Retriever Legend's blog

散歩好き、本好き、惰眠好き、犬大好きの彼(旦那)の戯言を僕が代弁します。

世界共和国 その1

2008-06-08 09:02:23 | 読書ノート
「世界共和国へ」(柄谷行人 岩波新書)
当ブログとリンクしていますブログ「晴走雨読」において、晴走雨読氏が難儀しているので、読んでみました。(喫茶まるも08.05.22、『世界共和国へ』08.05.31)

引用が多く、引用に対して著者が断定的にコメントを付し、次の引用へと続きます。
読み手の思索を、断定的コメントへと有無を言わさず持っていきます。

このことが、この新書から著者の主張を読み取ろうとすると、幾重もの障壁となっています。
ここに、著者のある種の傲慢さが感じられます、「私の主張に誤謬はない、大衆は鵜呑みすればよい。」と。

このためAlternativeを読み取ろうとするのですが、難儀しました。
晴走雨読氏が難儀している理由が分かりました。


簡単なメモを記します。

ある事柄を、交差する二つの軸で分類して分析(考察)する方法がありますが、ほとんどは未熟な考察を顕わにします。

P22の「図3四つの交換」で新たな交換様式の概念『X』を図示しています。
この『X』について著者は、理念としてある、現実に存在しない、と説明し『X』の周辺について書くことにより、読み手の「了解」を強いています。


同書22Pより

確かに、周辺の質(多質点系)を規定することにより概念化されていない事柄を規定する思考方法がありますが失敗しています。
そもそも「交換」という語彙は、ちょっと考えると『対流』、『平衡』等に置きかえることができる質でしかありません。

図3四つの交換で『互酬(贈与と返礼)』の例として、親が子供の面倒を見るのは贈与、子供は親に「恩」「債務感」をもつのが返礼としています。
ここに著者の想像力の貧困、未熟な考察(二つの軸の限界)が伺えます。

時間軸を加えると、親から子へ、子から孫へ、孫からひ孫へと贈与が続きます。
贈与の質と量は、返礼の質と量を凌駕していることに気付くべきです。