先日テレビで見た「東京家族」どうように、この映画も昨年見そこなった。なはさんが「文庫本になっているよ」と本を貸してくださったのに、しばらく読まないままテーブルに「積読」になっていた。読み始めるとあっと言う間で、昨夜読み終えた。
「そして父になる」 是枝裕和・佐野晶 著 宝島社 カンヌ映画祭で審査員賞をもらった是枝監督の映画の小説化である。帯封には、”6年間育てた息子は、他人の子でした。” と帯封に書いてある。”映画を埋めて行くー”とも。 フィクションだが、実際に起こった’赤ちゃん取り違え事件’の当事者家族の物語だ。
主人公は、企業戦士のサラリーマン、良太。社内結婚の大人しい妻、みどりと息子慶太の3人家族。私立小学校のお受験の場面から物語は始る。お受験のため塾通いをし、めでたく合格した。そこへ、出産した前橋の病院で赤ちゃんを取り違えた可能性があるので検査を受けてほしいと電話が入る。DNA鑑定の結果、慶太は前橋の電気屋さん、雄大とゆかりの息子とわかる。雄大とゆかりの息子の琉晴が良太夫婦の息子なのだ。
検査の結果がそうでも、はい、じゃ交換しましょう、と言うわけにはいかない。「犬や猫じゃあるまいし。」 「犬や猫でもそう簡単にはいかないわよ。」と言うセリフが何度か出る。取り違えは病院のミスではなく、看護師が故意に取り替えたとわかる。彼女は再婚して、夫の子ども二人を育てようとしていた頃、不安な気持ちが妬みに転じ、良太の赤ちゃんをわざと取り替えたのだ。
その後、2家族は長い月日をかけ、家族合同で出かけたり、お泊まりを重ねて、いよいよそれぞれの家庭に子どもを引き取る。が、親の方も子の方も、今までの家族のつながりがより強く…。と言うところで本は終わっている。おそらく映画もそうなのだろう。生みの親か、育ての親か、血のつながりか、愛した時間か、という疑問を残したまま…。
是枝監督の映画は、映画館で「誰も知らない」を、「歩いても歩いても」をテレビで見た。いずれも「親と子」の微妙な深い繋がりを描いている。どんな人なんだろう?と興味があった。
↓は、2/15付けのA紙のインタビューの抜粋です。
「世界はね、目に見えるものだけでできているんじゃないんだよ。」 これは、「そして父になる」でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞するなど世界的評価の高い映画監督・是枝裕和さんが脚本を手がけたテレビドラマのセリフだ。敵か味方か。勝ちか負けか。二分法的世界観が幅を利かせるこの日本社会を是枝さんはどう見ているのか、聞いた。
Q:―昨年12月に発足した「特定秘密保護法案に反対する映画人の会」に賛同されていましたね。
「ひとりの社会人として、責任がありますから」
Q:政治的な「色」がつくという懸念はなかったですか。
「そんな変な価値観がまかり通っているのは日本だけです。僕が映画を撮ったりテレビに関わったりしているのは、多様な価値観を持った人たちが互いを尊重し合いながら共生していける、豊かで成熟した社会をつくりたいからです。だから国家や国家主義者たちが私たちの多様性を抑圧しようとせり出してきた時には反対の声をあげる。当然です。これはイデオロギーではありません」
(中略)
「安倍政権を直接的に批判するドキュメンタリーもあっていい。だけどもっと根本的に、安倍政権を支持している私たちの根っこにある、この浅はかさとはいったい何なのか、長い目で見て、この日本社会や日本人を成熟させていくには何が必要なのかを考えなくてはいけません」
Q:この浅はかさ。何でしょう。
「昔、貴乃花が右ひざをけがして、ボロボロになりながらも武蔵丸との優勝決定戦に勝ち、当時の小泉純一郎首相が『痛みに耐えてよく頑張った。感動した!』と叫んで日本中が盛り上がったことがありましたよね。僕はあの時、この政治家嫌いだな、と思ったんです。なぜ武蔵丸に触れないのか、『2人とも頑張った』くらい言ってもいいんじゃないかと。外国出身力士の武蔵丸にとって、けがを押して土俵に上がった国民的ヒーローの貴乃花と戦うのは大変だったはずです。武蔵丸や彼を応援している人はどんな気持ちだったのか。そこに目を配れるか否かは、政治家として非常に大事なところです。しかし現在の日本政治はそういう度量を完全に失っています」
「例えば得票率6割で当選した政治家は本来、自分に投票しなかった4割の人に思いをはせ、彼らも納得する形で政治を動かしていかなければならないはずです。そういう非常に難しいことにあたるからこそ権力が与えられ、高い歳費が払われているわけでしょ? それがいつからか選挙に勝った人間がやりたいようにやるのが政治だ、となっている。政治の捉え方自体が間違っています。民主主義は多数決とは違います」
「政治家の『本音』がもてはやされ、たとえそれを不快に思う人がいてもひるまず、妥協せずに言い続ける政治家が人気を得る。いつから政治家はこんな楽な商売になってしまったのでしょう。『表現の自由』はあなたがたが享受するものではなくて、あなたが私たちに保障するものです。そのためにはあなたの自己表出には節度が求められるはずです」
Q:しかし政治に限らず、「勝たなきゃ終わり」という価値観が世間では幅を利かせています。
「世の中には意味のない勝ちもあれば価値のある負けもある。もちろん価値のある勝ちが誰だっていい。でもこの二つしかないのなら、僕は価値のある負けを選びます。そういう人間もいることを示すのが僕の役割です。武蔵丸を応援している人間も、祭りを楽しめない人間もいる。『4割』に対する想像力を涵養(かんよう)するのが、映画や小説じゃないかな。僕はそう思って仕事しています」
「ただ、同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。その結果が映画だと『泣けた!』『星四つ』。こんなに楽なリアクションはありません。何かと向き合い、それについて言葉をつむぐ訓練が欠けています。これは映画に限った話ではなく、政治などあらゆる分野でそうなっていると思います」
「昨年公開した『そして父になる』の上映会では、観客から『ラストで彼らはどういう選択をしたのですか?』という質問が多く出ます。はっきりと言葉では説明せずにラストシーンを描いているから、みんなもやもやしているんですね。表では描かれていない部分を自分で想像し、あの家族たちのこれからを考えるよりも、監督と『答え合わせ』してすっきりしたいんでしょう。よしあしは別にして、海外ではない反応です。同じく日本の記者や批評家はよく『この映画に込めたメッセージはなんですか』と聞きますが、これも海外ではほとんどありません」
(まだまだ続くのだが後は省略します) (聞き手 論説委員・高橋純子)
是枝裕和 :映画監督・テレビディレクター 62年生まれ。ドキュメンタリー番組の演出を手がけ、95年に映画監督デビュー。作品に「誰も知らない」「奇跡」「そして父になる」など。