フランク安田は眼を上げて北極光(オーロラ)を見た。
空で光彩の爆発が起こっていた。赤と緑が絡まり合って渦を巻き、その中心から緑の矢があらゆる空間に向かって放射されていた。彼に向かって降り注がれる無限に近いほど長い緑の矢は間断なく明滅をくりかえしていた。
光の矢は彼を射抜くことはない。それは頭上はるかに高いところで消えた。だが、消えた緑の矢は、感覚的には、姿を隠したままで、彼に向かって降りそそがれていた。身体(からだ)に痛みこそ感じないが、恐怖は彼の全身を貫き、しばしば立止らざるを得なかった。
新田次郎『アラスカ物語』より
ふと思い立って、高校1年生の頃に出会った『アラスカ物語』を読み返してみました。明治の中頃、アラスカに渡り、食料不足や疫病の流行で滅亡に瀕したエスキモーの一族を救った、フランク安田(安田恭輔;宮城県石巻出身)の生涯を描いたものです。
30年ぶりにページをめくっていると、新田次郎のオーロラに関する描写の巧みさに、改めて驚嘆。巻末の『アラスカ取材紀行』には参考文献をあげており、そのなかにすでに廃刊となってしまった科学雑誌『自然』に掲載された文献に眼が止まりました。
「宇宙空間から見たオーロラ」赤祖父俊一著「自然」昭和四十八年十一月号、中央公論社
『アラスカ物語』が発表されてから、NHKの特集番組でも何度かオーロラが紹介され、赤祖父俊一氏がその科学監修をされておられました。その赤祖父氏の近著を見つけました。
赤祖父 俊一 著『北極圏のサイエンス』誠文堂新光社 (2006/11/22)
『アラスカ物語』は映画化され、主演のフランク安田(安田恭輔)役に北大路欣也、彼の妻ネビロ役に三林京子が演じていましたね。その映画でもオーロラの映像が納められていましたが、実際に見るものとは大きな違いです。そう思うと、新田次郎のオーロラ描写は想像力を駆り立てながらもリアルさを醸し出しています。
『アラスカ物語』の終章には、晩年(1958)の頃のフランク安田を描写する、こんなくだりがあります。
「なぜ日本へ手紙を書かないの」とネビロが言うと、フランクははっきりと、失言を責めるような眼を彼女に向けた。ネビロはその眼の中に潜んでいる深い郷愁を見のがさなかった。
フランクは時々、長い時間を掛けて日本の書物や、ロスアンジェルスから送られて来る日本語の読書に疲れると杖を引き、危うい腰つきでユーコン河の岸辺に立った。
彼の頭の中でユーコン河と北上川とが入れ替わった。
常に濁っていて、その底を見せたことのないユーコン河は、常に澄んでいて、その底の小石のひとつひとつが光って見える北上川に思われた。
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いつか時間の余裕ができたら、アラスカの地を訪れてみたいものです。しばらくはそう言う機会に恵まれないでしょうが。
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