帯は「決死の潜入ルポ」と煽っているが、暴力団が関与する背景には制度の歪みがあり、特に漁業においてはそれがいたる所にある、というところからしっかり説き起こしているので、読み応えのあるものになっている。
特に問題なのが「漁業権」。この由来について本書から引用すると
文献で漁業権をさかのぼると、大宝律令に行き着くという。(中略)
歴代、漁業権は村の有力者に与えられ、網元や庄屋が独占していた。かつての鰊粕のように、魚は田畑の肥料でもあり、漁業権は漁村のみならず、農村にとっても重要な資源だったため、たびたび争いが起きた。(中略)そこで権力は、基本的に村の前の海は住人のものという漁業権を定めたわけだ。
(中略)明治8年、政府は日本の海を官有化しようと試みるも、各地の強硬な反対にあって頓挫した。憲法や他の法律同様、諸外国の法律を参考にしようとしたが、前述したように漁業権は日本独自の概念であり、該当する法律がなかった。そのため政府は漁師町の慣習・掟を丹念に調べ上げて明文化し、明治38年、ようやく日本初の漁業法が完成した。
敗戦後、GHQは農地改革に準じた改革を漁業にも当てはめようとした。ところが、長年漁業権が慣習として定着していたため、各地の上位階層が占有していた既得権を開放することは出来ても、日本独自のシステムを撤廃することはできなかった。
漁業の民主化を目的とした昭和漁業法が公布されたのは・・・昭和24年12月15日である。漁業権を引き継ぐ受け皿として生まれたのがいまの漁業協同組合で、都道府県知事から与えられた漁業権を一括管理する。恩恵にあずかれるのは、ここに加入した組合員だけだ。
漁業法成立までの経緯については「わが国の沿岸漁業の制度と漁業の民主化」などに詳しい。
ちなみにこの論文では「漁業制度の設計時において注目すべき3つの視点」として、①「立体重複的であり,また技術的にも分割するのは不可能である」という漁場の特性をふまえること、②人間の社会性を利己的なものとだけ捉えるのでなく、互恵性・公正性に重きを置く存在としても捉えるべき、③漁民の制度設計への参加、を指摘している。
①については密漁がなくならない(取り締まりが難しい)原因であり、本書でも指摘されている。②については本書の立場は反対である(自分もそちらに与する)。③は既得権の保護から不合理な仕組みが温存される可能性や、水産資源の保護・乱獲の防止の観点との利害調整がポイントだと思う。
さらに、海の利用は漁師だけでなく他の利害もからんでくるし、外国ともつながっていることから、制度の歪みがいたる所にあることを指摘している。
たとえば、発電所の建設に当たって電力会社は補償金を払って漁業組合に漁業権を放棄させるため、そこで何を獲っても(漁法などの規制に反しないかぎりは)密漁にはならないこと。
北方領土は日本としては自国領土であるため、そこでの漁には漁業法の適用ができないため「密漁」にはならず、検疫法や関税法違反で摘発するしかなかった(これは昭和42年12月19日の札幌高裁判決で漁業法の適用が認められるまで続いた)。
最終章はウナギについて書かれているが、これはもっと掘り下げてこれだけで一冊の本にしてほしいくらい面白い。
曰く、シラスウナギはいたるところで取れるので、密漁・流通の規制が厳しい宮崎県でも、許可された10倍の量が養鰻業者に池入れされている。
台湾はシラスウナギの輸出を禁止しているが香港経由で密輸され、元来シラスウナギがとれないはずの香港が日本へのウナギ稚魚の輸入先の8割を占めている(これには関税逃れのための中国から香港経由のものも含まれる)。
特に、土用の丑の日の日本での大量消費が、加温ハウス養鰻での早期肥育やと漁の早い台湾産の密輸シラスウナギに支えられているというあたり、そろそろ平賀源内の口車から降りた方がいいと考えさせられる。
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