旧愚だくさんブログ

愚だくさんブログ過去記事蔵です。

学びの初夏

2011年05月26日 | 仏教・仏像

真言宗智山派には「智山伝法院」なる研究機関があり、そこの開設講座に通うのは今回で三度目。

講座名「真言宗常用経典概説」の初日が昨日だった。

今、ちょいと昨日の講義を復習していた。
こうぎ→抗議、ふくしゅう→復讐が最初出て来るのはマズイよな・・

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↑この「インド仏教の歴史」竹村牧男著は、お役立ち本。

昨日は、イントロダクションの意味合いが強い講義で、経典の成立から大乗経典に至るまでの大まかな解説。
次回からは、真言宗で使われる経典一つ一つの解説になる。

一番興味があるのは、やはり「理趣経」。
カメ座右の銘である、煩悩即菩提・・・
空海が最澄に絶縁を突きつける契機となったのが、理趣経の解説経「理趣釈経」・・・
と、まぁ、色んな角度から見ても探求欲に駆られる経典。

そして、長い理趣経の一番最後のところが、たまらなく好ましい。
このお経は素晴らしい!このお経を唱えよう!
と、理趣経万々歳の賛辞がテンコ盛りになっていて、
「何だか良く分からないけど、あたしも嬉しいよ・・」
と泣けて来る。

そんなわけで、月に一度ではあるけど一年間に渡って続く講座・・・しっかりと聴講するんだ~♪


ところで、敦賀原発の「ふげん」「もんじゅ」は有名な名前。
中尊の釈迦が普賢菩薩と文殊菩薩を脇侍に従えるのが釈迦三尊。
ならば、「ふげん」と「もんじゅ」を従える中尊とは、一体何ぞや?

・・ってかさ、原発にみ仏の名前を使うんじゃねーよ! トムとジェリーで充分
そう言や、マイトレーヤ上祐とかってふざけたヤツも居たっけ・・(笑


京の真言寺院を訪ねて

2011年01月19日 | 仏教・仏像

「真夏に真冬を感じる、それが俺のやり方だ」
これは、御大JIMMY PAGEの名言。

そしてカメは考えた。
連日氷点下を記録する今だからこそ、猛暑の中でも一際暑かったあの日を綴ってみようかと。

あの日とは、京都・奈良を彷徨い歩いた三日間・・・不幸にも最高気温39.9度を記録した日々だった。
ああっ!これは御仏がお与えになった苦行なのか!

・・てなワケで、
「2010年仏浴の旅」のうち未公開のものをアップしてみる。
つーかさ、今夜はジムに行かないのでヒマなんよ~(笑

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↑「2010年仏浴の旅」最終日の朝。
テレビをつければ「猛暑!猛暑!猛暑!」のワードが飛び交い、空調の効いた部屋に居ながらもゲンナリする。

インフルエンザ時の体温の中で一日中奈良を徘徊した疲れと、持ち込んだ酒類を飲みきってしまおうと深酒したのとで身体が脱水気味。

こんなんで、今日の京を乗り切れるのか、自分!
おやじギャグが飛び出すうちは大丈夫か(笑

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↑ホテル直ぐ近くの烏丸御池駅(地下鉄東西線)から乗って醍醐駅で降車。

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↑醍醐駅からは、市営住宅が立ち並ぶ中の歩行者専用道路を歩く。
いやぁ・・見事に雑草だらけ。
この手の管理の悪さは気になって仕方がない。

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↑歩行者専用道路が切れた時、目の前には醍醐寺が!

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↑拝観料を払って進んで行くと西大門と名付けられる仁王門が見えて来る。

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↑まあるいお目目がキュート♪

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↑ちっとも怖くねーし。

てっきり江戸時代の仁王さまかと思ったら、藤原時代の作なのね~

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↑青々とした紅葉
嗚呼、これが赤く色付く季節が来ようなんて、到底考えられない。
今は、ただただ蝉の声に包まれるばかり。

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↑金堂(国宝)
この金堂が、醍醐寺の中心のお堂で、ご本尊・薬師如来坐像が安置されている。
薬師さまは秘仏なれど、その脇を固める五大明王像が素晴らしい。

ちなみに、ご朱印をお願いしたところ、若い坊さんが左手で朱印して下さった。
いやぁ、左手で筆を持つ姿って初めて見たよ。
連綿線とかちゃんと出せるのだろうか。

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↑不動堂

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↑真如三昧耶堂

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↑この門の先を行くと上醍醐へとつながる。
行かなかったけど(汗

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↑五重塔(国宝)
この五重塔を仰ぎ見た時、それまでベッタリと身体に張り付いていた疲労がスルッと取れた。
そして思った
「嗚呼、真言って良いな~!真言寺院って良いな~!」
と。
心の底から、真言への愛慕が湧きあがる・・・そんな感じ。

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↑丁度、特別展が開かれていたので「霊宝館」へと向かう。
向かう途中の枝垂桜が素晴らしい!
きっと、滝のような花を付けるのだろうね。

醍醐天皇の発願により造立された薬師如来三尊像(国宝)を中心とする貴重なお像を多数拝観、素晴らしかった。
藤原時代の如意輪観音坐像(重文)がツボだったなぁ♪

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↑醍醐寺の次は、我が総本山智積院へ。

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↑金堂
立派おすなぁ・・・
しかし、哀しいかなRC建築(涙

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↑そして、最後は東寺。
これは南大門。
毎回、京都・奈良の仏浴の旅の最後を〆るのは東寺と決めている。

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↑南大門から観た金堂。

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↑五重塔

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↑灌頂院
此処で「後七日御修法」が厳修される。

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↑白砂の照り返しがまぶしい!

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↑鬼瓦と夏の空

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↑講堂と金堂

毎度のことで、講堂にて長時間を過ごす。
そうして、心ゆくまで羯磨曼荼羅の世界に浸る。
それにしても、帝釈天・・・何故に貴方はイケメンなのだ!
それはもう罪なくらいに!

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↑五重塔

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↑そんなこんなで、ヘロヘロになりながらも精力的に歩き、思う存分仏浴した三日間だった。
あ~!浴びた!浴びた!


巣鴨とげぬき地蔵

2010年11月13日 | 仏教・仏像

本日、大安吉日。
思い立って巣鴨のとげぬき地蔵さまをお参りして来た。

とげぬき地蔵の曹洞宗萬頂山高岩寺は、
洗い観音
でも有名で
何でも、自分が良くなりたいところを洗うと
ご利益があるのだとか・・・

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それなので、観音さまを洗う人達を
よぉーく観察していたら、
圧倒的に多いのが、やはり頭と顔。
顔!(笑
その他、胸を洗う人は
「喘息持ちや呼吸器系が弱いのかな」
と思い、
お腹を洗う人は
「消化器系ね」
お腹の下を洗う人は
「子宝が授かりたいのかな」
それから、お尻を熱心に洗う人も!
「おいおい、痔主さまかよぉ~」

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皆さん、観音さまのご利益で良くなりますように(合掌

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それから、巣鴨名物だんごを食べ
(フカフカの焼き団子に生醤油で激ウマ!)
巣鴨商店街をそぞろ歩きながら駅に向かって
善女のお参りは終った。へへ

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あ、ちなみに
曹洞宗萬頂山高岩寺の
萬頂山は
「ばんちょうざん」

と読むのね~
肩透かしだったわ~
・・って、何処が善女じゃいっ!


大予告

2010年10月25日 | 仏教・仏像

東京国立博物館
「空海と密教美術」展

開催予定!
2011年7月20日~9月25日

●特別協力●
総本山仁和寺
総本山醍醐寺
総本山金剛峰寺
総本山教王護国寺
総本山善通寺
遺迹本山神護寺

●協力●
真言宗各派総本山会

あああ~っ!そうそうたる顔ぶれ!
まさに、真言宗が総力挙げての大企画展!

しかも、
「出品作品のほとんどが国宝・重要文化財です」
だそうで、東寺からはあのイケメン帝釈天もお出ましになられる。

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今から来年の夏が楽しみじゃ~!

・・ってか、今年の夏に京都に行ったが、
来年はウッカリ行かないように気を付けなくちゃ!


光明皇后1250年御遠忌記念「東大寺大仏~天平の至宝~」展

2010年10月23日 | 仏教・仏像

東博にて東大寺拝観・・・な~んてステキなのでしょ♪

特別展としては、展示数も少な目でコンパクト。
しかし、それだけに落ち着いてジックリと観覧出来たなぁ・・。
なので、興味をお持ちの方は、比較的空いている今こそ観覧されるのをオススメします。会期終了間際になると、駆け込み観覧者で混み合うので。

それにしても自分、五劫思惟阿弥陀如来坐像にヤラれた~!

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薄暗い中で浮かび上がる本館、表慶館は重厚な雰囲気。

それにしても、五劫思惟阿弥陀・・・良かったなぁ(しみじみ
今まではグラビアでしか観たことがなく、グラビアでは伝えきれない魅力をたっぷりと有していた仏さまだった。
童顔童形像で、そこがまた良いのだな~


歴女の秋

2010年10月18日 | 仏教・仏像

日本史・・・相変わらず好きだねぇ。

ってなわけで、この秋の目玉はコレ!

東京国立博物館
「東大寺大仏~天平の至宝~」展

思ったほど仏像の出展がなくガッカリしそうになったものの、仏像フリークかぶりつきのお像を確認!
こりゃ凄ぇぜ!

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重源上人坐像
東大寺を語る上でなくてはならない僧侶と言えば、行基と重源だと自分は思う。
行基は大仏造営のために勧進して回り、重源は東大寺再興のために勧進に出向いた。
仏師快慶は、東大寺再建にあたって慶派一門として大仏脇侍などの造立に参加し、そんな中で知り合った重源に帰依し、アン(胎蔵界弥陀の梵字)阿弥陀仏の号を授かり、重源関係の造仏に関わるようになる。
奈良博には、重源が台座に乗せて諸国を回り勧進したと言われる快慶作の阿弥陀如来立像が収蔵されており、拝する度にフリーズする自分。
このお像なら、民衆は「ありがたや~」と喜捨しただろうな・・って。
そうして、平重衡による焼き討ちに遭った東大寺は、重源&快慶の名コンビの尽力大きく、見事再興されたのだ。

そして、お像に付いて言えば、この重源上人坐像は肖像彫刻の白眉だと思っている。

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五劫思惟阿弥陀如来坐像
五劫思惟阿弥陀と言えば、通称アフロ阿弥陀
四十八の大願を成就するために五劫と言う途轍もなく長い時間、髪の伸びるのも構わず修行に没頭していた時の姿を表している。
巨大化した頭は、伸びきった螺髪なのだ!
記録によれば、鎌倉時代に先に述べた高僧、重源が中国・宋から請来したものだと言う。

重源像もアフロ阿弥陀像も、ご開帳の折にしか拝観出来ないお像なので、この機会によぉ~く拝しようと思う。
あ、重源像は執金剛神像ご開帳と併せて開帳された折に拝してことがあり、マジで感動した。
痩せて皺だらけのお姿なのに、お数珠を握る両手はガッシリと大きくて、そこに重源の強靭な精神を見る思いがした。

そして、秋の目玉二つ目は・・・

虎塚古墳彩色壁画秋季一般公開
ひたちなか海浜鉄道サイトに載っていて、
「古墳も良いね~。華麗な幾何学模様とやらを見てみたいな~」
と、食指動きまくり。

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東日本で初めて色彩壁画が発見された古墳だそうで、6世紀~7世紀初頭にかけて築造されたとされる前方後円墳。
国の史跡指定。

そして、そこから200メートルほど歩いたところにあるのが
十五郎横穴群

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奈良時代に造られた横穴墓。
墓造り文化を持つ日本人って素晴らしいと思う。

以上、歴女の秋は熱い!


奈良路

2010年09月12日 | 仏教・仏像

こんなクソ暑い季節に奈良散策をしたのは初めて!
何時もは紅葉も終ろうか・・って頃に行ってたので、夏草萌ゆる奈良路も、また新鮮な風景だった。

モリモリと朝ごはんを食べてホテルを出て、向かった先は唐招提寺。

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↑近鉄線西ノ京駅構内。
薬師寺の寺標に合わせて屋根が三角に変型しているのが奈良らしい。

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↑西ノ京駅から唐招提寺への道。

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↑唐招提寺金堂。
嗚呼・・此処に立つのは何年振りだろう。
平成の大改修工事を終えた金堂は、心なしか小ザッパリと見えた。

金堂内の三尊、毘盧舎那如来坐像、薬師如来立像、千手観世音菩薩立像は何れも素晴らしい。
堂内を拝すると、み仏達が実に開放的に(悪い言い方すりゃ、雑に)安置され、天平テイストムンムン。
この大らかな感じは奈良の寺院でしか味わえないもの。
自分、薬師如来が好きでしてね。金堂改修の間は奈良博にお出ましで、薬師さま会いたさに2度ばかり奈良博に行ったっけ。
当然のことながら、奈良博でお会いした薬師さまよりも、こうして金堂でお会いした方がシックリ来ますな。
「薬師さま、お会いしたかった!お会いしたかった!お会い出来て良かった!良かった!」
と、感激の心持ちで、しばらくの間薬師さまの御前で立ち尽くしていた。

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↑正面右斜め方向からの金堂。
屋根の反りが美しいですな。まさに天平の甍。

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↑金堂裏手には、ご本尊弥勒如来がおはす講堂があり、その手前には鼓楼がある。
鼓楼は舎利殿とも呼ばれ、鑑真和上が請来した三千粒の仏舎利が奉安されていたそう。
また、有名なうちわまき会式では、此処からうちわが撒かれる。
一度行ってみたいんだよねぇ・・うちわまき。

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↑校倉兄弟(笑

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↑蓮池
一蓮托生・・ってか。

唐招提寺境内は、数多くの寺院の中でも一際清浄な空間だった。
きっと、鑑真和上が必死で伝えんとした戒律が守られているためだと思う。
余談だけど(つーか、余談を集めたのがこのブログだが)講堂堂内の拭き掃除をしていた坊さんが、大層な美僧であった!
思わずカメ、クラッ!
あ、イケナイ、イケナイ、戒律、戒律・・っと(汗

それから、新宝蔵で天平のみ仏を拝観し、お守りなどを買い求め、再び薬師さまにお会いしてから、後ろ髪を引かれる思いで唐招提寺を後にした。

次に向かったのは秋篠寺。
西ノ京駅から西大寺駅まで近鉄線で行き、そこからバスで10分くらいのところに秋篠寺はある。

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↑西大寺駅前から押熊行きのバスに乗って、秋篠寺前で降りるのね~

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↑東門

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↑東門から少し歩くと、立派な苔庭がある。
実は、雨不足の天気が続くと、自然とこの苔庭が頭に浮かんで「秋篠寺の苔は大丈夫だろうか」と心配してしまう自分。

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↑本堂
同じ天平建築でも、先の唐招提寺金堂とは違って女性的な雰囲気。

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↑伎芸天立像
秋篠寺ご本尊の薬師如来坐像の左側にスッとお立ちになっているのが、この伎芸天。
美しい・・何度お目にしても美しさに感動する。
秋篠宮家誕生で一躍有名になった秋篠寺だが、それ以前からこの伎芸天を愛する仏像マニアは数多く存在した。

伎芸天は、仏教の天部のひとつで、大自在天の髪際から生まれた天女で、どうも吉祥と芸能で仏法を盛り立てたらしい。
伎芸天信仰は古くは各地にあったらしいが、現存する伎芸天は、日本中でこのみ仏だけ。
寸分の隙もない美しさの伎芸天、しかし、哀しくも災禍に遭っており、その際に胴体以下を破損、頭部だけが残った。
現在の伎芸天は、頭部は天平、体部は鎌倉期の修復によるもの。
でも、統一感を損なわず、完璧に一体化してるよねぇ。

唐招提寺金堂の薬師さまに続き、またまた金縛りになってしまった。
そうして、また後ろ髪を引かれる思いで秋篠寺を後にし、東大寺へと向かった。

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↑近鉄奈良駅から東大寺に行くのに興福寺を横切った。
今回は、興福寺の拝観はなし。
「阿修羅、萌え~」みたいなビギナー仏マニアじゃないんで~

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↑南円堂

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↑東大寺大仏殿
うひゃ~!何度見ても大きさにビックリ!
しかも、木造建築と来たもんだ!

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↑国宝の八角灯篭
この音声(おんじょう)菩薩は、10月8日より東博で開催される「東大寺大仏~天平の至宝~展」にお出ましになる。

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↑二月堂、手前は三月堂
三月堂のみ仏は、修復に入っているとのことで、ごくごく一部のみ仏しか拝観出来なかった(涙

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↑四月堂
此処の千手観世音菩薩立像がイッチャン好き!
唐招提寺・薬師如来、秋篠寺・伎芸天、神護寺・薬師如来、東寺講堂の仏像群、渡岸寺・十一面観音・・・の好きなみ仏の中にあって僅差で勝るのが、この千手観音さま。
そして、その日三度目の金縛りに見舞われ、しばらくの間、千手観音さまと対峙していた。

大半の観光客は、東大寺には南大門と大仏殿だけで
「あ~、観た!観た!お腹いっぱい!」
と満足して帰ってしまい、二月堂、三月堂、四月堂エリアを拝観する人は少ない。
同じ東大寺境内だと言うのに、大仏殿の喧騒が嘘のように静まり返っている。
中でも四月堂は通り過ぎる人の方が多く、自分のように長い時間を熱心に拝観していると、堂守さんが色々とお話をして下さる。
「アンタにだけ特別あげるわ」
と、絵葉書やお守りを頂戴したこともあるし、
「明日、ワシは休みなんやけど、どや、一緒にドライブ行かはんか?色々と案内してあげるで」
とナンパされたこともある(笑
そして、この四月堂西の間から観る二月堂は最高の角度だそうで、雑誌や新聞社のカメラマンはそこから撮るらしい。

一本の線香が燃え尽きるまで、そこに居て、またまた後ろ髪を引かれる思いで四月堂を後にした。

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↑次に向かったのが元興寺

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↑向こう側に見えるが極楽坊の屋根
何と、日本で最初の瓦で葺かれた建物で、色が違っている瓦がそれ。
飛鳥時代の瓦が現役で雨露をしのいでいるのだ。凄い!

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↑境内には夥しき数の墓石があり、墓石の小道になっている。

元興寺には魅力を感じるみ仏が居ない。
神護寺薬師如来に似た薬師さまがおはすが、奈良博に委託され此処では拝することは出来ない。
それでは何故、仏像目当てで古寺巡礼する自分が、奈良に来る度に元興寺を訪れるか。
それは、元興寺には不思議な気持ちにさせてくれる何かがあるから。自分と波長が合う何かがあるから。
子供の頃、学校から帰って友達と遊んで、日が暮れてサヨナラして、それでもまだ遊び足りなくて今度は弟と遊んで、いい加減日が落ちて薄暗くなった頃に母親が呼びに来たものだ、
「もう寒いからお家に入りな」
って。
思い切り遊んで、迎えに来てくれる親が居る・・・その甘やかな思い出が胸いっぱいに広がり、あの頃の自分に戻って行くのだ。
「もう寒いからお家に入りな」
「ごはんが出来たよ」
これ等の母親の言葉は、ごく平凡なのだけど、「子供を愛して守ります」って気持ちの、何よりの表れだよね。
元興寺の力で子供にされた自分は、全身鳥肌立てて、ただただ涙が溢れ、途方もなく立ち尽くす。
此処に来ると、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
他では決して湧かない特別な気持ち。
ひょっとして、この墓石の誰かと強い血縁関係にあるのだろうか。


そんなこんなで、2010年奈良の旅は終わった。
とろけるように暑い奈良だったけど、各ご寺院でみ仏パワーを浴びたお陰で元気に歩き回れたことに感謝。
合掌


ひとりが一番

2010年09月10日 | 仏教・仏像

旅行に行った話をすると、決まって
「誰と行ったの?」
と訊かれるが、旅行ってのはひとりでするもんでしょ(笑

ってなワケで、買って来たお土産。
本当は、奈良散策の記事をアップしたいんだけど、写真を加工しているヒマがないのね~(涙

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↑せんとくんグッズの数々

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↑唐招提寺で買ったお香。
唐招提寺の蓮の花が練りこんであって、上品な香。

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↑怒濤の御守り群!
合格祈願守も、こんだけ揃うと嫌味か?

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↑京都の定番お土産。
七味家さんの「おばんざいのもと」は、絶対に外せない!
もう何度リピしたことか。

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↑そして、同じく京土産の定番、「阿闍梨餅」。
JR伊勢丹の地下売り場では、何時も行列が出来ておる。

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↑お土産のついでに泊まったホテル。
必要なサービスを必要なだけ提供します、ってスタンスが気に入ったわ~。
場所の烏丸御池も移動に便利、周りに赤レンガ建造物が沢山あってよろし。

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↑シングルルーム内部

もうしばらくは、ひとりでガンガン拝観する旅行を続けるつもり。


千本釈迦堂

2010年09月08日 | 仏教・仏像

千本釈迦堂は通称で、正式名は大報恩寺
千本通に面しているから千本釈迦堂、千本の卒塔婆が立っていたから千本釈迦堂、いやいや千本の桜が・・・などと、「千本」の由来は沢山ある。
でも、「釈迦堂」と呼ばれるのは、ご本尊さまが釈迦如来だから~。
って、わざわざ言うまでもないか。

快慶作の十大弟子像、定慶作の六観音像を有するこの寺は、慶派ファンにとっちゃ必須ポイント。
「仏像は天平期に限る!」の自分も、一度は拝観してみたいと思っていた。

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市バスを「上七軒」で降りてちょっと歩いたところに千本釈迦堂はある。
普通の住宅地にとけ込んでいるので、ちょっと分かりづらかった。

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↑国宝の本堂
寝殿造で、しとみ戸が美しい。
応仁・文明の乱にも両陣営から手厚き保護を受け、奇跡的にも戦火を免れ、創建当時の姿を伝える。
京都市内最古の建造物だそう。

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↑霊宝館
此処に六観音、十大弟子が安置されている。
うーんっと・・・十大弟子には、「心の引っ掛かり」を感じることが出来なかった。
これは快慶晩年の作だけど、晩年の快慶って宋風の影響ゆえか作品がチンマリしちゃってるのね。
形や彫りは美しくて繊細で美術工芸品としちゃそれで最高なのだろうけど、仏さまだからねぇ・・・心に訴えるような力強さがなくちゃねぇ。
そして、六観音像を拝すると、
お~、来た!来た!ゾクッと来た~!
聖観音にヤラれた!

六観音と言うのは、六道(輪廻転生する六つの世界。天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)にさまよう衆生を救う六体の観音さまのこと。
六観音信仰の原形は、中国六世紀に天台大師・智ぎが著した「摩訶止観(まかしかん)」の中に説かれる大悲、大慈、師子無畏(ししむい)、大光普照、天人丈夫、大梵深遠(だいぼんしんおん)の六尊。
うーむ・・・大悲、大慈以外はサッパリ分からないや(汗

真言密教では、聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、如意輪観音、准胝観音で六観音とし、
天台密教では准胝観音が不空羂索観音に代わる。

で、ベーシック観音の聖観音にググッと来て、しばらくの間金縛り。
ずーーーっと聖観音さまと対峙していた。

そして、千本釈迦堂は何とB級スポットとしても有名
この古刹を、一体何がB級化させるのか?!
それはおかめ伝説

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↑おかめ塚

「おかめ伝説」
本堂の造営の際、棟梁である高次が掛け替えのない柱の寸法を切り誤って心憂していたのを見た妻のおかめは、「柱の上に枡組を施せば?」と提言。結果、本堂はとても立派に出来上がり大成功をおさめた。
安貞元年十二月二十六日に厳粛な上棟式が行われたが、その日を待たずしておかめは自ら自刃して果てたのである。
女の提言によって棟梁としての大任を果たし得たと言うことが世間に漏れ聞こえては・・と案じたおかめが「この身は、いっそ夫の名声に捧げましょう」と。
妻の情けに打たれた高次は、亡き妻おかめの名にちなんだ福面を扇御幣に付けて飾り、妻の冥福と本堂の無事完成、永久を祈ったと言われている。
(大報恩寺拝観案内より一部抜粋)

だそうだが、唐突に自害するあたり、どーも嘘くさい。
案外、高次に口封じされたんじゃなかろーか、と自分は睨んでいる。

しかし、おかめ信仰は根強く、工事の成功と無事を願う大工さんや、本堂が奇跡的に焼難を逃れていることから災難消除や招福祈願のお参りの人が後を絶たないそう。

そして、本堂・東の間は、そんな人達が奉納するおかめで埋まっている。

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エロだわ~!←大喜び

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アンデルセンおかめ

そんなこんなで、慶派の宝庫として、またB級スポットとして、ダブルに楽しめた千本釈迦堂であった。チャンチャン

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お~っと!智山派だったのね~!


開け護摩!

2010年09月02日 | 仏教・仏像

先週の今日(ん?言い方、変?)は奈良に居たわけだが、
平城遷都1300年祭の奈良は、かなりの賑わいかと思ってた・・・
何処も彼処も人!人!人!なのかな、と・・・
しかし、実際は盛り上がりに欠け、って言うか普段通りじゃね?ってなもので、
街の至るところに立てられたせんとくんのぼり旗がなけりゃ、奈良県が総力揚げてのイベント中だなんて思えなかったかも。
シーズンオフの京都の方がよっぽど賑わっていた、この哀しさよ(涙

しかも、興福寺なんざ新たな整備事業に入り、境内はフェンスだらけで景観を損なうこと甚だしい。
100年に一度のお祭りなのだから、この年までに終了するとか、この年が過ぎてから工事を開始するとか出来ないものかねぇ。
何だか、1300年祭キャラ選定と同じく寺院の足並みも揃わない様子が見て取れるんだよねぇ。

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↑興福寺南円堂・・の前のフェンス(笑

それにさ、記念事業は、真新しい大極殿でのイベントがメインで、それ以外には大したものはなし・・ってのが淋しい。
莫大な費用を投じて当時の姿を再現した平城宮跡も、すっかりテーマパーク化してしまった(怒

もし・・もし・・此処で東大寺二月堂ご本尊特別ご開帳なんてことになったら、日本は元より世界各国から人が集まるであろう!

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↑向こうに見えるは二月堂

大松明で有名な東大寺二月堂のご本尊は十一面観世音菩薩で、絶対的秘仏とされる。
つまり、そのお厨子の扉は何があっても開かれることはなく、東大寺別当でも、そのお姿を目にすることは出来ないそうだ。
絶対的秘仏で有名なのが長野・善光寺だけど、専門家の間じゃ、専ら「お厨子の中は空っぽ」だと言われている。
しかし、二月堂ご本尊は確実におはすのね。
江戸時代の火災によりご本尊が損傷を受けた際に取り外された光背が、奈良国立博物館に収蔵されているから。
金銅製の光背なので、ご本尊も金銅仏と思われ、光背の意匠からして薬師寺東院堂・聖観世音菩薩のようなお姿かな・・・でも、悔過会が行われるところからして、更に厳しいお顔をなさっているかな・・・などと想像される。

それにしても、天平時代から東大寺に伝わる仏像であり、しかも脈々と続けられている修二会のご本尊であるなら、文化庁が国宝の指定をして保存修復に努めるであろうものの、
仏法の厚い壁の向こうにおはす仏さまは、何人をも寄せ付けぬのだなぁ・・・。

とは分かっていても観てみたい。
実は、100年に一度のお祭りとあって、
「もしかしたら・・」
なんて期待しちゃったんだよね。
うーむ・・・しかし、やはりあり得ないことだったか(タメイキ