私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

月花を見て歌よむは

2013-04-30 18:13:28 | Weblog

 歌人は、月や花を見て、そのみやびてあてなるものに深き情を見てとって歌にするものにあるにもかかわらず、世の中の人は、ただ、これを風流と云うことでとらえて、それを「すさび」、そうです。ただのお遊びごとのように捉えてしまう傾向があるようだ。しかし月花を見て歌に詠むと云うことは、おおむね、人の情をふかくよきになるようにとらえて、また、あわれと人がめでるように詠むものである。そして高尚は

 「さればむかしより初花を見染めて、めづらしとおもふこころはよめど、初なすびをみてよろこぶ心をよまざるは、人にあわれとめでられんと思ふ歌のならはしなればなり。歌は思ふこころを、ただありににいうものにはあらず。人のあはれとめづべきこころ詞をさらにもとめていひならはすわざなるを」
と。


歌とは

2013-04-28 15:34:18 | Weblog

 高尚は続けて言います。「同じことを繰り返して言うのは、余りくどくどしくなりのですが、これだけはきちんと繰り返し繰り返し言う。それは歌を読む人がその情に深く感じ、和歌に興味を持つためにしている事だ。」と。

 それは
 「歌はゆえあるおり、事とあらんときによみてかひあるもの、又さとびていやしくあさき情を、みやびてあてにもののあはれしるふかき情になすものであれば」と、300年間、歌よみが沢山いただろうが、彼等は、そんな歌の情をとらえないで、歌の真の姿をよく理解せずに、ただ形だけをととらえて歌を作っている。だから「人の心にふかくいれんとてのしわずなり。」と。


歌のさまをむつなりといへる事

2013-04-27 08:27:17 | Weblog

 高尚は、古今集の序について 、又次のように言っております。

 「歌のさまをむつなりといへる事、六人の歌のえたるところ、えぬところのさだめなどは、ただ文章のかざりにかかれたるものにて、ことことなり」と。

 「さま」というのは説明書によると、心と詞(ことば)とに分けず、総合的に和歌を把握して、「姿」「風体」と同じ意味だそうです。

 高尚は、歌はそのさま。即ち、歌の形・姿を捉えるのではなく、其のその心を、情ですが、それを主体に於いて見なくてはいけないと説いています。そして貫之が書いている僧正遍昭「朝みどりいとよりかけて・・」、在原業平の「月やあらぬ春や昔の・・」、文屋康秀の「吹くからによもの草木の・・」、僧喜撰「わがいほは都のたつみ・・」、小野小町「思いつつぬればや人の見えつらむ・・」、大伴黒主の「思い出でて恋しき時ははつかりの・・」の六人の歌のいい悪いとこをあげて説明しているのは、「ただ文章のかざりにかかれたるものにて、ことことなり。」と云っています。文章を飾るために書いた物で、これ等六人の歌が、特に、心が表れている秀い出ている歌とは言い難く文章を飾るために書かれたものであるとしています。

 高尚はこのように古今集を批判的に書いた部分も見えますが、正岡子規のように、最初から此の古今集を全面的に否定してしまうような取り扱いはしていません。あくまでも歌を読む者の必読の書だとしております。

 


高尚の古今集論

2013-04-26 12:12:00 | Weblog

 古今集の序の終わり部分に、紀貫之は人麻呂の名はだしているのですが赤人の名が出てないのはと云うことに付いて書いております。

 なお、この序にある「ならの御時よりぞひろまれりにける」、即ち、万葉集に付いて論じている中に書いております。 “人まらは赤人がかみにたたむことかたく、、赤人は、人まろがしもにたたむことかたくなむありける”とあります。要するに、貫之は「人まろは赤人の上には位置付けられないし、また、赤人は人まろのしたに位置付けることも出来ない。どちらが秀いでているか優劣はつけがたい。」というのです。一方、又、この序の一番最後に、再び
 “人まろなくなりにたれど、歌の事とどまれるかな”と書かれて、赤人の名は出ていません。それは可笑しいのではと云うことに付いての高尚の論です。高尚はこの事に付いて

 「ここに山部ノ大人の事見えざるは、柿本ノ大人をいひて、かの大人をばいはでこめたり。さるはふたりをいひては、文のさまくだくだしくわろくなればなり。」と見えます。柿本ノ大人を万葉の象徴として入れたのであって二人並べて書くと文章の体裁が整わないからだと貫之を援護しています。
 それに続いて、でも、自分は、「ふたりの大人をいつもならべていふは、見ん人のこころうべきやうをむねとして」、貫之のように、文の体裁などは全然考慮しなくて書いていますと言っています。

 又、高尚は続けて自画自賛しております。
 「古今集の序は昔から沢山の人に読まれていますが、自分みたいに深く読んでいる人はいないと思うよ。」と。

 


高尚の古今集に付いての見方

2013-04-25 20:17:52 | Weblog

正岡子規は古今集をぼろくそにこき降ろしていますが、高尚先生はそれはそれは、大変、此の古今集に惚れこみ大変讃辞を呈しております。

 「古今集の歌はすべてさるさまににてめでたきなり。」と。また[歌は人麻呂のよめるように、情ふかく詞をかしくあはれと人めずべきさまによむものなりといふ。まことの歌のさまをしり、しかよむは事とあらんをりのため、又はあさくさがなき情ををも、ふかくよき情になほすためと云う事のこころをおもひたらん人は、人麻呂大人のいにしへをあほぎて、その歌こころによりてあつめたる、古今集のいまをもこひしたうべしとはいへるなり。」
 と。どうでしょうか。このような文章に接すると、どうしても「もし」が可能なら、高尚と正岡子規の対談をと思う方が間違っているのでしょうか???

 まだまだ高尚の古今集讃辞は続きますが、、次に進みます。


「ぼろんちょ」って何?

2013-04-23 12:11:47 | Weblog

 正岡子規の[歌よみに与える書」に付いて書いているのですが、こんなに古今集を<みそくそに、ぼろんちょうに>ろくでもない本だと、けなしている人は、この人の外にはなかろうと思うのですが。この「ぼろんちょ」と云うのは、「ぼろくそ」をもっと最高にけなして言う時に使う備中方言です。
 まあ、この正岡子規、のこの「ぼろんちょ」が、また、とても堪らんのだと云う人もいるかもしれませんが、それはそうとして、この中にある「糟糠」「佶屈」「讒謗」とか等やたらと小難しい言葉が多く読みずらいこともあるのですが、佶屈な書物であることには間違いありません。
             *佶屈(キツクツ)=文章・言葉がごつごつして理解しがたい事
 中でも、古今集は「駄洒落か理屈っぽいかでつまらない歌です」と、堂々と言い切っております。その辛辣さには驚かされると云うより、あきれかえって久しぶりに「歌よみに与える書」に目を通しています。
 このような誠に激しい辛辣な批判に対して、本人子規自身は「讒謗罵詈礼を知らぬ者と思う人があるべけれど実際なれば致方無之候」と書いています。「本当だからしたかないだろう」と云うのです。これもまこと我田引水的な主観論で、謗りは免れないのではないかと思ったりもしていますがどうでしょうか。


讒謗罵詈??そんなに偉い先生ですか

2013-04-22 16:41:35 | Weblog

 正岡子規の「歌よみに与える書」の中にはこんな小難しい言葉があります。「讒謗罵詈」<ざんぼうばり>と読むのだそうです。ひどい悪口を言うと云う意味だそうです。本当にめちゃくちゃに古今集の歌を悪口雑言にこきおろしております。
 百人一首なども、「一文半のねうちも無之駄歌に御座候」とけなしております。

 それにしても、34歳で亡くなっていますが、「こんな若造に何が分かるか」と、それ以後の者が噛み付いたと云う話は聞かないのですが。それほど正岡子規は偉かったのでしょうかね。


 なにはづとあさか山の2首

2013-04-21 17:45:26 | Weblog

 高尚は言います。

古今集の序には、貫之は、この「なにはづ」と「あさか山」の2首をうたの父ははのようだとして、歌詠む人は必ず呼んで参考にしなくてはいけないと言っていますが、その通りで「いみじきいさをのありけるゆえに、世の人とふとびしたひて、手ならふ人のはじめにもしけるなり」と。

 ここにている「なにはづ」は
      ・難波津咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花
 また、「あさか山」は
      ・安積香山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに

 この2首です。念のために


 なにはづとあさか山の2首

2013-04-21 17:45:26 | Weblog

 高尚は言います。

古今集の序には、貫之は、この「なにはづ」と「あさか山」の2首をうたの父ははのようだとして、歌詠む人は必ず呼んで参考にしなくてはいけないと言っていますが、その通りで「いみじきいさをのありけるゆえに、世の人とふとびしたひて、手ならふ人のはじめにもしけるなり」と。

 ここにている「なにはづ」は
      ・難波津咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花
 また、「あさか山」は
      ・安積香山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに

 この2首です。念のために


正岡子規の歌よみに与える書

2013-04-19 21:35:43 | Weblog

 正岡子規は、その著書[歌よみに与える書」の中で、高尚が、これぞ歌作りの真髄だと説いた古今集を随分とこっぴどく誠につまらない書だと酷評しております。時代が違うから実現は不可能ですが、「もし」ということが現実出来たならば、面白い論戦が聞けるのではと思いながら書いております。どうなる事やらとわくわくするような展開があるのではないでしょうかね。


“うたの父はゝのやうにてぞ”

2013-04-17 09:06:45 | Weblog

 

高尚は、この須佐之男命の歌の次に、「手ならふ人のはじめにもしけるといへり」として、古今和歌集の序にあげてある「なにはず」「あさか山」の2首をあげて説明しています。なお、「八雲たついづも」の歌もこの序に書かれていますが。

 昔から伝わる沢山の和歌のうちで、此の2首の歌は、特に
 「いみじきいさをのありけるゆゑに、世の人たふとびしたひて、手ならふ人のはじめにもしけるなり」
 大層立派な歌だからこそ人々が読んで、「あわれ」、身にしみるような感動を覚え、大層ほめちぎり歌詠みの手本とめでるような歌になるのだと。

 また、此の古今集の序に、「柿本ノ大人をうたのひじりなりといひ、山部ノ大人を歌にあやしくたへなり」と書かれていることもあわせて考えなくてはならないと。
 そして、又、次のようにも言っております。「この人達の歌はどれも「あはれなる情ふかく、ことばうつくしく、おかしくしめやかに、あてにみやびて」いるから人々からより愛される歌に成っているのだ」とも。

 このような心で集めた歌であるから古今集は「すべてさるさまにてめでたきなり」と。高尚は言っています。新古今の方が一段とすぐれていると後の世の人は言ったと云われますが、高尚は古今集こそが歌の道を志す人がまず読むべき本だとしております。


須佐之男命の八重垣の歌について

2013-04-16 09:13:26 | Weblog

「 ・・・八へがきつくるそのやへがきを」という歌の真の意味することについて高尚は、続けて書いております。

 「この歌の深意は、須佐之男命は、一目、櫛名田比売を見て、「うつくしみおぼせば」その美しさに心ひかれひとめぼれします。そして、この比売と一緒になるために、幾重にも垣をめぐらした「いかめしくうるはしく」大層立派な宮殿を造ろうと思う深いみこころがこもっているのだ。その心が辺りに立ち出た雲につけてこのようにい現わし、「いといとあはれふかく、めでたしともめでたし」。この「あはれ」と云うのはしみじみとした情感が見に深く感じるさまだと思います。雲にはそのこころはないのですが、八重垣つくると云う言葉の中に、雲にはないしっかりとした感情、愛情を、たっぷりと聞かせて詠いあげ、「ふかき情をしらせたまふ事ぞ」。また 「神代の歌はこれかれあれど、此みうたのみ、みそもじあまりひともじにて、詞うるはしく情ふかく、しらべもめでたくよろづたらいて、あはれと人めづべきさまよみためへれば、これなんすぐれてよきとて、人の世となりてみなならひよむ事なり」
 と。


八雲たついづも八重垣つまごめに・・・

2013-04-15 09:08:07 | Weblog

 「八雲もたつ いづも八重垣 つまごめに 八へがきつくる そのやへがきを」
 と云う歌のこころを高尚は、彼の著書「歌のしるべ」で言います。
 「八重雲のたちのぼることよ。此のいづるくものみこころとあひにあいて、やへがきつくるさまなるはこれもおのれみことのためにさするならん。あないみじ。その八重垣のさまよとのたまへるこころなり。をはよといふに同じ・・・」と。

 “あひ”とは、「非常にかわいらしい、愛きょうたっぷり」と云うぐらいな言葉です。
 「非常に意義深い雲が突然に湧きいいで、其の上に、こんな素敵な女(人)に出会えて、つまごめのために八重垣、八重に巡らせた垣を備えた大変立派な館を、つまごめ、妻を迎えるために造ろうと云うのです。何と素晴らしいことではございませんか。その八重垣のさまは」と、云う意味に成ると高尚は言うのです。

 なほ、この中で、文の最後に「をはよというに同じ」とありますが、此の言葉の持つ意味がわかりません。「を」とは自分自身の雄大さを表した言葉ではないかなとも思うのですがよく分かりません。


もう少しの間、高尚の「歌のしるべ」を!

2013-04-14 12:24:40 | Weblog

 あまりおもしろくはないと思いますが、高尚と云う人物を知る上でどうしても読まなくてはならない本です。

 高尚は、歌の情に付いて 
「まず歌のはじめといふ、須佐之男命の八重がきつくるとよみたまひしみ歌よ。ただそのおり見たまふさま、思ひ給ふよしを、み心やりにとみたまひならんと、こともなげに、みな人おもふめれど、さようににはあらず。・・・」
 と云っています。
 「和歌」として、日本で最初に作られたのは古事記にある「八重かきつくる」と云う歌だ。この歌については、須佐之命が見た通り、思った通りを素直に詞に現わしたもので、別に情がこの歌に深く表現されているとは言い難いと誰も人はそう思うであろうが、それが違っているのだと、高尚は説いております。
 そしてこの歌は櫛名田比売か、足名椎、手名椎かに読み聞かせている歌で、その辺りの景色をただ見た通りに歌ったものではない。情深く詞うるわしく読んで、これを聞い人があわれとめずらかに思うような歌だと云うのです。

 なお、ここで高尚が取り上げた歌は
     “八雲もたつ いづも八重垣 つまごめに 八へがきつくる そのやへがきを”
 です。


 歌は情深く詞をかしく・・・

2013-04-13 16:51:21 | Weblog

高尚は、古今集の序にいう「ことわざしげきものなれば、・・・・」というくだりについて、次のように説明しています。要するに、自分がいくら心にあはれと思っていて、人は、それをあはれとは受け止めてくれない。だから、見るもの聞くものにつけて、それを人があはれと大変珍しげに思うように、情を深め詞を“うるはしくつくろひなして“読まなければならない。あさからぬ情を、詞おかしく表現するから、あはれと人々が思うのである。

 このように、歌は形にこだわるのではなく、其の主体たるものは人の情であり、その情をいかに表現するかその詞をどう歌に折り込むかが大切であると云っています。形ではないと云うのです。だから定家の「拉鬼体」を「いたく歌のさまたがへる」と云うのです。

 なお、拉鬼体というのは、「鬼を拉(ひさ)ぐ」意で、表現や情趣に荒々しさや強引さがあり、かえってそこが人の心を惹くような歌のさまであると定家は言っているのです。