私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

吉川元長と三沢為虎

2010-08-11 12:52:23 | Weblog
 他の武将たちの間には、先の評定で三沢為虎の言った裏切り者の話で動揺は隠せません。その武将たちの間の疑心暗鬼の心が辺りに渦巻き不安がたちこめています。そのような中での日差山での四人だけの評定です。その時、決まったことは
 「もし、三沢等秀吉に一身する者があれば、彼ら裏切り者は、決戦になると、最初に、ここ、そうです日差山の本陣を攻撃すること明らかだ。だから、まず、ここの守りを固めて、全員で秀吉の本陣を一文字に決死の攻撃する以外に、毛利方の生きる道はない。」
 と云う総攻撃をしかけるというのです。日時は明後日六月五日と決まります。
 そのような取り決めを四人だけで行いました。
 でも、吉川元長は血気の若大将です。三沢為虎の裏切りそうな気配が癪で癪でなりません。そこで、此の評定の帰りに、一人で、三沢の陣に立ち寄ります。
 「やい為虎、汝はいかなる所存があって、この毛利を裏切って秀吉に味方するのか。その理由を聞きにここに来たのだ。その通りなら、今すぐ我が此の首切り取って秀吉の元に差し出せ」
 と。為虎、これを聞いて、大いに慌てて頭を地に附して申します。

 「こは思いもよらざる仰せにて侯へ、不肖のそれがしに候へ共、先祖より毛利家の臣として君恩山海にも等しければ、何ぞみだりに逆心をさし挟み申すべきや、是は讒者の我を失わん為にあられぬ事を申上げ候と覚え候。かく思し候う上は、起請文を書て呈し申すべし。それにても御心解がたく候はば如何せん、只今御前にて切腹いたし、赤心を顕し申すべし」
 
 と云うのです。元長も、この三沢氏の態度から逆心はなかったのだと云うを了承して、長居は無用とばかりに陣へとって帰ったのです

 なかなかおもしろいはんしでしょう。なお、讒者とは、漢文先生によると、ことばたくみに告げ口をして人をおとし入れる人の事だそうです。赤心とは、誠意まごころの事だそうです。