Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

久しぶりの音訳ボランティア「あかね」

2013-11-30 | ボランティア

 11月も今日で終わり、明日から「師走」になる。さいわい月末の土曜日はよく晴れた気持のいい日だった。庭の冬仕度がまだ何にもしてないので、気が急くが、今朝は朝から接骨院へ、午後は演劇の「まとめの会」とお茶だった。

 さて、なんやかんやで音訳ボランティア「あかね」の録音を、9月、10月と2ヶ月休んでしまった。新しく、若い方が3名入られたので、人数が足りず手薄だと言うことはなかろう、と勝手に想像し、なおさら気が乗らなくなる。そんなわけで、11/27(水)は、かなり遅れてふれあい福祉センターへ出かけた。

 ちょうど、ホームベーカリで作った手作りパンが配られているところ。NAさんのお手製で、今朝作ったばかりのホヤホヤ。練り込まれた黄色の小さいモノは?と聞くと、ミカンの皮だそうだ。プンといい香り。せっかく写真を撮ったのに、どこかへ消えてしまって、見つからない。出てきたらまた載せます。

 翌28(木)は、テープのダビングとCD作りの日。この日も休憩時間に、手作りパンの披露があった。↓のがそうです。これはIさんのお手製。名付けて「ホットケーキミックスを使ったレンジパン(蒸しパン)」。レシピももらった。         

 《作り方》  
  ① ホットケーキミックスの粉 100gに、卵 1個半、牛乳 60cc を混ぜ合わせる。
  ② 1リットルの牛乳パックを、高さ14cmに切り、①を入れ、ラップをかけずにレンジで2分半チンをする。
  ③ 黒ゴマ、白ゴマ、ミカンの皮など入れると美味しい。(写真のは、ミカンの皮)
  ④ 租熱がとれたら牛乳パックから取り出す。

 コレは、私にもできそうだ。牛乳パックは、毎週生協で1リットルパックを買うのでいつでもある。ホットケーキミックスなんて子どもの小さかった頃以来買った事がないが。

 もう一つ、↓は、NAさんの手作り干し柿。小さいけど「ほちゃほちゃで美味しいから食べてみて」と言われる。たしか、マンションに住んでおられる。「え?どこの柿?」と聞くと、「山の柿」 とのこと。「ン?」
 二上山の柿だって。ちょっと拝借かな? 皆さん、小まめに上手に作られます。          

 この日は、11/30の「ボランティア広場」のためのパネル作りの仕事もあった。デジタル録音や、CD作りが始り、今年一年間でボランティアの内容が大変わりしたので、紹介パネルを作り変えねばならない。新入会員の紹介もしなくては、と言うわけだ。Oさんが一手に引き受けて、パソコンで原稿作りを始めておられる。      

 私は午後は平米公民館、30日は接骨院と詰まっており、結局中途半端なお手伝いしかできなかった。二日間とも、寒い日。28日は、午後あられが降った。

 最後に、「市民と市政」12月号の、はじめの言葉と「あかね」からのメッセージを紹介します。

 はじめの言葉

 大仏寺の時を告げる鐘の音が、朝夕の凛とした冷気の中、いっそう澄んだ響きで聞こえてきます。古城公園や街路樹の雪吊り作業が始まり、冬を迎える準備が急ピッチで進んでいます。

 「あかね」からのメッセージ

 高岡市大田の「有磯海」が国の名勝に指定するよう文部科学相に答申されました。この季節、けあらしが立つ早朝は浜辺で多くのカメラマンがベストショットを撮ろうと、さかんにシャッターを切っていました。
これから寒さも厳しくなってきますが、お体に気を付けてお過ごし下さい。


演劇「殿さまと私」の搬入の仕事 & 「私学祭」など

2013-11-28 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 11/25(月)、演劇「殿さまと私」の鑑賞の日だった。いつもは昼公演を観るのだが、26日は博労公民館で2年ぶりにガン検診を受けたかったので夜公演にしたのだ。今回は私たちのサークルが運営を担当する番。年に1度だけ、いろいろな係活動を担当するのだが、初めて「搬入」の係に挑戦してみた。

 25日、12時に高岡文化ホールに集合。「文学座」の大きなトラックが楽屋入り口に止まっている。さっそく舞台袖に回る。14,5人の係の人が1列に並び、劇団のスタッフの人がトラックから運ばれる大道具、小道具を指示に従い運ぶのだ。

 「ハイ、これは4人でお願いします。前2人、後ろに2人。まっすぐ前に進んでください」 進んで行くと、
 「ハイ、もらいます。手を放してください」とか、「ハイ、降ろさないですぐ逃げてください」などと、受け取る方がおられる。
 「コレは、一人で。楽屋に持って行ってください」 と、その道具がどこで使われるか、すべて頭に入っているようで、テキパキと指示が飛ぶ。手際よく、効率よく、あっと言う間に終わった。中には重い戸板、襖、欄間、椅子、テーブルなどもある。重そうな石灯籠を「ドッコイショ」とトラックから運んで来られ、「ハイ、コレ一人でお願いします」と言われ、「エ~ッ」と受け取った○○さん、オッと、張り子の石灯籠でした。ナアンダ!と皆で笑う場面もあり、皆さん、仕事を楽しんでやっておられる。

 わりと早く終わったので一旦帰宅する。文化ホールロビーでは、「富山県私学祭」が開催中。多目的ホールでイベントがあるらしい。↓は、展示作品。 

 ↓ マスコット作り。     

 ↓ 立体カボチャ。まずカボチャに触って、切って、食べてから新聞紙をくしゃくしゃにして重ねて大きくしながら作ったと言う。           

 ↓ 張り子の提灯。              

 ↓ 平面構成           

 ↓ 富山国際大学付属高校の新聞。題して「国際高の50年」。この高校は、新聞部や放送部の活動が目覚ましい。    

 午後3時過ぎ、大門の早川接骨院へ。足の怪我をして、かれこれ1ヶ月。週に3回ほど通院している。終わるともう外は暗い。急に雨が大降りになって来た。SAさんと夕食を一緒に食べる予定だ。城東「味喜ずし」へ行くとなんと定休日。が、灯りがついている。聞くと、予約のお客のために開く予定とのこと。無理にお願いして2人前ちらしずしを作ってもらった。手が足りない、と言いつつ、ハマグリのお汁もついた。カウンターでいただく。冬はお寿司が美味しい。久しぶりのお寿司屋さんのおすし、オイシイね、と言いながらお喋りも弾む。

                 
      

 さて、いよいよ観劇だ。ユル・ブリンナーとデボラ・カーの「王さまと私」のリメーク版で楽しいお芝居と思いこんでいた。とんでもない、さすが「文学座」だ。続きは、次回に。
 搬入した大道具、小道具でどんな舞台が出来たかもお楽しみに。


本 「火の山~山猿記」

2013-11-26 | 

 今年上半期の朝ドラ「あまちゃん」をBSで見ていた。「あまちゃん」は朝7:30から、その前の7:15からは「純情きらり」が再放送されていた。岡崎の八丁味噌の蔵元へ嫁ぐ桜子(宮崎あおい)の物語だ。原作(原案)が、津島佑子の「火の山」と知り、いつか読もうと思っていた。
 と言うのは、桜子の長姉の笛子(寺島しのぶ)の夫、杉東吾(西島秀俊)は天才的な絵描きなのだが、太宰治がモデルだと言うのだ。そして、原作者の津島佑子は太宰治の娘のはず。原作を読めば、太宰の家族のことがわかるのかな~と言うのが一つ目の理由。

 もう一つの理由は、桜子の夫になる松井達彦(福士誠治)が八丁味噌屋の息子なのだが、音楽が好きでピアノが上手く、とても優しい。桜子とは音楽を通して結ばれる、と言う設定だ。実際にはどんな人物だったのだろう?と興味を持ったのである。

 図書館で借りた「火の山」はハードカバーの上・下巻。ちょっと読みにくい本だった。構成がちょっと複雑。登場人物(家族)が多い。富士山の石(鉱石)についての専門的な記事がところどころに出て来る(ほとんど飛ばしたが)。
 だから、上巻を読んで、下巻に取りかかるまでに時間がかかり、下巻を借りて読み終わるまでもかなり日数がかかってしまった。上巻には、有森家(津島佑子さんの母方の家系)の家系図が添付されており、ときどきそれを見ないと人間関係がわからなくなるほど。

 「純情きらり」は脚本家(浅野妙子)により大幅に改変されているが、桜子の生き方そのものは原作のままで感動的。また、戦前・戦中・戦後の日本の家庭の様子が詳細に述べられる。
 本は、桜子の弟の勇太郎(末子ながら有森家の戸主になる)が、我が娘や姪(津島佑子さん)に家族の話を語る形をとっている。メモや、姉たちの手紙なども挟みながら、長い伝記小説のように。舞台は岡崎ではなく、甲府。したがって、「火の山」は「富士山」。副題の「山猿記」は、有森家の子どもたち(2男、5女と養女の8名)が、父親と一緒に山を歩き、鉱物学者の父親から石の話を聞き、木の実を食べて遊んだ想い出の記、との意味だろうか。

 ドラマでは東京大空襲が出るが、実際には甲府の空襲だ。戦争末期の無差別爆撃の頃であり、日本本土が次々空襲を受けた時の人々の様子、家族の生活、お互いの思惑や思いやる気持ちが勇太郎の眼で淡々と語られる。あんな時代があったな~、ほんのこの間のようでもあり、遠い昔のようでもあり…。と、自分の家族も思い浮かべながら読み終わった。


立山連峰 & 「第九」練習

2013-11-24 | 合唱

 11/24(日)、富山県下は久しぶりに暖かく晴れ上がった。が、この日のA紙朝刊の第一面には、「立山で雪崩 7人死亡」の大見出し、地方紙のKI紙は、さらに大きな見出しで、「真砂岳で雪崩 7人死亡」とあった。真砂岳の山頂付近で表層雪崩が起こり、7人が巻き込まれ死亡が確認された、と言うのだ。思わず、10/14日に室堂から眺めた山容を思い浮かべ、自然の変化と脅威に思いを馳せた。ご冥福をお祈りします。

 ↓は、「秋の立山」のブログです。真砂岳も写っています。    http://blog.goo.ne.jp/67kiyoh/e/1e961a4261a23435ef397085a849c912

 富山へ向かう道すがら、晴れた日は呉羽山の遥かかなたにクッキリと見えるはずの立山連峰。だが、この日はかすんで薄くしか見えない。今日も吹雪いているのだろうか?電線の上、中央辺が真砂岳だろうか?        

 ↓も、「願海寺(南)」辺りの道路から。やはり、左の剱岳の右が真砂だろう。明度とコントラストを変え編集したがこれ以上ハッキリは写らない。      

 24日(日)、富山市民芸術創造センターでの「第九」練習。私は、まだ○回しか参加していないので、この日はいくつもの誘いを断って参加した。男声と女声が別々の部屋に分かれてパート練習をする日だ。女声パートは白銀先生の指導だ。「上顎で歌う」ことを強調された。♪ あ~ ♪の音は人差し指の先を上あごに突きさす気持で、と言う具合である。ドイツ語の発音とリズム、発声が中心。母音で歌う練習を何度も。
 長年歌っている人がほとんどだろう。さすがにソプラノがとても美しい。アルトの高音部分は、私には出せない音がたくさんあった。残念ながら、年齢とともに音の幅が小さくなり、高音も低音も出しにくい。しばらくの練習だが、ボイストレーナーをつけてもらったような満足感があった。

 高岡への帰り道に、上の写真など撮ったりして寄り道したが、まだ4時頃なので美容院へ寄った。髪染めは近所の美容院でヘナで染めるが、ヘアカットはウイングウイング横の「マリオン」へ最近よく行く。1000円カットのお店だ。駅前で駐車場もあり、出かけたついでに寄りやすく便利だ。         

 私がカットしてもらっている最中、ママさんが妙に窓の外を気にしておられるようす。そのうち店に入って来たご婦人が(私は眼鏡を外していてよく見えなかったのだが)、”Speak English?”と聞かれた。手を横に振るママさん。とぎれとぎれに聞こえる単語は、ホテルをチェックしたいので、10分間車を止めさせてもらえないか?とのお願いらしい。首をかしげるママさん。”Ten minutes?”と確かめてOKが出た。
 便利な場所だけあって、無断で止める人が後を絶たないそうだ。だから神経質になるのも仕方がない。今後マンテンホテルに外国人のお客が来ることもあるし、駅前だから(隣に交番があるが)道を聞く外国人もいるだろうし、英語がわからないとダメやね、とママさん。

 私のカットは終わって店を出たが、あのご婦人は10分で戻って来られたかしら。その後どんな会話があったか、次回聞くのが楽しみ。


「第九」の練習 & ”K&Crew”コンサート

2013-11-23 | 合唱

 ↑は、呉羽芸術創造センターでの「第九」の練習風景です。11/10日、雨の日曜日だった。富山の「第九」は聴いたことはあるが参加したことはないので、一度くらいは歌いたい、今年が最後くらいかな?と申し込んだのだ。だがなかなか練習に行けない。日曜は行事がよく入り、木曜夜は雨など降ると運転も怖い。

 この日は、白銀先生の指導だった。細かい個所を部分的に何度も練習された。こうして続けるときれいなハーモニーが仕上がるのだろうな~。私のようなたまにしか行かない者が多いと、ぶち壊しになるようで申し訳ないのだが。 

 練習後外へ出ると、雨は降り続いていた。敷地内の木々の紅葉が始ったところだ。

  11/16(土)、高岡ウイングウイング4Fホールで、男声合唱”K&Crew”のコンサートがあった。翌日の「伸謡会」を控え忙しい日だったので、チケットは買わなかった。が、前日、急に風子さんからいただくことになり、途中まででも聴かせてもらおうと出かけた。昨年初めて、ウイングウイングでコンサートが開かれた時、男声だけの合唱の力強さやスマートさに魅了された。今年は、私は、1部と2部だけで中座したが、3部で”TOYAMAヴォカル・ソレイユ”(富山県出身の声楽家とピアニストで構成される女声ヴォカルユニット)とのジョイントや「みんなで歌おう」コーナーがあったようだ。聴けなくて残念だった。
 実は、私たちの合唱グループの元代表の方が入っておられ、ちょっと話をしたい気持もあった。彼は、都合で今回のコンサートには出ておられないので、お世話係をしておられ、しばらく話ができてよかった。

  ↓は、第2部の大曲「走れ わが心」(伊藤海彦作詩 大中恩作曲)のステージ。蒸気機関車への賛歌。第1部は、白のスーツ姿で、男声合唱曲を5曲。懐かしい三好達治の詩や立原道造、高村光太郎などの詩に大中恩が作曲した曲だった。 

 


映画 「かぐや姫の物語」

2013-11-22 | 映画・テレビ・演劇・芸能

  11/15(金)夜、砺波ロイヤルから一旦帰り、出直して高岡イオンへ。ほんの2,3日前に、以前海外旅行によく連れて行ってもらったNOちゃんから電話があった。「かぐや姫の物語」の試写会の券が当たったとのこと。彼女は小まめに応募しているらしい。1枚のはがきで2人入れるが、2枚当たったそうだ。1枚をもらい、ようこ姫さんと見に行くことにしていた。早めに着いて喜久屋書店の前で待っていると、もっと早く着いたと言う姫ちゃんが、なんと風子さんと一緒に来られた。偶然会ったのだそうだ。
  なんやかんやと喋って、翌日の「K&Crew コンサート」のチケットをもらうことになった。時間がなくて行かないつもりだったが、せっかくだからいただくことにした。

 さて、肝心の映画「かぐや姫の物語」は、高畑勲監督、スタジオジブリ作品のアニメである。高畑監督は、「アルプスの少女ハイジ」や野坂昭如原作の「火垂の墓」を作った監督だそうだ(今夜金曜ロードSHOWで再映されます)。

 14年ぶりの新作で、この作品は8年間かけたそうだ。その証拠に、竹取りの翁役は、地井武男さんです。コレが遺作になったそうだ。
 ↓は、翁の掌で眠っているかぐや姫。そんな小さな姫が、スクッスクッと、ぷくっぷくっと大きくなるのが可愛く、面白いのです。   

  そして、かぐや姫は翁と媼(声:宮本信子)のもとですくすく育ち、村の子供たちや捨丸少年(声:高良健吾)と山里で思い切り遊びまわります。 

  が、翁は、美しく賢い姫を都に連れて行き、高貴な姫に育てようとします。自分も高位を得ようとします。竹の中から出て来た金銀宝で都に大きな邸を建てます。媼はは反対するのですが…。姫は山村での生活を思い出し悲しみにくれます。

 5人の貴公子が求婚に来て、それぞれ難題に取り組むのは「竹取物語」のそのままです。
 話のあらすじは原作のままですが、村の少年との交流や都での生活が描かれます。「姫が地球に来たのは、月で罪を犯したので罰としてこの穢れた地に下ろされた、罪の償いの期限が終わったので迎えに来た」と、月の使者は言うのですが…。

 どんな罪なのか、何が罰なのか?その謎は、私には解けなかった。だが、姫が、「地球は穢れてはいない、彩りに満ちている」と答える姿は、富や地位ではなく、生き生きと生きることが幸せでは?と問いかけているようでもある。

 絵が水彩の筆でサッと描いたようなタッチでとても美しい。また、豪華な声優陣がどの役を演じているか想像するのも楽しいですよ。
 ちなみに、姫は朝倉あき、上述の3名の他に、高畑淳子、田畑智子、立川志の輔、上川隆也、伊集院光、宇崎竜童、中村七之助、橋爪功、朝丘雪路、仲代達矢と言うそうそうたる顔ぶれです。11/23(土)から公開です。


腹話術のお姉ちゃんと「秋桜」

2013-11-20 | 日記・つぶやき

 同窓会の後日談がいろいろ続く。能登の同窓会で、久しぶりに会った小矢部のNOさん。「くまさんどうしておられる?懐かしいわ~。会いたいわ~。」と仰る。くまさんのブログのコメントで、そのことを伝えて、「お風呂にでも行きませんか?」と添えた。

 次回のMiTuの練習時に、「私の空いてる日はこの日とこの日とこの日。砺波ロイヤルでもどうですか?」とくまさんから提案があった。後はNOさんに電話をかけて決めるだけ。会った時ついでに(失礼!)声をかけたりして、5人になった。偶然、かつてスペインやトルコへ行った仲間。当時、私が作った大きなアルバムを持って来て、とYAさんに頼まれたので持参する。メールやブログのコメントや電話で、サッと連絡をとれるのが嬉しい。
 私自身、その後怪我をしてお風呂にも入れない状態だったが、そろそろ復帰し始めたところ。でも、くまさんの「車で迎えに行ってあげるよ」の言葉に甘えて、小杉から清水町まで迎えに来てもらった。

 11/15(金)、雨模様の日だった。砺波ロイヤルホテルは日中のせいかガラガラ。広い広い和室(こんな部屋がいくつもあり、宴会に使うのだろう)にお客は私たちだけ。一人占めで、歌おうと踊ろうと大声で喋ろうと自由自在。

 お茶を飲み、持ち寄りのお菓子を食べ、お喋り。昼は中華レストランでランチを食べる。合間にお風呂に入り、くまさん指導で、ヘルスコーナーもある。春、古洞の森で森林浴をしながら教わった「膝・足マッサージ」。
 極めつけは「腹話術コーナー」。大きなスーツケースと大きなカゴ。さては!と思ったら、やっぱり!! ケースの中から等身大のお人形。今日は、眼鏡をかけた「おばあちゃん」だって。くまさんは黄色い帽子の保育園児。自作のスキットは、題して「おばあちゃんのお耳」。都合の悪い話は聞こえないふりをするおばあちゃん。”よてつんぼ”のお話です。

 ↓ お人形のおばあちゃんが話しています。くまさんの口は閉じたまま。

 ↓ くまさんが話しています。おばあちゃんは聞いているだけ。       

 トップ写真は、二人が会話しているところです。4分ピッタリ。これを、明日新潟で発表するんだって。初めての検定試験だそうです。

 もう一つ、↓は、くまさん持参の絵本。さだまさし 作詩作曲の「秋桜」の絵本。
 ♪ 薄紅の 秋桜が 秋の日の 何気ない 陽溜まりに 揺れている ♪ きれいな詩にきれいなメロディ。でもリズムが難しい曲だ。来年のコンサートで歌うため特訓中。前より少しリズムに乗れるようになった。がまだまだそろわない。皆さんに美しいハーモニーをお聞かせできるよう、自分たちも楽しく歌えるようになりたいもの。            

   

 そして、写真はないが、7,8年前のスペインとトルコの旅。
 スペインは、ひまわりの季節、バルセロナ、ミハス、グラナダ、コルドバ、セビリヤ、トレド、マドリッド…北以外はほとんど回った。
 トルコは、年暮れの寒い季節、イスタンブール、アンカラ、カッパドキア、パムッカレ、イズミール、トロイ…。
 退職後、毎年のように外国旅行をしていて元気な頃だ。YAさんいわく「あの頃が一番輝いていたわ~」だそうです。


キリコ会館 & 「白鳥路ホテル」 

2013-11-19 | 旅行

 10月半ば、同窓会で能登へ行った時、2日目に寄ったのが「キリコ会館」。パンフには、能登のお祭館と書いてある。輪島市塚田町にある。輪島は、「世界農業遺産 里山里海」の認定を受けているのだそうだ。

 ついでにもう少しパンフから紹介すると:
 ♪ キリコ祭りにや 帰ってこいや ♪ 能登では今でも生活の中に 脈々と祭り心が息づいている
 祭礼の夜空をあかあかと彩るキリコ 疫神退散 豊作大漁を祈願する あふれる汗と雄叫び ふるさと賛歌

 と書いてある。
 7月の「宇出津あばれ祭り」に始り9月まで、能登の各地でキリコ祭りが開かれるそうだ。会館の中はとても広い。         

 回り中にキリコが展示されている「キリコの杜」。         

          

 ↓ 大凧。          

 ↓ キリコの前の人形。

                

 その後、総持寺を回り、金沢駅に着いたのは夕方だ。東京から来た人は都内へ戻ると夜中になるので、金沢に泊まる人がいた。お付き合いで私も泊まった。金沢で宿泊なんて初めてかも。KKRにするか、「白鳥路」にするか迷った末、市内の天然温泉に惹かれ「白鳥路ホテル」を予約した。

 ↓は、加賀料理の夕食。お品書きは「神無月会席」。↓ 食前酒。杏だったかな?              

 ↓ 前菜。底引き網鰈一夜干し、揚げ稲穂、揚げむかご、揚げ銀杏、焼き栗、柿釜盛り、五島金時レモン煮。           

 ↓ 吸い物は、松茸土瓶蒸し。 器もご覧ください。       

 ↓ お造りは、「秋波の日本海より」。           

 ↓ 蓋物。うなぎと加賀蓮根の蓮蒸し、銀あんかけ、花麩。           

 ↓ 焼きもの。秋鮭田楽、あしらい はじかみ。           

 ↓ 揚げ物。大和芋磯辺揚げ、松茸、青唐。これは手をつけてしまい、整えたが盛り付けが変です。         

 ↓松茸ごはんとみそ汁。

             

 香のものと水菓子は省略です。

 次に、朝食バイキングより。↓ 食堂入り口に。     

 写真はほんの一部です。↓は、加賀車麩の卵とじ。  

 ↓ 左から 茄子のオランダ煮と里芋のそぼろ煮、ビビンバ山菜。

            

 ↓ 左から 春雨サラダ、 小女子と胡桃のつくだ煮。       

                      

 兼六園近くのホテルなので、半日ぶらぶら散策をと思ったが、午前中ホテル内でゆっくりし、昼頃もう発って行かれた。前日は台風のため電車が運休し、米原まわりで能登まで来られたので、ゆっくりとくつろげてよかったのでは、と思っている。


高岡市芸術祭 & 切り絵展

2013-11-18 | イベント

 高岡市芸術祭は、舞台公演が邦楽は11/3に、洋楽は11/10に、美術、茶道などもその前後に催されるのが例年の習わしだ。能楽は3,4年前から「連調連管」で、「西王母」や「胡蝶」を演奏している。今年は、笛、太鼓の他に小鼓も加え、地謡もすべて女性で、総勢20名ほどで「岩船」を演奏することになっていた。いつもの「青年の家」能楽堂と違い、高岡文化ホールの大ホールなのでやはり緊張する。お稽古も早くから念入りにしていた。
 10/30の夜は、青年の家の能舞台で申し合わせ(リハーサル)がある予定だった。その3日前の夜、不覚にも自転車で転倒し、左胸と左脛に打撲傷を負ってしまった。

 八ヶ岳の一泊旅行の帰りである。電車の旅行の場合、朝、晴れれば駅まで自転車、雨ならタクシー、と勝手に決めている。その日は自転車だった。27日(日)夜、高岡駅南口でバスを降り解散の予定だった。お土産やバッグを荷台に乗せ、慎重に夜の街を7,8分走れば我が家だ。だがその日は、夕食を食べましょうと話がまとまった。ここで気が緩んだのだろう。まして、たくさんの土産を姫ちゃんが愛車で運んであげると言う。小さいバッグ一つで、身軽に自転車置き場を出たのがいけなかった。歩道から車道へ出る時、チョッとふらついたのをすぐに降りればいいものを、無理して立て直そうとしたのもいけなかった。境界ブロックにぶつかり転倒。自転車とブロックに左足を挟まれ、左脛を強打、左胸もハンドルに打ったようだ。それでも家まで自転車には乗れた。帰宅後、脚を見ると2倍ほどに腫れている。痛みも増す。救急車とも思ったが、ともかく応急処置を、と冷凍庫からありったけの保冷剤を取り出し、冷やす。
 翌朝、かかりつけの整形外科へ行くと、「レントゲンでは骨折もなくひびも入っていません。後は自然治癒ですね。鎮痛剤と湿布薬を出しましょう」と言われる。ひとまずホッとした。せっかくお稽古していた「岩船」、緞帳が上がり、下がるから、立ち座りはいらないと先生に励まされ、横座りで出ることにした。

 ↓は、その時の写真だ。なはさんが撮ってくださった。他の日本舞踊もなはさんの写真をお借りした。           

             

 ↓は、詩吟で「氷雪の門」。終戦時、樺太真岡へソ連軍が侵攻した時、真岡郵便電信局にて連絡業務のため残った電話交換手の石碑だ。稚内の海辺にに建っている。その出来事を構成吟で演じられた。           

 文化ホール2階では、折しもSUさんが所属される切り絵の会の展覧会が開かれており、空き時間に鑑賞した。           

 ↓は、SUさんの「彦根城」と「牡丹」。どうしてもガラスに後ろの額が写り、かなり暗く修正した。          

          

 ↓は、左から、「かわいいね!三男誕生」、「祈り」、「良寛、五合庵からの吊り橋」。

             

 ↓は、「舞妓はん」、

 ↓は、床に飾ってある「椿」。西王母かな?朝、SUさんの庭で摘んだものだそうだ。          

 どの作品も、細かな作業が伺われ、汗の結晶と言うべきか。ただ、感心して見入っていた。


秋彩の軽井沢・八ヶ岳高原列車・南アルプス天空遊覧の旅《高原列車》

2013-11-17 | 旅行

 学生の頃、「小海線」がきれいと言う話をよく聞いた。それ以来、一度乗ってみたいと思いつつ、小海線にだけ乗るという旅には出合わなかった。
 ところが、今度の「八ヶ岳高原列車」と言うのがそれだった。JRの最高地点を走る企画だ。小海線(小淵沢~小諸)の「清里駅」から「野辺山駅」までの一区間だけ電車に乗るのだ。あの有名な「高原列車は行く」の歌は、ここを歌ったものかと思ったが違うらしい。

 10/26,27、阪急の軽井沢・八ヶ岳の旅に参加した。一泊二日のコースは↓のように盛りだくさん。だが広範囲にまたがらないゆったりコースだった。
 1日目:上田城、旧軽井沢散策。 2日目:清里駅~野辺山駅まで小海線のJR八ヶ岳高原列車に乗る・入笠山ゴンドラから八ヶ岳の山々を見る。 

 2日目、ホテルを出るとまっすぐ「清里駅」へ。駅前にC56の機関車が保存してある。真中は駅正面。そこから遠くはるかに富士山が見える。

            

 ↓ 駅プラットホームに建つ、駅名標識。ここは、山梨県北杜市高根町。標高1274.694mはJRでは2番目の高さ。        

 ↓ 単線の線路。              

 ↓ 電車の中から。

           

 ↓ 「野辺山駅」の駅名標識。ここは、長野県南佐久郡南牧村。標高1345.67m。JR最高地点の駅。             

            

 ↓ 乗って来た電車。            

 ↓ 野辺山駅。と駅前の街路樹。 

                   

 この後、チーズケーキ工場に寄り、またまたたくさんのお土産を買い、入笠山(にゅうかさやま)ゴンドラへ。ここは長野県富士見町。春、夏はお花の宝庫と言われる山だそうだ。この日はマウンテンバイクの練習で賑わっていた。
 ↓ ゴンドラにバイクを積む若者。人は6,7人乗りだったか。バイクと人は2人と2台?
         

 ↓ ゴンドラの中に「八ヶ岳」の山の名前が描いてある。が、立山連峰よりもっとわかりにくい。ゴンドラの中から山々を見るより、マウンテンバイクが駆け降りる様を眺めていた。        

 ↓は、ゴンドラの中から後続のゴンドラを撮ったもの。

 ↓ 頂上で。山頂からは360度 八ヶ岳、乗鞍、御岳、北アルプス、中央アルプスが見えるらしい。      

 ↓ バイクを降りて一休みのお兄ちゃんと彼のバイク。一息ついたら、また駆け降りるのだ。

              

 ↓ 降りて来たバイクの人たち。

 以上ですべての日程は終わり。時間に余裕があった分、皆さん、お土産の量が多かったようだ。


つれづれな日々⑧~プリズム眼鏡・太鼓特別稽古・パソコン故障

2013-11-15 | 日記・つぶやき

 日々の生活の中でちょっと気になる小さな出来事がある。いくつかたまったそんな記事を、”つれづれな日々”として書くことにしました。今日は8回目です。

 〈八ヶ岳高原列車の旅〉をチョッと延期して日常生活に戻り、眼鏡・太鼓のお稽古・パソコンと、私の生活に欠かせない出来事をさしはさみます。

 《プリズム眼鏡》
 こんな名前の眼鏡をご存知だろうか。↓は、私のプリズム眼鏡である。     

  9月中旬2度の入院で白内障手術をした。コンタクトレンズが不要になり、ホントに便利にはなったが、物が二重に見える障害は残っており、ひとまず眼科のTA先生に処方してもらったプリズム眼鏡を眼鏡屋に注文し、かれこれ1ヶ月ほど使っている。遠方がスッキリ見え、運転中はこのうえなく快適だ。だが、眼鏡をかけたまま日常生活を送るには、重くて煩わしい。レンズの両側が分厚く、写真でもわかるように左側が特に厚い。
 斜視を治す手術もあるそうで、次回の診察の時に詳しく聞き、先生と相談するつもりだ。

 《太鼓のお稽古》
 今年最後の太鼓の演奏が、17日(日)に迫った。転倒して打撲した左脚はまだまだ完治していないが、「お浚い会だから、気にせず横座りで出るといいよ」と先生は仰る。芸術祭のあと、2度あるはずだった平米公民館のお稽古が先生方の都合でお休みになり、急きょ太鼓の弟子3名は先生のご自宅に押し掛けることになった。「竹生島」の早笛と舞働きの両方が入る曲で、何度かやっている曲だが久しぶりなので合わせなければならない。9日(土)夜、波岡の上田先生宅に集まった。二人ずつ2度ずつお稽古をする。思い切り撥を上げて打つと気持がいい。
 お稽古が終わり、太鼓に掛けられた袱紗の句に惹かれた。

       「とつたんと 拍子の音や 初稽古   親」 と 書いてある。

 太鼓の拍子に、♪ ツハアン ツヤアン ツハアン トツタン ♪ と言うのがあるが、その ♪トツタン♪ の音が聞こえ、初稽古が始っているな、と言う、お正月の清々しく凛とした情景を詠った句だろうか。そのリズムが聞こえて来るようだ。「親」とは、太鼓方の宇野親一師のことで、観世流太鼓方の宗家がご病気かなんかで宇野先生の指導を受けた時にいただいたものだそうだ。    

 ↓は、帰りがけに、先生の奥さまがお茶菓子を取り分けて入れてくださった時の紙袋。「不破福寿堂」の包装紙を折ってホッチで止め、紐をつけて持ちやすくしてあるアイディア商品。もちろん手作りだ。いつか開いて、作り方を真似て、私も作り置きしておこう。            

 《パソコンの故障》
 先週、二日間ほどパソコンに電源が入らなくなった。2,3日前から”ようこそ”が画面に出た後、いつまでたっても”ようこそ”のままで、何度か強制終了をした。そのためセーフモードが出たりしている中に電源すら入らなくなったのだ。個人の方から買ったパソコンなのでお店に走るわけにもいかず、「取り説」を出して読み、ためしたり、自分なりにいろいろやってみたが、ダメ。その間、パソコンがないとこんなに寂しいものかと思った。

 とうとうIさんに電話した。「夜、伺います」と言われ、待っていると、「どうしても子どもの世話をしなければならなくなり…」とのこと。子どもを連れて行ってもいいか、と言われる。もちろん、どうぞどうぞ、だ。
 しばらくして、お父さんより先に玄関に入って来た5歳の坊や。手にゲームのDVDを持っている。めったに見ないDVDの操作、わかるかな~と言いながらテレビの前に連れて行く。「電車はないの?オモチャは?折り紙でもいいよ」 と矢継ぎ早の質問だ。我が家には絵本ぐらいしかない。「恐竜の絵本ならあるよ」と言うと、「恐竜は好きだけど」、今は絵本を見る気分じゃないそうだ。「何か飲む?」と聞きながらジュースさえ置いていない、と気づく。「牛乳でもいいよ」と言うので、牛乳をコップに注いだ。

 結局、二人で一緒にテレビでゲームを見た。リモコン操作で、画面の選択肢を選べることもわかった。
 もう一つ、ゴチャゴチャ何でも置いてある私のテーブルの上から、彼はポータブルのテープレコーダーを見つけ、興味津津。私が合唱のパート練習や、謡、太鼓の練習に使う大切な道具。「ミサアンジェリカ」のテープを入れてあげる。今風のミサ曲だ。その曲が気に入ったか、音が出るのが面白いのか、あちこちのボタンを押してみている。赤いボタン(録音ボタン)だけ押してはダメやよ、と言っておく。           

 その間、和室に出しておいたノートパソコンをお父さんが点検。ウイルス対策ソフトが頻繁に更新を要求していたのを無視していたのが原因らしい。電源が入らないと言うので、大変なことになっているかと心配して来たけど、すぐ直せてよかった、とホッとした顔。いろいろアップデートしておきました、と仰る。子どもの世話をしてもらい、ととても恐縮されたが、私も何十年ぶりかで子どもと遊び、楽しかった。
 それにしても、我が家はすっかり老人の家になってしまったな~。 


秋彩の軽井沢・八ヶ岳高原列車・南アルプス天空遊覧の旅《旧軽散策》

2013-11-14 | 旅行
 
熊野古道ウオーク
 10/8(月)、「南紀12景の旅」の宿は、串本ロイヤルホテルだった。砺波ロイヤルと同じ大和ハウス系列だそうだ。バスの中で、プラス5,000円でスイートルームに泊まれますがいかがで...
 

  ↑は、昨年10/8、9に阪急ツアーで「南紀の旅・世界遺産12景巡り」へ行った時のものだ。
 
 今年の阪急ツアーは、10/26,27の軽井沢・八ヶ岳の旅だった。一泊二日のコースは↓のように盛りだくさん。だが、昨年のように広範囲にまたがっていないのでゆったりコースだった。

 1日目:上田城、旧軽井沢散策。 2日目:清里駅~野辺山駅まで小海線のJR八ヶ岳高原列車に乗る・入笠山ゴンドラから八ヶ岳の山々を見る。 

 上田城を出た後、バスは南下し軽井沢に入る。「旧軽銀座」の散策がコースに入っている。”3つの食べ歩き散策マップ”をもらい、旧軽のメインストリートを歩く。ここは昔の中山道。↓の「土屋写真店」には当時の街道の写真が並んでいた。    

 ↓ 通りを歩く人々。田舎の道と変わらない。が、高級品の並ぶ新しい店もある新旧とりまぜた楽しい通りだ。

 ↓は、駐車場を出てすぐ目についた「軽井沢旧駅舎」。           

 ↓は、左から、「旧軽井沢森の美術館」、チャーチストリート入り口、「軽井沢教会」。

           

 小物の店、ジャムの店、洋服の店などでショッピングを楽しんだ。日差しが明るく暖かいが風が冷たい。やはり軽井沢だなぁと思う。
 ↓は、衣料品のアウトレット。案山子さんと入り、藤色のとっくり首のセーターを買った。サイズや他の色など尋ねたら、「ここはアウトレットだから。サイズの取り揃えはありません」とおじさん店主に居直られた。そうか、小型のアウトレットってこんなものか。1着1050円なり。
           

 ↓は、「珈琲歌劇」と言う名のコーヒー店。「帰りにここに寄って一服しよう」だったが、入って待つが連れが来ず、結局お水だけいただいて退散した。

            

 この日の宿は、「ホテルグリーンプラザ軽井沢」。場所は群馬県嬬恋村だ。県境なのだろう。大きな山小屋風の立派なホテルだ。          

 お風呂に行くにも食堂に行くにも、エレベーターを乗り換え迷子になりそう。ホテル内の長い廊下には暖房が入っている。部屋も大きく階下は和室、2階はベッドが二つある。5人で2部屋とってあり、私たちは3名組。案山子さんと私が梯子段を上り2階へ。ようこ姫さんが階下の和室。さっそく、買い物の品を披露しあう。↓は、ようこ姫さんの獅子頭、私の馬のそれぞれ親子かな。姫ちゃんは来年のお正月用に、私も来年の干支(娘は午年)と思っての買い物だ。(この馬、実際には娘に不評)        

 夕食のバイキングで、蒼山会のOさんご夫婦と一緒になり驚いた。大勢の参加者で朝から気づかなかったのだ。
 入浴の帰りに、ロビーでソロコンサートが開かれていた。ソプラノ2人、テナー一人の若者たちだ。ドレスアップして、オペラのアリアや日本の歌曲を歌われ聞き惚れた。カメラを取りに戻るには部屋が遠すぎ、写真がない。このロビーは、翌朝は野菜の朝市が開かれていた。やはり、山小屋のムードがいっぱいだ。

 ↓は、ホテル周辺の街路樹の紅葉。朝、チラホラと旅行客が動き出す。近くにバス停があるのだ。 バス停で写真を撮り合う旅行者。     

          

 この後、JR小海線「八ヶ岳高原列車」に乗る。 


秋彩の軽井沢・八ヶ岳高原列車・南アルプス天空遊覧の旅《上田城》

2013-11-13 | 旅行
 
南紀12景の旅
 かなり前から、なぜか熊野古道や白神山地へ行ってみたいと思うようになった。暇になると同時に、足腰が弱くなり、山道は無理とほぼ諦めていたのだが…。最近山歩きをす...
 

 ↑は、昨年10/8、9に阪急ツアーで「南紀の旅」へ行った時のものだ。
 
 今年の阪急ツアーは、10/26,27の軽井沢・八ヶ岳の旅だった。一泊二日のコースは↓のように盛りだくさん。だが、昨年のように広範囲にまたがっていないのでゆったりコースだ。

 1日目:上田城、旧軽井沢散策。 2日目:清里駅~野辺山駅まで小海線のJR八ヶ岳高原列車に乗る・入笠山ゴンドラから八ヶ岳の山々を見る。 

 上田城跡公園は、今年4月、ちょうど桜が終わった頃に義妹と訪れた。上田駅から歩き、公園内、街中と自由にゆっくり散策した。今回はガイドさんつきだ。
 二の丸橋から入る。↓は二の丸橋標柱。文字がユーモラスだ。
            

 昭和初期私電が走っていたそうで、↓はプラットホーム跡。            

 ↓ ケヤキ並木の遊歩道は、二の丸濠跡。            

 ↓ 復元された「東虎口櫓門」。右は枝垂れ桜。満開の頃はさぞ見事だろう。おや!ここで「おもてなし武将隊」が待っていてくれるはずなのに…今日はお休み?それともお出かけかな?           

 トップ写真ポスターの「紅葉まつり」にはちょっと早いが、園内の木々は美しい。            

              

 一回りして、バスが駐車している「観光会館」へ入ったら、おもてなし隊の皆さんは昼食中だった。「私、4月にも来たんだけど、あの時、門の前におられた幸村公と同じ方ですか?」と尋ねると、すかさず「さようでござる」とのお答え。身軽に、甲冑レプリカの前でポーズをとってくださる。       

 ちゃっかり記念撮影もお願いした。今回も合い言葉「さなだっ、じゅうゆうしっ!」と叫んで。       

 ますます上田が好きになった。この後、軽井沢に向かいます。           


「10月の旅」よりこぼれ話

2013-11-11 | 旅行

 10月は旅行が集中した。早くから計画したものばかりで、一泊ずつだし間を空けたつもりだったが、月に3度はやはりきつかった。挙句の果てが大怪我だ。

 だが、旅行そのものはそれぞれ楽しく(まだ最後の八ヶ岳を紹介してないが)、新しい発見もあり、またまた行きたくなりそうだ。が、しばらくはおとなしくしていよう。

  《京都への旅~徳光PAのトイレ》
 バスツアーでは、PAのトイレは貴重な存在。バッグを掛けるフックが低くて嬉しかったり、洋式が少なく嘆いたり、洗面所にお湯が出て喜んだりだ。ここのトイレには杖置きがあり、ナルホド親切だなと思った。杖をついて旅行する高齢者が増えたということだろう。       

  《京都への旅~草津PAの”くまモン”と亀岡PAの”かめまる”》
  滋賀県草津のPA「モテナス草津」には、滋賀県はもちろん、京都、伊勢、名古屋、北陸のお土産を取り揃えています、と添乗員さん。なるほど中に入るといろいろある。熊本県のゆるキャラ”くまモン”の各種マスコットがいっぱい。         
 ”くまモン”は、2011年のゆるキャラブランプリ第一位だそうだ。全国各地で販売されている人気者とか。       

  ↓は、京都亀岡の”かめまる”。明智かめまるくんは「明智光秀を大河ドラマに」のキャンペーンでも活躍中だ。よくよく見ると、保津川下りとトロッコ電車のPRもしている。保津川下りは、京都嵯峨からここ亀岡までの川くだりだそうだ。11月末に伏木写友会から撮影旅行に行くのに誘われており、この日は参加を決めたのだったが…。       

        

  《能登への旅~総持寺前で》
 能登への旅の2日目、キリコ会館と総持寺へ寄った。総持寺の門前市に小さな植木市があり、園芸好きの何人かが立ち止まった。鮮やかな黄色の藤のような花。ユリ科ホトトギス属「紀伊上臈ホトトギス」と言うそうだ。花も華やかなら、名前も華やかなこと。育て方を質問していた人はいたが買ったかどうかはわからない。バスが運ぶとは言え、鉢ごと持って帰るとなれば重いだろう。       

        


今年もいただきました!

2013-11-08 | 日記・つぶやき

 

 
同級生からのたより~”趣味と仕事を兼ねて”
  ↑の写真は、最近の我が家の玄関である。あまり変わり映えしないのだが、新たに2つの置物が加わった。右の”編み物をするおばあ...
 

  まだ雪のある頃から企画し、早々とお誘いのあった同窓会、さまざまなハプニングがあったが無事に楽しく終了した(キリコ会館などは後日に書きます)。その後、いろいろな友達からメール、電話、葉書きが届きまだ余韻が残っている。
 この同窓会は城端小(旧町)の卒業生が中心だが、旧村の小学校卒(もちろん中学では同学年)で移住した人、嫁いで(養子に)来た人、市外から嫁いで来た人、県外からも参加できる人、初参加の人、などなどとバラエティに富んでおり、今から思うとあまり言葉を交わさなかった人もいて後悔しきりだ。

 さて、幹事で忙しかった城端のくみこさんから、野菜と果物をいただいた。大きな水島柿。これは柿の好きな友達が多い「茶々姫教室」へ持って行きお裾分けをする。           

 ↓も、くみこさんからの野菜たち。牛蒡も里芋も洗って食べるばかり。カボチャはくり抜いて中に詰め物をしてレンジでチンして食べてね、と電話があった。他に赤ずいきの酢物も瓶づめに。あっと言う間になくなり写真がない。            

 東京のSEさんからは九十九湾のスケッチが届いた。NAさんが釣りをしている間、横で手帳にスケッチしたのだそう。帰宅後紙に描き、水彩で着色。船はボールペンだって。 

  そして、以前もいただいたトンボと蝶の置物。友達がほしいそうだから、ひとつあげたよ、と言ったら、じゃあ最後のひとつを送るからと電話があった。 

 台風を押して東京から参加の男性3名は、金沢の友人の世話でホテルに前泊し、夕食をご馳走になり、おまけに当日午前中友人の奥さんに城端まで送ってもらい、墓参りや親類訪問をしてから城端勢と一緒にバスに乗ったわけで、故郷の友人たちの心づくしに大感激のようすだった。
 台風に振り回され宴会直前に宿に到着した女性軍も、翌日親類や知り合い宅でくつろぎ帰って行かれたようだ。
 お世話下さった幹事の方たち、ほんとうにありがとうございました。