ヤスジロウ ★ Diary

なみにうまれて かげをのこす

剣ケ岩谷から黒ンボ稜

2018-09-03 | 山登り

18・9・2 Sun 

今回の遡行で三度目の剣ケ岩谷です。
メンバーはリーダーのS田君、K端君、M田さん、oyaziさん、僕の五名です♫

6:10 上小池駐車場から打波川沿いの林道を歩き詰めてゆきます。
今回はうすく永く欲していた無雪期の黒坊岩の登頂が叶いますようにと、
それも密やかに心の中で欲しながら皆についてゆきます、ヒソヒソ

 

 

 

 

 

おお~、源流に近づいてくると、とても清々しい雰囲気だわ ♫

 

黒坊(クロンボ)岩への取り付きが見えてきました。 
黒坊岩稜へと取り付くには奥に見える剣ケ岩谷の滝を登らずに、遡行を途中で切り上げなければなりません。

ここは剣ケ岩谷の遡行を優先して、
奥の滝を確保してもらいながら突破した後に、M田君を先頭に黒坊稜へ向かって詰め上がって行きます。

 

 

剣ケ岩谷を挟んだ向かいの尾根上の登山道に目をやると通りゆく登山者の姿がずいぶんと近く感じます。

 

 

 

 

黒坊平を背にして黒坊稜の鞍部からそのまま稜線を登ってゆくと
避難小屋へと向かう登山道標識の所で合流して終了です(10:07)。

ちょっぴり欲していた黒坊岩への登頂は次の機会にでも、、、

 

 

 

 

というわけで、前回の三ノ峰につづき今回は福井県最高峰への登頂となりました。
↑ 増永さんの著書「福井の山150」にある「打波ノ頭」という呼称の方に一票だな、僕は。

 

 

 

その後、二ノ峰との鞍部(11:35)からカサバノ谷へと下降したのですが、これが思いのほか体に堪えました
登りと同じいくらいのエネルギーと所要時間をかけてようやく上小池駐車場に到着(15:30)。

鳩ケ湯での入浴後に体重計で計測をしていたら、
忖度のない計測結果にそれぞれが一喜一憂するのでした。

皆さん、ありがとうございました♫

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三ノ峰から別山

2018-08-18 | 山登り

18・8・18 Sat 

久しぶりのハイキングです♫ 
何処に行こうかとsさんとあれこれと相談させてもらい三ノ峰から別山にしました。

7:00過ぎに上小池の登山口から出発です♪

 

 

 

10:20 久しぶりの御手洗池です。

 

 

 

今回は、イモックのリュックに、靴はダナーライトを選んでみました。
中高年の悲哀を背中に放ちつつ、黙々と歩き続けました、、、

 

 

とても久しぶりの別山山頂(10:40)です♫
北アの山並みを眺めながらのんびりと昼食のラーメンを食べながら過ごしました。
上小池の登山口には15:00前に到着しました。

sさん、お誘いいただきありがとうございました。
おかげでお山の空気をたくさん味わえてリフレッシュできました♫

 

 

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湯俣川~弥助沢

2018-08-14 | 山登り

18・8・11 Sat 

以前、北アの山歩きをしていたときに出会った登山者から気になる話を聞いていました。
それは湯俣川硫黄沢の奥に「白い滝」があってその姿はまるで氷瀑のようなのだ、と。

そんな話を聞いたら好奇心をそそられて行ってみたくもなりますよ、確たる情報もないまま月日が流れて数年余り。
今回、S田君に、「まったりと湯俣川の沢登りなんてどうです、ついでに例の”白い滝”も探しに行きましょう」
と誘われて久しぶりのお盆山行に行ってきました。

 

3:00福井を発って信濃大町から七倉へ。 高瀬ダム(8:30)堤頂までタクシーで登り、
ダムから歩いて約2時間半で晴嵐荘(10:20に到着。
ここから沢靴に履き替えて水俣川を吊り橋で越えて湯俣川を遡ってゆきます。

 

 

 

湯俣川を歩いてしばらくで有名な噴泉丘に到着です。

 

 

どんどんと遡上してゆくとワリモ沢に入る予定の先行パーティ(五名)に追いつきました。
その後、今度はモミ沢に入る予定の先行パーティ(三名)と挨拶を交わして先に行かせてもらいました。

途中にはキビシイ通過ポイントもありましたが、S田君がどんどんとルートを切り拓いて
僕を導いてくれました。

 

 

 

穏やかな渓相の向こうには双六岳方面の稜線がみえてきました。

 

 

 

 

硫黄沢の手前の支流辺りから樹林は疎らになり側壁には赤茶色の岩肌が目につきます。

 

 

 

 

そんな荒涼とした景色の中にあって、白い沢床とサイダー色のぬるま湯はよく映えます。

 

 

と思ったら、一方では白い沢床から墨色の温泉も湧いていました。
支流を堪能した後は硫黄沢出合へ。いよいよ硫黄沢の白い滝を探しに行くことにします(14:20)

 

 

 

 

硫黄沢に入ると荒涼としていて不思議な液体が谷を流れているような景観が広がっていました。
僕の脳内イメージだと、隣の惑星に行ったらこんな感じなのかな(宇宙服を着てないけど)↑

 

硫黄沢に入ると赤茶けた岩肌に囲まれて、足元には灰色をしたぬるいお湯が沢となって流れています。
硫黄沢を遡上してそろそろ引き返そうかなぁとか思う頃に、
ようやく遠くに白い滝を発見しました。

 

 

近くで白い滝を見ると何とも言えない存在感があります。
赤茶色の岩盤の表面に白い成分を多量に含んだ冷鉱泉が流れ落ちてこの様な白い滝になっているらしい。



 

スラブ状の白い滝を登ってみるとフリクションが良いのに驚きました。

 

 

白い滝の下部はちょっとした高層湿地状になっていました。
石灰のような層が棚田のようになっていて、水面に映る景色が素敵です♫


 

登りでは気づかなかった黒い流れと白い流れとの出合い、、、
「ここは北アのワンダーランドやがなぁ」

 

 

 

満たされた気分で硫黄沢出合いに戻った後は、再びビバーク適地を求めて湯俣川本流を上ってゆきます。
やけに疲れた自分を鼓舞しつづけ、モミ沢出合い近くにようやく適地を発見(17:30)

焚火で体を乾かして夕飯を食べて、そして眠った

 

                          

 

 

 

18・8・12 Sun 

 

翌朝、ビバーク地前の流れでS田君がイワナを一匹調達してイワナ汁を作ってくれました。
今日も一日がんばるぞ(6:40)

 

 

 

本流から弥助沢(8:00)に入ると穏やかな流れになりそのままお花畑へと沢筋は消えてゆきました。
最後は伊藤新道が横切る尾根上へと飛び出して、三俣蓮華小屋からの登山道と合流です。

 

 

沢靴から登山靴に履き替えて鷲羽岳(10:00)を目指します。

 

 

今日は黒部湖畔を目指して読売新道を下ります。
まぁ、鷲羽岳から水晶岳辺りまではそれなりに調子も良かった、しかし、こんなに遠かったかな、赤牛岳(14:30)
その行程の長さとの歩き難さには辟易しました。
17:30 疲労疲労困憊で辿り着いた奥黒部ヒュッテ小屋前の冷水をがぶ飲みしてようやく人心地つき、
そして放心・・・
 

湖畔近くでシェルターを張る前に夕飯を食べて寛いでいたら、
突然の通り雨に遭い慌ててシェルターを建てて避難を試みたものの、時既に二人は濡れネズミになっていました。
シェルター内でなす術もなく着の身気の侭にマットを敷いて横になって休んでいたら(23:30)に寒さで目が覚め、
今まで自分が眠っていたこと気が付きました。
幸い濡れていた衣服は既に乾いていたので、改めて寝袋に入り就寝 

 

                           

 

 

18・8・13 Mon 

さて、朝食にS田君が作ってくれた麻婆高野豆腐を食べて5:40出発。
針ノ木谷ルートから船窪乗越へ。
せっかく来たのだからと船窪岳(11:00)へと登ってはみたけれど、生憎の天候のため眺望はなし、、、。

 

 

 

12:00七倉岳からしばらくで船窪小屋に到着。
ここでも汗と雨で濡れネズミ状態で、雨具を着ていても風を受けるととても寒いです
とにかく早々に登山口に下りたいけれど、ここのコースも下り難かった。

 

 

15:00 七倉に到着です
登山口にある七倉山荘で風呂に入って、ジンジャーエールで渇きを癒しました。
20:40 福井着

今回の山行では好天には恵まれなかったものの、念願の白い滝をみることが出来たし、夏山の縦走も味わえました。
誘ってくれたS田君に感謝です、ありがとうございました♫


 

 

 

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能登半島サイクリング 2018 ~ 夏 ~

2018-08-01 | ロード

18・7・吉日   


記録的な猛暑日が続く中、ふと、四か月前の能登半島サイクリングでの苦い思い出を塗り直そうと思いたちました。
その昂ぶる気持ちが冷めやらないうちにと支度を済ませて 22:50にバイクで金沢を出発。

 

4:20 遠くに猿山岬の灯台の輝きを眺めながら赤神を通過。

ここに来るまでに気多大社近くと富来の道の駅での仮眠をとってしまった。
とはいえ、瞼を閉じてベンチの上にゴロンと横に寝ているだけで、
吹き出す汗や遠くに走る車の音とかが気になったりで眠りにおちることはなかったけれど。

 



5:52 久しぶりに訪れた外浦海岸の西保ですが、谷口商店の看板と自販機は無くなっていました。
けっこう気に入っていた景気だったのに、ちょっぴり淋しい

この後、ゾウゾウ鼻までの登り区間が目下の踏ん張りどころ、かな、、、

 



ゾウゾウ鼻を越えた後は快適な下り道です。
6:41 光浦海岸の岩場上で撮った写真を自宅のPCで見たら、
なんだか絵画っぽい質感の画像にみえるんだけど・・・!?

この後、輪島の朝市を横目に通過 

 



7:43 白米の千枚田の中を歩いて通過。
これ迄に訪れた時間帯が異なるせいでしょう、いつもの景色がより色鮮やかに感じました。




9:37 椿の展望台です 
もぅ、汗だっくだくです
フレームやツール缶は滴り落ちる汗で乾く間もなしという感じです。
靴の中以外は全身が汗でベタベタ・・・

 

 


10:12 禄剛崎は景色と相まってとても爽やかです♪

 

 


暑い中をヨロヨロになりながら見附島までやってきました(11:40)。
途中のコンビニでロックアイスを買いボトルに入れて、
残りは担いで背中を冷やしながら走りました。



12:54 小木のスーパー前を通過。

 

 


15:23 穴水のボラ待ち櫓に到着です。
何ともいいようのない疲れに抗うことが出来ず、ベンチの上で横になりました、
気がついたら四十分ほど眠っていました、、、

 



17:04 ツインブリッジから能登島経由で和倉温泉を目指しました。




七尾市街を抜けて富山湾へ。やっと富山県に入りました、あぁぁお尻が痛い・・・(19:10)。

もし、今の僕の希望が叶うのならドラゴンボールが欲しいです、そして神龍にお願いしたいです。
「サポートカーでここから自宅に帰りたい」、と 

 

 


20:12 氷見市街を走りぬけて雨晴駅に到着。
義経岩前の海岸通りには新しい建物が出来ていて、その景観に唖然!
寂びたあのままがよかったのに、、、




20:21 雨晴トンネル上に建つ展望喫茶ヤスモト。
    ここはこれで良し!

 

 

 

 

20:34 高岡市街を抜けてR8から倶利伽羅峠を越えて金沢へ。
23:20 当初の自分での到着予想時刻を遥かに越えた時間に金沢の駐車場に到着。
今回は走行距離からくる自分へのダメージを以前よりも大きく感じる一日となりました。
それに、今から帰宅してシャワーを浴びて、朝起きたら出勤して等々と考えるととても憂鬱です。

体はダルイし、吐き気もするし、お尻もイタイ、そして何より僕は今とても眠いです、、、
先のお願いは取り消しです、代わりに「明日を休日にして下さい」
そう、神龍にお願いしたいです 

 

 

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う み

2018-07-26 | その他

18・7・22 Sun 

暑い日が続いておりますが、行くともなしに三国まで走ってみました。
陽射しを避けて日陰で休んでいると、そよ風が涼しく感じるそんな日でした。

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蠅帽子峠

2018-07-16 | 山登り

18・7・15 Sun 

当会のS田君が沢登りに誘ってくれました。
ついでに何処かよさげなところはありますか、と尋ねられたので僕からの希望として蠅帽子山をリクエストしました。
静寂な森の中をゆっくりと流れる蠅帽子川の印象はとてもよかったし、
以前から蠅帽子峠のお地蔵さんをもう一度見たいなぁという気持ちがささやかながらも心の片隅にあったから。

 
 


4時半に福井を発って笹生川ダムへと向かいます。ダム湖を回り込んで蠅帽子川への林道を車で進んで行くと
すぐに小さな土砂崩れで通行止めになっていました

徒歩で林道を詰めて中髙沢出合から蠅帽子川へと入ってゆきます。
以前は無かった新しい堰堤を見たときにはガックリしましたが、
そこを越えてしばらく行くと昔のままの景気が広がっていました。

 

 

 

西ケ麓谷出合まではジャブジャブと瀬を歩いてきましたが、気がつくと(温ノ谷付近からか)
左岸には所々で昔の峠道が通っているのを見ることができました。
東ケ麓谷から峠又谷に入って山頂を目指す段になってようやく小滝がチョコチョコと現れてきますが
どれも楽しく越えて行けます。

さて、僕たちの読図が正しければ蠅帽子嶺の山頂へとダイレクトに延びると思しき枝沢までやってきたのですが、
その見るからに暑苦しそうな薮漕ぎを予見させる涸れた枝沢を詰める気にはなれなかったので、
もう少し高度を上げてから山頂方面への枝沢に入ることにしました。
結果的には山頂からはやや遠ざかったものの、然したる藪漕ぎもないままに県境稜線上の小径へと出ました。



 

 

 


県境稜線上の小径を二三分歩いたところで山頂に辿りつきました。
僕には1996年の9月以来の蠅帽子嶺山頂です、懐かしい、何もかもが(10:05)♪
当時と比べても何も変わったようには感じられないのが国境の藪山の良いところですね。

S田君が手にしているのが登山愛好者自作の蠅帽子嶺山頂の看板です、もぅかなり古そうです。

 

 

 

山頂は薮に囲まれていますが、なんとか能郷白山以南の山並みを眺めることができる程度には
小広く刈り込んであります。

山頂で昼食を摂りたいところではありますが、
陽射しと蒸し暑さを避けて山頂下の木陰の径の上で摂りました。

 

 

 

さて、昼食を終えて蠅帽子峠へと向かいます。山頂から峠へは小径があるのでどんどん歩いてゆけます。
途中には大きな檜が次々と立ちはだかっていました。
こんなに大きな檜ってあったかなぁ、、、?とか思いながらも進んで行くと標高が蠅帽子峠の標高よりも低くなってしまい、
そこでようやくルートミスに気がつき、再び県境尾根へと登り返しました。

県境まで戻って径を確認すると峠方面への径がありました、よかった 
どうやら東西ケ麓谷の中尾根に拓かれた径に誘い込まれてしまったようです。

 

 

 

11:30 ようやく辿りついた蠅帽子峠です♪
”水戸浪士の道”が気になる方は吉村昭さんの小説「天狗争乱」をご一読下さい。

 時は幕末、総大将の武田耕雲斎と藤田小四郎等が率いる水戸天狗党の浪士隊
は京都禁裏守衛総督一橋慶喜の下に赴き、慶喜から朝廷に事情を訴え裁断を仰ぐことに決した。
途中各所で幕軍の追討を退けながら大子村から下野国境を越え、那須、鹿沼、太田、下仁田、和田峠、下諏訪、美濃を経て、
1ヶ月後の12月1日に岐阜の揖斐に達した。
揖斐で西郷隆盛の秘命をうけた桐野利秋が薩摩藩として尽力することを約し中山道を経て入京を勧めるが
藤田小四郎等は
一橋慶喜が鎮撫のため自ら大津まで出ようとしていることを聞き、桐野に謝絶して進路を北にとって越前に向かうことになる。

12月3日に大河原に泊まり、翌4日には這法師峠を越えて越前西谷の秋生に泊まることになるのだが、
この時通った峠がこの蠅帽子峠なのです。

その後、一行は蠅帽子峠を越え越前大野郡に入り、今立郡池田、南条郡今庄から木ノ芽峠を越えて、12月11日敦賀郡新保に入るが…



峠にあるこのお地蔵さんは、明治元年(水戸の浪士隊が越えた3年後かな)に美濃人によって安置されたそう。

【蠅帽子峠】江戸表で濃越国境の路の修復を大野藩から大垣藩に持ちかけられて修復し1840年に完成。
大河原など六か所に荷継場や問屋を設けた。大野のゴザ、勝山のタバコが根尾の村々に運ばれたとある
「秘境・奥美濃の山旅」

 

 

 

峠からの下山にあたっては、当時の浪士隊の苦労に思いを馳せながら山腹に刻まれた小径を辿って行きました。
途中で、先ほどの大きな檜が次々と立ちはだかっていた尾根上の径と合流して西ケ麓谷出合へ(12:10)。

するとS田君が藪の陰に看板を見つけました 
90年代の頃の峠からの小径と比べて今回歩き易く感じたのはこの看板を立てた人々が手入れしたからなのでしょう。
しかし、すでに藪に埋もれつつあるこの看板の行く末を思うと、ちょっぴり心許ない感じも受けました。

 

 

 

その後も出来るだけ小径を拾いながら下りましたが、中高谷出合へと近づく程に径は分からなくなってゆきました。
径がない箇所は渡渉や水際にルートを求めることになりますが、雪が降るなかを草鞋で歩き通した
当時の浪士隊の苦労を思うと胸がつまるような思いがします。

あとは、今朝の堰堤(13:30)を越えて再び林道を歩いて車へと戻りました(15:00)。
S田君のおかげで充実した山歩きができました、ありがとうございました。

 

 

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冠山 2018

2018-06-04 | クロスバイク

 

18・6・3 Sun 

近頃の僕は休日になっても遠くへと遊びに行くこともなく、
本屋さんや公園や駅などで過ごしてしまうことが多くなりました。
これ迄、このような状態は不本意なものだと自分では思っていましたが、
最近では本当にそのような状態が不本意なことだと自分で思っているのか如何さえあやしく感じられるのです。

そんな中、ふと池田からバイクに乗って冠山峠を目指して走ってみるのもいいかなぁと思いました。
そう思い立った気持ちが冷めやらぬうちにと、やにわに車にバイクを積んで池田へ向かいました 

志津原からバイクで走り出すと、やっぱ気持ちがいい!
走り出してしまえば来てよかったなぁと感じるものです♫


 

 

 

ただ、久しぶりの山岳路となるこの林道の登りは今の僕にはとてもつらかった
息がきれ、脚も攣りそうなのを何とか堪えていたところで冠山峠に到着しました。
ひとまず助かったような気分です。

冠山峠は多くのハイカーで賑わっていました。
此処で少し休んでから帰るつもりでしたが、ふと冠山の山頂まで登ってみようと思いたち
登山道を歩いて頂を目指すことにしました。

 

 

 

 

三十分後、冠山の天辺に立つことができました。
なけなしの気力で足掻いて得られたフィジカルな充足感とはいえ、今の僕にはまんざら悪くない感じです。
その後、下山してコーラをおもいきり飲んで、まぁそれなりにスッキリしました 

 

 

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あそこの山道 ~ その二十六 ~

2018-05-06 | マウンテンバイク

18・5・5 Sat 

GWは県外へとツーリングに行きたかったんだ、本当はね。
でも、行かなかった。
その理由はいろいろあるし、それに漠然としていて自分の力ではうまく云えない。
基さんの云う、えたいの知れない何かの塊が自分の心を終止抑えつけているような、そんな感じかなぁ。
そこで、気分転換でもしようと久しぶりにMTBで林道を走ってみたんだ。

 

 

 

MTBで走るのは久しぶりのせいか とにかく疲れるよ。
疲れるけど、とりあえず今まで行ったことのないあの稜線の向こうを目指して今はガンバってみるかな

 

 

 

この林道は崖崩れのため車両の通行が出来ないので自分以外は誰もいないと思って走っていたら
驚いたことに登山者らしき夫婦が林道を先行していたんだ。
奥さんの方は煙草と自然の空気の両方を満喫しながらてくてくと歩いていて、
僕が背後から近づいても全く気が付いてくれていないようでね。
で、僕が夫婦を追い抜く際、彼らの寛ぎのひと時を中断させてしまったかのようだったけど、それは僕の思い過ごしのようだった。

その後、稜線上に出た僕は緩やかなアップダウンの林道をどんどんと走って行ったんだ。

 

 

 

とりあえず林道脇の山道から山頂までをMTBを肩に担いで登ったら、山頂には一組の登山者がいて、
すぐに下ろうと思っていたけど、行動食をすすめられたりお話をしたりしながら30分位をここで過ごしたかな。

 

その後、林道を周回して下山しました♪

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明神岳東稜 2018

2018-04-30 | 山登り

18・4・29 Sat 

GWの山行は明神岳東稜です。
メンバーは S田君、Kちゃん、僕の三名です。
2時に福井を発ち上高地へと向かい、6:00に上高地へ到着です。
明神から梓川を越えて宮川のコルへ。

 

 

 

 アプローチの段でコルへと向かう分岐を見逃してしまい、
そのままⅤ峰側へと引き込まれてしまうというルートミスもありましたが
二人のリカバリーで何とかひょうたん池へ到着(10:40)。

 

 

 

 

いよいよ東稜の登りです。
最初のピッチは S田くんがロープを引いて突破。

 

 

 

以降、ロープを引きずったり担いだりしながら標高を稼いで行きました。
 

 

 

 

山頂下のバットレス は Kちゃんが突破してくれました。

 

 

 

僕たちが登るのを下部の雪稜から他パーティがみています、の図。
彼らはそこで本日の行動を終えて幕営するようです。

 

 

 

久しぶりに見る二人のツーショット

 

 

14:05  明神岳の山頂に到着しました。
GWにしては残雪が少ないと思う、そんな穂高の山並みです。

 

 

 

 

Ⅱ峰からⅤ峰(梓川側)への眺めです。
ご覧の通り、もうアイゼンは要らないですね。

 

 

 

Ⅲ峰を越えてⅣ峰手前に今日の幕地をとりました♪
久しぶりの穂高の空気を満喫中のKちゃん。

 

 

夕飯はKちゃんが作ってくれた鳥味噌味の鍋です。
鍋を三人で囲むのはとっても久しぶりのことですね。
このひと時に、僕のお腹も胸もいっぱいになりました、

夜にテントの外へ出てみると望月が山稜を照らしだしています。
おぼえず、上高地や松本や高山といった人々が放つ夜色の瞬きを僕はしばし見つめるのでした。

20:30就寝

 

                                  

 

 

 

5時半に目が覚めました。外へと出てみるとずい分と明るいです。
主峰に目を移すと、昨日のパーティがバットレスに向って行動を始めていました。
昇るあさひに照らされながら。

 

 

 

さて、今日はⅣ峰とⅤ峰の鞍部から岳沢へと続く前明神沢から下山するだけです。
思っていた以上に急な雪渓が続き疲れました。
僕は雪渓歩きが苦手です

9:45 上高地に到着。

 

 

 

 

 

11:50 錫杖の湯で汗を流した後は、いつものように”よし本”で食事を摂り、
”つるや”の温泉卵を二つ食べてから平湯を後にしました。

S田君とKちゃん達と久しぶりに行った山行は
僕にとってはとてもゴールデンな休日となりました♪
お疲れさまでした。

 

 

 

                                

 

 

今回の山行の前日(28日)の午後から久しぶりにシンさん達と一緒にバイクで走ってきました。
南条から203峠を越えてコテコテ池田で休憩。
その後、板垣から鯖江への帰路では二人に完全に千切られてしまった僕ですが、
おかげでええ感じで仕上がりました。

また、一緒に走りに行きましょう

 

                              

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EVERNEW new Pioneer

2018-04-24 | その他

18・4・24 Tue

福井のフェニックスプラザ近くにある山のお店に展示させていただいております♪
興味のある方は、ピッケルがピカピカの今のうちに見てみてね

店長さん、「ありがとうございます」。

 

 

1923(大正12)年、おもちゃ問屋増田屋から独立した岩井新蔵は、
金属製運動用具製造卸の店、増新商店を創業しました。

エバニューというブランド名は1950(昭和25)年(株)増新としての
会社組織以前の
増新商店時代からのものだそうです。

「増新」を元にエバー・ニュー(Ever-new、いつも新しい)というブランド名を考え出しました。
そして1965(昭和40)年に社名を株式会社エバニューに変更して現在に至っています。
エバニューはホープ、トップと並んで登山・スキー用品業界では金属3社と呼ばれていました。
ちなみに、郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎は新御三家と呼ばれていました。

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