Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

本「にんげん住所録」

2012-04-30 22:50:07 | 

 斎藤明美著「高峰秀子の流儀」を読んでブログに載せたところ、なはさんがこの本を紹介してくださり、高岡市立図書館に予約した。文芸春秋社発行である。
 「にんげん蚤の市」、「にんげんのおへそ」に続く「にんげんシリーズ」3部作の最終本だそうだ。前2作は、司馬遼太郎、三船敏郎、木村伊兵衛、幸田文、。木下恵介、黒澤明との交友録で、豊かなエピソードが書かれているとのことだ。

 この「にんげん住所録」も、木下恵介や黒澤明、山本嘉次郎などの映画監督や越路吹雪などの芸能人とのエピソードや思い出はもちろん、無名の親しい人々との交友録が歯切れよく描かれている。

 さすが、大女優だけあり、「美智子さまへのファンレター」や「栄作の妻」のタイトルで驚いたが、美智子妃殿下や佐藤栄作夫人寛子さんとの交友録もある。
 また、「たけしの母と秀子の母」では、交友はないがたけしの母を自分の養母と比べたり、「五重塔と西部劇」では、五重塔の川越の源太やのっそり十兵衛を西部劇のカウボーイ(ジョン・ウエイン)と比べたり、幸田露伴も秀子流にはビックリだろう。

 高峰秀子さんの70代くらいの頃のエッセイで、まだまだ脚本を書いたり、講演を頼まれたりしておられた頃らしい。だが、身体も気力も少しずつ弱って来る頃で、その辺の心の動きや生活スタイルが、今の私にはわかる気がした。文章は軽快、いきがよく、読みやすい。前2作も読んでみたいと思った。

 表紙の絵を見て気付かれた方もあろうが、この楽しい絵(引っ越し?)は安野光雅さんの絵。中のページにもスケッチ画が挿入されている。

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今年最後の桜~薬勝寺池の桜

2012-04-29 11:45:41 | 自然・海山草花

 今年度初の「ハイキングクラブ」は薬勝寺池巡りだった。いつもはこの駐車場が出発点である。ここに集まり、何台かの車に分乗し、あちこちの山に行く。天候のかげんで中止になることもあるが、年6,7回出かける。

 4/27(金)は、前日には予想もできなかったほどの晴天だった。真言宗の寺「薬勝寺」と「日の宮神社」を訪ねた後、薬勝寺池を1周というプランだった。今日は、桜の紹介だけします。
 今年は桜の開花が遅く、待ちに待った桜だったせいか大勢の人が花見に出かけたようだ。先日の、「音訳ボランティアあかね」の日、氷見朝日山公園と氷見高校の桜が見事だったという話題が出た。「ハイキングクラブ」でも、Taさんが朝日山公園が何とも言えぬ美しさだったと語っておられた。来年は、ぜひ見に行きたいものだ。

 薬勝寺池の桜ももう葉桜になっており、桜の斜面の道は花びらの絨毯でぎっしり埋まっていた。満開時にはさぞきれいだったことだろう。         

         

 駐車場の回りには、葉と一緒に開花する「山桜」がつつましく咲いている。          

 「八重桜」も何本も、今を盛りに風に揺れている。(トップは薄いピンクの八重桜)         

         

 濃いピンクの八重も青空に映えて美しい。                       

 池巡りや薬勝寺と日の宮神社については次回に紹介します。    

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いただき物 3種

2012-04-28 11:15:26 | 食物

 4月初めに、城端の友人のお世話で、砺波の「草の家」でランチの会をして女性6人の同級生が集まった。その時お世話してくださったMoさんから大きな梅干をいただいた。事前に「○ちゃん、梅干し食べる?」と電話があった。「食べる、食べる」と言うと、当日大きな梅干の瓶を持って来てくださった。「蓋は赤がいい?白がいい?」と2種類の蓋まで用意され、私は赤い蓋のケースをもらった。
 「ハイキングクラブ」や「歩こう会」の時のおにぎり作りには欠かせない梅干。生協の品が切れかかっている時で嬉しい。

 ようこ姫さんから年暮れにいただいた柚子みそがそろそろ無くなる頃、今年の蕗の薹で作った蕗の薹味噌をいただいた。香りを味わいながら少しずついただくとしよう。         

 月に1度の「音訳ボランティア」は、情報交換の場でもあるが、「市民と市政」5月号の録音の日、塩麹の話題が出た。自分で作っている人、スーパーで買う人いろいろだが、何人かが利用しておられた。最近よく聞くので、「どんな料理に使うの?」と尋ねると「なんにでも入れる。味がまろやかになり美味しいよ」とのこと。
 その翌日、偶然、なはさんからいただいた。なはさんも、お便りのボランティアグループで紹介されたそうだ。海洋深層水の塩がすでに混ぜてあるので、水を加えてかき混ぜるといいそうだ。           

 1日に1度手でかき混ぜ、常温でねかせる。さて、うまく仕上がるかが楽しみ。

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♪ 春の風 ♪

2012-04-25 21:57:52 | ボランティア

♪ ルルルルールル ルルルルールル
   ルルルールールルールー
  春の風は かけてゆくよ
   ルルルールールルールルー
  ぷくぷく太った木々の芽を
   すいーすいーとなでながら
  おはよう おはよう おはよう おはよう
   春だよ 春だよ  ♪

 上は、「春の風」と言う歌の1番目の歌詞です。2番目では、♪ 小川のはしゃいだせせらぎに  シャパシャパシャパっと歌わせて おどろう おどろう おどろう おどろう 春だよ 春だよ ♪ と歌い、3番目では、♪ れんげにたんぽぽ つくしんぼ こちょこちょこちょっと くすぐって あそぼう あそぼう あそぼう あそぼう 春だよ 春だよ ♪ と、歌います。

 4/24(火)、「いわせのコーラス」が、戸出の「はるかぜ」(トップ写真)と言う特別養護老人ホームを訪問し、女声コーラスで春の歌をいくつか歌って来ました。昨年から始った訪問で、私は初めてでした。
 暑くて汗がにじむほどのいいお天気の日で、途中の道路わきのチューリップ畑がきれいでした。戸出は菜の花フェスティバルで有名ですが、チューリップの栽培農家も多いようです。

 ↓は、玄関の飾り付けです。蝶とさくらをバックに龍年の色紙が飾ってあります。

       

 この裏側には、ぬいぐるみがいっぱい椅子に座って出迎えてくれました。椅子の後の広いスペースに、ディサービスの方たちが三々五々とくつろいでおられました。壁には、4月に誕生日を迎えられた方々の名前が貼ってあります。       

       

 「おぼろ月夜」、「さくら」、「花」、「世界は二人のために」、「春の風」。「いわせのの四季」を歌いました。指揮者のMr.長谷部は、皆が子供の頃を思い出すように面白く、曲の紹介をされます。また、ご自分が三年前に脳梗塞にかかり、その後リハビリに励んでいることを話されます。右手は上がるようになったけど、左手が上がらず、両手で指揮ができないこと、毎朝、同じ言葉を20回繰り返す練習をし、話ができるようになったことなどを話されました。
 皆さんは、頷いて聞いておられました。「『春の風』は、このホームのテーマソングみたいな歌だから、毎年歌いに来ます。『いわせのの四季』は、野村のいわせのの景色や行事を歌った曲で、もし機会があればぜひ訪ねてください。」と締めくくられました。

 その後、ビオリラの先生と一緒に、皆で何曲か歌いました。    

 最近、鳳鳴苑におられたお姉さんを亡くされたゲタ姫さんは、歌っていてお姉さんを思い出し、涙が止まらなかったそうです。

 その夜はMiTUの練習の日。コンサートも近いのでほとんど立ち稽古でした。ソプラノのSeさんが体調が悪く、辞められることになり挨拶に来られました。冨山からバスで練習に来ておられた方です。市民合唱の頃からあしかけ14年、森川先生の合唱団に通ったと挨拶され、辞めるのが心残りの様子でした。健康でなければ、好きなことも続けられないものなのですね。  

       

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千保川・さくら・クルーズ(その2)

2012-04-22 22:35:46 | 高岡

 4/14,15(土日)に、今年初めての試みとして「千保川・さくら・クルーズ」が実施され、お茶教室の仲間であり、ブログ仲間の茶々姫さん、なはさん、ようこ姫さんと4人で参加した。私が、密かに行きたいな~と思っていたところ、ようこ姫さんが乗ってくれ、他の仲間にも声をかけてくださった。こう言うものは一人では参加しにくいもの、大勢で乗るからこそ楽しい。SLツアーの続きみたいに、4人とも新しい冒険にワクワク気分だった。
 あいにく桜はまだ早く、朝小雨もぱらついたが、そんなことは何のその思い切り楽しんだ。昨日は、乗船までを書いたのでその続きです。初日の一番舟とあれば、当然取材陣が…と予想していたが、案の定土手の上にはカメラが一杯。(トップ写真は、赤い法被の船頭さん(?)に撮ってもらったもの)   

 インストラクターから、櫂(オールではなく、バドルと言う)の使い方を教わり乗船した。乗客は10名、MiTU代表のSaさんもその一人。先頭と船尾にスタッフが一人ずつ。「ホラ、右に曲がってますよ。右の人力を入れて漕いで!」と声がかかるが、実際には船尾の人が舵をとっておられる。「川の流れに身をまかせ…」で漕がなくても舟は進む。土手の人に手を振ったり、写真を撮ったり、でバドルは放しがち。「一文橋」から「南星橋」の間に「星友橋」と言う、歩行者(南星中生徒など)専用の橋がある。今、拡張工事中の「南星橋」は、私がいつも通る橋。以前は突き当たりに中越パルプの工場の塀がそびえていた。今は、バロー、Vドラッグ、アクトスなどが建ち、広々としている。
 ↓は、「南星橋」から北陸線鉄橋までの間。ここは両岸に桜並木が続き、「冨山さくらの名所」に指定された。
     

 北陸線鉄橋をくぐるとすぐに「木津橋」が並んでいる。駅前から羽広へ向かう道路に架かる橋だ。その辺りで和田川と合流する。↓は、合流点。      

 ここを過ぎると「住吉橋」、千保ゴルフセンターの横にある。この橋は、冬によく歩いて通った橋。
 いくつも橋をくぐり、両岸を眺めているうちにもう「横田橋」に着いた。上流右岸に下舟場がある。「一人ずつ立って、一人ずつ降りてください。」の声で慎重に降りる。さあ、そこでも、テレビ局のカメラマンや新聞社の取材陣にすぐとり囲まれる。何と言っても初めての行事だ。歓迎されて嬉しかった。

 乗客はバスで「彩都公園」に戻る。舟はトラックで「一文橋」へ戻る。↓は、バスの中から撮ったトラック。      

 「彩都公園」ではセレモニーが行われていた。富山県知事、高岡市長、元高岡市長(衆議院議員)の橘さんも。挨拶をする知事さんに傘をさしかけているのは{千保川をきれいにする会」代表のYoさん。南星中PTAで一緒だった。緑の上着の方は、元高校教員のSaさん。今でもこの会の世話をしておられる。次々と挨拶があり、この後、桜の若木の植樹があった。      

 「さくらカフェ」では、たこ焼き、クレープ、大判焼き、おにぎりなどが売られていた。乗船券1,000円に500円の食券がついており、それぞれ好みの品をゲット。 高岡チンドン倶楽部のアトラクションもあった。    

    

 午後はだんだん晴れ、翌日は晴天、15日の乗船者は満開の桜を見ながらの舟下りだったことだろう。

 5日後の19日カーブスの帰りに、アクトスに車を止め、辺りの桜だけ撮ってみた。チラチラと花びらが散りはじめていた。            

            

  翌20日、バローの帰りに夕方寄ってみた。買い物帰りの女性、カメラ片手に散歩の男性、小学生の兄弟が公園で遊ぶのを見守る母親、この日も桜を愛でる人たちで賑わっていた。                   

                     

          

                     

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千保川・さくら・クルーズ(その1)

2012-04-21 22:20:14 | 高岡

 3月初めだったか、町内の回覧板で「千保川・さくら・クルーズ」を知った。それはまず、さくらカフェの食券申し込みから始った。初めてのイベントで、4/14,15(土日)に、一文橋~横田橋を舟下りすると言う以外は、乗船券などについては何もわからない。そこで、知り合いなどにいろいろ聞いた。「市民と市政」4月号にも載った。ようやくHPから手に入れた情報が、上のチラシと実施要項だ。

 高岡市内を流れる千保川(1級河川)は、「つなぎ川」と言われるそうだ。元々は庄川の本流で、庄川より大きかった。今は小矢部川に合流している。 
 遠く島根、鳥取、岐阜、福井から仕入れた鋳物の原料は、伏木浦に集積され千保川をさかのぼって金屋町へ直送された。これらの荷物を陸揚げし、塩釜などを船積みするために内免橋から横田橋にかけいくつも波止場があったそうだ。「中島」や「鴨島」は、川幅の広い千保川の島であり、わが「清水町」は川床だった、など、昔の千保川を想像すると楽しい。

 我が家の子どもたちが南星中学校に通学していた頃、千保川は生活用水が流れ込む汚い川だった。当時、学校の理科の先生達を中心に「千保川をきれいにする運動」が始ったと記憶している。その後、地元の人たちの清掃活動、小学生による鮭の放流、と地道な努力が続けられ、きれいな川に生まれ変わった。同時に沿岸の桜の手入れも進み、桜並木が復活したのが平成15年だそうだ。(↓の3年前の私のブログに、千保川桜並木が桜名所に、の記事が載っています) 

http://blog.goo.ne.jp/67kiyoh/e/6045c2d8d0ef8cf0a108bd676d6e724a

 さて、クルーズだが、初日14日9時出発の1番船しか空いていないと聞き、即座に4名申しこんだ。お茶教室の友人たちとである。当日は、残念ながら小雨、合羽ややアノラックを着て集合した。初めての試みとて、お世話をされる方たちはご苦労が多かったことだろう。
 8:20 木津彩都公園(アクトス裏):実施されるのかどうかと言う面持ちで集まった係りの人達。まだ準備中だ。桜は5分咲き。
      

 雨も徐々に止んできた。受け付けが始まる。1番乗りだ。客の中にも、スタッフの中にも知り合いの顔が…。
      

 受付がすむと、マイクロバスに乗り込み乗舟場の「一文橋」へ行く。昔、渡るのに一文取ったと言う橋だ。橋の下流右岸が乗り場になっており、川面まで仮設の階段が作られていた。一人1本ずつのオール(バドルと言うそうだ)が並んでいる。え~ッ クルーズって、自分で漕ぐの?
      

 インストラクターの指示に従い、救命具をつける。乗る舟は、”eボート”と言うゴムの舟らしい。
      

 川面に、赤いスマートなゴムボートと、赤い法被の船頭さんが見えた。
      

 さあ、いよいよ乗り込むぞ!
      

 皆、ワクワクしてテンションが上がっています。続きは、明日また。

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SL列車と桜紀行~大井川鐡道と♪汽車の歌♪

2012-04-18 22:47:55 | 旅行

 4/2日、3日、山高神代桜(長野県)、身延山久遠寺(山梨県)へとバスツアーで出かけた。2日目御前崎灯台を見学、大井川の木造橋を渡り、最後に、大井川鐡道でSL列車に乗ると言うメインイベントが待っていた。

 静岡と言えばお茶、バスが走る道の両側に茶畑が続く。山に広がる茶畑もあれば、農家の庭先にもこじんまりと茶畑があって驚いた。(トップ写真)         

 列車に乗る「家山(いえやま)駅」の手前でバスを降り、駅まで歩いた。線路沿いが桜トンネルになっている。ここを走るSL列車の姿をカメラに収めようと、三脚をかまえて待っている人もいた。
          

 「家山駅」の前は、もうすぐ着くSL列車を待つ客でにぎわっていた。狭いお土産売り場もごった返していた。
        

 ↓は、駅のホーム。
          
 ↓は、時刻表。1日に3度、お昼頃にSLが走るようだ。私たちは、家山駅から千頭(せんず)駅までの40分間乗ることになる。もう少し奥へ行くと、アプト式機関車を連結する「あぷとライン」があるらしい。
        

 さあ、煙をはき、汽笛を鳴らして列車が入って来たぞ。「さくら号」だ。
           

 懐かしい3等車だ。椅子、窓、網棚、皆昔のままだ。車内は老いも若きもニコニコ顔。私たちのツアーにも中学生と思われる兄弟が祖父ちゃん、祖母ちゃんと参加していた。    

 駅弁を食べ、車内にカメラを向け、お喋りに花が咲く。窓の外は雨になった。
          
車掌さんが、列車の説明をしながらハーモニカのサービスをしてくれて、乗客は大喜び。この列車は、C56形44号機。札幌・千歳線などで使用されていた。太平洋戦争の開戦と同時に、戦時輸送のためタイへ送られ、昭和54年にタイから帰国、大井川鐡道に入線した。昭和11年に三菱重工で製造、だそうだ。「ご苦労さま」と言いたい。

 ♪ 今は山中~♪ だったか、♪ 汽笛一声~♪ だったか、数曲吹いてくださり、思わず、目下、MiTUで練習中の「汽車のうた」を思い出した。
 MiTUの今年のコンサートが5/27に近づいたが、その中で、童謡メドレー「いつの日か」を歌う。「汽車のうた」は、「汽車ぽっぽ」と「汽車ポッポ」と「汽車」の3曲のメドレーだ。と言ってもピンと来ないだろう。

 ♪ お山の中行く 汽車ぽっぽ ♪ で始り、♪ 汽車 汽車 シュッポ シュッポ シュッポ シュッポ シュッポッポ 僕らを乗せて・・・♪ と続く。
 次に ♪ ぽっぽぽっぽ 黒いけむを出し しゅしゅしゅしゅ 白い湯気吹いて♪ ♪ スピード スピード 窓の外 畑も飛ぶ飛ぶ 家も飛ぶ♪ と続き、男声が、♪ 走れ 走れ 走れ~ ♪ と歌うと、女声は、♪ 機関車と機関車が前引き 後押し ♪ と歌い、男声は ♪ なんだ 坂 こんな 坂 ♪ ♪ トンネルだ 鉄橋だ ♪ と重ねると言うふうに、楽しい歌だ。
 最後に、♪ 遠くに見える村の屋根 近くに見える町の軒 森や林や田や畑 後へ後へと飛んで行く ポッポー ポッポー ♪ と言うように消えて行く。

 うまく作ってあるものだ。SL列車に乗り、久しぶりに汽車のうたを味わった。皆さんもどうぞ口ずさんでみてください。

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高岡芙蓉会・謡曲大会~2012

2012-04-17 22:01:15 | 能楽

 4/15日(日)、よく晴れた花見日和の日だったが、私にとってはとても長~い大事な一日だった。
 朝7時、町内の溝掃除だ。我が家の前は2,3日前に済ませたが、今年は班長なので乳剤などの手配まではして行きたい。

 9時、青年の家・高岡能楽堂へ集合。控室で着物を着て袴をつける(してもらう)。毎年4月第3日曜が「芙蓉会謡曲大会」の日だ。今年で4年目。来年は第5回の記念大会となる。県呉西地区の女性だけの謡曲の会で、日頃顔を合わさない他の会の人たちとも久しぶりに会えるのが嬉しい。素謡、仕舞、連調連管、皷連調、舞囃子など、30番もあった。

 10時、オープニングの「鶴亀」の連吟(トップ写真)でスタート無本である。暗誦と言うことだ。シテを演じられたFuさん(いつもカーブスで一緒)は、出番前は緊張気味だったが本番は堂々としておられた。見所でゆっくり、鑑賞し写真を撮ったのはこれだけ。後は、出たり入ったりでなんと7番もの出番があったのだ。しかも、初体験が2つも。一つは仕舞の地。もう一つは後見なしの舞囃子だ。一つが10~20分、舞台の上の板の間に座る。最後の頃は、右膝がズキズキ痛み、目はかすんで文字が読めなかった。

 私たちの会「蒼山会」は男性が多い。女性も、まだ年数の少ない若い方、高齢だからと遠慮されるベテランの方などで、結局私たちの年代に役が回って来る。
 仕舞の地謡は正面に座り、無本で謡わねばならない。しかも、「江口」と「八島」と二つも。1月頃から本をもらい、先生のお手本をテープに録音し、準備は早かったが、なかなか覚えられない。言葉も節回しも。年をとると、こんなにも暗記できないものか。情けなくなる。地頭のMaさんのリードで、4人で集まり特別練習や自主練習を何度か公民館で行った。一つ覚えれば、一つ忘れ、の連続だった。
 「江口」は、西行と歌を読み交わした江口の遊女が、普賢菩薩の化身であり、白象に乗り空に舞う、と言う優雅な謡。
 「八島」は、壇ノ浦の源平の合戦の勇ましい謡。これは言葉が早く、丸暗記しないと考えている暇がない。

 11時頃、最初の出番、素謡「養老」のシテを務める。ツレ(息子)との連吟もどうやら合わせられた。
 12時頃、仕舞「江口」の地謡。立ち方のSimさんは、今までで一番舞いやすかったそうだ。ここで昼食をとる。↓は、「江口」。
         
 この後、連調連管で「中の舞」。太鼓3人と笛が10人。バッチシ揃った。
 2時頃、仕舞「八島」の地謡。だいぶ頭が疲れており、覚えていた個所も忘れていた。他の方達がしっかりしておられ支障なし。
 その後、連調連管で「早笛と働き」。最初、早笛の刻みでちょっとバラついたがすぐに合って来た。この辺は慣れである。

 この後、合間を見ては、舞囃子「胡蝶」の練習をした。膝を打ったり、「手」を書いた紙を眺めたり…。立ち方は、公民館仲間のSibさん。蒼山会でも一緒に、この「胡蝶」の舞囃子をした。だが、今回は笛、小鼓、大皷が違うメンバーで、何よりも上田先生の後見がない。いつもは後に座ってくださり、拍子がずれると直してくださる。この日は、舞台横で、かけ声をかけてもらうことになっていた。4日前と前日に2度、「申し合わせ(リハーサル)」もした。それでも、不安だった。

 その前に、素謡「忠度」の地謡。膝が痛んだのはこの時。最後の太鼓で座れなかったらどうしよう?と、終わると足を投げ出し、膝の後をマッサージした。
 いよいよ、最後から2番目の舞囃子「胡蝶」である。中の舞が入り、前と後ろに謡が入る長い曲だ。中の舞の途中でちょっとずれた(らしい)。先生のかけ声ですぐに修正できた。後の謡の部分は、小鼓大皷のかけ声とも合わせられ、謡ともよく合い、気持ちよく打てた。打楽器の醍醐味とはコレだな、と感じた。先生が、「ミスを気にせず、楽しみなさい」と、よく言われるが初めてそんな気分だった。

 ↓は、「胡蝶」。舞はSibさん、笛は龍尚会のNaさん、小鼓のSanさんは冨山の方、大皷のSakは城端出身の方で今は金沢で飯嶋先生に大皷を習っておられる。皆さん、長年のお稽古を積んでおられ、しかも若い。こんな方たちと一緒に打てるのは幸せなことかも。地謡は、車伸代先生と蒼山会の方たち。             

 最後の舞囃子「草紙洗」を観てから、着替える。続けて直らいの会。先生にお礼の挨拶を言いに行くと、「次は何の練習をすればいいかな」と仰った。一歩前進できたようだ。そろそろ止めようと思ったけど、もう少しだけ頑張ってみよう(毎年こう言っている気がするが)。

 この日も、なはさんが午前からずっと、見所で見ていてくださり嬉しかった。写真も撮ってくださったので使わせてもらいました。
 
また、直らいの途中で、ようこ姫さんがわざわざ寄ってくださり、能登名物の「おだまき」を届けてくださり、これも嬉しかった。コンビニ「ポプラ」で15日だけ販売すると言うお菓子を予約してもらっていたのだ。
        
 膝も、神経もクタクタに疲れた1日だった。翌日は寝坊、昼風呂、録画したままだった「運命の人」最終回を観る、と気ままな1日となった。

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本「高峰秀子の流儀」

2012-04-16 19:07:17 | 

  「SL列車と桜紀行」の最後、大井川鐡道のSL列車の記事は、「汽車の歌」とからめて後で書くことにします。

 今日は、先日読み終わった高岡市立図書館の本、「高峰秀子の流儀」を紹介します。以前、やはり図書館ででか文字本の「わたしの渡世日記」を上巻だけ読み、紹介したことがあります。いずれ続きを、と思いながらそれっきりでした。
 2010年暮れに、高峰秀子さんが86歳で亡くなられた頃、新聞に何度も広告が載ったのがこの本です。

 「高峰秀子の流儀」 新潮社 斎藤明美著。著者の斎藤さんは、高校教師、「週刊文春」の記者などを経て、今は作家。2009年、松山善三・高峰秀子夫妻の養女となり、夫妻を「とうちゃん、かあちゃん」と呼んでいた人です。高峰秀子に傾倒し、正しい理解者として、「婦人画報」(だったか?)に、引退後の彼女の暮らしぶりを取材し、連載した記事をまとめた本だそうです。

 高峰秀子さんの、小学校にも通えなかった子役の頃については、↓の私のブログ、「本・わたしの渡世日記」に書きましたのでご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/67kiyoh/e/00035dbe2d11092b1dd6d554c1bfd181

 引退後の老夫婦だけの生活、台所で料理を作り、寝室で読書に明け暮れる生活が、著者のインタビューを交えて書かれています。松山氏との睦まじい日常生活がたくさんの写真から伺えて、楽しいです。

 内容については、目次だけ載せますので、興味のある方は読んでみてください。目次に並ぶ「~ない」の否定形の言葉。誰にでも、ちょっとやそっとではできないことばかり。簡単に真似られないが、肝に銘じたい言葉と思いました。

 目次より

  高峰秀子と言う知性

 動じない  求めない  期待しない  振り返らない  

  迷わない    甘えない  変わらない  結婚  怠らない  

  27歳のパリ・その足跡を訪ねて  

  媚びない  驕らない  こだわらない  ひとこと

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SL列車と桜紀行~御前崎灯台と大井川

2012-04-14 20:51:00 | 旅行

 4/2.3(月・火)のバスツアー、身延山を後にしてバスは山梨県から静岡県に入る。宿泊は、静岡県最南端にある御前崎グランドホテル。海から昇る日の出が美しいと言う。御前崎はアカウミガメの産卵地で。町をあげてウミガメの保護に取り組んでいる。↓は、ホテルのエレベーターのドアのウミガメとホールに飾ってあるウミガメ。
           

 翌朝、バスで御前崎灯台まで。バスを降りてかなりきつい坂を上る。灯台はどこでも険しい崖の上にあるが、ここは近くに住宅があり町の中と錯覚するほどだ。途中に「見えるん台」(地球がま~るく見えるスポット)があり、↓は、そこから見た海。水平線が、たしかに丸くみえるような…。
      

 ↓は、「御前崎灯台」の3景。左から、下から見上げたところ坂の途中から灯台全景。

               

 トップの表示板に地図があるが、右から、房総半島、伊豆半島、左の赤い矢印が御前崎灯台。一昨年伊豆半島の石廊崎灯台を見たが、時間がなく上らなかった。ここより、御前崎がわずか最南端だそうだ。懐かしい映画「喜びも悲しみも幾年月」の最終舞台とのこと。

 その後、島田市の大井川にかかる人道橋(自転車もOK)「蓬莱橋」を渡る。「世界一長い木道歩道橋」とギネスに認定されたそうだ。897mある。いわゆる「流れ橋」で、大井川の増水により幾度も被害を受け、今は橋脚のみコンクリート造り。昔は、大井川の渡しがあり、雨の日が続くと何日も「川止め」となったのが頷ける。
       

 ↓に、「明治12年架橋」と表示されている。       

 昨年の水害の時の流木がまだ残っている。濁流が渦巻いたことだろう。
     

 30分かけて、もくもくと往復した。
     

 賃取橋(有料)で、大人100円、子供10円、自転車100円(それぞれ往復)だそうだ。地元の人も払っておられた。対岸の桜は満開。 

       

 いよいよ最後のお楽しみ、大井川鐡道のSL列車に乗る。

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三味線お浚い会&千保川クルーズ

2012-04-13 12:10:11 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 「桜紀行」をしばし中断して、「三味線のお浚い会」と「千保川クルーズ」を紹介します。友人のYaさんがだいぶ前から三味線を習っておられると聞いていた。我が息子がかつて南星中学校の必修クラブ(当時10年間ほど取り入れられた)で地元の鍋谷先生から三味線を教わった。私もあの音色が好きなので、いつか習いたいと思っていたのに、ひょんなことから謡と太鼓になったのだ。

 Yaさんに「いつか、聴かせてね」とお願いしていたらようやくお誘いがかかった。4/8日(日)、高岡文化ホール多目的ホールで開催された「民謡 博義会おさらい会」である。第44回だそうだ。50名くらい会員がおられ、その他に友情出演やお囃子や踊りで、大変賑やかな舞台だった。なんと62番まで番組があり、日本全国の民謡が歌われ、舞われた。Yaさんも歌と三味線に5回も出演されたが、今度芙蓉会で太鼓と謡いに多数出番がある私には、覚える苦労がよくわかる。(トップ写真は全員に寄る♪二上がり松竹梅♪)

 ↓は、華の会の♪三階節♪と、子どもの頃から賞をとっている桶屋めぐみさんの♪秋田おばこ♪。
        

        

 ↓は、Yaさんの歌、♪、下津井節♪、と三味線♪、あがらっしゃれ♪、姿勢がよく、歌も堂々としておられた。三味線の撥さばきがなかなか撮れない。

                

 後半に、北陸の民謡が並び、もっと聴きたかったが、この日は「千保川クルーズ」のチケットを買う予定。電話をしたら、続きナンバーで4名買えるのは初乗りの9時発の船だけ。早く行かないとそれもなくなりそうで、途中で失礼する。

 久しぶりに「オータニ」でランチ。ヒレカツとホタテフライランチを1個ずつとり、分けて食べる。
              

 そして、金屋町の藤忠さんへ。そのお店しか、前売り券を買えないのだ。クルーズの日は、4/14,15日。きれいになった千保川を船で下る企画だ。一文橋から横田橋まで下る。無事に4人分の券を買い、金屋町を散策すると、見慣れたような建物だが、違う名前に…。それが、金屋町金属工芸工房「かんか」だ。そう言えば、いつかの「市民と市政」で紹介されていた。かつて、高岡市を舞台に撮影された映画「8月のクリスマス」の記念館が閉鎖され、「かんか」としてオープンしたと。
        

            

 覗いてみると、ワークショップか、若い女性2人と先生らしき男性で作業中。店内には金工作品の花器がいくつも展示してある。何気なく生けられた春の花がきれいだ。
                 

14日(土)、千保川を船で下り、両岸の桜を愛でる、晴れるといいが…。この企画が実行に移されたのは、「千保川をきれいにする会」など多くの会や個人の熱い思いが実ったからと聞く。楽しいイベントになるといいな~と願っている。

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SL列車と桜紀行~身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ)

2012-04-12 19:01:33 | 旅行

 私の実家は、城端(生家はもうないが)、宗派は浄土真宗である。子どもの頃は善徳寺(城端別院)横の茶所と呼ばれていた建物で「日曜学校」が開かれていた。「正信偈」や「恩徳讃(おんどくのうた)」は今でも少しは唱えられる。

 婚家先の今の家は、法華宗。お念仏からして違う。総本山は、新潟県燕三条市、一度も行ったことがない。日蓮宗の一派なので、せめて身延山には行ってみたいとかねがね思っていたら、このツアーに入っていたのだ。
 3月、月命日のお参りの時、お寺さんにその話をした。すかさず、「枝垂れ桜ですね」と仰る。そんなに有名なのか、知らなかった。「ツアーなら本堂でゆっくりお参りできないだろうから、せめて天井の龍の絵と五重塔を見て来てください。」とのこと。

 4/2(月)、バスは長野県から山梨県へ。久遠寺は、南巨摩郡身延町にある。総門から入ると、門前町も女坂も通らず、エレベーターに直行。4年前に「斜行エレベーター」ができたそうだ。乗車券は「お志」である。本堂前の境内まで上る。他に山頂までのロープウエイがある。
      

 本堂(トップ写真)前に「五重塔」が建っている。明治8年の大火で焼失したのを3年前に、134年ぶりに復元したそうだ。
          

 ↓は、「本堂」と「祖師堂」。本堂内の天井が、加山又造作の「黒龍」(私のは上手く撮れておらず、ようこ姫さんのをいただきました)。
        

     

 「祖師堂」の前に、樹齢400年の枝垂れ桜がある。開花はまだだが、蕾が膨らみ始め、ほんのりピンク色を帯びていた。        

        

 真っ赤な南天や、名前はわからないが、↓の花も咲いていた。
         

 西谷の桜も見たかったが、時間が気になり、帰りもエレベーターに乗った。↓は、眼下に見える山々。
        

 身延山を後に、静岡県に向かう。どこのSAだったか、静岡に入ると桜はほぼ満開だ。
               

 泊まりは、静岡県最南端の御前崎のリゾートホテル。

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SL列車と桜紀行~山高神代桜

2012-04-10 22:21:05 | 旅行

 「日本三代桜」と言うと、山高神代桜(推定樹齢1800年とも2000年とも)、根尾谷薄墨桜(1500年)、三春滝桜(1000年)だそうだ。お花見と言えば、高岡古城公園か城端神明社しか行ったことがない私が、県外の桜紀行に出かけるようになったのはリタイア後からかもしれない。

 「山高神代桜」の名は、数年前の風子さんのブログで知った。どこにあるの?北杜市って何県?とコメントしたものだ。推定樹齢が1800年か2000年と言うのもスケールの大きい話だ。
 4/2(月)、3(火)の一泊旅行に茶々姫教室の4人で参加した。もう常連(?)になった北陸阪急のツアーである。今回はちょっと変わっていて、金沢から直江津までJR「北越1号}を利用する。高岡駅改札口は、阪急の旅程表を見せれば通してくれる。黒部駅までの間、40数名の参加者を乗せ、直江津駅で下車。↓は、めったに降りない直江津駅の通路。船をイメージしたものか?駅舎前にも大きな錨の形のモニュメントがあった。いつか、静岡へ行った時どこかの駅で電車待ちをした時も、似たような大きな錨のモニュメントがあったな~。
       

 ここから、小千谷観光のバスに乗る。ベテランガイドの豊子さんと会社のスターの若いドライバーさん(星さん)。「小千谷名物、とびきり活きのいい錦鯉を連れてまいりましたよ」とガイドさん。バスの前後左右に2匹ずつ赤い鯉が泳いでいる。左端に小さく見えるのが、ガイドさんと添乗員さん。
      

 バスは、上信越道から長野道を走る。新潟はまだ雪が多い。道路の両脇はバラ肉(ガイドさんの言葉、富山県人は立山の雪の大谷を知っているから驚かないが)みたいな断層になっている。長野に入ると、さすがに雪はないが、雪をかぶった回りの山々が美しい。

 清流と歴史の町…北杜(ほくと)市武川(むかわ)町の実相寺境内に、山高神代桜(やまたかじんだいさくら)がある。日本武尊が東方遠征の際にここを訪れ、植樹したと言われている。後にここを通りかかかった日蓮上人が、勢いの衰えた桜をみて蘇生を祈願したら樹勢が回復したとの伝説があるそうだ。エドヒガンザクラ。開花時は淡紅色、満開時は白っぽく見えるそうだが、残念ながらまだ固い蕾だ。ガイドさんは、ネットで調べたら、「今日は一分咲きと書いてあったのに…」と私たち以上に残念そう…。何本の柱に支えられているだろう。満開を想像してカメラに収める。
         

 トップ写真は、見事に満開した山高神代桜のポスター。他にも、何枚か展示してあった。周りには、神代桜の子桜だけでなく、薄墨桜や三春の桜、臥龍桜などの子桜が何本も植えられている。また、黄水仙やチューリップも咲くそうだ。今は、福寿草やクロッカスが咲いていた。
        

 境内には、日蓮上人の像も。その近くの木が少し開花していて、近寄って撮影…。
              

        

↓は、町のどこからでも見える甲斐駒ケ岳。         

 遠くに八ヶ岳も見えた。
        

 この後、山梨県身延山に向かう。

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アコースティック・カフェ「海・岸・通・り」

2012-04-08 22:04:11 | 高岡

 7日朝、6時頃だろうか鶯の声が聞こえた。ホー ホケキョ ケキョ ケキョ。20分ほどだろうか、ずっと囀っていた。どこの家の樹に来ているのだろう?1羽だけのようだな?などと思いながら聞き入っていた。ここ、清水町では、数年前は日中でもよく鶯が来て鳴いていたものだ。最近は珍しい。「やっと春が来たな」と思っていたのに、雪が降り出した。1日中、陽が差したり、かと思えばまたまた霙のような雪が舞ったり、気温も低く、変なお天気だった。4月と言うのにどうしたことだろう?

 さて、前日の6日朝、「ディナーを一緒に」とのお誘いがかかり、お一人様3人(その日だけのお一人さまも含め)で夕食を一緒にした。ディナーと言っても、1000円前後のつましいもので、伏木「幌馬車」でオムライスを食べた。850円。食後、トランスパレントスターの折り方の講習会。(これは後日また紹介します)

 食後のコーヒーは別の店で、と、伏木国分のアコースティックカフェ「海岸通り」へ行く。以前、ようこ姫さんのブログで紹介され、1度行ってみたいと思っていた。↓とトップ写真は、お店の正面。スマートなシルエットは茶々姫さん。
       

 店内の壁の時計↓は、8時15分。お客は私たち3人だけ。
       

 ここでは、ときどきライブがあるらしく、店内のステージでは、今から練習が始まるところ。↓は、準備をしているヨージさん。音響装置、照明など、一流だ。          

 コーヒーを注文して、お喋りしている傍らで練習が始まった。弾き語りのヨージさん。
          

 店内は広く、いくつかのコーナーに分かれている。

              

 壁には、アビーロードを歩く、ビートルズの写真が…。なんとなく、若かりし頃に戻った気分だ。
                  

 次は、店長の矢後さんのステージ。ハーモニカとギターだ。私たちのために「星影のワルツ」や「赤とんぼ」などを演奏してくださった。
           

 「うたごえ喫茶」みたいな感じだな~と嬉しくなる。週に1度くらい、コンサートが開かれるようだ。↓は、次週のポスター。
        

 ↓は、HPです。昼は、目の前に海が広がり、絶好のロケーションだ。コーヒーは450円。 

http://fushikikaigandouri.blog.fc2.com/

 こんな夜遊びは、何十年ぶりだね、と語り合いながら帰途につく。

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娘の出発

2012-04-06 22:04:17 | 日記・つぶやき

 9月末から3月まで、娘がNPO法人NAT(ネットワーク・アシスト・たかおか)に勤務していた。4月には帰国するとは思っていたが、マークの都合で急に4/5出発と決まった。まさかそんな早いとは思っておらず、私は、4/2.3の旅行を予定に入れていた。4/1のミニ同窓会(草の家)も急に決まったので、ゆっくり娘と過ごすのは前日の4日だけ。しかもやり残した用事がいっぱい。荷物作りもあるだろうし、優先順位を決める。

 1日、同窓会に行く前に、NATの事務所に寄った。書類手続きのことで用事があるとのこと。心配そうに出かけたが、なんと花束をもらって嬉しそうに帰って来た。代表のNoさんから直接もらったらしい。今は、キッチンの窓辺に飾ってある。
       

 4日、「万葉歴史館」へ行く。学芸員のSeさんに用事があるとのこと。折しも、春の特別企画展「万葉花ものがたり~桜」を開催中(4/15まで)。私は何度も来ているが、Seさんの解説が面白く、話に惹き込まれてしまう。娘は、屋上庭園に上がり、花木の写真を撮っていた。桜も開花しているようだ。来週あたりが満開だろうか?
           

 斎藤外科は諦めて、ツルヤさんの雛人形を見に行く。私は、木目込み人形を一式、娘は、内裏雛二対と、小ぶりの三人官女、五人ばやしを買った。手荷物に入れて持って行くと言っていたが、結局一対しか入らず残りは置いて行った。娘は自分のは段飾りを持っているので、お土産にするつもりだ。↓は、私用の木目込みの内裏雛、三人官女、五人ばやし。(トップは、大臣、仕丁も) これは、玄関にでも飾れるので私用に。
                

 4/5(水)朝どしゃ降りの中、大きな荷物を持って、5:05発のサンダーバードで発って行った。関空での乗り換え時間も少なく、搭乗するとの電話が来るまで心配だった。月末に、もう一度用事で戻る予定だが、新しい住所も決まり落ち着くことになる。
 昨年6月、突然戻って来て以来いろいろな出来事が重なり、久しぶりに娘と同居する楽しみと、拘束される生活の変化が半々で、苦労も多かった。寂しさと元の生活に戻る安堵感とが、やはり半々である。

 3月末だったか、「お母さん、冷蔵庫開けた?」と何度も聞いた。「うん、開けたけど?」と答えると黙っている。「なんか変わった食べ物が入っていたかな?」と不審に思いつつ、何も気づかず無頓着な私。
 2,3日目に、「ああ、コレ? いつから貼ってあった?」と、ようやく私が気付いたのが、↓の絵である。冷蔵庫の外扉にマグネットでド~ンと貼ってあったのだが、他にも生協のプリントなど貼りつけてあり、何度も開け閉めしているのに気付かなかったのだ。
     

 サンコーのぬりえのようだ。名前は書いてあるが、年齢はない。二人で大笑いをした。私が気付くまで黙って貼っておく娘。何度言われても気づかない母親。変な親子だと可笑しくなる。 

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