今までのブログにも書いて来たが、
ウチの猫「麦茶」は、捨てられて野良化していたのを保護した猫。
最初は全身が酷い皮膚病に冒されており、
雌猫なので避妊手術をしようにも出来ない状態だった。
しかし、2ヶ月間の通院で皮膚病完治。
それからワクチン接種をして2週間待機し、
ようやく避妊手術へと至り
全身麻酔をかけて、術部の毛を剃ったところ、
な、な~んと避妊手術の傷跡が出て来た!
予想外の結末に、
「まだ1歳にもならないうちに避妊手を済ませるくらい可愛がっていたのに、何で捨てたんだろ?」
って疑問だけが残った。
そして、最近、
ウチにいらしたお客さまの何人かに
「この猫、アメショですか?」
「すごいですね、アメショ飼ってるんですね」
などと言われた。
はぁ?!
アメショ~?!
「この色はアメショじゃないでしょ?」
と言うと、
「グレーに黒の縞模様が日本ではポピュラーですが、
実はアメショって色々な色があるんですよ」
と言われ、
「どう見てもトラ柄だと思いますけど・・」
と言ったら、
「ほら、お腹から後ろ足にかけて縞柄が渦を巻いてるでしょ。
これってアメショの特徴」
と言われ、
「いや、日本猫だと思うなぁ・・」
と言えば、
「いや、日本猫とは明らかに違う顔ですよ」
と言われた。
ウーン /(-_-)\
避妊手術の跡と言い、
アメショ疑惑と言い、
麦茶は本当に不思議な猫だ。
そう言や、餌が欲しくて懐いて来たのは来た当初だけ、
今は本当に素っ気なく、如何にも高貴なお猫さま風。
やはり、何かの理由と言うかはずみで飼い主からはぐれてしまったのだろうか。
ウーン /(-_-)\
それにしても、本当にアメショだとしたら、
アフガンハウンド犬の次はアメショかいっ!
ウチの保護動物って・・・(黙
しかもアフガニスタンとアメリカと来たもんだ。
そうか、だから仲が悪いのか・・・(納得
日本史・・・相変わらず好きだねぇ。
ってなわけで、この秋の目玉はコレ!
東京国立博物館
「東大寺大仏~天平の至宝~」展
思ったほど仏像の出展がなくガッカリしそうになったものの、仏像フリークかぶりつきのお像を確認!
こりゃ凄ぇぜ!
重源上人坐像
東大寺を語る上でなくてはならない僧侶と言えば、行基と重源だと自分は思う。
行基は大仏造営のために勧進して回り、重源は東大寺再興のために勧進に出向いた。
仏師快慶は、東大寺再建にあたって慶派一門として大仏脇侍などの造立に参加し、そんな中で知り合った重源に帰依し、アン(胎蔵界弥陀の梵字)阿弥陀仏の号を授かり、重源関係の造仏に関わるようになる。
奈良博には、重源が台座に乗せて諸国を回り勧進したと言われる快慶作の阿弥陀如来立像が収蔵されており、拝する度にフリーズする自分。
このお像なら、民衆は「ありがたや~」と喜捨しただろうな・・って。
そうして、平重衡による焼き討ちに遭った東大寺は、重源&快慶の名コンビの尽力大きく、見事再興されたのだ。
そして、お像に付いて言えば、この重源上人坐像は肖像彫刻の白眉だと思っている。
五劫思惟阿弥陀如来坐像
五劫思惟阿弥陀と言えば、通称アフロ阿弥陀。
四十八の大願を成就するために五劫と言う途轍もなく長い時間、髪の伸びるのも構わず修行に没頭していた時の姿を表している。
巨大化した頭は、伸びきった螺髪なのだ!
記録によれば、鎌倉時代に先に述べた高僧、重源が中国・宋から請来したものだと言う。
重源像もアフロ阿弥陀像も、ご開帳の折にしか拝観出来ないお像なので、この機会によぉ~く拝しようと思う。
あ、重源像は執金剛神像ご開帳と併せて開帳された折に拝してことがあり、マジで感動した。
痩せて皺だらけのお姿なのに、お数珠を握る両手はガッシリと大きくて、そこに重源の強靭な精神を見る思いがした。
そして、秋の目玉二つ目は・・・
虎塚古墳彩色壁画秋季一般公開
ひたちなか海浜鉄道サイトに載っていて、
「古墳も良いね~。華麗な幾何学模様とやらを見てみたいな~」
と、食指動きまくり。
東日本で初めて色彩壁画が発見された古墳だそうで、6世紀~7世紀初頭にかけて築造されたとされる前方後円墳。
国の史跡指定。
そして、そこから200メートルほど歩いたところにあるのが
十五郎横穴群
奈良時代に造られた横穴墓。
墓造り文化を持つ日本人って素晴らしいと思う。
以上、歴女の秋は熱い!
一昨日の研修旅行は、日本の米どころド真ん中、新潟南魚沼市界隈の散策だった。
朝7時30分に出発して、先ず向かったのが臨済宗の古刹
関興寺(かんこうじ)。
↑山門
戦国武将ゆかりの寺らしい山門。
【関東管領上杉家ゆかりの禅寺】
関興寺は、古くは関興庵と称し、1410年、第二世覚翁祖伝(かくおうそでん)が上野国(群馬県)泉龍寺の白崖禅師を招いて開山。後に鎌倉公方・足利氏、関東管領・上杉氏などの庇護を受け、永楽百二十貫文の地を領し、信州・佐渡・能登・越中・越後の5ヶ国の末寺300箇所を支配したと伝えられています。
戦国時代には幾度か伽藍を焼失、関が原の合戦後は一旦、上杉景勝とともに寺を米沢に移し、江戸時代に再び米沢の関興庵から現在の地に再興。名称を関興庵から関興寺に検めたのは1751年のことです。
当時の関興寺僧堂は参禅の門徒があふれ、甲信越における臨済宗の中枢でした。現在でも臨済宗円覚寺派の古刹であります。
(関興寺パンフレットより一部抜粋)
↑地面のそこかしこが苔に被われ美しい。
↑本堂
間口が広くて重厚な造り。
このガラス戸の様子が「禅」ですなぁ・・
ご本尊は釈迦如来。
↑経蔵
この中には回転式お経ロッカー的な(?)輪蔵がある。
輪蔵には黄檗版一切経が収められており、輪蔵を一回転させると、黄檗版一切経を最初から終わりまで唱えたことになる。
↑観音堂
↑鐘楼堂
我々がおいとまする時、ご住職が11時の鐘をお撞きになっていた。
朝の5時、11時、夕方の5時の1日3回、時を告げる鐘を撞かれるのだそうで、そう言えば「時」ってのは「日」と「寺」で出来ているなぁ・・・などと、今更ながら考えてしまった。
しかし、毎日3回の鐘を1日も休むことなく撞き続ける、ってのは並大抵の苦労じゃない。
↑本堂脇に仕舞われた味噌桶。
↑そして、これが有名な関興寺味噌
大豆の風味が生きた美味しい味噌。
美味しいけど量が少ないので、味噌汁よりは焼きおにぎりや生野菜につけて食べるのがオススメ。
【関興寺の味噌なめたか】
枯淡、質素を基本とする生活に味噌は欠かせないとあって、寺では修行僧のために沢山の味噌を作って蓄えていました。
1858年(天正6年)上杉謙信の急死で、景勝、景虎の二子の間で家督争いが起こり(御館の乱)、その兵火に遭って諸堂が焼失。しかし、関興寺に納められていた上杉氏寄進の大般若経六百巻は味噌桶の中に埋められて難を逃れました。
以来、ご利益のある「関興寺の味噌なめたか」の言葉が生まれたと伝えられています。
(関興寺パンフレットより一部抜粋)
↑境内の六地蔵さまが、我々の帰りを見送ってくれた。
そうして、次に向かったのが、日本三代渓谷の一つ清津峡。
ちなみに、三大渓谷の残り二つは、黒部峡谷(富山県)と大杉渓谷(三重県)。
も一つオマケに、日本三大美人の湯と言えば、龍神温泉(和歌山)、川中温泉(群馬)、湯の川温泉(島根)。
あはは
↑清津峡渓谷トンネル。
往復1500メートルほどのトンネルを歩き、絶景ポイントに作られた展望台から渓谷を眺める仕掛けになっている。
↑この六角柱状の岩は柱状節理と言うのだそうで、海底から隆起したマグマが冷却された際に、このような形態になったそう。
イヤ~、迫力満点!
満点すぎて、切り立った岩が3Dで迫り来る感じがして、気分が悪くなってしまった。
三半規管をやられちゃった感じ(笑
↑此処が一番の絶景ポイント
↑・・・ってことは、思わず乗り越えちゃう人が居たわけ?
乗り越えたら、直ぐ下は絶壁、地面がないよ~
まさか、自殺の名所だったりして!
気分が悪くなったのは霊障だったりして!ゾゾ~ッ・・
↑清津峡を堪能(?)した後は、渓谷トンネルの直ぐ近くにある清津館でお昼ごはんを。
↑ロビーには2羽のウサギが。
ウサギか~
大久野島を思い出すな~
↑清津館名物、山菜薬膳
↑鯉の洗いカルパッチョ風
これは絶品!
鮮やかな翡翠色をしたソースが鯉に合って、とても美味しくいただいた。
何でも青梅を使ったソースだそうで、,
「作り方は企業秘密なのでお教え出来ません」by大女将
この鯉食べたさに、わざわざ清津峡にやって来る客も居るのだとか。
↑山で採れた天然物のなめこ汁
これも激ウマ!
市販のなめこと全然違って、香が抜群。
シンプルなお味噌汁だけど、格別な素材に、心の底から
「うまい!」
って言葉が湧き出た。
その他、大女将が山で採取し、大切にフリージングした山菜を使った品々は全てが美味しく、沢山の品数があったにも関わらず、ほぼ完食。
魚沼産のごはんも美味しかった。
そして、薬膳の名に相応しく、五臓六腑に滋味が行き渡り、身体が喜んでいるのを実感した。
本当に本当に美味しかった。
ごちそうさまでした。
そして、清津峡を後にして
(途中で、手掘りと思われる廃トンネル発見!あ~、行きたかった~)
再び南魚沼市内に戻ってつむぎの里を見学。
↑つむぎの里
塩沢紬を伝え、その商品を扱っている。
あれ?先の三大渓谷と同じ、日本三大紬ってあったっけ?
↑紬よりも近くの廃屋に貼られた看板に興味アリ!
トーア毛糸にさくら石油コンロだって♪
↑お!越後の飛び出し坊やは黒人だね。
(*`▽´*) ウヒョヒョ
↑これって、パッと見、スゲ~ヤバイ看板に見えた。
ダンススタジオと言うよりは、メンズエステみたいな(笑
このセンス、ツボだわ~
この番号に電話しちゃおうかな~
↑御朱印帖
左が関興寺の御朱印夏に行った京都・奈良から続いて関興寺で、2冊目の御朱印帖が終了。
この歳で2冊分も巡拝出来たなんて、有難いことだす。合掌
そんなこんなで、無事に帰宅し、今年の研修旅行も有意義で楽しいものになった。
それもこれも、ご同行の皆さま、各地で温かく迎えて下さる皆さま、そして家族のお陰。
本当に有難い。合掌
昨日は、寺庭婦人会研修旅行で新潟県に行って来た。
何せ同業者同士、
ツーと言えばカーと返り、
阿と言えば吽と来る
と、会話が弾む弾む♪
お陰でとーっても楽しい一日だった。
でもさ~
アチコチ寄ったお土産やさんで、
皆さんは、花の鉢植えやお香などを買い求めていたのに、
亀2:50だけが
日本酒を吟味してたのね~
会話は弾むのに、それだけが浮いちゃってさ~
だって、折角の新潟、米どころだもん
日本酒に目が行かない方がどうかしてるって~
皆さん、おかしいよ~
その他、
「姿が見えないと思ったら、廃屋の写真なんか撮ってたでしょ!」
「何で交通安全の看板なんか撮るの?」
などと指摘されちった。
廃屋に関しちゃ、今更言うまでもないけど、
交通安全看板は、飛び出し坊やが撮りたいのね~
飛び出し坊やって、地域性が出るので~
新潟の飛び出し坊やもキュートでグ~
あ~、やっぱ浮いてるよな~、自分。
予定日はジミー・ペイジ (新潮文庫) 価格:¥ 620(税込) 発売日:2010-07-28 |
↑久々に健康的な本を読んだと言うか・・・
ホント、面白い本だった。
そう言や、
「子は親を選べない」
と言われて来たものが、最近になって
「子は親を選んで来る」
と言われだした。
その説の根拠は何なのか?
読んでいないので分からないなぁ。
しかし、待ってくれ!
親だって子を選べないじゃないか!
自分、LadyGaGaみたいな女の子が欲しかった~
ヾ(ーー )オイオイ・・