門徒の中心になっていった歴史があります。

 その人の心が安らぎ、今日一日を幸せに生きられる、そのために喜捨をする。布施と心の安らぎと、そういうやりとりが寺と人々の本来の関係であり、そこから葬式仏教と呼ばれる現代の寺のあり様への疑問も出てくるのでしょうが、かと言って、ブッダの頃の原点に帰ると、それは大変なことになるでしょう。
 原始キリスト教の時代から中世、さらには現代における教会というものを考え併せると、やはり、宗教とはそうして変質していくものなのかもしれません。

 親鸞はこう言った、ああ言ったなどとこだわるばかりで、親鸞の思想を固定してしまい、決めてしまうのは大きな間違いだと思います。生きた形で、揺れ動く、そういう親鸞の思想を私たちは捉えなくてはならないと思うのです。

今の寺は自分にとっても他の親戚にとっても信仰の中心でもないところが問題なんだよなぁ。

★3 

 

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『ほんとうの憲法: 戦後日本憲法学批判』

2018-12-30 | 乱読日記

問題提起としては面白い。ただ「憲法学批判」ではあるが「憲法学」の側と議論の土俵がすりあってなさそう。 

筆者が指摘する「憲法学者コミュニティの知的閉塞」という批判は幾分かは当たっているようにも思うが、憲法学者の側からの反論を封じるオールマイティなカードになっているので、結局、川の両岸から石を投げ合うことになる。
またそれが今の憲法改正議論の置かれている状況と似ているところが残念。


憲法学をめぐる指摘として特に面白かったのは以下の部分

 戦前の日本において、美濃部達吉の憲法学は、エリート層の国家運営を正当化する「密教」の論理を提供していた。しかしその憲法学は、「顕教」としての国体論者たちの大衆扇動によって、排撃された。敗戦の「革命」をへた後、戦後に再生をはかった憲法学は、今度は国家体制の「表」の部分の看板を掲げる役割を担った。そして「裏」が「表」を浸食しないように「抵抗」をし続ける機能を果たすことになった。
 この仕組みが最も安定しているように見えたのは、冷戦時代、特に高度経済成長以降の時代である。軽武装・経済成長を推進する国家政策と、「抵抗の憲法学」は、奇妙ではあるが絶妙の組み合わせを持った。(中略)
 冷戦終結後の四半世紀の間、「戦後日本の国体」が崩壊する兆しは見られない。他方、冷戦時代と全く同じやり方で「戦後日本の国体」が維持されるという幻想の非現実性は強く意識されることになった。

著者が不満なのは、日本国憲法には改正の手続きが定められているにもかかわらず、改正の議論をするときに憲法学者からは現行憲法の解釈論以上のものが出てこない--とすると結局ほとんどの改憲案に原理的に反対することになる--という部分にあるのではないかと思う。
ある改正案に対して、そう変えることがどのような影響を及ぼすことになるのか、ということをニュートラルに提示するのも憲法学者の大事な役目のように思うのだが。

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『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』

2018-12-30 | 乱読日記

「戦争調査会」は1945年11月、幣原喜重郎内閣が日本人自らの手で開戦、敗戦の原因を明らかにしようとした国家プロジェクト。この会議の内容からGHQによって1年弱で廃止されるまでの経緯とその意味を問う。

日本は結果的にはうまく敗戦後の世界に適応して今日に至っているわけだが、歴史の検証となるとすぐに党派性の議論になってしまい、結局過去を検証し将来に生かすことができていないのは残念。
学校教育でも、日中戦争から第二次世界大戦ところは時間切れなのか政治的配慮なのか、ほとんど触れられていない。

あとがきにある、著者のこの主張は重い。

 ・・・戦争調査会の杜氏と今とでは史料状況が格段に異なる。史料状況の飛躍的な改善によて、研究は進展している。しかし先行研究に対する独自性の主張が行き過ぎて、枝葉末節の史料実証主義に陥っている。歴史研究者は書店に溢れる怪しい昭和史本を冷笑する。問題はそのような本が売れる日本の社会状況よりも、なぜ研究の成果が広く共有されないかにある。
 戦争調査会の目的は戦争防止と平和な新国家の建設だった。戦争防止と平和な新国家の建設は、敗戦直後の日本人の誰もが希求したにちがいない。戦争調査会の調査は、研究のための研究ではなかった。困難な状況のなかでも、八方手を尽くして、資料を集め調査をつづけた。戦争調査会を突き動かしていたのは、社会からの差し迫った求めだった。
 今問われるべきは歴史研究の社会的責任である。一次史料の発掘と新しい歴史解釈の目的は、先行研究に対するわずかな優位性を主張するのではなく、社会の求めに応じて、あるいは社会に向かって、歴史理解の指針を示すことでなくてはならない。戦争調査会に学ぶべきは、社会に役立つ歴史研究の重要性である。

★3



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『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』

2018-12-30 | 乱読日記
兵隊、特に現場の一兵卒にはコストをかけない、という意識は、現在の非正規労働や外国人技能実習制度についての議論につながるものがあるのではないかと感じた。

戦争末期になってくると、徴兵制度を維持するために合格のハードルを下げ、体力に劣る新兵を送り出すようになる。ろくな訓練もされない新兵は現地で古参兵のストレス発散の対象にされ、不十分な装備・栄養状態・医療体制のなかで無駄死にしていくさまが、史料に基づいて描かれている。

現代から見れば、まともに戦争を遂行できる人員・物資体制ではなくなっているにもかかわらず、戦争継続のためだけに人を送り続けていたことに戦慄を覚える。

そのような現場、またはそうなる可能性の高い現場は、今もあるのかもしれない。

★4

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『いっとかなあかん店 京都』

2018-12-29 | 乱読日記
出張のついでに足を延ばしてこちらの本の影響を受けて関西の私鉄を攻めたあと、京都に一泊した時にお世話になった本。

一人だと観光客向けの店に予約していくというのも大げさだし、かといって地元の店も敷居が高いし食べログとか観光サイトの記述は信用できない。
そんななかで、読んでいるだけで酒飲みの気持ちにシンクロできる本は得難い。
ここは入れる、ここは地元の人間でないと入らない方がいい、という雰囲気が伝わってくる。

ということで前者のうち一軒に図々しくお邪魔させていただくことができた。

ありがとうございました。

★3.5


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『ストレッチ 少ないリソースで思わぬ成果を出す方法』

2018-12-29 | 乱読日記
「優れた成果を出すには豊富なリソースが必要」という考えにとらわれて、(成果でなく)豊富なリソースを追求することが目的になりがちになることへの警鐘と、限定的なリソースをうまく活用(=ストレッチ)することの重要性を説いた本。

切り口は面白いし、事例も豊富で、事例、研究成果、まとめ、と続いて「最後にストレッチを強化する12の方法」までこの手ビジネス本の定石通りの構成で読みやすい。

ただ、12は多すぎる。

★3.5

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『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』

2018-12-29 | 乱読日記
ネーミングも含めて「GAFA」に対する世論の転機の要因の一つになった本なのだろう。

ミクロの事例からマクロの話までの寄せたり引いたりのバランスと、著者の対象への距離の取り方が絶妙で、わかりやすくて、面白い。

売れるのもわかる。

★4

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『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方  成功を引き寄せるマーケティング入門』

2018-12-29 | 乱読日記
続いて読んだ本の棚卸。

マーケティングのことは素人なので面白く読めた。

経営本に共通するのは、「この本に書いてある通りにやれば成功するなら、なぜ皆やらないのだろう?」という疑問だが、これに対して著者はCMO(Chief Marketing Officer)への権限集中が必要と説く。
そして実際に自分がUSJでどのようにしてその地位をつかんだかについてまで語っているので説得力がある。
若い人には後半のキャリア形成のくだりは、はまる人にははまると思う。

一方で、その後著者はUSJ当時の仲間とマーケティングコンサルの会社を立ち上げている。
これは単純にその方が儲かるからなのか、CMOというポジションが認知されていないかそもそも空きが少ないのか、そのへんも知りたいところだ。

★3

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