巷では相変わらず凄惨な事件が続き、ニュースを見る度に暗い気持ちになりますね。
あなた自身はどうですか? たとえば、人を殺したことがありますか?
ないでしょうね。「ある」と言われても困りますけど。
では、夢ならばどうでしょう?
あなたは人を殺したり、殺される「夢」を見たことがありますか?
私は、あります。
「Ladies and Gentlemen!(紳士、淑女のみなさん!)」
舞台には、愉快で楽しい夢、ロマンチックな気分になれたり、スカッとしたりするような、そんな幸せな夢ばかりを見に行けば良いものを、人は何故わざわざと、暗い物語や、ホラーだのやサスペンスの恐怖の物語、あるいはこの舞台「ヴォイツェク」のような、全く救いのない、そんな「悪夢」を観に行きたがるのでしょう?
私の場合は・・・
早い話が、「主演が山本耕史さんだから」、ですけど(笑)
そんなわけで、衝動的に行ってきました、久しぶりの赤坂ACTシアター。
2013/10/12
音楽劇 「ヴォイツェク」 @赤坂ACTシアター
【原作】 ゲオルク・ビューヒナー
【脚本】 赤堀雅秋
【演出】 白井晃
【音楽】 三宅純
【出演】 山本耕史/ マイコ/ 石黒英雄/良知真次/ 池下重大/青山草太/半海一晃/春海四方/ 真行寺君枝/ 今村ねずみ/団時朗
この物語は「1821年にライプツィヒで実際に起こったヨハン・クリスティアン・ヴォイツェックによる殺人事件が題材」で、その犯人の2年以上に渡る精神鑑定書をもとに書かれたものだとか。
ヴォイツェクは数年来の激しい気分の落ち込み、心臓の動悸、様々な幻聴に悩まされていたそうです。
その精神障害の原因は、下級兵士である貧困と過労、そして絶望のゆえなのか・・
「紳士、淑女のみなさん。」と呼ばれる観客たちを客席に縛り付けた、休憩なしの135分間。
平凡な暮らしをしている私達に見せた、その絶望の「狂気」とは、いったいどのようなものだったのか・・・
ヴォイツェクは「僕は、あの女以外に何も持っていない」と言います。(台詞はいつもの、うろ覚えですけど)
そして、彼は籍を入れてない妻・マリーのために、下級兵士の給料では足りずに上官の髭剃りだの、怪しげな医者の人体実験の被験者になったりと、寝る暇も惜しんでわずかなお金を稼ぎます。
私は彼の精神障害って、その過労のせいもあったと思うんですけど。
でも、そのわりには、というか、それにしても、この新婚の男女(ですよね? 会ってまだ二年というから)は、ちっとも幸せそうじゃありません。
兵舎とは別に住む母子の元にお金を届けにいくだけで、すぐに帰ろうとするヴォイツェク。
妻と親しく話しもせず、スキンシップをするでもなく、子供を可愛がるわけでもない。
あれではマリーも、愛されている実感がないどころか、孤独だったのではないかと思いますが、そうして彼女は浮気をします。
まあ、ですから、これは楽しいエンターテイメントには全くならない、とても暗い話なんですけどね、女房に浮気をされる前から彼は、「あの世にも、この世にも救いがない」と言う人だったので。
生きていて何の楽しみもない人で、ただ、ひとりの女以外には「何も持っていない」と言うならば、もっと奥さんに愛情を示せば良かったのに・・・なぁ~んていう次元を超えているほどに、最初から頭もおかしいです。
もともと精神障害がありそうな人なんで、正常な人間がある日突然に逆上してしまい日常が崩れていく物語でもないし、つまり、実にじわじわと陰鬱です。
決して、面白い話じゃないです。そういうのとは違います。
なので、私はこの物語の途中で、「私はなんでこの舞台を観に来てしまったのかな?」と思ったくらい。
それで、「そうだ、山本耕史さんを観に来たんだ。彼の狂気を見たかったんだ。」と、心の中で自分に言い聞かせ、ひたすらクライマックスを待ちました。
そのクライマックスといえば、だから殺人事件ですから、ヴォイツェクが妻を殺すシーンというのは最初から知っていました。
そのシーンは、セットの背景の壁がその場で昇って取り払われ、「あっ!」という景色です。
それまでに、じわじわとたまり続けた狂気がついに溢れ出し、その中に浸り、溺れるように妻にナイフを突き刺すヴォイツェクの姿に息を呑み、その狂気の中にも、まだナイフを隠そうとする、「残された正気」に私は涙が流れました。
そうなんですよ。
観ていたあの時はわかりませんでしたが、これを書きながらわかったような気がします。
私が涙したのは、たぶん、彼の狂気ではなくて、わずかばかりの、ほんのわずかに残された正気のせいかもしれません。
あんなふうにナイフを投げても、隠したことにはならないのに・・・。
それでも、とっさに犯行を隠したいと思う程度には、まだ完全に狂っていないのが哀れとさえ思う、あの絶望の、救われぬ姿・・・
それで、家に帰ってから調べたのですが、精神鑑定の結果、実際にヴォイツェクは幻聴などの精神障害はあるものの、「責任能力あり」ということで死刑になったのだそうです。
この舞台のラストにはわからない事でしたが。
やっぱりそうなんだな、というギリギリの異常を演じた山本耕史さんは流石だと思いました。
今までにない役だったとは思いますが、どこかの場面で、思わずサリエリを思い出したのが、ちょっと意外。
全然違うキャラなんですけど。
正常の中にわずかな狂気を宿す人と、異常の中にわずかに正気を残す人。
全く違うようだけど、どこか似てるのかも?
「山本耕史さんは、よくもまあこんな難しい舞台に挑んだな」と思いました。
そして、「よくもまあ、こんなご時勢に、このようなお芝居を、ACTシアターのような大きなハコで上演したものだ」
とも。
ところで、余談ですが。
私が昔に見た、「殺される夢」の話ですが、ナイフの切っ先を向けられて、夢の中の私は思います。
「ああ、そうだったのか、そんなに思いつめて憎まれ、殺されるほどに自分は愛されていたのだな」と。
まあ、そう書くと、すごいナルシストみたいですけど(笑) なんか、自分が悪いと思ったんですよね。
ドMの基本だったり(笑)
それで、そこまでに至った相手を気の毒に思い、「殺されて仕方ない」と、目を閉じたんです。
ほとんどビョーキ
ところが・・・
っていう話で、この夢には次の瞬間に「えっ?!」という展開があり、それがまた更なる別の悪夢に続いたので・・・というのも、結局ナイフを突き刺して殺してしまったのは私のほうだったので、目が覚めた時には、「夢で良かった」と、心の底からほっとしました。
今思い出しても、あの夢が全くのフィクションで幸せだと思えるくらいです。
だから、現実の「こちら」には無い、「悪夢」の話。
平凡に暮らす「Ladies and Gentlemen」には有り得ない・・・決して有ってはいけない、そういう夢の話です。
「ヴォイツェク」は、繰り返して言うのもなんですが、いわゆる「面白い話」とは違うと思います。
けれども、私にとっては、この先、何かにつけて度々思い出す舞台のひとつになりそうです。