先週までのバトルエンタメから打って変わってある意味地上編を議長の思惑、作中テーマを明示することで締めくくった第44話「二人のラクス」。
作中テーマ部分については第36話の感想あたりから「自立」部分をメインに積み重ねてきたこともあり、個人的には満足してたりします。
ラクスの演説部分から、これまで議長を盲信していた民衆やそうでない人も、改めて自分たちはどう考えるのか?という議論をし始める、ここが一つのポイントだったと思うんですよね。
さて、そんな議論が展開され始めた矢先に、本編はジブやんのレクイエムによって大惨劇が繰り返されるという急展開。
前作SEEDに被せるような、主人公サイドで何かをし始めようとした矢先の大惨劇に、(前作では間に合わなかったけれども)DESTINYではどのような帰結を持ってくるのか?この辺を素直に楽しみにしたいと思います。
■明かされる作中テーマ
ここまで明言してくるとは思っていなかったので正直意外なところもあったのですが、今回で議長の真の狙いというのが作中で明かされましたね。
ここまでの経緯については、個人的に非常に面白かったと思っている第36話「アスラン脱走」の感想以降、「自立・自律」という考えが作中のテーマじゃないかなと考えて感想を書いてきたので、デスティニー・プランの内容含めて大体あっていたかなと思うので少しホッとしました(笑)。
議長の狙い=デスティニー・プランとは、遺伝子特性によって予め決められた長所なり短所を補うような適性を「役割」として「与える」、そして「役割を与えられた」側はそれを全うすることで幸せになれるし、それを全うするならば争い自体も起こりはしない、という言わば究極論でしたね。
そしてその裏には、「与えられた役割」以外のことをしようとする、または全うできないものは排除していく、という側面を持つ考え方ということでした。
これ自体はテーマを明確にするための究極論なんで、敢えて非現実感を伴う表現になっていると思うのですが、制作サイドが伝えたいテーマとしてはデスティニー・プランをアンチテーゼとして使うことで、「そうじゃないでしょう?」ということを伝えたいんだな、というのを改めて認識。
現実的なところに目を戻すと、人から与えられた役割を諾々とこなすこと、周囲に無関心でいること、などに対する警鐘になっていて、やはり「自分で考えてみようよ」とか「自分で行動してみようよ」という自立思考へのメッセージになっているのかなと。
今回もラクスのこの一言
悪いのは
彼ら 世界 あなたではないのだと
語られる言葉の罠に
どうか陥らないで下さい
ここが結構深くて、厳しいですね(笑)。
「与えられた敵」、分かりやすく彼らが悪いのですよと「誘導された敵」を認識する前に、自分でまず考えてみてください、というあたり竹田Pがイラク戦争がこの作品の方向性を決定したと言っている部分に通じるかなと思うところもありますが、まず考えてみよう、というのが基本スタンス。
またこれを境に民衆が色々と議論を始めるのが面白いですね。
コニール達の意見に全てが賛同ではない、という描写も入っていますし、やはりここは民衆に考えさせるというのが目的なんでしょうね。
ホンモノだから信じるとか、ニセモノだから信じないというのではなくて、自分はこう思うから賛成だ、いや反対だ、という流れになってきているんじゃないでしょうかね。
ここは実は結構熱いですよね。
こういう表現はSEEDではできなかった部分でもあるし、個人的にはオーブ軍の自立を描いたパートとならんで、こういう世界に波紋を広げていく表現を見たかったので、今回は割りと満足していたりします。
また第42話「自由と正義と」でラクスが
恐いのは 閉ざされてしまう事
こうなのだ・・・ここまでだと・・・終えてしまう事です
と言っているのですが、ここで言っているのは「与えられた役割」を諾々と受け入れることによってそれ以上を求めなくなる、諦めてしまう、そういう危険性を指しているんだなと思うのですが、デスティニー・プランではそういった人としての尊厳部分を奪ってしまう可能性があるということに繋がるんでしょうね。
現実はそんなに悲観したものではないような気もしますが、仕事をしていても「与えられた仕事」と「自分で獲得した仕事」では重みも違いますし、自分たちは「与える側」に回らなくてはならない世代に入っていくし、そのためには自分で考えて行動しないと、何も切り開いて行けない、というのは実感としてあるところですね。
それはベンチャー企業なら言わずもがなでしょうし、大企業であってもその中にいれば個人差はあれ、自分で切り開いて行けない人間のほうが逆に淘汰されていく、そういう側面はありますよね。
議長の究極論に対して作中では第39話で議長と同じ研究職員の手記から
だが我々は忘れてはならない
人は世界のために生きるのではない
人が生きる場所
それが世界だということを
という強烈なアンチテーゼを行っているので、物語の帰結がこういうメッセージに落ちてくると個人的には満足しそうな気配です。
■デスティニー・プランとネオの回想
強化人間の描写については、これまでずっと腑に落ちていなかったのですが、今回のネオ(ここはあえてネオと書きますが)のステラたん達の回想シーンを見てようやく繋がった気がします。
作中テーマとしては強化人間の位置づけが単なる戦争の道具としての悲劇を訴えるというのでは、あまりにもステラたんたちが不憫だ・・・なんて思っていたのですが、デスティニー・プランが語られる中で「調整」・「淘汰」という言葉とともにステラたん達の回想シーンが入ったのは、デスティニー・プランの究極進行形が強化人間の辿る道と同じである、そういうことが言いたかったんじゃないかなと。
ステラたん達強化人間は戦うための駒としての「役割」を与えられ、その役割を全うするため記憶や感情部分などを「与えられた役割」を全うする以外のことを考えないように「調整」され、必要がなくなる、もしくはロドニアのラボのように反乱が起きると「淘汰」される。
強化人間という存在は、議長の目指す世界の裏側、というか究極進化系なんじゃないかと思ったんですよね。
だからこそ、ステラたん達に救いの表現は一切なく、その表現をするための意味合いがあったのかと思うとオクレ兄さんやアウルも浮かばれるかなぁなんてようやく(あくまで個人的にですが)納得できたかも。
そういう意味で、ステラたんの場合は最期にシンの腕の中にいたというのはせめてもの救いだったのかなと。
ゆえに、今回ムウとして参戦表明するあたりは納得で、3人の強化人間に対する思い入れと、それと議長のプランを重ね合わせて考えた結果、そんなことは望んでないとでも言うように答えるあたりは何気にカッコいいかもと思います。
■レイ
やはり彼は作中で面白いポジションですよね。
今回も議長絶対振りを発揮してくれました。
信じることは、言葉を悪く言えば、考えることをやめるのと同義でもあるんで、迷いながらも諦めずに足掻く主人公サイドとホントに対極にいるんですよね。
何故人はそれを気にする?
本物なら全て正しくて
偽物は悪だと思うからか?
これも2つの意味をかけているのか?なんて思ったりもするのですが、前述したホンモノかニセモノか?という議論よりも自分の考えが大事であるという流れと、クローンであったクルーゼ、そして自分、ホンモノ=アル・ダ・フラガという存在に対して、逆に自分の存在を主張しているかのようなこの台詞、ラスト付近で昇華されると結構美しいかなと思うのですが。
■無駄なことはしないのか?
実は結構この部分が好きです。
ここは結構自分の思っている部分と近いところがあって、それを今回明言されちゃったのでぐっときました。
#サッカーの無駄になるかもしれないフリーランニング、仕事での無駄になるかもしれないリスク対策、提案活動等、それでも足掻きたいみたない。
そしてそれを受けて、回想を交えながらのアスランの
オレはそんなに諦めがよくない!
の一言。
そして次々に賛同していくメンバー一同(特にメイリンたん)。
ここからかぶってくるED曲「君は僕に似ている」、この流れは熱いですねぇ。
ぐっときました(特にメイリンたん)。
■それにしても大惨劇
ラクスの演説直後に起こる大惨劇。
これはまた急転直下の展開なんですが、前作では力に力で対抗せざるを得なかったことを後悔していた主人公サイド、DESTINYではそれでも力を取ることを選択した主人公サイド。
前作は間に合わなかったのかもしれないと言っていた。
では今作では?
既に第一段階は終わってしまったけれども、最終カットで余裕のある議長、あれは「メサイア」にまだ何らかの余力を残しているということですよね?
#月ごと消そうとしたりして。
テーマ部分については、ほぼ提示されたと思っていて、いよいよもう終わっていくのかぁという感じですが、宇宙に上がった後、この先の帰結をどう持ってきてくれるかは現時点で全く想像が付いていないので、素直に今後の展開を楽しみにしたいと思います。
それにしてもジュール隊、無事で良かった(笑)。
馴染んできたメイリンたんが相変わらず好きです。
作中テーマ部分については第36話の感想あたりから「自立」部分をメインに積み重ねてきたこともあり、個人的には満足してたりします。
ラクスの演説部分から、これまで議長を盲信していた民衆やそうでない人も、改めて自分たちはどう考えるのか?という議論をし始める、ここが一つのポイントだったと思うんですよね。
さて、そんな議論が展開され始めた矢先に、本編はジブやんのレクイエムによって大惨劇が繰り返されるという急展開。
前作SEEDに被せるような、主人公サイドで何かをし始めようとした矢先の大惨劇に、(前作では間に合わなかったけれども)DESTINYではどのような帰結を持ってくるのか?この辺を素直に楽しみにしたいと思います。
■明かされる作中テーマ
ここまで明言してくるとは思っていなかったので正直意外なところもあったのですが、今回で議長の真の狙いというのが作中で明かされましたね。
ここまでの経緯については、個人的に非常に面白かったと思っている第36話「アスラン脱走」の感想以降、「自立・自律」という考えが作中のテーマじゃないかなと考えて感想を書いてきたので、デスティニー・プランの内容含めて大体あっていたかなと思うので少しホッとしました(笑)。
議長の狙い=デスティニー・プランとは、遺伝子特性によって予め決められた長所なり短所を補うような適性を「役割」として「与える」、そして「役割を与えられた」側はそれを全うすることで幸せになれるし、それを全うするならば争い自体も起こりはしない、という言わば究極論でしたね。
そしてその裏には、「与えられた役割」以外のことをしようとする、または全うできないものは排除していく、という側面を持つ考え方ということでした。
これ自体はテーマを明確にするための究極論なんで、敢えて非現実感を伴う表現になっていると思うのですが、制作サイドが伝えたいテーマとしてはデスティニー・プランをアンチテーゼとして使うことで、「そうじゃないでしょう?」ということを伝えたいんだな、というのを改めて認識。
現実的なところに目を戻すと、人から与えられた役割を諾々とこなすこと、周囲に無関心でいること、などに対する警鐘になっていて、やはり「自分で考えてみようよ」とか「自分で行動してみようよ」という自立思考へのメッセージになっているのかなと。
今回もラクスのこの一言
悪いのは
彼ら 世界 あなたではないのだと
語られる言葉の罠に
どうか陥らないで下さい
ここが結構深くて、厳しいですね(笑)。
「与えられた敵」、分かりやすく彼らが悪いのですよと「誘導された敵」を認識する前に、自分でまず考えてみてください、というあたり竹田Pがイラク戦争がこの作品の方向性を決定したと言っている部分に通じるかなと思うところもありますが、まず考えてみよう、というのが基本スタンス。
またこれを境に民衆が色々と議論を始めるのが面白いですね。
コニール達の意見に全てが賛同ではない、という描写も入っていますし、やはりここは民衆に考えさせるというのが目的なんでしょうね。
ホンモノだから信じるとか、ニセモノだから信じないというのではなくて、自分はこう思うから賛成だ、いや反対だ、という流れになってきているんじゃないでしょうかね。
ここは実は結構熱いですよね。
こういう表現はSEEDではできなかった部分でもあるし、個人的にはオーブ軍の自立を描いたパートとならんで、こういう世界に波紋を広げていく表現を見たかったので、今回は割りと満足していたりします。
また第42話「自由と正義と」でラクスが
恐いのは 閉ざされてしまう事
こうなのだ・・・ここまでだと・・・終えてしまう事です
と言っているのですが、ここで言っているのは「与えられた役割」を諾々と受け入れることによってそれ以上を求めなくなる、諦めてしまう、そういう危険性を指しているんだなと思うのですが、デスティニー・プランではそういった人としての尊厳部分を奪ってしまう可能性があるということに繋がるんでしょうね。
現実はそんなに悲観したものではないような気もしますが、仕事をしていても「与えられた仕事」と「自分で獲得した仕事」では重みも違いますし、自分たちは「与える側」に回らなくてはならない世代に入っていくし、そのためには自分で考えて行動しないと、何も切り開いて行けない、というのは実感としてあるところですね。
それはベンチャー企業なら言わずもがなでしょうし、大企業であってもその中にいれば個人差はあれ、自分で切り開いて行けない人間のほうが逆に淘汰されていく、そういう側面はありますよね。
議長の究極論に対して作中では第39話で議長と同じ研究職員の手記から
だが我々は忘れてはならない
人は世界のために生きるのではない
人が生きる場所
それが世界だということを
という強烈なアンチテーゼを行っているので、物語の帰結がこういうメッセージに落ちてくると個人的には満足しそうな気配です。
■デスティニー・プランとネオの回想
強化人間の描写については、これまでずっと腑に落ちていなかったのですが、今回のネオ(ここはあえてネオと書きますが)のステラたん達の回想シーンを見てようやく繋がった気がします。
作中テーマとしては強化人間の位置づけが単なる戦争の道具としての悲劇を訴えるというのでは、あまりにもステラたんたちが不憫だ・・・なんて思っていたのですが、デスティニー・プランが語られる中で「調整」・「淘汰」という言葉とともにステラたん達の回想シーンが入ったのは、デスティニー・プランの究極進行形が強化人間の辿る道と同じである、そういうことが言いたかったんじゃないかなと。
ステラたん達強化人間は戦うための駒としての「役割」を与えられ、その役割を全うするため記憶や感情部分などを「与えられた役割」を全うする以外のことを考えないように「調整」され、必要がなくなる、もしくはロドニアのラボのように反乱が起きると「淘汰」される。
強化人間という存在は、議長の目指す世界の裏側、というか究極進化系なんじゃないかと思ったんですよね。
だからこそ、ステラたん達に救いの表現は一切なく、その表現をするための意味合いがあったのかと思うとオクレ兄さんやアウルも浮かばれるかなぁなんてようやく(あくまで個人的にですが)納得できたかも。
そういう意味で、ステラたんの場合は最期にシンの腕の中にいたというのはせめてもの救いだったのかなと。
ゆえに、今回ムウとして参戦表明するあたりは納得で、3人の強化人間に対する思い入れと、それと議長のプランを重ね合わせて考えた結果、そんなことは望んでないとでも言うように答えるあたりは何気にカッコいいかもと思います。
■レイ
やはり彼は作中で面白いポジションですよね。
今回も議長絶対振りを発揮してくれました。
信じることは、言葉を悪く言えば、考えることをやめるのと同義でもあるんで、迷いながらも諦めずに足掻く主人公サイドとホントに対極にいるんですよね。
何故人はそれを気にする?
本物なら全て正しくて
偽物は悪だと思うからか?
これも2つの意味をかけているのか?なんて思ったりもするのですが、前述したホンモノかニセモノか?という議論よりも自分の考えが大事であるという流れと、クローンであったクルーゼ、そして自分、ホンモノ=アル・ダ・フラガという存在に対して、逆に自分の存在を主張しているかのようなこの台詞、ラスト付近で昇華されると結構美しいかなと思うのですが。
■無駄なことはしないのか?
実は結構この部分が好きです。
ここは結構自分の思っている部分と近いところがあって、それを今回明言されちゃったのでぐっときました。
#サッカーの無駄になるかもしれないフリーランニング、仕事での無駄になるかもしれないリスク対策、提案活動等、それでも足掻きたいみたない。
そしてそれを受けて、回想を交えながらのアスランの
オレはそんなに諦めがよくない!
の一言。
そして次々に賛同していくメンバー一同(特にメイリンたん)。
ここからかぶってくるED曲「君は僕に似ている」、この流れは熱いですねぇ。
ぐっときました(特にメイリンたん)。
■それにしても大惨劇
ラクスの演説直後に起こる大惨劇。
これはまた急転直下の展開なんですが、前作では力に力で対抗せざるを得なかったことを後悔していた主人公サイド、DESTINYではそれでも力を取ることを選択した主人公サイド。
前作は間に合わなかったのかもしれないと言っていた。
では今作では?
既に第一段階は終わってしまったけれども、最終カットで余裕のある議長、あれは「メサイア」にまだ何らかの余力を残しているということですよね?
#月ごと消そうとしたりして。
テーマ部分については、ほぼ提示されたと思っていて、いよいよもう終わっていくのかぁという感じですが、宇宙に上がった後、この先の帰結をどう持ってきてくれるかは現時点で全く想像が付いていないので、素直に今後の展開を楽しみにしたいと思います。
それにしてもジュール隊、無事で良かった(笑)。
馴染んできたメイリンたんが相変わらず好きです。
>強化人間という存在は、議長の目指す世界の裏側
蒸。さんの感想は、いつも自分がぼんやりと感じていても、上手く表現できなかったことが、丁寧に書かれていて、読みながら「そうそう」等と、頷いてしまいます。
自分の思考も整理されて、すっきりです!!
『未来を創るのは、運命じゃない』
とか、今回も熱かったですね(嬉し泣き)。
「メサイア」ですか?あの衛星。
アバオアクーにしか、見えなかった次第(笑)。
そうそう、メイぽん(メイリン)可愛いですよね!
バーナー貼ってみませんか?なんつって!
■デスティニープラン
いやーほんとに以前から議長の目指す世界の形というのが、燕。さんが書いていたそのままの世界でさすが!と思っちゃいました。
ネオのステラたん(普通にたん付けちゃったよw)たちの回想シーンもグッときました。
あれもデスティニープランの形なんですね。
記憶を消されてそれを使う者の人形としかならない。あれは人とは言えないですね。
■ミーア
え!?ミーアはもう用済みってことですか?議長に反抗したわけではないので消されることはないと思いたいですが。議長の考える世界ができたときのために今は、姿を隠しさらなる完全なラクスに調整ってことかな?
ラストEDが流れた時、鳥肌たちました。終わり方良すぎですね。ホント。
キラあんな熱いところもあったんですねw
今週人に録画依頼だよー。まだ観てないよー。
エウレカに至っては依頼人が失敗したよ~(死
二日ほど愛知に行ってきますのでちょっと待っておくんなまし。
人間がここまでの発展を遂げたのは運命に逆らってきたから。それがあなたの運命と言われても逆らう、こうして人間は新たなステップを刻む。
議長は「私が人々に平和を与えよう」と考えてるようですが、平和は自らが作り出しそれを守ることで平和と言える、だが他人が生み出したたり守ることが出来ない平和ではない「偽りの平和」
そういえばレクイエムがプラントに直撃した時、議長は隣の指揮官をチラ見してから拳を握り締めていました。その後満足気に椅子に座ってるのを見るとあれは演技かと・・・彼にとっては自分の計画の修正が出来た(一時ラクスによって狂ったかと思えば)そんな感じですかな
彼が自分の口で語っているわけではないのであえてこういう言葉になるのですが、ほぼ燕さんが以前に話されていた通りでしたので、すごいなあと関心しつつテレビをみていました。
アークエンジェルサイドでの会話シーンということで、見ているこちら側にも考える余裕があり、私の頭の中ではそれが正しいのか、そうでないのかと反問しながら議長の思考の軌跡を追って行くことが出来たのでほぼ満足でした。
議長の考えについては、このプランにより、貧困や飢えで苦しむ多くの人たちが助け出され、無益な戦争で人が死ぬことがなくなるのであれば、それを間違っていると言うのはとても難しいことです。しかし、これが実施されれば、これは「人の見る夢」が「未来の現実」にならない世界を意味し、夢を禁じられ、人は生きる価値を不当に貶めるのではないかという恐れも感じます。
今はまだ議長を止めるという目的で宇宙に上がるアークエンジェルサイドですが、テーマとして燕さんの話していた「自立」がより明確になっていったらいいなとおもっています。
余談になるのですが、ジブリール氏、彼は全然初めから議長の意識には入ってないような気がしてなりません。見事な空回り、というかやる事なす事がどんどん議長の正当性を強固な物にしていく哀れなピエロのように見えます。
この二人はグルなのかと勘ぐる位の見事なコンビネーションです。唇が紫なのも道化者の役割を与えられているからなのかと思い始めています。
○レクエイム・システム
反射衛星砲と聞いてましたが、反射ではなかったですね。前回のジェネシスは反射部分が消耗品となったわけで、そう言う意味で「フォビドゥン」のエネルギー偏向装甲=「ゲシュマイディッヒ・パンツァー」のコロニー応用は上手い。消耗しないわけですから。
しかもとうとう今回はプラント本体へ直撃と言う悲劇。ついに戦いの連鎖に。話の始めに「コロニー落とし」にて地球本体への大惨劇がきっかけになってますので、悲劇の応酬インフレ・モード。この悲劇の連鎖を、誰が止めるっ???
◎主人公はいずこ?
シンが前回のアスランの登場で、自分の大義に疑問を持ち始めましたが、相変わらず絶妙なタイミングでレイが毒を流し込んでます。確かにジブリールが引いた引き金ですが、オーブでの抵抗がその原因とすり替えられているのも黒い!次回の予告編でシンルナのようですが、命令に従うだけのまだ進みべき道が見えない感じです。
一方のAAでのやり取りは、新主人公ファンからはまたバッシングを受けそうな、燃える展開でしたね。
「終わらせる術がない」と前回もそうだったラクス。
ネオ(ムウ)の「無駄なことはしないのか」に、
アスランの「おれは、そんなにあきらめが良くない」
は燃えます!前回はキラ、今回はアスランが決意をつけます。
「議長を止めなきゃ、未来を創るのは運命じゃないよ」前回の小説版で最後の出撃シーンでのキラの決意をする部分を思いだしてしまいまして、私的にキラの運命(結末)が怖いのです。
○真と偽
議長の微笑み・・・全て推定の内だったのでしょうか?だが、レクイエム・システムは知らなかったのかな?しかし結果的に戦いの連鎖に火を付けることに成功しましたね。レクエイム(鎮魂歌)は死の光でしたが、メサイア(救世主)は誰の、なんでしょう。議長の遺伝子によりコントロールされた世界と、後天的にコントロールされたエクステンデッドは全く同じです。レイの正体がまだ明かされてませんが、真偽と言うより同じ穴のムジナですね。
そして「我々はもっと知らねばなりません」
重すぎる言葉です。
>デスティニープラン
邪魔者は排除、という考えは根本では議長もブルーコスモスと同じなんだなぁと思いました。
ミーアを処分して、第二のミーアを用意するという展開にならない事を祈るばかりです。
>オレはそんなに諦めがよくない!
これは確かにレイと真反対の意思の表われを示してますね。
キラとアスランの握手にグッときました。そのノリで隣に居た弟に手を差し出したら叩かれましたが。
ところでメイリンはアスランの隣に居るというポジションをここ数話で確立していますが、色々と問題ないのでしょうか…?
>レクイエム
議長の反応、それにレイが正確なデータを持っていたりと、議長はレクイエムを前から知っていそうですね。
それでいて撃たせたのはジブリール(連合も?)を討つべき存在と人々に改めて認識させる狙いがあったのでしょうか。
そのためにプラントをも犠牲にしてしまうのは…
>キャラホビ
昨日行って来ました。DESTINYのステージイベントは当たり前のように席が取れず遠くから見てました。
田中理恵さんの「Quiet Night C.E.73」で始まり「Fields of hope」で締め、生で聴ける機会なんて滅多にないので感激ですよ。
オープニングで出演声優さんが次々と現われる中、石田彰さんへの歓声が他の方の比でなかったのは流石です。
DESTINYのイベントは昨日、今日の両方にありまして、チラシに載ってる今日のゲストを見ると「FictionJunction YUUKA」の文字が。焔の扉聴けたんだろうなぁ…
>あといくら使ったかも(笑)。
4万と少々…
>「二人のラクス」
民衆も「何を信じればいいのか?」と疑問を持ち行動を起こしましたね。権力者の言葉をただ盲信する事の危険性が描かれていると思います。「考えること」をしなくなっている民衆…現代社会を表しているだけでなく、身近な社会組織(会社)も表しているような気がします(燕。さんの例えのように)
ラクスとミーアの演説は「疑問」を持たせるきっかけですね。もう少し 「二人のラクス」の舌戦が繰り広げられるかと思ったんですが…議長の用意した台本には「本物の登場」は想定外だったみたいですね。
>ミーア
…「ラクスの仮面」は うまく被れなかったみたいですね…(「ミーア…恐ろしい子…」とはいかなかったみたいですね(笑))
これまで彼女が泣いたり 悩んだりしていたシーンが浮かびます。彼女自身も「葛藤」と戦っていましたから…(ふと ミーアの身を案じるアスランの描写がいいですね)
最初の頃の自信満々の彼女の面影はありません。 ラクスの「影武者」を演じることで 平和になると信じ 「いけない事」と理解していても「非情」に徹しきれていない彼女の優しさが仇になりましたね。(台本とドギマギ感がよかったです)しばらく 退場ですかね…(真実を告白するシーンもありかなと思うのですが)
>タリア
これからキーパーソンになりそうですね
「訊かないでよ 私にだって何が何だか分からないわ…ひとつ はっきりしてるのは 我々の上官(上司)は○○じゃないって事よ…」
…会社で使ってしまいそうなセリフです(たぶん 僕は使うでしょう(笑))
>レイ
偽者・本物論…結構「真理」かな?と思いました
あと ジブリールを持ち出して また シンを「誘導」しているシーンに「策士」を見ました
>ジブリール
分かり易い「悪」の立場ですね(「憎まれ役」って言葉がぴったり…この人の指示は ほとんど「感情」に流されて行っていますね)
>議長
今回はオーバーリアクションが気になりました
「一度 横を見てから握りこぶし」…結構「レクイエム」の存在も知っていたのでは…
>「レクイエム」
…う~ん 「反射衛星砲」を思い出しました…
そう 「宇宙戦艦ヤマト」の反射衛星砲です(前回「命の軽視」について少し述べた後なので…)これはすごい規模の大惨事じゃないですか?ゲームのボタンを押すように軽くスイッチを押すジブリール…ナチュラルもコーディネーターも「死の重さ」は平等であるはずなのに…また 新たな「憎しみの連鎖」が生まれてしまいますね
シンとルナマリアのバックが一瞬「白黒」になる演出がより悲しみを表現していましたね
>回想シーン
「淘汰」「調整」のキーワードに重なる回想シーンが秀逸です(「役割」のミーアのシーンもいいですね)
>今週のマリューさん
なんか 表情が穏やかでいい感じなんですよ!「恋する乙女」って感じで…(どうでしょう?由梨さん…いや 同盟のロサ・ギガンティア様(笑))
夏の課題図書は進んでますか?僕はDVDにも手を出してしまいました(1~3巻レンタル中)
>メイリン
メイリンのガッツポーズを観て勇気が湧いてきました(笑)
>ラストシーン
最近のラストは議長で終わるのが多いですね(いろんな表情で視聴者の妄想を膨らませっぱなしです)
>キラとアスランとラクス
手を握るキラとアスラン…それを見ているラクス
…いかん ふと 「ふたりはプリ○ュア」が頭に浮かんでしまった(大汗)ごめんなさい(反省)
>次回予告
おお!宇宙用ザムザザー(リック・ザムザザー(笑))がぁ~!(あと リック・デストロイ(オイ))
シンとルナマリア
出撃前のラブシーンは不吉ですよ(BSの「まるごと!機動戦士ガンダム」の後遺症が…)
・・・それでは・・・また!(ごきげんよう!)
本題に入る前に、
>(特にメイリンたん)
(笑)
拳をつくって「うん!」というポーズがきゃわええ(はあと)
さて…。
ネオさんがステラたんと思い出すところで、頭のどこかで納得いきながら、「あれ?何に納得してんだ?」と半分「もやっと」してたんですが、燕。さんのおかげで「すっきり!」しました。←元ネタは「IQサ●リ」です。
ステラたんたちは「戦闘行為」という「役割」を果たすためだけに作られ、それ意外の「記憶」などは排除…、ナチュラルもデュランダルと同じ穴のムジナだったわけですね。
それ考えると、やっぱりステラたんがシンのことを「好き」と言って息絶えた場面が余計せつなくなると同時に、ある意味「運命に逆らった」神々しい姿をみせてくれたのではないかと。「ステラたん、よくあそこまでがんばったよ」とほめてあげたいです。
彼女は、最後に「愛」を手に入れたのですから。
なんて、違う方向で盛り上がってますが、最後のキラとアスランの握手も燃えました!
「運命に立ち向かう者たち」の戦いは、いよいよ最終クライマックスですね。私も砂追い楽しみたいと…いや、どうやらはらはらしなきゃいけないようですよ。燕。さん、どうかお気をつけて。
それではまた。
アカツキのように反射させる形式だったら、技術供与云々でオーブ侵攻の口実にされてたでしょうね。崩壊するプラントは9・11のタワー崩壊とその後の動きを重ねているんでしょうが、作中で答えを出せるのか不安。
フレッツのSEED120%より。
『あとレクイエムは決してダイダロスアタックでも反射衛星砲でもない! リョウコもタカハシも「バカメ、と言ってやれ」だ!』
>デスティニープラン
カルヴァンの予定説の現代型ですね。
http://www.tabiken.com/history/doc/S/S354L100.HTM
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%88%E5%AE%9A%E8%AA%AC
所詮人間が作ったものですから失敗は必然。できること≠やりたいこと≠やらねばならないこと、ですから。議長自身、運命に抗い運命を変えようとしていますし、「わかっちゃいるけどやめられない」のが人間です。
運命に抗うというテーマが、スパロボの内容と類似していて気になりますね。そのスパロボは真女神転生3に似ているという。日本人のもつ終末のイメージがそういうものだということなのか。大人の事情か。