Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

MiTUコンサート迫る!

2009-05-31 17:15:56 | 合唱
 高岡にある数少ない混声合唱団「合唱団MiTU(ミィトゥ」の
4回目の定期演奏会が近づいてきた。16年間続いた高岡市民
音楽祭合唱団が解散した後に生まれ、「Mi…みんなで T…楽し
く U…歌いましょう」をモットーに活動している。

 質の向上を掲げてはいるが、一つ覚えれば二つ忘れ、で先生
をヤキモキさせながら日夜練習に励んでいるところだ。
 平生は毎火曜日の夜、ウイングウイングで練習、4月から各
パート毎の練習や、5/10(日)ふれあい福祉センターホールで、
5/31(日)ウイングウイングスタジオで、日曜日返上で2回の
3時間練習も行った。いよいよラストスパートにかかる。

        
        
         
                                                                
 今年のプログラムは:
  Ⅰ 「空を見る日」:八木重吉の詩に寺嶋陸也が作曲、
            美しく軽快な組曲

  Ⅱ 美空ひばり:中島良史の編曲で、「東京キッド」
          「川の流れのように」「一本の鉛筆」の3曲

  Ⅲ LUX AETERNA(ルックス・エテルナ=永遠の光):
             Morten Lauridsen作曲

指揮者は森川紀博先生 ピアノ伴奏は般若葉月さん。
 Ⅲのルックス・エテルナの曲が今公開中の映画「天使と悪魔」
の中で、演奏(?)されるらしい。

 6/21(日)午後2時開演、ウイングウイング高岡4Fホールです。
皆さん、ぜひ聴きに来てください。当日券は500円です。
 私に申し込んでくだされば用意いたします。              
 
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犬山・明治村・蒲郡

2009-05-30 22:41:55 | 旅行
名古屋城見学後、名鉄電車で犬山へ。名鉄犬山ホテルに泊る。
時間があれば犬山城まで行く予定だったが、到着が遅くお城も
城下町散策も断念。日本最古の天守閣が残る国宝犬山城は
春の桜時にでもぜひ訪ねたい。他の人はすでに何度も来ている
のかそう残念そうでもなかった。
 トップの写真はホテルから。庭の木々の間から木曽川が見え
る。向こうの山々は岐阜県か?

 翌朝バスで明治村へ。ここも初めてだった(たぶん)。
ともかく広い。村営バスや京都市電が走っている。村内には
10棟の重要文化財を含む64棟の日本近代建築が移築されて
いるそうだ。村長は3代目で小沢昭一さん。
 最初からバスに乗ったのが失敗だった。ゆっくり歩けばよか
った。見落とした建物がいくつもあった。

         まず、「札幌電話交換局」とれんが通り。
           
 
       「金沢監獄正門」。奥に八角形の「金沢監獄監房」
        があり、「明治の監獄体験」ができる。
          
       「帝国ホテル中央玄関」。中で高~いコーヒーが
        飲める。 
          

          「宇治山田郵便局」。営業している。
           記念切手を買った。
          

              「鉄道寮新橋工場」。
          

 明治村食堂で昼食後、バスと電車で蒲郡へ。

 蒲郡は風の強い所だそうだ。駅前で西浦温泉行きのバスを待っ
ている間、風が強かった。明治村では暑くて困るほどだったのに
寒くて駅構内に避難していた。
 駅南口にある大きな白いモニュメント。1851年から続いて
いる"America's Cup"と言う国際ヨットレースの記念碑とのこと。
アメリカ号と言うヨットが優勝しその名がついた。白いマットが
青い空を高く突いて伸びていて、いかにも海の町のイメージだ。

 バスは西浦温泉へ。バスを降りると風は更に強く、寒く、上着
を着込んでもまだ寒い。
 ホテル「海花」の部屋の窓から海越しに白い風車が並んで見え
る。蒲郡の風力発電所らしい。
 夕食では「鯛の塩蒸し」が珍しかった。塩と卵白を混ぜて塗り
込み、蒸す。食べる時にとんかちでカチンと割るのだ。

 
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一河会・「井筒」

2009-05-28 17:54:20 | 能楽
 5/24(日)謡のおさらい会、「一河会」の発表の日だった。
平米公民館グループは、2,3年前から出させてもらっている。
今までは2月の「龍尚会(笛の会)」の次はこの会まで何も
なかった。
 今年は女性だけの「芙蓉会」が発足し、4月、5月と2ヶ月
続くことになり気忙しい思いをした。

 謡の会なのでお囃子は添え物、笛と太鼓の連調連管は
「中の舞」。これは前回同様なので安心だが、謡が4月以降
に練習を始めたばかりの「養老」。1ヶ月しか練習期間がなく、
しかも私は名古屋の旅行と重なり、お稽古日は3回だけ、
後はテープを聞きながら独学だった。
 おまけに旅行後の風邪で声は枯れ、鼻水が出て当日も
治らず最悪の状態だった。私はおシテさん役が当たっていた
ので長く謡う箇所が多い。ともかく息切れしないよう、声が
ふるえたり細くなったりしないよう腹式呼吸でがんばった。
 反省事項は、「念のためティッシュかハンカチを袂にしのば
せておくこと」である。

 トップの写真はKさんの仕舞「井筒」である。能「井筒」は
世阿弥の代表作で「伊勢物語」を題材にしている。
 在原業平の妻が前半では里女で、後半では業平の形見を
つけて男装で現れ、業平をしのぶ物語のようだ。

 かなり前富山能楽堂で能を観た記憶があるが、井戸を囲む
井筒の「作り物」くらいしか覚えていない。
 
 業平と妻は、子どもの頃から井戸の傍で背丈を測りあった
幼なじみの間柄だったそうだ。月下の廃寺の井戸に自分の姿
を映しながら夫を偲ぶという場面が「舞い」で表されるのだ。
 面も衣装もつけず袴姿で舞う「仕舞」は、舞だけで優雅さ
哀れさを表すわけだからさぞ難しいのだろうな、と思う。
 彼女が扇子をかざして俯く姿からその思いが伝わってくる
ようだった。仕舞でそこまで感動することはあまりなかった。
すぐ、傍に行き「よかったよ」と言うと、あそこを失敗した、
ここが合わなかった、と反省しきり。
 先生にとても厳しく仕込まれたのだそうだ。彼女の先生は
金森秀祥師。月に一度高岡へ来られ自宅で習うそうだ。
金森さんは、先日の瑞龍寺燭光能で「井筒」を半能で演じら
れたそうなので、師のレベルで教えられたのだろうか。

 私だったらすぐ止めるだろうな~と思う。今まで能を知ら
ずに見ていたから、「仕舞」も単に踊りとしか映らなかった
と言うことが改めてわかった。
 Kさんは山本典子さんの学遊塾「平家物語と謡の世界」で
一緒に学んで来た仲間でもある。今年の学遊塾は「伊勢・
源氏と能の世界」。
 初回は「光源氏か業平か?」である。楽しみである。
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晩ごはん これは♪ ハヤッ! ウマ! ヤス!

2009-05-27 22:23:27 | 食物
 5/22(金)、久しぶりに姫ちゃんとアグリピアの「農産加工
教室」に出かけた。この日のメニューは、タイトル通り、まさに
私向き。電子レンジでチ~ン、タイマーをかけて放っておく、
などのメニューだ。いつものように4人で5品作る。

 まず私が担当した一番簡単な品を紹介する。

”市販のたれで一品を”・・ポン酢がとても便利です。
 *蕪のにんにくソテー
   ・蕪は乱切りにする。
   ・葉は茹で(電子レンジでもOK)3cm長さに切る。
   ・フライパンにバターとすりおろしたにんにく(チューブ入り)
    を溶かし、蕪を炒め、葉も炒め合わせ、ポン酢しょうゆ
    とこしょうで味付けして出来上がり。
    歯ごたえよくサッと仕上げましょう、だったが、当日は
    大根を使ったのでなかなか柔らかくならず少々時間が
    かかった。

 次は姫ちゃんが担当した品。

”電子レンジで早業料理を"
 *鶏肉と新牛蒡の甘辛煮
   ・鶏肉は一口大に切り、塩コショウ少々ふり手でもみこむ。
   ・ごぼうは皮をこそげ取り鉛筆を削るように薄く切り、水
    にさらし水気を切る。
   ・にんじんも同様に切る。貝割れ菜は半分に切る。
   ・耐熱の器に鶏肉とごぼう、にんじんと調味料(砂糖、
    しょうゆ、酒、サラダ油、顆粒だしの素、塩)を入れて
    混ぜ合わせ、ラップをかけて電子レンジで4分加熱。
    一度取り出し、上下を返すようにして混ぜ、再びラップ
    をして4分加熱する。
   ・器に盛って貝割れ菜を飾る。

 以上、すべて量は適宜、必要に応じて。
その他、下ごしらえの材料を鍋に入れて冷蔵庫で保管し、後で
火にかける、とか、鍋に材料と調味料をすべて入れIHにタイマー
をかけて出かけ、帰宅後食べる、など夜の練習やウオーキング
の日など食事が間に合わない時に便利な方法をいっぱい教えて
もらった。         
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総会シーズンと高岡ものがたり

2009-05-26 22:58:17 | 高岡
 4月は年度始め、会の大小を問わず5月、6月といろいろな会
の総会が開かれる。続けて2回総会に出席、2回「高岡開町」に
ついての話を聞いた。

 5/20(水)、ニューオータニで退職○○会の総会があり、その後
高岡市立博物館長、晒谷和子さんの「前田家三代と越中」の講
演を聴いた。
 5/23(土)、ふれあい福祉センターでボランティア連絡協議会
の総会があり、高岡市児童文化協会副会長の樽谷雅好さんの
「開町400年/高岡町の存在意義」の講演を聴いた。
 二人とも、僅か一時間余りの持ち時間では話せない内容を、
資料を作り、それぞれ興味深く語られた。

 晒谷さんは、荒子城で利家が生まれた1537年から、利長の50
回忌に利常が瑞龍寺を竣工する1663年までの前田家三代の
歴史をパワーポイントを使って分かりやすく説明された。
 樽谷さんは、1585年の天正大地震により千保川が崩壊、その
後の地形の変化、一向一揆の広がり、ここ越中での様々な戦い
の様子を身振り手振りを交えて面白く話された。
 できればいつか、利長と利常の町づくりについてもっと詳しく
聞いてみたいものだ。

 トップの写真は、市立博物館のガイドブック「高岡ものがたり」
図や写真入りのカラフルな内容である。1冊500円也。
 下は、樽谷さんの講演のようす。「市民と市政」に連載中の
「利長を旅する」のシリーズは、すでに29回。6月号では、隠居
した利家がわずか6歳の利常と今石動で最初で最後の対面を
したこと、利長が母の芳春院を江戸へ下向させたことが書かれ
ている。 

          

 最後に、「高岡ものがたり」の巻末のクイズからいくつか
抜粋する。お試しあれ。

 A、次のうち、一つだけ前田利長が名乗ったことのない
   名前があります。それはどの名前?
   ①犬千代  ②孫四郎  ③又左衛門  ④利勝

 B、高岡城は、1609年加賀藩2代藩主前田利長が築いた城で、
   現在は高岡古城公園になっています。総面積21万㎡の
   うち、水濠は約何割?
   ①約2割  ②約3割  ③約5割
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名古屋城

2009-05-23 11:05:37 | 旅行
 5/13(水)12:44、「しらさぎ」は無事に名古屋駅に到着。
高岡~名古屋間、わずか3時間20分余である。改めて近いな~
と実感する。たぶん30年ぶりくらいだろう。
 高島屋前の「金の時計」前で係りのTさんの顔を見てホッと
した。神戸のNさんと私が最後の到着だったらしい。

 護国神社に23名が集っていた。全員揃ったところで拝殿で
参拝。その後名古屋城の見学となる。今回の旅は愛知県勢
5人が世話人である。名古屋、一宮、瀬戸、犬山の方達が協力
して企画して下さった。

 初日は犬山泊りなので、市内は名古屋城だけ。
名古屋城は、関が原の合戦後家康が、東海道の要所として、
また大阪方への備えとして、清須から名古屋へ遷府を決めて、
1610年に西国、北国の諸大名に普請を命じた。その時前田利常
も参加している。
 その後明治維新を迎えるまで、御三家の筆頭尾張徳川家の
居城として栄えたのだそうだ。名古屋空襲でほとんどの建物は
焼失、だが3つの門、3つの櫓、本丸御殿障壁画が残っている。
 来年、2010年が名古屋開府400年、高岡より1年遅れと言う
ことだ。

 下は、築城の際の大石曳きの様子。スイッチを押すと動く
しかけだ。
          

 尾張名古屋に欠かせない「金鯱」も大戦で焼失。しかし昭和
34年に天守閣と共に再建された。下はお土産の置き物。
雌雄それぞれ1万円也。
          

 見学後、荷物を引っ張り、名鉄電車で犬山へ。夜のパーティ
ではその後の近況報告で盛り上がった。

 ところで、22日(金)のNHKTVの「殿様は見た」をご覧になった
だろうか。維新前の最後の殿様、徳川慶勝(よしかつ)が江戸の
邸「戸山邸」や「名古屋城」内部、殿様の私生活を写真に収めて
いたと言うのだ。貴重な映像の紹介が興味深かった。
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「しらさぎ」で名古屋へ

2009-05-19 12:06:31 | 旅行
 5/13(水)朝9:22発の「しらさぎ」で名古屋へ行くことになっ
た。昨秋フィリピンへ慰霊の旅に出かけたが、その時同じ班で
行動した仲間が再会することになったのだ。

 名古屋は弟の最初の勤務地で、結婚後も15,6年住んでいた
から当時はよく行った。子供づれで名古屋城や東山動物園、
植物園などを回ったものだ。

 その日は、出発時刻も遅いので駅までゆっくり自転車で行っ
た。私は駅南口を使うが、いつも必ず改札口でホームのナンバ
ーを確認することにしている。その日は駅員さん1人で忙しそう。
ちょっと迷ったが、富山行きだから5番線だと5番線へ行く。

 「しらさぎ6号」の3号車の乗車位置は階段のすぐ傍だった。
目下高岡駅は工事中。あちこちに「利長くん」の看板がある。
それをカメラに収める。向かいのホームに中学生の一団が。
引率の先生も二人。そう言えば校外学習のシーズンだなぁ。
       

 「4番線ホームにしらさぎ6号が到着します。」とのアナウンス
が聞こえる。1度目は聞き逃した。2度目のアナウンスがある
頃、電車はもう目の前に迫っている。え~っ!4番線って向かい
側のホームではないか!こりゃ大変。あわてた。重い荷物を持ち
上げ階段を必死に駆け上がる。ここで叫んでも始まらない。
隣のホーム目がけて階段を下りる時は、下にいる人に「すみま
せ~ん、乗りま~す。ホームを間違えて・・・」とかなんとか叫ん
でいた。
 ホームの駅員さんが発車の笛を吹いておられる間にどうやら
乗れたから、特に待ってくれたわけではないかもしれない。
それとも私の姿を見て長~く伸ばして吹いていたのかも。
 一電車遅れたらどうしよう、何度も電話してくれた幹事さんに
申し訳ない、と無我夢中で走った。心臓がバクバクだった。
階段のすぐ傍にいたからよかったものの・・・である。

 富山~名古屋間の「しらさぎ」は米原回り。高山線と思い違い
したのだ。最近このような思い込み間違いがとても多くなった。
そろそろ一人旅は無理かなぁ。前のブログの「本」を読み、私は
まだ大丈夫、と思った途端だ。これが続くとボケがひどくなるら
しい。予防をするに限る。ちょっと迷う時が「警告」だから、一度
立ち止まり考え直す。これを実行する。

 この旅の最終日、またあったのです。

       
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60歳でボケる人80歳でボケない人

2009-05-18 18:15:10 | 
 これは案山子さんから借りた文庫本。著者はフレディ松川、
集英社出版の集英社文庫。
 著者は湘南長寿園という老人病院の院長さん。「黙々と数千
人のお年寄りを診て、数え切れないほどのボケた老人と接して
きた」そうである。

 「老人のボケ」は年齢が上がるほど幾何級数的に増え、90歳
を超えると、その割合は40~50%にもなるそうだ。
 実例が多いので分かりやすく、思い当たることがあり苦笑い
したり心配になったり・・・。

 内容をいくつか紹介する。

 *フレディ松川流「ボケ早期発見チャート」20項目(省略)
  この中8つ以上該当すれば、たとえ60代でもボケの初期段階。

 *80歳でボケない人の秘密:ボケない人は忙しい!
    出かけること、食べること、ほめられること。    

 *ボケは生活習慣病から:これはヤバイ。高血圧、肥満、運動
    不足が引っかかる。

 最後に、フレディ松川流「いまからできるボケないための10の
    予防対策は?

  ① 天気の良い日には散歩しよう
  ② 魚をできるだけ食べるようにしよう
  ③ 生活習慣病にかかっていたら、治療をつづけよう
  ④ いくつになっても、いつも恋心を持とう
  ⑤ 体の栄養状態に注意しよう
  ⑥ できるだけ外出を心がけ、社会とよく交わろう
  ⑦ 三度の食事より好きな趣味を持とう
  ⑧ 寝たきりにならないように注意しよう
  ⑨ 自分なりのストレス発散法を持とう
  ⑩ 心と体と経済の自立をしよう

 この10項目の中9つ実践できればボケない。具体的な対策は
本文をどうぞ。  
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レッド・クリフPart2と「三国志」

2009-05-17 23:08:18 | 映画・テレビ・演劇・芸能
 遅まきながら連休中に「レッド・クリフ Part2」を見た。封切り
前に放映したPart1は、我が家のテレビの小さな画面では
最後まで見切れず途中ギブアップしていた。
 
 レッド・クリフ=赤壁は中国湖北省、長江の南岸にある地で
208年に「赤壁の戦」があった場所、「三国志」で有名だ。
「三国志」と言えば、ちょうど娘が高校時代だったか、NHKで
人形劇が放映されていた。毎土夕方45分もので、川本喜八郎の
人形が美しく生きているようだった記憶がある。娘は諸葛亮
(孔明)の大のファンで、「三顧の礼」がどうのと毎週大騒ぎして
見ていた。森本レオの声だったようだ。

 映画の諸葛孔明は金城武でこれがまたカッコいい。「三顧の
礼」は終わっていてすでに劉備軍の軍師になっている。が、
食料不足や疫病の蔓延で劉備は戦意を失い撤退するが、孔明
は残り孫権、周瑜と共に曹操軍と闘う。「10万本の矢」の作戦
が功を奏する場面が圧巻だ。(トップの写真:ハッキリしない
が藁人形に無数の敵の矢がささり、矢を10万本集めた)
 映画のストーリーは周瑜(トニー・レオン)を中心に進み、彼の
妻(リン・チーリン:映画初出演のそれは美しい女優さん)が敵
陣に乗り込むなど、「三国志」ファンには疑問の声もあるようだ。
だが2000隻の曹操軍の船団にわずか200隻の船で戦いを仕掛
け、火計を弄して長江を「火の川」と化する場面は鳥肌が立つ
ような一大スペクタクルである。
岩代太郎の音楽がきれいだった。

 Part1はもっと感動的だったそうだから、いつかDVDを借りて
見よう。その前に分かり易い本を読もうと思い、童門冬二の
「三国志・赤壁のたたかい」を図書館に予約した。

 下の写真は金城武の諸葛孔明。右はトニー・レオンの周瑜。
  

               

          下は人形劇の諸葛孔明。 
          

   下の二つは人形劇「三国志」のDVDの1部である。
     


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城端曳山祭(その2)

2009-05-12 11:24:48 | イベント
 江戸時代、城端は浄土真宗の善徳寺(別院と呼ばれていた)
の寺内町として発展し、絹織物などの生産が盛んになった。
その絹を京都や江戸へ運んだ際に、端唄などの文化が持ち帰ら
れた。庵屋台は祇園や吉原の料亭や遊郭を模している。

 そして庵屋台の中で、三味線、横笛、太鼓の囃子と端唄を歌う
のは各町内の40歳までの若者たち、冬のうちから稽古が始ま
る。6基の曳山には、恵比寿、大黒、布袋、寿老人の七福神と
中国の尭王、三国志の武将である関羽と周倉が飾られている。

 町内ごとに屋台と曳山がセットになり、街の大通りや小路を
練り歩く。城端は坂の町なので、警察の坂、出丸の坂でそれぞ
れUターンをするのが見ものだ。ギューギューと音を立てるの
で私たちは「ギュー山」と呼んでいた。昔は街中が狭い通りば
かりだから、曲がったり傾いたりするたびに、ギューギューと
鳴っていたことだろう。

 トップの写真は大黒様。庵唄の所望の家の手前で一曲終わる
のを待ちながら一休み。
 下は、Uターンの順番待ちの間に記念撮影するどこかの奥様
方。右も同じく待ち時間中の庵屋台。オヤ、隅に誰か見慣れた
顔が?

 

 そうこうしていると、先程別れたOさんが家から出てこられ、
家の中で庵唄を聴くとまた味がある、と誘いに来てくださった。
これは嬉しい、と喜んで家の中に入り、ご家族や親戚の方の中
に入れていただく。ご主人や孫さんの後ろの特等席に座り、2町
内の庵唄を聴いた。ご祝儀を出して庵唄を所望するのである。
以前は、着物姿で正座をして聴いておられたが今はリラックス
ムード。だから我々も入れた。

 下は、座敷に座り聴いているところ。前の屋台から端唄が
聞こえて来ませんか。

        

 終わるとお礼もそこそこにUターンの出丸坂へ走った。
Uターンを写すとコンナ感じ(下の左)。車を曳く人足の方達が
一気に車を動かす。上はあまり動いていない。
 右は提灯をつけて一休み。今から夕食。あちこちでまた記念
撮影が始まったようだ。我々はお土産屋に寄って駐車場へ。

  
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城端曳山祭(その1)

2009-05-10 22:10:06 | イベント
 城端は私の生まれ故郷だ。が、弟が三鷹に永住したので、年
1,2度の墓参の時に2軒の分家へ寄るだけで、帰る家はない。

 城端の春祭りの曳山祭はずっと4/14.5日で、当然平日の年も
あった。田植えが終わった頃だったのだろう。リタイア後は高岡
の友達を案内し、宵山(飾り山と言う)へ行ったり、お食事つき
の所望の体験をしたりして私も楽しみ、友達にも楽しんでもらっ
た。4年前からGW中の4日、5日に切り替わり行きやすくなった
が、ここ数年はご無沙汰だった。

 4月末のA紙の富山版に「ひっそり優雅小京都」と半面を使っ
て大きく紹介された。「ひっそり」が気に入らぬ、と思いつつ、
ますます「今年は行きたい」誘惑にかられていたら、日立の友人
のOさんから「息子夫婦が見たいと言うので祭りに行くから、
出丸の実家に寄ってください」とメールが届いた。でも誰と行こ
うか。前々日突然、姫ちゃんから「兼六園桜」も見たいし…、と
電話が。なんとタイミングのいいこと。即、決定した。

 前置きが長くなったがこの思いをわかってほしくて書いた。
相棒が姫ちゃんなら自由に動ける。町営グランドに駐車して、
まず「じょうはな座」へ。舞台も座席も公開されていた。金刀比
羅の「金丸座」を思い出す。
 次に曳山会館の前へ、のつもりだったが、一番山の出丸町の
布袋様が宗林寺町から大工町へ出る細い小路をそろそろと進ん
で来るのに出くわした。カメラマンが鈴なりだ。我々も加わった。
両側の家にぶつからないように山車の屋根を畳んでいる。

 トップの写真は狭い小路を両側の家に触らないように、若連中
が腕で支えながら進む出丸町の布袋様。

 下は、通り抜けて大通りに出た東上町の寿老人。屋根はまだ
畳んだまま。右は若連中が爪先だち軽業師よろしく屋根をおろし
ている東下町の大黒様。

  

 そこですぐ近くの同級生Hさんとばったり出会った。祭の酒宴
の後だろう、ほろ酔い機嫌で、紋付袴姿。彼は床屋さんで新聞販
売店も経営。いろいろ説明してもらう。その後すぐOさんとも出
会う。奥さん、息子さん夫婦と一緒だ。狭い町だ、もう同窓会が
始まる。
 すぐ近くに旧五箇山街道の狭い道が通っている。空には五箇山
へ物を運ぶ索道があったね、と話がはずんだ。

 下は、五箇山街道の出口と、右は善徳寺。この隣の茶所で子ど
もの頃は日曜学校が開かれお経や歌を習った。
♪如来大師の御徳は~ ♪と歌っていたものだ。

 

 6本の曳山と庵屋台を見て、善徳寺へ。兼六園桜の撮影、香具
を覗きながら浪漫亭で早めの夕食をとった。
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F家のボタン園

2009-05-07 22:18:01 | 自然・海山草花

 何年前からか、GW中に戸出のFさんから「ボタンを見に来ませんか」とお誘いの電話があるようになった。茶々姫さんのお茶教室の弟子達が、その年行ける者だけ誘い合わせて行くことにしている。その昔は、皆、Fさんの世話になった仲間である。

 今年は、5/3(日)に4人で出かけた。その日は息子さんも庭に出て仕事をしておられたのでいろいろ聞くことができた。
 今、ボタンは200本ほどあるそうだ。約30年前から育て始め、株は7,8割が島根県大根島から、後は新潟県から取り寄せたものとのこと。広い庭に所狭しと植えてあり、どの株も見事に成長し、色とりどりの立派な花を咲かせている。
 周りはきれいに除草され、花々を引き立てている。これはFさんの仕事だろう。まだ元気そのものだが、少し前屈みになられ、足も弱くなった、と言っておられる。

 次々と知り合いが見学に来られ、話し相手になりながら庭の案内をしてくださった。
        

                                                       
                  

 今年からこんな看板が立ち、道行く人達も車を止めて見ていかれるようだ。来年もお互いに元気でいて、またボタンを見に来ます、とお暇ごいをした。    

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古洞の森ハイキング

2009-05-05 23:05:29 | 自然・海山草花
 それぞれの子供たちがまだ小学生だった頃、GWに必ず倶利伽羅
へハイキングに行ったものだ。くまさん主催の「雀の学校」である。
母親6,7人と子供たちが14,5人もいたか?
 子供たちが成長し、母親達もリタイア、いつの間にか「古洞の森+
婦中カンポの湯」がお決まりコースになった。日が合わず見送ること
もあるが、今年は4年ぶりに参加した。膝が心配で健脚組に迷惑を
かけたが、ゆっくりゆるいコースを歩いてもらったので息切れもせず
快適に歩け感謝である。

  野生のヘデラは色がきれい         野ぶきの群生
 

 目的はハイキングとお風呂だが、やはり皆、主婦。野ぶきを見ると
突然山菜採りに早代わり。歩いているだけでわらび、ぜんまいが
見つかる。Tさんがようやくわらびとぜんまいの区別がつくように
なった。茹で方やわらびの昆布〆などのメニュー紹介も始まる。
 
  

       水際にクレソンの群生が。白い花がかわいい。
         

 山には、藤、三つ葉ツツジ、野アザミ、稚児ユリが咲いている。

 おかずを交換しながらおにぎりを食べ、森に響くオカリナを聴き、
気功で身体をほぐし、緑の風を感じる。

   

 一日、緑の森の中を歩き、心も身体も自由になった気分。
カンポの露天風呂で汗を流し、池多のハーブ園へ寄り、ハーブの
苗をいくつか買った。
 さらに、くまさん喫茶で休憩と言うオマケまでついて、私の
ハイキング復活日が無事に終わった。
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高岡御車山祭.と佐野源佐衛門

2009-05-04 22:19:46 | 高岡
 庭の草花に水をやったり草取りをしていると、やはり水やりに
我が家の横の道を通られるご近所のKさん。戦争体験もある男性
の方である。 
 先日も夕方除草をしていると、フェンス越しに声をかけられた。
開町400年記念地域事業の「ふるさとフォーラム」で佐野源佐衛門
の話を聞いて来られたそうだ。題して「佐野の昔話」。

 鎌倉時代、第5代執権の北条時頼が諸国行脚中に上野の国佐野
荘で雪に見舞われ、源佐衛門常世の家で一夜の宿を借りた。源佐
衛門は貧しさを恥じながらも、秘蔵の鉢の木(松、梅、桜)を火に
くべ、粗食ではあるが精一杯の歓待をした。
 そして「いざ鎌倉」と言う時にはやせ馬にヨレヨレの鎧ではあるが
馳せ参じると話すのだった。

 これは、有名な能「鉢の木」にもなっている。その後、時頼の召集
に源佐衛門は言葉の通り駆けつけ時頼を感激させる。そして、鉢の
木にちなみ「加賀の梅田」、「越中の桜井」、「上野の松井田」の荘
を与えた。越中の桜井は黒部市三日市のこと。桜井の荘より頭川
佐野(高岡市佐野)に移り、この地で没したそうである。墓標として
植えられた「源佐衛門杉」はジェーン台風で倒木した。平成17年、
跡地に石碑を建立したそうだ。
 高岡御車山の御馬出町の本座が佐野源佐衛門なのはなぜなの
かは聞けなかった。 

 翌日は5/1、御車山祭の日。久しく町へ出かけたことはなかった
が、今年は平米公民館に用事があった。交通規制のため遠回りを
して、やっと公民館へたどり着いた。ちょうど山車が本町を通ると
言うのでカメラを片手に見に行った。

 山車が通るのを待つ本町通り
 
                資料館前のベンチで待つ人達
                

 木舟町の交差点で待っていると赤レンガの銀行前にようやく
一番山が見えた。露払いとして坂下町の「源太夫獅子」が先導。
                   一番山は通町の「布袋和尚」 
         

 二番山が御馬出町の「佐野源佐衛門」。梅と松の木と武将姿の
源佐衛門。後ろには桜の木が見える。
         

 ここまで見て公民館へ戻った。車を止めに来る人、トイレを借りに
来る人、公民館は絶えず誰かが来訪する場所。仕事を終えてから
駆けつけたという七尾のご夫婦。「明日は七尾の祭なので、また
来てくださいね。」と帰って行かれた。
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「市民と市政」5月号

2009-05-03 09:19:24 | ボランティア
 4/30(木)、「あかね」のボランティアの日。
「市民と市政」5月号のテープ吹き込みの日だ。会員の都合で最終
日になったので、テープはすべて返還されていた。各家庭にもう
配布ずみだから、さぞ利用者の方たちは待ち焦がれておられるだろう。

 9時半集合。いつものように準備をしながら1ヶ月ぶりの挨拶と
情報交換をする。
 「大石曳き」ご苦労様に始まり、息子さん一家がメキシコに滞在
のOさんから、奥さんと孫さんたちだけ帰国することになった話、
キミマロが公開録画で来高するから申し込もうとの相談、定額給付
金、もう振り込まれたよ、手続きがわかりにくい、世帯主の通帳で
は困る人もいる、などの感想・・・。話題はつきない。

 「始めの言葉」:「季節は今、菜の花、レンゲ、チューリップ、芝桜
などが次々に春を彩っています。・・・」
 香りのある花や鳥の声を加えるといいのでは?との意見があり、
 「藤の花やリラの香りも新緑の風に乗って漂って来ます。なにか
心が弾むようですね。」が加わり落ち着いた。

 総ページ数は24ページ、9人で分担する。読み合わせをしながら
またまた意見や感想が続出。一段落ついた頃昼食。今日もビーズ
のネックレス、指輪の試着と注文。買わないつもりがいつの間に
かまた注文している。
 午後から録音。スムーズに進んだ。新しい利用者が一人増え、
1セット準備する。ダビングの器械が故障か、2個分使えない。
もう古くて修理も無理らしい。買うには高価だし、いずれカセット
テープでなくパソコンで録音する時期も近いので今しばらくこの
ままで辛抱か。会長さんがボランティアセンターに頼みに行かれた
が良い返事ではなかったと、顔を曇らせておられた。

 すべて終了し、郵便局本局へ。本局前に御馬出町の臨時の山倉
があり高岡曳山祭の宵山ライトアップの最中。夜、文化ホールの
「青島広志・モーツアルト物語」に行く予定で急いでおり、写真を
撮れず残念だった。
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