「格差本」の紹介、3冊目です。
欠点はありますが良書です。もっと売れてよいと思います。
中野雅至『格差社会の結末 - 富裕層の傲慢と貧困層の怠慢』の紹介
いきなり最初に欠点を指摘させて頂きますが、
構成上の問題で著者の意見が伝わりにくいのです。
この種の本は「著者の現状分析」と「今後の方策」が生命線です。
(その点では門倉貴史『ワーキングプア 』が非常に優れています)
世上に流布している格差社会に関する言説をいくつかの項目に分類し、
それぞれを分析して欠点を指摘すれば著者の立場が分かりやすくなります。
その後に著者の考える今後の方策をまとめれば良かったでしょう。
本の目次を見るだけで論の展開や内容の概略が分かるようでないと、
せっかく興味を持った読者が途中で放り出してしまいます。
◇ ◇ ◇ ◇
… ようやくこの本の内容に入ります。
著者は「中間層の負担の増大」「日本の高齢化と財政の苦しさ」から見て
北欧のような高福祉高負担社会は実現不可能と論じ、
「シュンペーター型ワークフェア国家」を提唱しています。
これは「労働を通じて福祉を実現する社会」であり、著者によれば …
(1)個人や企業の自由な活動が尊重される社会で、規制は必要最小限に
(2)その結果、格差が生じても、その格差は自然の結果として受け止める
(3)格差が個々人の競争の結果であること、競争の公平・公正さを確保する
(4)格差が拡大・固定すれば社会が瓦解するということを踏まえ、富裕層・
中間層・貧困層を問わず個人、政府、企業の三者が各自義務を負う
傾聴すべき提言だと思います。いかがでしょうか。
また、正社員と派遣などの非正社員との格差に関しては、筆者は「派遣法の
廃止」「非正社員の解雇規制強化」ともに不可能であると断じ、「非正社員
の労働条件を改善(同一労働同一賃金・社会保険や雇用保険の改善)するこ
としかない」としていますが、この主張も中正で妥当なものと思われます。
(人件費をコストとしか見ない企業は抵抗するでしょうが、実現すべきです)
通常は見過ごされがちな一般国民の側の改善すべき点を
(大衆に媚びず)正々堂々と指摘しているのも好感の持てるところです。
著者の鋭い見解を以下にいくつか引用致します。
“ 累進税制や社会福祉の充実といった所得再分配によって、
最も恩恵を受けるのは誰か。それは貧困層である。そのた
め、貧困層自身にも正当性が求められる。では、貧困層の
正当性とは何を意味するのか。それは、1)貧困層に落ち
た理由が正当か、2)貧困層から抜け出そうと努力してい
るか、3)貧困状態で犯罪などに手を染めていないか、の
三つである。この三つの角度から貧困層が正当性を持たな
い場合、富裕層から税金を取り貧困層に再分配すべきであ
るという方向に、世論は向かないだろう。”
“ 現実に、次の図表4-2を見れば分かるように、景気回復
の果実がトリックルダウンしていないからである。格差が
発生しても許されるのは、富裕層や新しい産業が富を作り
出し、それが一般庶民に落ちてくるからである。景気回復
が「落ちてこない蜜」だということが判明すれば、誰も格
差拡大を歓迎しない。”
” 小泉改革の結果が人材派遣業や介護関連事業では少し寂し
すぎるだろう。社会ニーズが高い業種であることは確かな
のだろうが、これらの業種が新産業として日本を牽引する
と想像できる人がいるだろうか。世界に誇れるレベルだろ
うか。欧米に進出して富を稼ぎだせるだろうか。”
“ 日本の課税最低限は国際的水準で見ても高くなっており、
所得税を納めない非納税者が2000年度で2割に達して
いる。冷たい言い方かも知れないが、どれだけ富裕層から
税金を徴収したとしても限界がある。中間層を含めて各自
が応分の負担をすべきである。”
” 予算の中で、最も大きな比重を占める社会保障費の中でも
最も割合の高いものが高齢者関係給付費(年金、老人医療
等)で約70%を占めており、現役世代のために使えるお
金はたったの30%しかない。〔中略〕
今現在国民が受けている年金・医療・福祉などの行政サー
ビスを維持するために必要な税金さえ支払われておらず、
これが先送りされて財政赤字になっていることである。極
端な例えだが、現在のレベルの社会保障サービスを受ける
ためには439万円を支払わなければならないにも関わら
ず、377万円しか支払っていないということである。こ
こに弱者や貧困層向けの格差是正プログラムを導入すると
なると、より一層の負担がかかるのは自明であろう。”
“ 規制緩和に関する世論調査を見ても分かるように、規制強
化を支持する国民は少ない。さらに、「夢よ再び路線」を
唱える人々が余りにも「胡散臭い」のも問題だろう。例え
ば、今年1月26日の参院本会議で自民党の青木幹雄参院
議員会長が「日本が光と影に二極分化し、格差が広がって
いる」と総理に質したが、果たしてこの人物の発言を国民
がどのように受け止めただろうか。日本の保守政治家は恩
情深くて貧困層に気遣うと理解した人はいるだろうか。
悪いが、そのような人は皆無だろう。彼らが格差是正を求
めるのは「業界保護」「公共事業の確保」を目的としてお
り、格差社会を憂慮しているとは誰も思っていない。旧来
型の保守政治家がこの種の発言をすればするほどに、格差
是正の意味が曖昧になってゆく。「簡単に規制緩和すべき
ではない」「それぞれの業界には事情がある」「地方切り
捨て」「地方には道路が必要だ」「一県にひとつ空港を」
と一見すると格差是正に気を配っているように見えて、自
分達の権限と利権を確保し、医者や土建業者という旧来の
富裕層は優遇するという「見せかけだけの平等主義」は完
全に国民に見破られている。少なくとも、小泉自民党はこ
の路線と決別して改革政党と再出発したはずである。自民
党が再びこの「見せかけだけの平等主義」に戻ろうとした
時、国民から完全に見放される。その時、自民党は本当に
ぶっ壊れる。”
他にも、
国際比較すると日本の間接税の水準は明らかに低い、
下流層の怠惰な生活習慣やメンタリティに世間の目は冷たい、
企業は法人税が高いと文句を言うが、税負担は一部の企業に過ぎない、
等々の冷静な筆致が光っています。
当ウェブログで挙げました4冊の「格差本」の中では
処方箋と言う点で最も優れている本と言って良いでしょう。
◇ ◇ ◇ ◇
以下は以前御紹介した本です。
橘木俊詔『格差社会 - 何が問題なのか』の紹介
文春新書『論争 格差社会』の紹介
次回は以下の本を御紹介する予定です。
門倉貴史『ワーキングプア - いくら働いても報われない時代が来る』の紹介
→ 優秀なレポートがあり、広くお薦めできます。
欠点はありますが良書です。もっと売れてよいと思います。
中野雅至『格差社会の結末 - 富裕層の傲慢と貧困層の怠慢』の紹介
いきなり最初に欠点を指摘させて頂きますが、
構成上の問題で著者の意見が伝わりにくいのです。
この種の本は「著者の現状分析」と「今後の方策」が生命線です。
(その点では門倉貴史『ワーキングプア 』が非常に優れています)
世上に流布している格差社会に関する言説をいくつかの項目に分類し、
それぞれを分析して欠点を指摘すれば著者の立場が分かりやすくなります。
その後に著者の考える今後の方策をまとめれば良かったでしょう。
本の目次を見るだけで論の展開や内容の概略が分かるようでないと、
せっかく興味を持った読者が途中で放り出してしまいます。
◇ ◇ ◇ ◇
… ようやくこの本の内容に入ります。
著者は「中間層の負担の増大」「日本の高齢化と財政の苦しさ」から見て
北欧のような高福祉高負担社会は実現不可能と論じ、
「シュンペーター型ワークフェア国家」を提唱しています。
これは「労働を通じて福祉を実現する社会」であり、著者によれば …
(1)個人や企業の自由な活動が尊重される社会で、規制は必要最小限に
(2)その結果、格差が生じても、その格差は自然の結果として受け止める
(3)格差が個々人の競争の結果であること、競争の公平・公正さを確保する
(4)格差が拡大・固定すれば社会が瓦解するということを踏まえ、富裕層・
中間層・貧困層を問わず個人、政府、企業の三者が各自義務を負う
傾聴すべき提言だと思います。いかがでしょうか。
また、正社員と派遣などの非正社員との格差に関しては、筆者は「派遣法の
廃止」「非正社員の解雇規制強化」ともに不可能であると断じ、「非正社員
の労働条件を改善(同一労働同一賃金・社会保険や雇用保険の改善)するこ
としかない」としていますが、この主張も中正で妥当なものと思われます。
(人件費をコストとしか見ない企業は抵抗するでしょうが、実現すべきです)
通常は見過ごされがちな一般国民の側の改善すべき点を
(大衆に媚びず)正々堂々と指摘しているのも好感の持てるところです。
著者の鋭い見解を以下にいくつか引用致します。
“ 累進税制や社会福祉の充実といった所得再分配によって、
最も恩恵を受けるのは誰か。それは貧困層である。そのた
め、貧困層自身にも正当性が求められる。では、貧困層の
正当性とは何を意味するのか。それは、1)貧困層に落ち
た理由が正当か、2)貧困層から抜け出そうと努力してい
るか、3)貧困状態で犯罪などに手を染めていないか、の
三つである。この三つの角度から貧困層が正当性を持たな
い場合、富裕層から税金を取り貧困層に再分配すべきであ
るという方向に、世論は向かないだろう。”
“ 現実に、次の図表4-2を見れば分かるように、景気回復
の果実がトリックルダウンしていないからである。格差が
発生しても許されるのは、富裕層や新しい産業が富を作り
出し、それが一般庶民に落ちてくるからである。景気回復
が「落ちてこない蜜」だということが判明すれば、誰も格
差拡大を歓迎しない。”
” 小泉改革の結果が人材派遣業や介護関連事業では少し寂し
すぎるだろう。社会ニーズが高い業種であることは確かな
のだろうが、これらの業種が新産業として日本を牽引する
と想像できる人がいるだろうか。世界に誇れるレベルだろ
うか。欧米に進出して富を稼ぎだせるだろうか。”
“ 日本の課税最低限は国際的水準で見ても高くなっており、
所得税を納めない非納税者が2000年度で2割に達して
いる。冷たい言い方かも知れないが、どれだけ富裕層から
税金を徴収したとしても限界がある。中間層を含めて各自
が応分の負担をすべきである。”
” 予算の中で、最も大きな比重を占める社会保障費の中でも
最も割合の高いものが高齢者関係給付費(年金、老人医療
等)で約70%を占めており、現役世代のために使えるお
金はたったの30%しかない。〔中略〕
今現在国民が受けている年金・医療・福祉などの行政サー
ビスを維持するために必要な税金さえ支払われておらず、
これが先送りされて財政赤字になっていることである。極
端な例えだが、現在のレベルの社会保障サービスを受ける
ためには439万円を支払わなければならないにも関わら
ず、377万円しか支払っていないということである。こ
こに弱者や貧困層向けの格差是正プログラムを導入すると
なると、より一層の負担がかかるのは自明であろう。”
“ 規制緩和に関する世論調査を見ても分かるように、規制強
化を支持する国民は少ない。さらに、「夢よ再び路線」を
唱える人々が余りにも「胡散臭い」のも問題だろう。例え
ば、今年1月26日の参院本会議で自民党の青木幹雄参院
議員会長が「日本が光と影に二極分化し、格差が広がって
いる」と総理に質したが、果たしてこの人物の発言を国民
がどのように受け止めただろうか。日本の保守政治家は恩
情深くて貧困層に気遣うと理解した人はいるだろうか。
悪いが、そのような人は皆無だろう。彼らが格差是正を求
めるのは「業界保護」「公共事業の確保」を目的としてお
り、格差社会を憂慮しているとは誰も思っていない。旧来
型の保守政治家がこの種の発言をすればするほどに、格差
是正の意味が曖昧になってゆく。「簡単に規制緩和すべき
ではない」「それぞれの業界には事情がある」「地方切り
捨て」「地方には道路が必要だ」「一県にひとつ空港を」
と一見すると格差是正に気を配っているように見えて、自
分達の権限と利権を確保し、医者や土建業者という旧来の
富裕層は優遇するという「見せかけだけの平等主義」は完
全に国民に見破られている。少なくとも、小泉自民党はこ
の路線と決別して改革政党と再出発したはずである。自民
党が再びこの「見せかけだけの平等主義」に戻ろうとした
時、国民から完全に見放される。その時、自民党は本当に
ぶっ壊れる。”
他にも、
国際比較すると日本の間接税の水準は明らかに低い、
下流層の怠惰な生活習慣やメンタリティに世間の目は冷たい、
企業は法人税が高いと文句を言うが、税負担は一部の企業に過ぎない、
等々の冷静な筆致が光っています。
当ウェブログで挙げました4冊の「格差本」の中では
処方箋と言う点で最も優れている本と言って良いでしょう。
◇ ◇ ◇ ◇
以下は以前御紹介した本です。
橘木俊詔『格差社会 - 何が問題なのか』の紹介
文春新書『論争 格差社会』の紹介
次回は以下の本を御紹介する予定です。
門倉貴史『ワーキングプア - いくら働いても報われない時代が来る』の紹介
→ 優秀なレポートがあり、広くお薦めできます。