婆さんが行く

婆さんの食卓とワンコ

2008-02-10 01:44:09 | Weblog
道の両脇にはこんもりとした木立が続いてその先には家がある。
「刺繍の図案は自分で決めるのですか?」
「だいたい先生が選んでくださった中からこれ!って決めるのよ」
ヨーロッパ刺繍が趣味の姑の作品をながめながら ふと 思いを馳せた日。
どうしていらっしゃるかしら?
一針一針 いろんな思いをこめて刺されたみごとな仕上がりです。そういえば二人で刺繍展を見に行ったこともありました。新宿から会場までの道のり、地理は私よりくわしくご存知でした。感心しながら後に従ったものです。 姑のお気に入りの所でのお食事 結婚当初のこと 初めての女の子誕生で その子が亡くなった当時のこと 舅に対しての気持ち 昔の女性は いったん結婚してしまったら それが どんなに残酷で理不尽であっても わずかな例外があったにせよ 全部受け入れて生きるしかなかったようです。
 ある日「あんなに通いなれた新宿にどうしても すんなり行けないの」
舅が亡くなるのと前後して 姑は突如泣いたりと不安定さがめだってきました。この時期 姑の子供たちは、離れて暮らしていたのもあるためか気づかれないまま月日がたち しかし 本人は何かが変だという自覚があったようで「病院へ行こうと思っているの」と話していました。私たちは電話でしょっちゅう おしゃべりをしていました。女は たわいもないことをいつまでも楽しく話ができるのです。それがうちきりになったのは、何かがあって病院へ入院したところ『?』考えるところがあったのでしょうか。退院した後、主人の弟が それなりの病院で診察してもらい アルツハイマーとの診断でした。まだ初期の段階です。弟がひきとることになり それ以来 姑とは疎遠になりました。主人と弟はあまり仲がよくなかったので ぷっつり 母とは縁が切れてしまったのです。そして 主人は主人で 外に子供の誕生 その他 女の方がいたようで 帰ってこなくなったため 全てが疎遠になってしまいました。
 その母が 先月の20日亡くなったのだと 人づてに聞き 虫の知らせに驚きました。
 「おとうさんのおかげで お金が多少自由になったので PTAで知り合ったお母様たちと旅行とか お食事にいけたのは楽しかった思い出かな。皆 着物を着て出かけたんですよ。」
 「旅行に着物ってすてきですね?」
 「帯締め 帯揚げに凝って 楽しかったわよ」
週末 お茶の稽古に着物をきるたびに 今日はどの帯締めにしようかしら?と小物に胸がきゅっとなる気持ち いまなら よくわかります。
 まだ 亡くなったのに慣れないで 首を傾げていらっしゃいますか?もしや 私が 知らないのではと 気をつかわれて 私の意識の中にいらっしゃいましたか? 人って 何があっても 全て受け入れて 生きていかなければならないんだなって しみじみ思うこの頃です。現世での厭なことが 来世で帳尻あわせがあるなんて決してないのでしょうね。
 ご冥福をお祈りいたします。

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