品川区役所から裏道を抜けて大井町の駅に向かう途中、一か所、飲食店が固まっている一角がある。
夜はネオンに彩られ賑やかな佇まいを見せるかと思うが、昼間は閑散としている。
数年前になるが、そこに場違いな行列が続くのを見かけた。
行列はある店の前から始まり、通りを越えた向かいの道にまで続いている。
一軒のラーメン屋の店先から人々は静かに順番を待ちながら、並んでいた。
何回目かにその場所を通った時、いつもよりも行列が少なく10人以内程。
好奇心から並んでみることにした。
注文を何にするか、伝言ゲームのように店主から回ってくる。
メニューも出てないので、何があるかもわからないまま、「醤油。」と伝える。
「売り切れだって。」と伝言が回ってきたので、「それなら塩。」
「塩もないって。」と言われて、「じゃあ、何ならあるの?」と聞くと、「賄い。」と言われた。
「ならそれを。」と答えてしばらく待つ。
ようやく店内に入ると、カウンター7席ほど。
店主に「これからのれんが下がっている時は、店内に一声かけてから並んで下さい。」
のれんが下がっているのに気付かずに並んでしまった私を、並んだ以上は受け入れたとみた。
メニューは塩、醤油ラーメンと賄いラーメンの三種。
塩を頼んだ人には「ニンニク、赤か白入れますか?」と聞いている。
赤は唐辛子が入ったにんにくのペースト。
醤油を食べていたおばちゃん、「私もニンニク入れて。」と言うと、
「醤油にニンニクは合いません。」
店の壁に張り紙がしてある。
「注文はこちらが聞くまで言わないで下さい。」
「会計はお釣りがないようにお願いします。」
お財布の中を確かめるとその日に限って1万円札しか入っていない。
『賄い』というのを頼んだ人に出来上がった器が置かれる。
塩と醤油は細麺に量も少なめなのに対し、こちらは太麺に具もたっぷり、油も濃く、
溢れるばかりに盛られている。
とても食べ切れそうにないからきっと残すことになり、お会計の時にもお釣りをお願いすることになる。
待っている間に何だかドキドキしてきた。
店主はもくもくとラーメンを作っている。
細麺はかなり細いので茹で加減が秒単位で出来具合に係る。
その間に注文を言われて答えたりしていたら、麺は伸びてしまう。
高額紙幣のお釣りもしかり。黙って金額をカウンターに置いていくのがその店の流儀のようだ。
そのためにか金額もキリがいい。
私の前に「まかないラーメン」が置かれる。
量も小振り、先ほどの人は大盛りを頼んだのか、それとも人を見て量を判断するのか。
私は最後の客となり、ラーメンを完食した。
お釣りもお小言もなく渡してくれた。
その店のストイックな雰囲気に惹かれて、また来店することになる。
今度は醤油を頼んでみる。
生姜の効いた和風の出汁。賄とは全く違ってさっぱりした味に細麺が合っている。
焼豚も自家製らしく自然で美味しい。
店内に置かれた煮卵も追加。
中は半熟なのに、しっかり煮汁の味が浸みている。
これは、家でも半熟卵を作り、そのまま醤油ベースのたれに漬け込み作るようになった。
醤油ラーメンが500円、煮卵が50円。
何回か醤油ラーメンを食べて、その後訪問すると、私の顔を見て、「醤油ですね?」
「今日は塩でニンニクを入れてみようかと思って。」
店主の笑顔を初めて見た。
すべてに丁寧な手作りの味わいがある。
ここに来るようになってから他店、たとえ有名店でも、
ラーメンや具材、スープがそっけなく思えるようになってしまった。
大きなどんぶりを抱えて、必死に汁を飲み干す私。
通う内に、「これ、使って下さい。」と私だけレンゲを出してくれるようになった。
子供用みたいなキティーちゃん柄の小さなレンゲ。
ある日、その店は忽然と消えていた。
張り紙があり、隣町に移転したとある。
何回か移転先に行ってみて、味は変わらず美味しかったが、
店主は厨房、サービスする人がいて、カフェのような作りになっていた。
遠くなったのと店の雰囲気に馴染めなくて、足が遠のいてしまった。
今にも崩壊しそうな木造の屋台のようなカウンターだけの店。
湯気の中、寡黙に麺を茹でる店主とそれを見つめながら、黙って順番を待つ客達。
あの空間が忘れられない。
夜はネオンに彩られ賑やかな佇まいを見せるかと思うが、昼間は閑散としている。
数年前になるが、そこに場違いな行列が続くのを見かけた。
行列はある店の前から始まり、通りを越えた向かいの道にまで続いている。
一軒のラーメン屋の店先から人々は静かに順番を待ちながら、並んでいた。
何回目かにその場所を通った時、いつもよりも行列が少なく10人以内程。
好奇心から並んでみることにした。
注文を何にするか、伝言ゲームのように店主から回ってくる。
メニューも出てないので、何があるかもわからないまま、「醤油。」と伝える。
「売り切れだって。」と伝言が回ってきたので、「それなら塩。」
「塩もないって。」と言われて、「じゃあ、何ならあるの?」と聞くと、「賄い。」と言われた。
「ならそれを。」と答えてしばらく待つ。
ようやく店内に入ると、カウンター7席ほど。
店主に「これからのれんが下がっている時は、店内に一声かけてから並んで下さい。」
のれんが下がっているのに気付かずに並んでしまった私を、並んだ以上は受け入れたとみた。
メニューは塩、醤油ラーメンと賄いラーメンの三種。
塩を頼んだ人には「ニンニク、赤か白入れますか?」と聞いている。
赤は唐辛子が入ったにんにくのペースト。
醤油を食べていたおばちゃん、「私もニンニク入れて。」と言うと、
「醤油にニンニクは合いません。」
店の壁に張り紙がしてある。
「注文はこちらが聞くまで言わないで下さい。」
「会計はお釣りがないようにお願いします。」
お財布の中を確かめるとその日に限って1万円札しか入っていない。
『賄い』というのを頼んだ人に出来上がった器が置かれる。
塩と醤油は細麺に量も少なめなのに対し、こちらは太麺に具もたっぷり、油も濃く、
溢れるばかりに盛られている。
とても食べ切れそうにないからきっと残すことになり、お会計の時にもお釣りをお願いすることになる。
待っている間に何だかドキドキしてきた。
店主はもくもくとラーメンを作っている。
細麺はかなり細いので茹で加減が秒単位で出来具合に係る。
その間に注文を言われて答えたりしていたら、麺は伸びてしまう。
高額紙幣のお釣りもしかり。黙って金額をカウンターに置いていくのがその店の流儀のようだ。
そのためにか金額もキリがいい。
私の前に「まかないラーメン」が置かれる。
量も小振り、先ほどの人は大盛りを頼んだのか、それとも人を見て量を判断するのか。
私は最後の客となり、ラーメンを完食した。
お釣りもお小言もなく渡してくれた。
その店のストイックな雰囲気に惹かれて、また来店することになる。
今度は醤油を頼んでみる。
生姜の効いた和風の出汁。賄とは全く違ってさっぱりした味に細麺が合っている。
焼豚も自家製らしく自然で美味しい。
店内に置かれた煮卵も追加。
中は半熟なのに、しっかり煮汁の味が浸みている。
これは、家でも半熟卵を作り、そのまま醤油ベースのたれに漬け込み作るようになった。
醤油ラーメンが500円、煮卵が50円。
何回か醤油ラーメンを食べて、その後訪問すると、私の顔を見て、「醤油ですね?」
「今日は塩でニンニクを入れてみようかと思って。」
店主の笑顔を初めて見た。
すべてに丁寧な手作りの味わいがある。
ここに来るようになってから他店、たとえ有名店でも、
ラーメンや具材、スープがそっけなく思えるようになってしまった。
大きなどんぶりを抱えて、必死に汁を飲み干す私。
通う内に、「これ、使って下さい。」と私だけレンゲを出してくれるようになった。
子供用みたいなキティーちゃん柄の小さなレンゲ。
ある日、その店は忽然と消えていた。
張り紙があり、隣町に移転したとある。
何回か移転先に行ってみて、味は変わらず美味しかったが、
店主は厨房、サービスする人がいて、カフェのような作りになっていた。
遠くなったのと店の雰囲気に馴染めなくて、足が遠のいてしまった。
今にも崩壊しそうな木造の屋台のようなカウンターだけの店。
湯気の中、寡黙に麺を茹でる店主とそれを見つめながら、黙って順番を待つ客達。
あの空間が忘れられない。