創造のよろこび♪♪

書、表装、水墨画、つまみ絵、写真、洋裁など自分の創作活動を娯しんでいます。。。

丹後くろまつ号

2015-07-22 21:08:18 | カメラ散歩

      カメラ散歩 

   京都丹後鉄道 「丹後くろまつ号」の旅 

                                         

     以前から一度乗って見たいと思っていた丹後くろまつ号に乗りました。

    JR九州の豪華列車「ななつぼし」のデザイナーによるシックな車両とクラシックな車内設えで人気がありますが

    昨年リニューアルされたそうです。コースは若狭湾に沿って天橋立から西舞鶴までの約2時間半の旅です。

    途中、鴎外の山椒大夫の主人公・安寿姫ゆかりの里がある東雲駅で途中下車しましたが土地の産物を買求めた

    人もありました。のどかな田園地帯が広がっていました。

 

                                    

              天橋立 智恩寺                        珍しい扇子のおみくじ

   天橋立駅の近くの智恩寺の境内には小さい扇子のおみくじが松に沢山吊るしてありました。

   大吉、中吉、末吉さまざまですが大吉よりは末吉の方が先にたのしみがあるので縁起がいいとのことでした。

 

     

                 智恵の輪                          特別名勝・天橋立 標識

    智恩寺から橋を渡ったところに有名な「智恵の輪」がありました。

    石畳を歩いて智恵の輪を時計回りに回ると賢くなるそうでわれもわれもと行列ができました。

    

     

               宮津の鮮魚盛り付け                        焼き鯖すし

    くろまつ号の車内では宮津の料亭ふみやの会席料理が次々と指定席に運び込まれてきて堪能しました。

    丹後名物 の焼き鯖すしはボリュームたっぷりでとても美味しくいただきました。

    列車の旅は窓外の景色を楽しみながら時間はゆっくりと流れ非日常的で優雅なひとときでした。

    

    終着駅の西舞鶴ではとれとれ市場が鮮魚などで賑わっていました。

    ここ舞鶴は浪曲調の歌「岸壁の母」でお馴染みの引き揚げ桟橋があったところです。

    終戦直後の昭和20年10月から13年間に亘って 旧ソ連や中国から延べ約67万人の引き揚げ者を受け入れた

    歴史的土地として忘れられない場所です。舞鶴引揚祈念館収蔵資料の世界記憶遺産登録申請に取り組んでいる

    とのことです。帰途道の駅に寄って土地の産物を買い求めて家路につきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


四国一周 Ⅵ

2015-07-12 15:12:26 | Weblog

  四国一周の旅 ⑥ ( 香川県 )

    四国の旅もいよいよ終着の香川県に入りました。

    香川といえば讃岐うどんと金毘羅さんですが、金毘羅宮は以前に行きましたので参道の途中から横道にそれて

    金毘羅歌舞伎で有名な芝居小屋を見学することにしました。

   ◎ 金毘羅大芝居

       金毘羅さんの参道脇に旧金毘羅大芝居「金丸座」があります。

       日本最古の歌舞伎劇場で近年金毘羅大芝居が人気役者たちによって復活しました。

 

                                   

       通り札(入場券)を購入して小屋に入ると 丁度案内役の方が場内の説明中で運よく学習の機会を得ました。

 

                          

       木戸をくぐって入ったところには歌舞伎役者の名簿板があり自筆のサインがそれぞれ趣がありました。

       また、その脇には出席表示板がありましたが赤色のピンが立っているのが出席者だそうです。

       時代的な独特の雰囲気に魅せられて説明に耳を傾けていました。

 

                            

                       舞 台 、 桟 敷                     「金毘羅大芝居」の額

       舞台正面にはどっしりとした松の緞帳、天井からは吊るされた顔見世提灯に映えた家紋の数々が自己主張し、右側面には

       金毘羅大芝居の額威厳を放っていました。桟敷は整然と区切られていて往時の観客のざわめきが聞こえて

       くるようでした。 楽しみの少なかった時代 庶民の、特に地方の娯楽に歌舞伎の果たした役割は大きかったと思いました。

 

          

                   楽屋番控室                             頭取部屋

       二階には役者の控えの間や囃子方部屋などの部屋があり裏方の生活の一端を垣間見た感じがしました。

 

                                             

        奈落 をはじめて見学しました。 奈落とは仏教用語で地獄のことですが、芝居では舞台や花道の床下のことをいい

        ます。地下の暗いイメージが地獄(奈落)を連想することからつけられたといわれています。

        奈落は廻り舞台やセリ・すっぽんの仕掛けを動かす場所でここでは今でも昔ながらの人力で動かしているそうです。

        華やかな舞台の下で芝居を盛り上げ役者の演技を支える裏方の方々のご苦労がひしひしと伝わってきました。

        徳島、高知、愛媛、香川と海岸線に沿った 四国一周の旅は終わりに近づきました。

        うずしおの淡路島を渡って、舞子、神戸、大阪、奈良と帰途につき、貴重な思い出深い旅になりました。

        


四国一周 Ⅴ

2015-07-05 14:56:03 | Weblog

  四国一周の旅 ⑤ (愛媛県)

   ◎デイゴの花 

    徳島県からはじまった海岸線沿いの旅は高知県の竜串海岸公園を経て愛媛県に入りました。

    竜串では沖縄県の県花・デイゴの花に見送られましたが燃えるような真っ赤な色が鮮明に

    印象に残っています。

    以前、沖縄や八重山で見かけたのですが四国南岸はやはり暖かいところなのですね。

               

   ◎ 外泊 石垣の里

        入り江に面した山の急斜面に軒下まで整然と石が積まれた民家が密集した珍しい集落が見事

     これは台風や冬の厳しい寒風から家と生活を守る創意工夫によるもので幕末から人の営みが

     続 いているそうで、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財百選」に選ばれています。

     急な石畳の階段を上って見学しましたが息が切れました。

     毎日この石段を上り下りする生活の大変さは想像できません。

     休憩所には建築家の安藤忠雄氏が若い時に来られたと書いてありました。

                      

    ◎ 遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑

      宇和海に突き出た岬に石垣でできた「耕して天に至る」という段々畑がありました。

      高さ、幅ともに1メートルの畑が山の頂きまでそれはそれはきれいな螺旋を描いて続く

      風景は造形美満点で見事! これも先人が生活のために苦労して山を切り拓いて築いた

      汗の結晶と思います。ジャガイモの収穫期には掘りたての芋が段畑を埋めていたと想像

      するとうれしくなってきました。

 

     

                

     ◎ 松 山 城

        ロープウエー で上がった松山城は雨にけむっていました。

     いくつかの門をくぐって本丸の天守への道を傘をさし,ぬかるみに足を取られないようにして

     行きますと立派な武者装束のゆるきゃらが立っていました。名前はよしあきくんといい松山城の

     創設者の加藤嘉明に因んだとのこと。嘉明は関ヶ原の合戦での戦功が家康に認められ20万石

     となり1600年7月伊予正木から道後平野の中央に位置する勝山に城郭を移築し松山と命名された。

     姫路城と並び連立式の天守を持つと紹介されています。

     松山は以前来たことがありましたがお城ははじめてで是非見てこようと思っていました。

 

                     

   ◎ 砥部焼の夫婦湯呑茶碗

    砥部町にある砥部焼陶芸会館で砥部焼の湯呑茶碗(椿の花模様)を買い求めました。

     厚手の白磁に呉須という藍色の手描きのデザインが特徴で独特の風合いに魅せられ

     いつかは入手したいと思っていて念願が叶いました。

     砥部焼は大洲藩の財政再建のため、砥石のくずを使った磁器づくりを命じられたことに

     起源があるといわれています。

     丈夫で保温性に優れ実用的な上に大胆な筆づかいでのびのびと描かれた図柄にますます

     魅了され毎日二人でお茶を楽しんでいます。