私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

夕焼け雲 4

2010-08-31 15:21:14 | Weblog
 「あの者たちにも、ここにいるわれわれと、同様に、この高松の地で、堂々と、例え死すとも戦いに挑み、最後まで武士の面目を果たたいと思っていることは確かであろう。まして、数日以来の渦巻くまっ茶色の増水に、行き場もなく、どう足掻いても、どうすることも出きない己の運命を自らで呪うしか方法がない者の思いは如何ばかりであろうか。・・・・聞けば、高松城内には、それまでは、ついぞ見かけない、そこにそれまでの間にずっと居ずいていたのであろうネズミや家蛇まで、人の姿にも、いささかもたじろぐ様子さえも見せず、かえって、人の傍に寄り添うように近寄っていると、恵瓊殿より聞いたばかりじゃ。人も城の小さな生き物たちまでも、この異常な事態に、己の運命さえも見定められないで、大層の疲労困憊して、今を、そうです、今の此の時を、一体、自らをどう処すればいいのか考える余裕もない程の緊急の事態に陥っているのは確かなことなのだ。それを解決できる者は、今はこの広い世に、たった、一人、高松城主清水宗治しかいないのだ。残念ながら、兄上毛利輝元でも、決して解決させることは出来ないのだ。宗治公の切腹でしかそれを解決させることが出来ないのじゃ。残念じゃが、敵将の秀吉殿が、そのことを察して、ここにいる恵瓊殿にそれを託されたのじゃなあ。・・・・恵瓊殿そうであろう」

 恵瓊に向かって静かに問いかけられます。

 「・・・・はは、・・・愚僧は、先年、ひょんな所で、あの秀吉殿と顔見知りになり申した。それが縁で、此度の織田と毛利の和平の交渉に借り出されもうしたのじゃが。・・・それはそうとして、先ほど隆景殿が申された水中の高松城内のことじゃが、その通りの様子じゃッた。始めは女子どもは身近に近寄る蛇を見ては、恐怖のためにあらぬ大声を出して大騒ぎをしていたそうじゃが、愚僧の尋ねたつい先頃は、かえって相憐れむがごとくに、両者の間には、互いもう長い前から知り合っていた者同士のように擦り寄り共存しているがごとくに見えたのじゃ。不思議なことじゃが、人もそれらの小動物たちも同じ運命を背負った者同士のようにだ。・・・・泥水が押し寄せる城内を歩く、数々の戦場で振り廻したであろうのつわものどもの腰に指されている刀にも、大層わびしげな悲哀みたいなものが着いて回っているのではないかという風な翳が、愚僧には見えるように感じられたのじゃ。我の運命は自らの力で切り開いて進むのだと言う、昔からあった毛利の気風は何処にも見られず、ため息ばかりの人の歩みが見え、本来のあの溌剌たる覇気は何処を探しても見いだすことはできませんでした。ただ、腐った鮒のような虚ろな眼だけが、ぎょろぎょろとあらぬ方向を見つめて、あたかも夢遊病者の如くに歩んでいる姿だけが目に留まりました。是があの選りすぐられた精鋭が集められた高松城の今の姿かと我が目を疑う如くでございました。・・・・・先程申された、元長様と隆景様のいわれた武門の誉れについてじゃが、愚僧もそれについて、今、垣間見てまいった、あの城内の様子から少々話してみようと思うのじゃが、どうだ、聞いてくれるかのう、元長殿・・・・・・」