5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2021年版です。

萬翠荘の蛍

2021-05-20 21:28:27 | 環境

19日のコロナ、全国で5719人(延705931人)の感染と90人(累12062人)の死亡が確認された。愛知県では633人(延42971人)の感染と2人(累693人)の死亡の発表があった。633人感染は過去3番目の多さだという。

ちょうどNHKのWEBニュースの臨時テロップに「モデルナとアストラゼネカのワクチンを厚生省部会が承認を了承」と流れている。ワクチン接種に弾みがつけばいいのだが。

長く伸びた梅雨前線は強い雨を運んできた。九州では大雨になっているようだ。雨雲は東に移動して明日はこの地方が大雨の警戒を要すると気象予報士がTVで訴えている。

山地の南斜面側の地域は気を付けよという。豊田市近辺の降雨量が多ければ我が町を流れる川の洪水リスクに直結しそうだ。こんな莫とした不安感を抱くようになったのもここ数年のこと、それだけ気象変化が急激なのだ。

降りやまない夜の雨を抜けて走る車のぼやけたライトが蛍の光のようだなとふと思った。田植えも始まっているから、そろそろ蛍が現れる時期のはずだ。といっても空気汚染と農薬まみれの水辺しかない近隣住宅地で子供の頃の光景が見られるということではない。

しかし、NHK松山局は「蛍が淡い黄色の光放つ 萬翠荘で」という蛍情報を教えてくれている。

松山にある大正時代の洋館 萬翠荘、コロナ対策の臨時休館となる前の18日夜、淡光を放つ蛍が飛び交う夢幻的な光景が報道機関に公開された。

HPによると〈萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる伯爵の久松定謨(さだこと)が彼の別邸として建設したもの。陸軍武官としてフランス生活が長かった定謨好みの、純フランス風の建物は、当時最高の社交の場として各界名士を集めた。裕仁親王(後の昭和天皇)の松山訪問に合わせて完成を急がせたとも伝えられている。戦禍を免れた萬翠荘は、建築当時の様子をそのまま残す貴重な建築物として、昭和60年(1985年)に県の有形文化財、平成23年(2011年11月29日)に本館と管理人舎が国の重要文化財に指定されている〉とある。

荘の敷地は松山藩の家老屋敷の跡地、山林を含む敷地面積は9,535.05m²(2,884坪)とあるから、蛍の生息にはよさそうな環境である。

萬翠荘が蛍の飼育を始めたのは11年前から。飼育されているのは体長6ミリほどのゲンジボタルで、今年は例年より1週間から10日ほど早く舞い始めたという。18日の蛍はおよそ100匹。淡い黄色の光を放ちながら灯のともった西洋館の周囲を飛び交い、光の幻想を見せてくれていた。

コロナで外出が制限される松山市民に安らぎを感じてもらおういうのが報道陣公開の目的。撮影されたホタルの映像は広く公開されて、萬翠荘の休館期間中もヴァーチャルで鑑賞ができるという今様アイデアである。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿