新鮮なお魚が食べたくなった。
Aレストランに、出かけることにした。
このところ、家の中にいる時間が長く、存分大気を吸いたい気分もあった。
一日ぼんやり過ごして、元気も回復。(まだ片付けが終わったわけではないけれど。)
前回は、予約せずに出かけて、失敗した。
今日も、日曜日だから、お客が多いかもしれない。
あらかじめ電話し、確認のうえ出かけた。
五月晴れの好天である。
もう若葉の季節は過ぎ、緑が、幾分深くなってきた。
ウグイスが囀り、ホトトギスも鳴いている。
空が美しく、海も凪いで穏やかである。
最高の散歩日和であった。
相変わらず、お客が多い。
県外ナンバーの車が、たくさん来ている。
海辺のレストランは、風景も、ご馳走なのであろう。
海鮮丼を注文する。
丼のうえには、魚介が幾種類も、彩りよく載っている。
食欲旺盛、みな美味しくいただいた。
食事の後は、すぐ帰宅することにし、土田海岸の景は、遠くからカメラに収めた。
突堤や砂浜で遊ぶ人の姿が見える。
それでも、田舎の海辺は人が少なく、ひっそりしている。
その寂寥感が、いい。
以下、レストランのテラスからの眺め。
食前食後、日本海の景色を眺めた。
胴体の長い、真鍮色をした平たい船が、西方から高島に近づき、そのまま沖の彼方に消えてしまった。
カメラには、うまく収まらなかった。
長田弘の詩集『死者の贈り物』をバッグに入れて出かけた。
テラスの白い椅子に座って読むには、日差しが強い。
食後のテーブルで、本を開いた。
波が走ってきて、砂の上にひろがった。
白い泡が、白いレース模様のように、
暗い砂浜に、一瞬、浮かびでて、
ふいに消えた。また、波が走ってきた。
… 略 …
朝の光りにつつまれて、昨日
死んだ知人が、こちらに向かって歩いてくる。
そして、何も語らず、
わたしをそこに置き去りにして、
わたしの時間を突き抜けて、渚を遠ざかってゆく。
死者は足あとものこさず去ってゆく。
どこまでも透きとおってゆく
無の感覚だけをのこして。
… 略 …
貝殻をひろうように、身をかがめて言葉をひろえ。
ひとのいちばん大事なものは正しさではない。
「渚を遠ざかってゆく人」より
先刻までいた。今はいない。
ひとの一生はただそれだけだと思う。
ここにいた。もうここにはいない。
死とはもうここにはいないということである。
あなたが誰だったか、わたしたちは
思いだそうともせず、あなたのことを
いつか忘れてゆくだろう。ほんとうだ。
… 略 …
秋、静かな夜が過ぎてゆく。あなたは、
ここにいた。もうここにはいない。
「こんな静かな夜」より
理由なんかなかった(のかもしれない)。
背筋をのばして、静かに日々をおくる。
それだけで十分だった(のかもしれない)。
その人は、とても歳をとっていた。
… 略 …
おおきなコントラバスを抱えるように、
おおきな秘密を抱えていた(のかもしれない)。
おたがいのことなど、何も知らない。
それがわたしたちのもちうる唯一の真実だ。
この世に存在しなかった人のように
その人は生きたかった(のかもしれない)。
姿を見なくなったと思ったら、
黙って、ある日、世を去っていた。
こちら側は暗いが、向こう側は明るい。
闇のなかではない。光りのなかに、
みんな姿を消す(のかもしれない)。
糸くずみたいな僅かな記憶だけ、後にのこして。
「秘密」より
続く「イツカ、ムコウデ」詩まで読んで、レストランを出た。
饒舌な感想を書く必要はないだろう。
平易な言葉に込められた『死者の贈り物』に、そっと耳を傾ければいいのだ。
長田弘さんが、亡くなれて20日余りが過ぎる。
<もうここにはいない>人なのだ。
が、その詩は残り、読者の心に響き続けるだろう。
Aレストランに、出かけることにした。
このところ、家の中にいる時間が長く、存分大気を吸いたい気分もあった。
一日ぼんやり過ごして、元気も回復。(まだ片付けが終わったわけではないけれど。)
前回は、予約せずに出かけて、失敗した。
今日も、日曜日だから、お客が多いかもしれない。
あらかじめ電話し、確認のうえ出かけた。
五月晴れの好天である。
もう若葉の季節は過ぎ、緑が、幾分深くなってきた。
ウグイスが囀り、ホトトギスも鳴いている。
空が美しく、海も凪いで穏やかである。
最高の散歩日和であった。
相変わらず、お客が多い。
県外ナンバーの車が、たくさん来ている。
海辺のレストランは、風景も、ご馳走なのであろう。
海鮮丼を注文する。
丼のうえには、魚介が幾種類も、彩りよく載っている。
食欲旺盛、みな美味しくいただいた。
食事の後は、すぐ帰宅することにし、土田海岸の景は、遠くからカメラに収めた。
突堤や砂浜で遊ぶ人の姿が見える。
それでも、田舎の海辺は人が少なく、ひっそりしている。
その寂寥感が、いい。
以下、レストランのテラスからの眺め。
食前食後、日本海の景色を眺めた。
胴体の長い、真鍮色をした平たい船が、西方から高島に近づき、そのまま沖の彼方に消えてしまった。
カメラには、うまく収まらなかった。
長田弘の詩集『死者の贈り物』をバッグに入れて出かけた。
テラスの白い椅子に座って読むには、日差しが強い。
食後のテーブルで、本を開いた。
波が走ってきて、砂の上にひろがった。
白い泡が、白いレース模様のように、
暗い砂浜に、一瞬、浮かびでて、
ふいに消えた。また、波が走ってきた。
… 略 …
朝の光りにつつまれて、昨日
死んだ知人が、こちらに向かって歩いてくる。
そして、何も語らず、
わたしをそこに置き去りにして、
わたしの時間を突き抜けて、渚を遠ざかってゆく。
死者は足あとものこさず去ってゆく。
どこまでも透きとおってゆく
無の感覚だけをのこして。
… 略 …
貝殻をひろうように、身をかがめて言葉をひろえ。
ひとのいちばん大事なものは正しさではない。
「渚を遠ざかってゆく人」より
先刻までいた。今はいない。
ひとの一生はただそれだけだと思う。
ここにいた。もうここにはいない。
死とはもうここにはいないということである。
あなたが誰だったか、わたしたちは
思いだそうともせず、あなたのことを
いつか忘れてゆくだろう。ほんとうだ。
… 略 …
秋、静かな夜が過ぎてゆく。あなたは、
ここにいた。もうここにはいない。
「こんな静かな夜」より
理由なんかなかった(のかもしれない)。
背筋をのばして、静かに日々をおくる。
それだけで十分だった(のかもしれない)。
その人は、とても歳をとっていた。
… 略 …
おおきなコントラバスを抱えるように、
おおきな秘密を抱えていた(のかもしれない)。
おたがいのことなど、何も知らない。
それがわたしたちのもちうる唯一の真実だ。
この世に存在しなかった人のように
その人は生きたかった(のかもしれない)。
姿を見なくなったと思ったら、
黙って、ある日、世を去っていた。
こちら側は暗いが、向こう側は明るい。
闇のなかではない。光りのなかに、
みんな姿を消す(のかもしれない)。
糸くずみたいな僅かな記憶だけ、後にのこして。
「秘密」より
続く「イツカ、ムコウデ」詩まで読んで、レストランを出た。
饒舌な感想を書く必要はないだろう。
平易な言葉に込められた『死者の贈り物』に、そっと耳を傾ければいいのだ。
長田弘さんが、亡くなれて20日余りが過ぎる。
<もうここにはいない>人なのだ。
が、その詩は残り、読者の心に響き続けるだろう。