Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

庭木の剪定

2018-06-30 23:09:15 | 日記・つぶやき

 芦屋から帰った翌日は、配布物や集金、接骨院で明け暮れた。さらに翌日は、以前からの約束でシルバー人材センターから庭木の剪定に来られる日。
 昨秋は人手不足で剪定抜きで雪吊りをしてもらったので、春以来5月、6月と枝も葉も伸び放題、前庭は原生林並みだった。

 梅雨明けはまだだが、風のない真夏のような暑い日。3人の人夫さんが来てくださった。お隣は連日の解体作業。さらに向うのお隣も業者さんが入っておられ、3軒並んで道路に小型・大型トラックが数台止まった。私は午後はお茶教室。誕生会の打ち合わせも済ませ、帰宅途中高岡文化ホールに寄った。

 👇は、「白球の軌跡・全国高校野球選手権富山大会」の記念写真展。

 👇は、「自然との対話・池田大作写真展」。

 ゆっくり見て接骨院に寄り、帰宅すると…。柳もバラも短く刈り込み、紫陽花やむくげは花のつく枝を残してある。原生林みたいだった前庭がスッキリ。

 隣の解体作業もほぼ完了、来週は裏庭に倒された木々の撤去作業だろう。家の中が明るくなり、隣の隣、MOさん宅がよく見える。逆に、我が家もよく見えるようになったわけだ。ちょっと緊張するな~。

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ふたたび芦屋へ

2018-06-29 20:59:55 | 日記・つぶやき
 
芦屋への旅~”ザ・レジデンス芦屋スイートケア”
 5/16(火)、17(水)に一泊二日で芦屋に住む義弟夫婦を訪ねた。1日目、大阪駅内の「ホテルグランヴィア大阪」和食レストランで、義妹の友人に豪華ランチをご馳走になった。その後、J......
 

 👆は、昨年5月、義妹と一緒に芦屋に住む義弟夫婦を訪ねた時のブログだ。義妹はその後も何度か訪ねているが、私は来月7月、ほぼ一年ぶりに息子も一緒に訪ねる計画を立てていた。
 その矢先に義弟の突然の訃報が入った。6/26(火)、ちょうど亡夫の月命日でお寺さんのお参りがすんだ頃だった。名古屋、関西方面には義弟たちや奥さん側の弟妹さんもおられるが義妹もすぐに駆け付けた。

 私は翌日、千葉の息子と連絡をとりながら、ほぼ同じ時刻に芦屋に着いた。すぐに市内のホールへ。翌日は告別式。お棺の前に白いお花をいっぱい飾り、近影と奥さんと二人の仲睦まじい写真を飾った家族葬。     

 翌日、3番めの義弟の車で息子と私は「ザ・レジデンス芦屋スイートケア」を訪ねた。
 👇は、20階の部屋の窓から見た”芦屋マリーナ”。     

  家族葬と言うこともあり、時間がたっぷり。義弟妹たちは長兄、次兄との思い出に、甥っ子たちは叔父さん夫婦に連れて行ってもらった万博や甲子園や氷見の海での思い出に話はつきなかった。
 息子も仕事をキャンセルして2日間参列してくれて本当によかった、と思っている。今日29日は東北へ出張に行っているはず。私も膝痛、首痛、息切れと言いながら無事に最小限の役目を果たせた。

 芦屋、もう行くこともないかもしれないが、ここには「谷崎潤一郎記念館」があり、「細雪」の舞台だ。息子は以前仕事で神戸に滞在していた時訪ねたことがある、と言っていた。
 👇は、ネットの写真から。

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「龍尚会能楽発表会」’18 & 首がまわらな~い!

2018-06-25 16:56:37 | 能楽

 「段差にも 寒暖差にも へこたれず」  (栃木県 男性)

 👆は、A紙の川柳の欄の投稿からである。選者の評に「傘寿吟」と短くあり、投稿者が私と同じ「傘寿」と知った。実は、私も所属するある会から傘寿のお祝い(金一封)をいただいたばかり…。嬉しいような迷惑なような複雑な気持ちでいた。が、こうはっきりと、”へこたれず”と言われると元気が出る…。

 ところが、ところがである。6/17(日)「龍尚会謡曲大会」前後からちょっと左肩に違和感を感じた。いわゆる肩こりだ。ちょうど10年前の秋以来だ。キッチンのリフォームとフィリピンへ慰霊の旅に出る準備をしている頃だった。首が回らないほどの痛みだった。疲れとストレスと言われた。
 でも今回は? 5月は忙しかったけど、龍尚会は順調だったし、特にストレスを感じることもなかったはず! 軽く考えて映画を見たり、お風呂に入ったりが悪かったようです…。家では初めて首輪をしているので、食事をするのも不便です。今日で約十日目、まだ痛むので気分もすぐれません。

 さて、「龍尚会能楽発表会」の様子を少し紹介します。「龍尚会」は瀬賀尚義先生のお笛の会。瀬賀先生は、平米公民館の「能楽お囃子教室」で笛を教えておられる。私は、上田先生に太鼓を教えていただいているので、連調連管や居囃子、舞囃子で太鼓を打たせてもらう。 

 👇 居囃子「七騎落」と「胡蝶」。 居囃子は舞留めとも言い、地謡とお囃子だけ。

                 

  👇 舞囃子「西王母」。 
 👇 舞囃子「高砂」。 舞囃子は、地謡、お囃子に合わせ立ち方が舞を舞われる。

 👇 舞囃子「融」。 

 👇 舞囃子「放下憎」、「草紙洗」、「小袖曽我」。

          

  直会の後、ようこ姫さん、杉〇さん、永〇さんの4人で「トワイス」でひと休み。小鼓のTAさんもお誘いしたが体調が悪く帰られた。実は私も前日から肩が痛かったのだが、大したことはない、とばかり翌日映画を見たりして悪化させてしまった…。

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映画”Only the Brave"~アリゾナの山火事

2018-06-22 18:28:33 | 映画・テレビ・演劇・芸能

  何となく肩の痛みが気になったのは先週土曜日くらいか? が、子育ての頃は別として肩はこらない方なので気にせずにいた。龍尚会も無事に終え、そのまま治ると思ったのにだんだん広がってしまった。そう言えば、1週間に映画を3本見たのも悪化した原因かも?

 高岡イオンで、「万引き家族」を見た翌日、婦中ファボーレで ”Only the Brave"を見た。ノリちゃんが試写会に応募したら当選したそうだ。結局ようこ姫さんと私の二人で見に行った。
 大門アオキで待ち合わせ。ファボーレは久しぶりだ。「この広い世界の片隅で」以来かな? ハガキをチケットに変えてから、早々と「イタリアントマト」でひと休み。 

  6時開場なのでゆっくり休む。”Only the Brave"、邦題はないが、「勇気ある者のみ」くらいの意味か? アリゾナの山火事の実話だそうだ。それだけの予備知識で観た。👇は、大看板。今日22日(金)封切り予定。

  アリゾナ州はアメリカ合衆国南西部に位置し、州都はフェニックス、鉱業の街だそうだ。
 2013年6月28日、アリゾナ州は記録的な猛暑が続く中、州都フェニックスから北に135km離れたヤーネルヒルで落雷とみられる山火事が発生した。

 ” 6月30日時点で8平方キロメートルだった焼失面積は、翌7月1日には32平方キロメートルに広がった。地元当局は近隣のヤーネルなど2つの町の住民に避難指示を出した。山林管理当局によると、これまでに住宅約100棟が全焼したという。この消火活動中、6月30日、同州プレスコット市から出動していた“ホットショット”と呼ばれるエリート消防士20人からなる消防部隊が、ひとりを除く19人が死亡する事故が発生した。”(ネットによるニュース情報)

 👆の、5年前の実話をもとに、ジョセフ・コジンスキー監督が、巨大山火事に命懸けで立ち向かった消防士たちの人間ドラマを映画化した。

 ブレンダンは、学生寮で堕落した日々を送っていた。が、恋人の妊娠をきっかけに生き方を改めることを決意し、地元の森林消防団に入隊する。地獄のような訓練に耐えながら、彼はチームを率いるマーシュや仲間たちとの絆を深めていく。彼らに支えられながら少しずつ成長していく。
 チームの技術も高まり、救出作業に成功するうち、チームは ”ホットショット” と言うエリート消防隊に昇格する。
 そんなある日、山を丸ごと飲み込むかのような大規模な山火事が発生するのだ。見張りを頼まれたブレンダン以外は、一人残らず猛火に囲まれ焼死する。
 👇は、消火活動に向かう、最後の写真だそうだ。新聞記事の映像だろうか?
 

  映画では、隊長や隊員の家族や恋人も描かれるので、涙の遭難物語である。山火事の規模の大きさに驚く。日本で言えば、山岳遭難、特に雪山の遭難者救出を思わせる事故だと思った。5年目を記念して作られた映画だろうと思った。

 この2日間続けての映画鑑賞で、私の首はまったく回らなくなった。今、首輪をつけている。日曜日の富山宝生の能楽大会は無理かな~。

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映画「万引き家族」

2018-06-20 21:44:32 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 いよいよお隣の解体作業が始まった。一昨日(18日)は家の中の作業らしかったが、19日は前庭の木々の伐採。金木犀、ニシキギなど長い間親しんできた庭の木々があっさり倒された。手入れをしておられた奥さんの顔が思い出される。今日(20日)は、いよいよ足場が組まれ、家屋の両側に高くシートが張られた。明日から解体だろうか?
 私はと言えば、16日(土)くらいから肩、首が痛く、回らないほどではないが、姿勢を変えると痛みが走る。睡眠時がつらい。今日はとうとう鎮痛剤を飲んだ。

 さて、しばらく体調を壊しておられた友人から「”万引き家族”を観ませんか?」とメールが届き、嬉しくなった。いろいろお誘いしても「いや、まだ…」という返事が続いていたのである。二人の共通の古い友人をも誘い、公開前から日と時間を調整し決めたのが18日(月)だった。10:15上映だったがけっこうお客が入っている。さすがに”パルムドール効果”だね~。

 まだ観ておられない方が多いだろうから詳しくは書けないが(観た後もわからない箇所があり)、私自身も予告やネット情報から、夫婦と息子、祖母、母親の妹の5人家族の家に女の子が拾われてくる話かと思っていた。祖母ちゃんの年金を当てにし、不足分を父子の万引きで補っている…予告ではこのくらいまでだ。
 が、実は祖母は一人暮らし、夫婦と妹は日雇いやパートなどで働いているが不法同居(こんな言葉があるかどうか?)だ。息子は学校へ行かず、「家で勉強できない者が学校へ行く」と言われ信じている。そして父は息子に万引きの仕方を教える。そんな家族に職場の首切りや労災問題などが容赦なく降りかかる。

 こう書くと貧しいみじめな生活を送る暗い家族を想像するが、それがとてつもなく明るい。海水浴に行き波と戯れ、隅田川の花火を音だけ聞きながらその都度空を見上げて家族皆で縁側から見る。憎まれ口を叩き合いながら笑いが絶えない家族の毎日が丹念に描かれる。

 「血よりも絆だよ」と夫婦は言い合うが、ある事件をきっかけにそれは崩れる。最後に取り調べを受け、皆が散り散りになるのは現実とは言え、切ない。6人の家族を演ずる俳優たち全員が素晴らしいが、安藤サクラが取り調べに応える演技がスゴイ。是枝監督は日ごとにシナリオを変えるそうで(ユリ(女の子)の歯が抜けたことも即追加したとか…)、刑事(池脇千鶴)の質問は当日朝に変更されたそうだ。サクラさんの無言の演技は真にほとばしるものだった…。

 是枝監督のかつての作品「誰も知らない」は、当時我が子を捨てる事件があり、それをヒントに映画を作った、と聞いた。今回は、年金不正受給事件の遺族の「死んだと思いたくなかった」の言葉に着想を得たそうだ。年金詐欺は紛れもなく犯罪だが、遺族の言葉の裏に他人には理解しにくい”家族のつながり”があったのではないか、との思いが制作に向かわせた、とインタビューで語っておられる。また、血縁にこだわらず家族になろうとする人、産んでないけど親になろうとする人の話をやってみよう、と思ったとも語っておられる。 ”犯罪でしか繋がれなかった家族”…やはり悲しい言葉だな~。

 一緒に映画を見た友人から、数日後にこんなメールが届いた。
 ”今日イオンのバス待合所で、ベンチにどかりっと私ほどの高齢の女性が2人座りました。「賞もろたさかい見に来たけど、なぁんおもしょないちゃ。」 あの映画を見て楽しいって思う人いるかな~? でも皆見に行くよね。だって最高の賞を得たんだからね。”

 ”実は~〇〇だった”と言う謎解きサスペンスの調子で見ていた私が、未だにはっきりしないのは妹(松岡菜優)の存在、安藤サクラの妹なのか? 祖母(樹木希林)の義理の孫なのか? まったく赤の他人なのか? です。これも余計な詮索かも?

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本「銀河鉄道の父」

2018-06-19 22:23:44 | 

 何月頃だったか、「あかね」のOさんから図書館の本をまた借りして読んだ。忙しい頃で飛ばし読みをして返し、ブログを書こうと再度借りた。

 直木賞受賞作、門井慶喜著「銀河鉄道の父」(講談社刊)である。

 👇の帯封にあるように、”父でありすぎる父親”である、宮沢賢治の父親の話だ。

 賢治の父、宮沢政次郎は岩手県花巻で質屋を営んでいた。政次郎の父、喜助も質屋だった。政次郎は学問が好きで上の学校へ行きたかったが、「質屋に学問は要らぬ」と喜助にはねつけられ諦めた。
 その政次郎の長男が賢治だ。小さい頃から石を集めるのが好きで「石っこ賢さん」と呼ばれた賢治。小学校へ上がる前赤痢になった。隔離病舎に入ったのに付き添って看病をすると医者を困らす父親だった。病院を一歩も出ずに看病をする。賢治は治って元気に退院するが、感染した政次郎は一生、腸の病気に悩まされる。

 20年ほど前か、東北を旅行した。もしかして「賢治生誕100年記念の旅」だったかもしれない。花巻郊外の高村光太郎の仮住い跡や遠野も回った。あまりよく覚えていないが、賢治が教えていた学校跡、「裏の畑にいます」と書いた黒板、妹トシの病床があった部屋など印象に残っている。「永訣の朝」の詩もここで初めて聞いたような。

 賢治の一生を、父政次郎の目から見た物語。
 賢治自身はこう呟いている。「…おらは、お父さんになりたかったのす」 政次郎ほど大きな存在はなかった。自分の命の恩人であり、保護者であり、教師であり、金主であり、上司であり、好敵手であり、貢献者であり、それらすべてであることにおいて政次郎は手を抜くことをしなかった。…

 最後に孫たち(次女シゲの子ども達)に「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雨ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダモチ…」の詩を読んで聞かせる場面で終わっている。宮沢賢治の伝記であり、親子、家族の物語である。 

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新聞小説「国宝」

2018-06-16 19:33:21 | 

 若い頃から、新聞小説はわりと読む方だ。ここずっと朝日新聞を購読しているが、最近は、沢木耕太郎の「春に散る」、宮部みゆきの「荒神」、荻原浩の「愛しの座敷わらし」、重松清の「エイジ」など印象に残っている。途中でギブアップし、映画化されて観て驚いたのが吉田修一の「悪人」だ。

 その吉田修一の「国宝」を毎日楽しみに読んでいたが、5月末に500回をもって終了した。その結末、最終回に圧倒された。一言で言えば、やくざの息子が歌舞伎役者になる話だ。誰がモデルだろうね?などと、一緒に能楽の太鼓を習っている若い友人と話し合ったりしながら読んでいた。彼女は歌舞伎が大好き、役者さんのことも詳しい。

 舞台は長崎から始まる。長崎は吉田さんの生まれ故郷だそうだ。組抗争で非業の死を遂げた権五郎と言うやくざの親分の息子、喜久雄が、歌舞伎役者として波乱万丈の人生を生き抜くストーリー。
 たぐい稀な美貌の持ち主で、根っから芝居が好きだった喜久雄は、花井半二郎と言う歌舞伎役者の弟子になる。半二郎には喜久雄と同年配の息子、俊介がおり、二人は兄弟のように仲がよく、切磋琢磨し合いながら芸を磨く。が、半二郎が自分の後継者に喜久雄を指名したことで、彼だけでなく周囲の人々の人生が狂って行く。歌舞伎の世界独特のしきたりや人間関係が複雑に描かれる。

 👇は、東芋さんの挿絵です。

 👇は、「源氏物語」。

  👇 口上。

 女形として大成し、人間国宝の指定を受け、最後の舞台で「阿古屋」を演じ終えた後、喜久雄は舞台から降りて、歌舞伎座の中を進み、玄関からさらに銀座の大通りを進んで歩いて行く。車のヘッドライトが舞台の照明のように輝く空間へ向かって…。

 この最終回の光景にぐっと胸に迫るものがあった。読者は皆、思ったことだろう。「この後、喜久雄はどうなったのか?」 

 数日後、作者の「連載を終えて」の記事は、「喜久雄は幸せな人生だったのか」と言う見出しで始まっていた。吉田さんは歌舞伎役者を主人公にした小説を書こうと思い、4代目鴈治郎さんに頼んだそうだ。鴈治郎さんは黒衣の衣装を作ってもらい黒衣の一人として全国の劇場をついて回ったそうだ。最終回を終えた今も、喜久雄のことばかり考えているそう…。そのくらい思い入れのある主人公だったのだろう。
 単行本は9月に刊行予定。

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映画「妻は薔薇のように~家族はつらいよⅢ

2018-06-15 10:33:48 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 少し行事が落ち着いたら、見たい映画がいくつかあることに気づいた。”Blank 13”は、短期間だったので見られなかったが、「家族はつらいよ3」は見たいな、と思っていた。13日(水)、姫さんを誘って見てきた。映画館前集合、チケットを購入後「フードコート」で長崎ちゃんぽんを食べた。昼食時なのでほぼ満席。広いスペース、一人の人も、夫婦連れも、グループも、好きなテーブルで好きな物を食べている。こんな雰囲気はとても好きだ。隣のテーブルの人も気にならない。

 👇は、ポスター。中央下が橋爪功と吉行和子の夫婦。第一話は、この二人の熟年離婚がテーマだった。その対角線上の二人が、西村まさ彦(長男)と夏川結衣(奥さん)、今回はこの奥さんの家出事件がテーマのようだ。西村まさ彦の下が次男の妻夫木聡、その下が林家正蔵(長女の夫)、右上が中島朋子(長女)、その下が蒼井優(次男の夫)。

 家族に何か事件が起こると全員集まり、家族会議を開く。これが平田家の最近の習わしとなっている。

 この映画の公式HPによると:
 ” 映画界の巨匠山田洋次監督が、国民的映画『男はつらいよ』シリーズ終了から20年の時を経て作り上げた、ファン待望の喜劇映画『家族はつらいよ』。第1作は「熟年離婚」、第2作では「無縁社会」をテーマに、日本中の家族を持つ多くの人々が共感し大ヒット。そんなシリーズ最新作のテーマは【主婦への讃歌】。気遣いのなさ過ぎる夫の言葉に、溜りに溜まった不満が爆発!ついに家を出てしまった妻と、家事すべてを担う主婦がいなくなる、という緊急事態に直面した家族の大騒動を描きます。果たして妻は戻ってくるのか?夫は妻の愛を取り戻せるのか…? ” とある。

 夏川結衣さんは、夫の両親と同居し中高生の二人の息子を育て、家事一切を切り盛りしている。朝から晩まで、手を休める暇もなく働き、夫から預かる生活費で家計のやりくりをしている。

  👇 夫、西村まさ彦がクレーム処理のために香港へ出張した留守中、勝手口のカギをかけずに二階の義父母の部屋を掃除していて、ほんのしばらくウトウトした隙に空き巣が入り、冷蔵庫の中のへそくりを盗まれた。その額、40万円。微妙な金額だ。出張先の仕事が上手く片付いた夫は上機嫌で帰ってきたが…。その話を聞いたとたん、猛烈に怒る。「俺の稼いだお金を」の一言で、妻は家を出てしまう。さあ、どうする? 妹夫婦、弟夫婦も呼ばれ、家族会議だ。

  居場所はわかったものの、妻不在の平田家はてんやわんや。「まかせなさい」と言ったはずの吉行和子ばあちゃんは腰痛で起き上がれない。仕方なく、飲み屋のママさん(風吹ジュン)に家政婦に来てもらう。そのうち橋爪功じいちゃんがガスを消し忘れ、ボヤ騒ぎを起こした。

  さあ、どうして家出騒動は収まるのか? 妻が戻って来るのか? 👆の写真からご想像ください。孫たちの気持ち、夫夫婦のアドバイス、近所のうなぎ屋のご用聞き…、周囲の様々な人々との関りがいざ、と言う時に大切ですね。山田洋次監督の描く家族の映画です。

 たまたま、来週は「万引き家族」を見る予定。是枝監督の家族の姿はまた別の形でしょう…。

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皆具の点前

2018-06-13 21:51:08 | 茶道

 6月に入り「洗い茶巾のお点前」を紹介したが、ここ数回は「皆具(かいぐ)の点前」のお稽古が続く。6月2、9、11日のお稽古日をまとめてアップします。

 皆具とは、茶の湯で、台子(だいす)や長板に飾る茶道具一式をいうそうです。普通は、水指・杓立て・建水・蓋置きの四器が同一の作りのものを言いますが、最近では風炉・釜も統一した意匠のものがあるそうです。

 👇は、建水が写っていませんが蓋置、水指、杓立が同じ模様です。

  👇 ちょうどたくちゃんのお稽古の真っ最中。水指の蓋のとり方を茶々姫先生が教えておられるところ。

  👇 居間のお花。横に「山茶がら」と短冊がありました。 
 👇 丸い可愛らしい実は「オトギリソウ」の実。昔、鷹匠の傷の特効薬として使っていたが弟が漏らしたので切り捨てたので、「オトギリソウ=弟切草」との名がついたそうです。 

 👇 11日によっしーちゃんとの打ち合わせのため、月曜組のお稽古にお邪魔しました。私は何も持たずに行き、皆さんから大根や五目ずし、ドーナツ、ニゲラの苗などなどお土産をいっぱいいただきました。

 7月の誕生会に、狂言「附子」を上演しようと準備中です。お楽しみに。

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演劇「大正の肖像画」

2018-06-12 17:20:27 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 まだ勤めていた頃だから何年前だろう?くまさん、まめさん、山〇さん…何人かの友人と大糸線に乗って安曇野へ旅行した。くまさんがペンションを予約してくださり一泊。自転車で安曇野を回った。「ここが”早春賦”の歌の原点…」と、歌碑の建っている川のほとりで皆で合唱したり、若かったな~と懐かしく思い出す。

 その時、訪ねたのが「臼井吉見文学館」だ。小説家、評論家の臼井吉見氏は安曇野の出身。東京女子大で教えておられたこともある。その文学館で小説「安曇野」を知り、図書館に予約して読んだ。ハードカバー本で四巻まであったように思う(先日の”沙門空海唐の都で鬼と宴す”と同じ?)。
 新宿「中村屋」の創立者、相馬愛蔵(やはり安曇野の出身)、黒光夫妻が中心のの話だった。最初は安曇野が舞台で、東京へ出てからは、荻原碌山などの画家、彫刻家、文学者などが出入りしていた「中村屋サロン」の様子など…、あまりよく内容を覚えていないのだが。

 ただ、私は学生時代、会社勤務時代は中野や三鷹に住んでいたので、休日に出かけるとなれば新宿に決まっていた。JR東口から中村屋、高野フルーツパーラー、伊勢丹デパート、紀伊国屋書店あたりをウロウロするのは定番コースだったものだ。当時はよくカレーを食べていたような。今は8階建てのビルになっており、美術館フロアがあるらしい。数年前に学生時代のクラス会が開かれたのも「中村屋」のレストランだった。

 劇団民藝の「大正の肖像画」は、中村屋がパン屋だった頃の話だが、相馬夫妻の元に集まって来る芸術家の中に中村彝(つね)と言う若い画家がいた。彝と黒光さんの関係、彝と娘の俊子さんの係わりなどを知っている程度の予備知識だったが、興味と期待が大きいお芝居だった。

 👇 「民藝」の公式HPによると…
 描くことは生きること、愛すること––
 洋画家・中村彝(つね)と「中村屋サロン」に集う人びとが織りなす一時代のポートレート
 彗星のように画壇に現れ、大正期に活躍した洋画家・中村彝(つね)(みやざこ夏穂)。肺結核に侵されながらも画業に励み、新進の作家として注目された頃の彝が縁あって住むことになったのは、中村屋裏のアトリエでした。新宿の老舗中村屋の創業者、相馬愛蔵(伊藤孝雄)・良(黒光)(白石珠江)夫妻がパン屋をこの地に移したのが明治42(1909)年。急速に発展した新宿という地の利を得て店は栄え、美術家、詩人、小説家、学者、俳優などが出入りする文化サロンの役割を果たしていたのです。はじめサロンの女王相馬良に惹かれた彝の気持が、夫妻の娘俊子に移ったことから、やがて彝は中村屋を去ることに。彝を待っていたのは、病苦と孤独に耐え、命を賭して更なる高みを目指した苦闘の日々でした……。

 一幕目、舞台は下落合のアトリエ。肺結核に侵され病気と闘いながらも絵を描き続ける彝。年老いた家政婦の岡崎きい(塩屋洋子)が世話をしている。彼は水戸の生まれ。水戸藩士の息子だ。陸軍幼年学校に入学するが病気のため退学。同じ学校に通っていた兄(若くして死ぬ)の友人が無政府主義者の大杉栄。

 一幕目途中から、舞台は新宿中村屋へ移る。油絵を描き始めた彝は中村屋裏のアトリエで絵を描き始める。夫妻の娘、俊子を描いた絵「少女」が文展に入賞。

 その後も、若く溌溂とした俊子の絵を描き、ヌードを描くようになり母、黒光に反対される。
 👇は、「麦わら帽子の自画像」。

  👇は、同じく居候していたロシア人の詩人、エロシェンコの像。幼い頃に視力を失い、日本へ”あんま”の技術を習いに来たと言う放浪の人で、亡命中だった。

 「中村屋サロン」へは大杉栄と共に神近市子も登場する。大杉栄は最後は伊藤野枝と共に憲兵に殺されるが、舞台では神近市子との痴話げんかばかりしている。主人の愛蔵さんは事業家で、時々ひょうひょうと現れ、妻や若い芸術家達を自由にさせている。

 👇は、晩年の下落合のアトリエ。彝の病気が進むにつれ外へは出られないので、もっぱら静物や人物像を描いた。家政婦のきいを描く場面で、「喪服を着て、数珠を持って」と注文する。右端は黒光。(HPから)

  👇はその時の肖像画です。このようにストーリーが進むと同時に、その時々の人物の大きな肖像画がバックスクリーンに映し出されるのが印象的だった。今、国立新美術館で「ルーブルの肖像画展」を開催しているが、肖像画の面白さが少しわかった気がする。

 私の息子が学生の頃下落合に下宿していた。私も訪ねたことがある。当時もアトリエはあったのだろうが、今は「アトリエ記念館」として開放しているらしい。いつか訪ねてみたいものだ。

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当選 !! ささやかな幸せ

2018-06-10 02:56:50 | 日記・つぶやき

 6/9(土)、茶々姫先生のお茶教室から帰宅してその日の郵便物を取り出すと、中に富山新聞社からの厚めの封筒があった。「富山新聞」は、知り合いに頼まれて年に数回購読している。「音訳ボランティアグループあかね」のメンバーのYUさんが「ラジオたかおか」のパーソナリティを務めておられ、「ラジオたかおか」が富山新聞系列のコミュニティ放送なので、何かの折にクロスワードパズルが話題に上った。毎週水曜日のクロスワードパズルに応募し、1万円当選したことがある、と。

 5月末で一旦購読中止する予定だったので、一番近い水曜日の新聞を引っ張り出して締め切りを見たらぎりぎり間に合う。さっそく鉛筆を握りしめて解き始めた。
 答は「アイピーエス心筋移植」だったかな? 私の知らない言葉だったがともかく出した。すっかり忘れていたが、なんと当選案内が来たのだ。残念ながら一万円券ではなかったが、千円の図書券とメモ用紙。次回購読の際は、1万円を当てるぞ!

 

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第15回 伏木写友会写真展 

2018-06-09 12:54:26 | イベント
 
14回・伏木写友会 写真展
  6/2(金)~4(日)、高岡文化ホール2階で「伏木写友会 写真展」が開かれた。最終日の日曜日にゆっくり、とも思ったが、土曜日のお茶が早めに終わったので帰りに寄った。受付にはMU......
 

 6/8(金)~10(日)、高岡文化ホールにて「第15回伏木写友会」の写真展があった。今年は足羽川への撮影旅行に参加しなかったが、ようこ姫さん以外の会員の方も少しはわかるので、相変わらず写真のことはさっぱりだが楽しみにしていた。

 ちょうど8日が観劇の日だったので、演劇を観終わった後2階ロビーに上がる。姫さんは、観劇後はや受付に座っておられた。

  いつもなら一つ一つ説明を聞きゆっくり鑑賞するのだが、この日はいろいろな出来事があり落ち着かず、写真を撮らせてもらったのも3枚だけ。
 👇は、SIさんの「布橋灌頂会」。

 👇は、姫さんの「旅の思い出・近江」。壁のデコレーションだそうだ。上の筒状のものはチーズ、下はワインボトルだ。後ろの壁の絵などが写り、しかもボケていて申し訳ない写真になりました。

  👇も、姫さんの「旅の思い出・野沢」。私も今年野沢温泉村へ行ったのだが、こんなお店あったかな? 

  👇は、「旅の思い出」3枚目。金沢・兼六園。

 10(日)まで開催されています。ぜひお越しください。実物はもっともっと素晴らしい写真ですよ。

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続けてランチ3日間

2018-06-09 12:03:10 | 食物

 6/4(月)に城端、桜が池「ラン・ソレイエ」で豪華フレンチランチを楽しんだ翌日、高岡「古城亭」でイタリアンで会食。元の職場の会合で、なんと私は「傘寿」のお祝いを受ける立場での出席だった。80歳にはまだ2年も(?)あるのに複雑な気持ち…。でも、年齢も様々な方たちとお喋りをしながら食事を楽しんだ。

 そして6/6(水)は呉羽の友人との年に1,2度のランチの日だった。わずか2年間同じ学び舎で学んだ友、同じ県出身でありながら学生時代はほとんど交流のなかった友である。教室の最初の座席が近い、寮で一緒、通学電車が同じ、そんな友人とだけ交流を続けていたと言う奇妙な人間関係だったようだ。今も仲良くしている川越のTOさんはその中の一人だ。”卒業後50年目のクラス会”と言うイベント以降交流が始まったのが呉羽のYOさんです。
 この日は、富山市「高志の国文学館」レストランでフランス料理をのプランだった。落合さんの「ラベットラ」が閉店し、市内の方が新たに始められたと聞いた。が、残念!その日は満席だった。
 👇 店の名は「シェ・ヨシ」。 

 👇は、ネットから店内の写真。

 駐車場に車を止めたし、館内の展示を見学しようと受付に行く。昨年改装してからは一度も行っていない。目下、企画展はお休みで常設展のみ。70歳以上は無料だった。県出身の作家、富山県に係わる文学作品を書いた作家、漫画家、映画監督などを隈なく取り上げている。

 展示方法もずいぶん変わり、ワンタッチで映像が変わったり、地図と照合して作品や作家の出身地がわかったり、わかり易くなっていた。

  

  👇は、次期企画展のポスター。星野道夫没後20年記念展が、6/10(日)から始まります。

 結局、ランチは「たかなわ医薬大前店」。広くて落ち着く店。もともとコーヒー店だからランチメニューは少ないが、以前娘とも何度か寄った。YOさんとは2度目。

 たかなわ医薬大前店:〒930-0151 富山県富山市古沢672−4
            076-434-1650
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ラン・ソレイエ L'ensoleiller

2018-06-07 17:41:29 | 食物

 6/4(月)、南砺市城端・桜が池湖畔のフレンチレストラン「ラン・ソレイエ」へ、平米公民館の「能楽お囃子の会」太鼓グループのメンバーと一緒に行って来ました。「万水閣の少し奥、以前の「湖畔荘」の跡と数年前に同級生から聞いていました。前まで行ったことがありますが、定休日だったり満席だったり、食事をする機会がなかったのです。
 高岡からは高速に乗らず砺波→福野→福光経由で、細木→千福から山道を上がり桜が池に出ました。冬スキーを担いで歩いて登った道です。クアガーデンの裏側、万水閣の横の道へすぐ出ます。

 👇 「ラン・ソレイエ」の正面。

 👇 お店の前で記念撮影。

 👇 カメラマンを変えて…もう一枚。

  👇 店内。「湖畔荘」のまま。2階部分を吹き抜けにしたそうです。オープン6年目。県外出身のご夫婦(たぶん)で経営しておられるようです。他に和室もあるそうです。

 窓の外には桜が池が見えます。

 👇 全員飲み物の欠かせないメンバー。ドライバーのSIさんに合わせ、ノンアルコールビールとワイン(葡萄酒でした)。

 シェフお任せの一番高価なコースを注文し、朝食を抜いてきた人、タッパーを忘れたと困っている人(私)…などいたのですが、時間をかけて少しずつ運ばれる料理を皆あっさり平らげました。パンの追加、飲み物の追加と全員食欲旺盛です。

 👇 前菜。イワナの燻製、黄色いソースはトウモロコシ。

 👇 アミューズ:ソラマメとニョッキ。

 👇 アミューズ:グリーンピースのスープ。

 👇 アミューズ:帆立とバイ貝、春菊のソース。

  アミューズが4種類、その後メインディッシュの魚料理と肉料理と続きます。説明のメモや写真を忘れなかったはずでしたが、抜けたのもあればどれかわからないものもあり、で写真だけ。 

 

 👇 デザートのクリーム・ド・ブリュレ。

 👇もデザート。

  👇 紅茶とコーヒー。コーヒーカップ、シュガーケースにご注目。 

  👇 それぞれの飲み物の手前のネーム入りケースの中にクッキーが入っていました。 

  魚料理の魚は新湊産、野菜は地元の〇〇さん、豆乳パンは地元の村田豆腐店さんと言うふうに野菜にいたるまで地元の食材を使っておられる。

 HPのURL。 http://lensoleiller.com/

 〒939-1835 富山県南砺市立野原東1752-3   0763-62-2977
 定休日:水曜日、第2火曜日

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本「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」

2018-06-05 22:40:19 | 

  昨日はフレンチ、今日はイタリアン、明日も…と最近は、毎日豪華ランチをいただいています。

 そして最近、長編小説を2つ続けて読了しました。一つは朝日新聞の新聞小説「国宝」、もう一つは夢枕獏の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」です。

 まず、後者から紹介します。ハードカバー本で巻1~4まで、文字が大きく、行間が粗く、会話が多いのでとても読みやすい。が、何と言っても登場人物が多く、しかも50年前の玄宗皇帝と楊貴妃の時代と、空海と順宗皇帝の時代が行ったり来たりするので、長時間かけて読んでいると今どの時代を読んでいるのか忘れてしまうのが難点。各巻の最初のページに、登場人物一覧と、空海入唐経路と長安周辺図、長安市街図の地図が掲載されているので、時々それを見て確かめながら読みました。
 その点、映像はわかり易いですね。そもそもこの本を読みだしたきっかけは、映画「KUKAI~空海」。スケールが大きく、映像が美しく謎めいて、面白かった。が、楊貴妃の死の謎がよくわからず、本を読めば納得するかと思い…、読み始めたのです。

 👇は、巻一。沙門空海。遣唐使として密教を学びに唐の国に渡ります。

 👇は、巻二.楊貴妃だろう。

  👇は、巻三 と 巻四。 タイトルの「~鬼と宴す」は四巻の場面です。ミステリーが解明される場面でそこまで息もつかせず読ませてくれます。

       

 夢枕獏の本はたぶんこれが初めて。空海の名は歴史の教科書で習った程度。日本仏教界の天才・空海が茶目っ気があり、ひょうひょうとして魅力的な人物として描かれています。唐で密教の修学のみならず、梵語や、拝火(ゾロアスター)教、景教(キリスト教)など様々なことにも興味を持って吸収していったことも、取り込まれています。
 白楽天(白居易)や、安倍仲麻呂(中国名:晁衡)、李白、玄宗皇帝、安禄山、楊貴妃、韓愈など多くの歴史上の人物が登場し、時空を超えた伝記小説と言う感じです。夢枕獏がいかに下調べに時間をかけたか感服します。あとがきで、本人自らが「なんと言うど傑作を書いてしまったのだろう」と書いているように17年間を費やしたそうです。

 唐に渡った後、空海が次々に出合う不思議な事件。それは玄宗皇帝が生きていた頃の話まで遡り、安禄山の反乱や楊貴妃の殺害の事件にまで絡むことをつかみます。事件解明のために空海たちは、楊貴妃の墓を暴いたり、怪異のあった綿畑を調査するうちに、安史の乱の際起きた楊貴妃殺害の事件が、一般的に知られている事と異なる事を知るのです。

 楊貴妃はその時殺されたのではなく、胡の道士・黄鶴(実は楊貴妃の父)の提案により尸解(しかい)の法を用いて、いったん仮死状態にされ、墓に入れられ、後に掘り出されたことがわかります。その時楊貴妃は気がふれていました。そして黄鶴の弟子(実は兄)の白龍と共に暮らしていて白髪の老女になっていたのです。
 その事実を解明するため、玄宗皇帝と楊貴妃が過ごした驪山(りざん)の華清宮で白楽天らとともに宴を催し、過去の事件にかかわった一同が集まって来るのを待ち、事件の真相に一気に迫ります。

 20年と云う留学期間にもかかわらずわずか2年で目的を果たし日本へ帰る空海、そこへ白楽天が「ようやく『長恨歌』が完成した」と息を弾ませ駆け付けて、空海の前で吟じます。

 ” 漢皇 色を重んじて 傾国を思う
   御宇 多年 求むれども得ず
   楊家に女あり 初めて長成す
   ……    ……      ”

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