今回は、嵐圭史の”のっそり十兵衛”に、藤川矢乃輔の”川越源太”である。 6月に、藤川矢乃輔さんのお話の会で、見どころや苦労話を聞いたので、ますます楽しみが増していた。
・原作/幸田露伴
・脚色/津上忠
・演出/鈴木龍男
・出演/嵐圭史、藤川矢之輔、他
〈あらすじ〉 寛政年間のこと…明和の大火で焼失した谷中感応寺は、名うての棟梁、川越源太により本堂、書院とも見事に再建され、残る五重塔も源太に申し渡されていた。 源太が絵図面を持って、感応寺へ行くと、同じ頃、どうしても朗円上人に会いたい、と言う男がやって来た。
源太の世話になっている、渡り大工の十兵衛だった。 腕はよいが、世渡り下手で”のっそり”と仇名される十兵衛は、夜通し寝ずに五重塔の雛形を作り、自分に造らせてほしいと、上人に訴える。 真柱(塔の中心の柱)を鎖で宙吊りにし、重心のバランスをとることにより、どんな大風、地震にも耐える、と言う新工夫に上人は目を見張る。
「建てる塔はただ一つ。 この決着は二人の相談に任せよう。」と上人は、兄弟二人が譲り合い、助け合って川を渡る説話を語り、二人を諭す。 悩んだ末、源太が折れて、「自分が脇にまわるから二人でやろう」と申し入れるが、十兵衛はそれさえ断る。 結局、十兵衛を棟梁とし、源太は材木の手配や大工達の統率など陰で力を貸し、塔は完成。 ところが、落慶式の前日に嵐が塔を襲う・・・。
嵐の中、真柱の台座で出会う、源太と十兵衛。 両人とも懐には刀を隠している。 十兵衛にとっては、命がけの仕事だった。 翌日、晴れ渡った桜満開の日の落慶式で一同が喜びあうなか、上人が二人を呼び、「江都の住人十兵衛これを造り、川越源太これを成す」と墨も鮮やかに銘を記す。
ここで幕が下りてカーテンコールとなる。
藤川矢乃輔さんは、先日の穏やかな優しい顔とは大違い、男っ気のある気風のいい棟梁姿。 嵐圭史さんは、穴のあくほど見つめても(実際には、後ろの席で顔はよく見えなかった)、ご本人とは思えぬ変わりよう。 いかにも’のっそり’で野暮ったい。 ただ、一瞬、どうしても塔を建てたいと意地を見せる時だけは、違った。
私にとっては、嵐さんは、昨年は「親鸞」で、まだお若い時には、「子午線の祀り」の平知盛で、印象深い俳優さんだ。 姿、声、演技と3拍子そろった前進座の重鎮である。
舞台が美しいのは前進座の特徴だ。 完成間近の仕事場。 かんな削りも大工さんから習うとか。 薄い削りくずがひらひらと舞っていた。
さて、久しぶりに会った、同じサークルのNaさんが、終演後のロビーで、「幸田露伴の原作をもう1度読んでみたい。 前進座らしい筋が一本通っている(表現は違っていたかも)舞台だったね」と言われた。 とっさに意味が飲み込めず、トンチンカンナ応答をしたが、家に帰り気付いた。 落慶式で、皆が、喜びあうなか、十兵衛が言う。
「こうやりてえ、こうすればできるんだと、ひとりでじたばたしても、決してできるもんじゃねえ。 こう言う仕事は、みんなの力が合わさって、はじめてし遂げられるんだと言うことが、わかってまいりました。」
”十兵衛の塔造りにかける情熱と斬新なアイディア、周りの人たちのチームワークに気配りする源太の陰のリーダーシップ、それに共感して手足となって働く人々がいて見事な塔が建つ。”と、どこかの演劇鑑賞会の人がNHKの「プロジェクトX」のようだ、と感想を述べておられたが、その通りだと思った。