お歳暮の 年に一度の 会話して
梅士 Baishi
東京の叔母から律儀にお歳暮の、いつもの高級ワイン
が送られてきた。
そのお礼に、年に一、二度の電話を入れた。
すると、積もった話が長くなる。
「ワインじゃないのがいい?」
「いえ、お気遣いなく、お酒好きだから」
「ならいいけど。あのワインおいしい?」
「さあ・・・。いつも4,5百円のしか飲んでいないから。」
「わたしは、やっぱりおいしいなあと思うわよ」
「日頃から高級ワインに慣れていないとわからないらし
いですよ。」
「ふう~ん、そういうものなのかしらねえ」
到底、ワインソムリエの素質はない。
まあ、必要としていない。
死ぬ前に一度、数万円程度のワインくらい飲んでもよい。
文化の薫りがするのだろうから。
だが、ワインは信州産が一番だと思いたい。
叔母はもう、82歳になるのだという。
お互い、信じられないねえと感心する。
自分の中ではまだ、半分くらいのイメージのままである。
叔父がなくなってから、もう5年にもなるという。
「もう、十分生きたわよ。もう、やることないからい
つ死んでもいいと思ってんの。でも、死ぬまでは元気で、
すっと死にたいわよねえ。」
「叔父ちゃんはちょっと苦しんだけど、自宅で死ねた
からねえ、その点は幸せだったよねえ」
「そう。無理してでも自宅に連れてこれてよかったわ」
「最後にコーラが飲みたいというから飲ませたけど、
ああ、おいしいと言ってうれしそうだったなあ。そのあ
と、また痛みに苦しんでたけど」
「あなたが、頭を洗ってくれて、良くしてもらったわ」
「まあ、心残りでしたけどねえ・・・」
それから一週間ほどで亡くなったのだった。
「パパが亡くなる直前に意識が戻ってね、さよならね、
って言ったのよ。ありがとねじゃないの。あの人らしか
ったわ。いろいろあったけど、パパのおかげで何不自由
なく食べていけるんだもの、ありがたいわ」
「さよならね」っかあ。
初めて聞いた叔父の最後の言葉に、一種の衝撃を覚え
た。
厳しい人だったし、責任感の強い戦いの人生だった。
「ぼくもね、死にたいと思ったことが何度もあるんで
すよ」と、生前、母に語ったことがあるそうである。
お歳暮は、「博多通りもん」にすることにした。
形状は平凡だが、意外とおいしい銘菓である。
炭鉱の歴史を持つ地方には、お菓子が発達する。
長崎のシュガーロードが佐賀を経由して、筑豊にまで
つながっていたのである。
そんなことを考えながら。
自民党が成立を目指しているカジノ解禁法案は、利権
政治や政治腐敗の象徴的な動きであろう。
スポーツも、賭博化が進められてきた。
サッカーくじを実現するために、スポーツ基本法の前
身である「スポーツ振興基本計画」が急遽成立したとい
う経緯もある。
刑法で形骸化された犯罪は、マスコミ権力による猥褻
物頒布罪、政治権力による賭場開帳罪、医療権力による
堕胎罪がある。
こうした利権優先の流れの中で、一般国民の反対多数
にもかかわらず、カジノ解禁が進められているのである。
まさに退廃というべきであろう。
日本独立宣言・神聖九州やまとの国
幸福実現党応援隊・中村梅士党